36 次の一歩を・後編
まだ夜も明けきらぬ時間に、城の前に見送りの人が並んでいた。
「何もこんな時間に出ずとも」
国王がぼやく。王妃も同意と頷いた。見上げれば空にはいまだ星が瞬いている。
かなりの移動距離が見込まれるため一刻も早く出発しようという意見と、観光客など他の移動者が少ない時間帯が良いだろうという意見を考慮してのことだ。何せ厄介事を拾ってくるふたりがいるため、少しでも面倒がないようにという配慮である。
すこし離れたところにはタリス一家が揃っていた。
仕事とはいえ、帰ってきたばかりのセレスティーヌを見送らねばならない寂しさと不安は勿論だが、なぜだかアマデウスが再び女装をしていることに全員が遠い目をしている。
……セレスティーヌは大丈夫なのだろうかと思って視線を移せば、にこにこしていつもの旅行鞄を持っており、全く気にしていない様子が見てとれた。
なぜだかほっとすると共に、(問題はないのかな……?)と思いながら、タリス一家は内心で首を捻る。
「それではタリス伯爵。留守中の一切合切はお任せをいたします」
旅支度をしたアンソニーに圧をかけられ、タリス伯爵はしおしおと頭を垂れた。
「は、はひ…………っ!」
アンソニーは、フォレット侯爵家の薬を各島へ追納すると同時にアマデウスたちと一緒に島々の改善点を確認して来ることになった。
…………きっと、新しいあれこれが起こることは間違いがない。
再びあのしっちゃかめっちゃかな忙しさが繰り返されるのかと思うと、タリス伯爵はそっと胃の辺りを押さえた。
「みんな気をつけてね~!」
「セレ様を絶対にお守りしてくださいね!」
明るい笑顔で声をかけるのはグレンヴィル伯爵夫人とカルロの婚約者、クレアである。無事に腕が完治したカルロも護衛騎士をして同行することになったので、その見送りに来ていた。
その後ろではフォレット侯爵夫人がクールな微笑みを浮かべている。
国王の後ろには、王の護衛騎士であり、騎士団を纏める非常に厳ついグレンヴィル伯爵と、財務大臣であるフォレット侯爵が心配そうにしているのが、何とも対照的だ。
「まあ、大丈夫ですよ? お嬢様以外はみんな、そこそこ腕に覚えがありますからね?」
港まで馬車を繰り、かつ陰のまとめ役であるジェイが苦笑いをしながら頷いた。
「……セレ様、これ」
眠そうな顔をしたコリンが、周囲に気遣いながらも小走りに近づいてきた。
膝をついて目線を合わせれば、手には小さな小瓶を握りしめている。
「これは……?」
ぱっと見れば、実物よりも少し大きいが、フォレット侯爵家の丸薬に似ている。
「前に、お薬を玉にして悪者をやっつけたんでしょ?」
「……やっつけてはいないわ……目くらましをしただけよ?」
セレスティーヌが視線を彷徨わせながら答えた。
「……そうなの? まあいいや。中はおじいちゃんが石をトゲトゲにした玉だよ! 頭に刺さってる武器で使うといいって言ってた!」
遥か薄炉の方に控える彫師を見れば、深々と頭を下げた。
確かに頭には、ライアンお手製のスタッフスリングが刺さっている。隠しポケットには幾つかの玉と丸薬も。……いざという時のお守りのようなものだ。
「トゲトゲ……」
よく見れば確かに小さな突起が無数にありデコボコしている。
石ということは当たれば痛いでは済まないかもしれないだろうに、殺傷能力は如何ほどになるのかと考えると背筋に冷たいものが流れる。
「……どうもありがとう」
微妙な表情でセレスティーヌが礼を言うと、コリンが嬉しそうに頷いては、彫師の下に走って行った。
『わん!』
『うきゅきゅ!』
『……ほぅ』
馬車の窓からレトリバーとキャロがまだかと催促をする。
馬車の屋根にはミミズクが、どこか眠そうな瞳を向けて全員を見つめていた。
「それでは行ってきます!」
「気をつけてな!」
手を振る者、頭を下げる者。笑顔に不安顔にとそれぞれに五人と動物たちを見送った。




