7 ギョーザ・パラダイス
「何はともあれ、マロニエアーブルと言えば『ギョーザ』よね」
ギョーザ型の擬人化した焼き物を手に取りながら、アマンダが言った。
置物なのだろうか。手足の生えたギョーザはしっかりとした造りである。
「焼き物も色々な種類がありますが、ローゼブルクの焼き物と似た系統なのでしょうか」
薄いもの、厚みのあるもの。赤みのあるものに白磁のもの。枯れた通好みのものに華やかな絵柄のものなど様々に種類がある焼き物だが、二つの領地で作られている陶器は厚みのある渋い色合いの、土の温かみを感じるというのが特徴といえるだろう。
「元々兄弟窯だったと伝えられているし、地質学的に距離からして、粘土の質が似ているのでしょうね」
目の前にある陶器を順番に見ながら、アマンダが解説をしてくれる。
釉薬や焼く温度などで違った表情を見せるそうだ。
食器だけでなくアクセサリーや小物入れなどもあり、ふたりの目を楽しませていた。
「ナプキンリングもあります。可愛いですね」
何の鳥なのだろうか。小鳥をかたどったものや、金属と組み合わせたものなどに加え、なぜだかギョーザをかたどったものもある。
薄い陶器なら旅行中に割れてしまう心配があるが、小さめの雑貨なら割れにくいだろうかと吟味する。
「これだけギョーザを全面押しされると、是が非でも食べなきゃって気分になるわ~」
まだ残暑が残るこの時期、アマンダは冷えたビールでギョーザを頬張るのだろうかとギョーザのナプキンリングを見ては思うセレスティーヌであった。
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マロニエアーブルと言えばギョーザ。ギョーザと言えばマロニエアーブルだ。
最近は他国の領地でも独自のギョーザを打ち出し、生産量も消費量も抜いたり抜かされたりと肉薄して切磋琢磨しているが、ギョーザの名前を出した時にマロニエアーブルが連想される人はまだまだ多いと思われる。
マロニエアーブル地方全土でよく食されるが、ギョーザの聖地と言われるのが領のほぼ中央に位置する領都である。
沢山のギョーザ専門店を始め、ギョーザも扱っている食事処に酒場と、それこそ無数に店舗がある。
ギョーザとは、西の大陸にあるラビオリや、北の大陸のペリメニに似た食べ物だ。
小麦粉で作った生地にひき肉や野菜のみじん切りを混ぜ合わせた餡を乗せ、包んで調理したものである。
こんがり焼き目が食欲をそそる焼きギョーザ。たっぷりのスープで煮込んだ水ギョーザ。こんがり揚げた揚げギョーザに、ふんわりと蒸した蒸しギョーザ。
「わ~、美味しそう!」
「ガーリック臭なんて気にしないで、バンバン食べましょ!」
テーブル一杯に並べられたギョーザに、ふたりは遠慮なく手を伸ばす。
焼きギョーザはやや薄目の皮にたっぷりの餡が包まれている。ブタのひき肉と、キャベツ、白菜、ニラ。ジンジャーとガーリックもしっかり利かせた逸品である。
まだ熱いそれを、ハフハフいいながら酸味のあるタレに絡ませては口に放り込む。
ビールが苦手なセレスティーヌに合わせ、のど越し爽やかなシャンパンをお供に選んである。
「うんま!」
アマンダが健啖ぶりを発揮して、次々と口の中にギョーザを詰め込んで行く。
セレスティーヌは水ギョーザを掬う。
お湯で茹でてタレにつけるもの、スープ仕立てになっているものと様々であるが、ここの店は野菜と一緒にスープ仕立てになっていた。そのまま食べても良いし、勿論タレにつけても構わない。
食べやすいように小さめに包まれ、スープを纏ってつるりとした白いギョーザ。口に運べば厚みのある生地で、もちもちとした歯ごたえであった。
「スープも美味しいです……」
しっかりと旨味の利いたスープは、この店自慢の味だ。そんなスープを味わっては、心も身体もほっこりとするようだ。
テーブルの中央に山のように積まれている、こんがりと黄金色に揚げられたギョーザは、お菓子のようにサクサクである。
半分をそのまま、もう半分は店員さんのおすすめだというあんかけをかけてもらった。とろりと滴る餡が、光を受けて光っている。
「これはお酒が進むわね~。ヤバいわ」
自重するかのように目を瞑って難しい顔をしているアマンダであるが、そこそこ飲める体質である為に、ついつい深酒をするきらいがある。
目の前で酒豪オバケのセレスティーヌが目を光らせているので、一応彼女のストップに従うようにしているのだが。はてさて。
蒸しギョーザの蓋を開ければ、湯気と共にピンク色の花を模ったようなエビギョーザが出て来る。透き通った皮から美しく色づいたエビの身が透けて見えた。
アマンダがもう一つ開けば、緑色の皮に包まれたギョーザが現れる。
「エビギョーザとジェイドギョーザね。女子はエビギョーザ好きよね」
「可愛いですね」
「皮がもっちりしていて美味しいわよ」
縦に横に眺めているセレスティーヌを微笑ましく見遣り、冷めないうちにと促した。
「ギョーザとシャンパンの無限ループにはまりそう」
アマンダはそう言いながら、再び焼きギョーザとシャンパンを口に運ぶ。
明日の口臭が凄いことになりそうだな、とセレスティーヌは思うが、美味しいは正義である。
(気にしない、気にしない)
ふたりは心行くまで本場のギョーザを味わうのであった。
「……これから向かうところは決まっているのですか?」
セレスティーヌが気になっていることを切り出した。
「北から順番にまわろうかなと思ってるんだけど。北部は隣国と国境を接してるし、初代の王の廟のあるルミエールソレール寺院もあるし」
「廟への参拝ですね。建物のあちこちに施された彫刻や、美しい教会が素晴らしいそうですね」
「そうね。昔の名匠が手がけた作品が、あちこちにあるらしいわよ」
現王朝を築いた初代の王が、なぜだかマロニエアーブルへ廟と寺院とを作らせたらしい。
魔除けだとか結界だとか、ミステリー感満載の理由がまことしやかに伝えられているが、現実には理由の説明などは伝えられておらず、真相は藪の中だ。もしかすると本人は周りの人間に伝えていたのかもしれないが、現在にまで伝わってはいない。
現実的には教会――規模や役割からすると寺院であるし、廟というよりもセレスティーヌが言ったように、彫刻や寺院の建物そのものが美しいと言われている、もっぱらの観光地である。
一応王家に恭順やら敬服、忠誠やらの意を表するために参拝をする者もいるが、数百年も前の王様である。多くの人々は風光明媚な景色と地元の食を求めて旅行にやって来るというのが本来である。
(国の要職を務めるお家柄らしく、王家に敬意を払われているのね)
以前、父親が『お偉いさん』だと言っていた。王子の側近であるアンソニーとも友人であるし、国の中央に近しい立場なのであろうと勝手に納得をするセレスティーヌであった。
「まあ、難しいことは抜きにして楽しんだらいいわよ」
アマンダは羽根のついたギョーザを口に入れると事もなげに言い、にっこりと笑った。




