1 発熱 前編
第三章が始まりました。
どうぞよろしくお願いいたします。
「大丈夫ですか?」
セレスティーヌは冷たい水で手巾を絞ると、横になるアマンダの額に乗せた。
「面目ないわ……」
いつも明るいアマンダだが、掠れた声で囁くように詫びる。
金の巻き毛のカツラも外し、アマンダ本来の銀髪が汗で湿っている。
ふたりが出会た頃は短かった髪も少し伸び、精悍な顔が少し幼く見えるような気がした。
先日とある過疎地で新規事業を立ち上げた。所謂村おこしである。
王都の雅な人達によって大々的なプレゼンが行なわれ、すぐさま発注が入り、滑り出しは上々という報告があった。
そんなひと仕事を終えたふたりと一匹が秋もだいぶ深まった北の領地、マロニエアーブルの地元グルメを楽しんだ。そしてその後、エストラヴィーユ王国北西部に位置するクラウドホース領に入ったのだったが。
比較的温暖なエストラヴィーユ王国であるが、北部は秋の訪れが早い。そしてあっという間に長い冬が来る。
北東部に位置するローゼブルク領は海に面しているためまだ暖かいが、内陸部で周囲を山に囲まれたマロニエアーブル領とクラウドホース領は足早に寒い冬に向かって進んでいた。
筋肉質で大柄なアマンダは頑丈で屈強に見られがちであるが、小さな頃から冬場に体調を崩し易い。多分筋肉質すぎる故、皮下脂肪の少なさに原因があるのではないかと本人は思っている。
額を冷やすために置かれた手巾はすぐに温くなってしまう。
本当は首や脇、脚の付け根などを冷やした方がいいと聞くが……宿屋の主人に聞いたが氷枕は無いそうで、気休めに額を冷やすにとどまっていた。
吐く息は荒く、掛けた布団は大きく上下している。
(……せめて発熱が昨日だったら、ジェイさんがいたのに……)
アマンダの部下である男、ジェイ。
実に様々な仕事を熟す彼だが、実際のところはアマンダの護衛兼諜報部員である。
本当はやんごとない身分のアマンダであるが、その辺の騎士よりも強いことに加え、世を忍ぶ仮の姿(?)で隠密の旅を続けているため、アマンダに命じられた密偵や諜報を重点に行っているのであった。
先日もマロニエアーブル領でアマンダやセレスティーヌと一緒に村おこしの新規事業を手掛けたのだったが。新規事業を大きく売り出すにあたり、王都でのあれこれの確認やフォローをするようにと言われしばらく王都に帰っていた。
王妃をはじめアンソニーとその母親であるフォレット侯爵夫人に報告したり引き継いだり、手伝いをしたりしていたが。ある程度大枠が出来たことと新製品お披露目会が大成功し、その報告がてらアマンダに会いに来たのが昨日。
一緒に汗を流した過疎の村人たちの幸先いいスタートに気を良くしたからか、昨日のアマンダはテンションが高かった。普段から割に楽しいタイプであるのだが、輪をかけて陽気だったのである。
ジェイは胡乱気な顔で体調はどうか確認していた。流石、アマンダが子どもの頃からの付き合い(らしい)だ。様子が違うことを感じていたのだ。
別れ際セレスティーヌに、万一アマンダが体調を崩したらベッドに転がしておけば大丈夫と言われていた。
健康体のデカい成人男性なので、多少体調が崩れたところで数日寝ていれば治るということらしい。
(……そうは言っても、苦しそうだわ)
『きゅきゅ……』
心なしか心配そうに小さく鳴いたキャロは、アマンダとセレスティーヌの顔を見比べていた。
(お医者様を呼びたいけど、もしかして、勝手に診せてはマズいようなことがあるのかしら)
本人が隠しているので深堀りはしないが、公爵以上、限りなく王家の人間であろうアマンダ。
幾ら彼らが気取らない間柄とはいえ、主を医者にも診せずに寝かせておけというのは、主治医以外に知られてはいけない何かがあるのかもしれないと推測した。
「それに、お家のあれこれを狙う人間にバレて、却って危険な状況になってしまったら……」
小さく呟いて、不安に駆られ意味もなく周囲を見渡す。
命を狙われてもおかしくない立場なのだ。
普段なら大概の人間には負けないアマンダであるが、流石にこんな高熱では大太刀回りも厳しいであろう。そうかといって剣の嗜みもないセレスティーヌが己の身と病身のアマンダを守り切れるとも思えない。
しばし悶々と考えて、ジェイには申し訳ないが戻ってもらうことに決めた。
紙の切れ端に状況を書いて丸める。
窓の外、近くの木の枝にとまるミミズクと目が合う。
アマンダが起きないように静かに窓を開けると、周囲に誰もいないことを確認してから声をかける。
「ミミズクさん、この手紙をジェイさんに届けてもらえませんか?」
『ホゥ』
ミミズクは小首を傾げては、セレスティーヌを見つめたまま鳴き声をあげた。
セレスティーヌは困ったようにミミズクを見る。どうすればいいのか……
多分重要案件が漏れないよう、決まった人間にしか手紙に関する行動を取らないように躾けられているのだろう。
「アマン……アマデウス、手紙、ジェイ」
賢いと言われるミミズクだが、どの程度人間の言葉を理解しているのか判らない。
セレスティーヌはなるべく無駄な言葉を避けて、単語を並べて訴えてみた。
『ちゅ……』
そんなやり取りを見ていたキャロが、意を決して進み出る。
『ちゅちゅちゅ、ちゅちゅーちゅちゅ!』
「……キャロ……」
怖いのだろう。ブルブル震えながら懸命にミミズクに訴えているかのようだ。
『ちゅ、ちゅちゅちゅ! ちゅちゅちゅ、ちゅーちゅっ!』
ミミズクはセレスティーヌの後ろに見える横たわったままのアマンダと、懸命な顔のセレスティーヌ、そしてキャロを交互に見た。
『……ホゥホゥ』
しばらく考えるようにしていたが、二度鳴くと、優雅にゆっくりと羽根を広げて窓枠に降り立った。
『ちゅーっ!』
「キャロッ!」
急に近づいて来たミミズクに怖がったキャロが、窓枠から床に転がり落ちる。丸い身体は弾んで絨毯の上に転がった。
捕食されるものの本能なのだろう。手荒なことはしなさそうなミミズクであるが、恐怖は拭えないらしい。
「だ、大丈夫?」
『ちゅ……』
小さな手を上げて鳴く。大丈夫らしい。ミミズクも心配気に床を覗き込んで、続けてアマンダを見た。しばらく見つめた後、ミミズクは立派な脚を少し上げては通信管の辺りをくちばしでつつく。
手紙を入れろということだろうか。
「じゃあ、これを入れますよ?」
なかなかワイルドな脚と爪に慄くが、手紙を見せてゆっくりと通信管に手を伸ばす。筒状のそれにメモを入れて飛ばすのだ。しっかり閉じてから二、三度確認をする。
「ジェイさんに届けて。お願いね」
『ホゥ』
ミミズクは想像よりも大きな羽根を羽ばたかせて、音も無く飛び立って行った。
午後に後編を投稿致します。




