ひっそり静かな生活(主観的には)***そのふぃなーれ
本日二話同時に更新しています。どうぞ前話をご確認くださいませ。
「な、なにいってるのエディ……」
反抗期なんて縁のないものだったと思ってた。
早くに結婚した友人たちが子どもの反抗期に嘆いてるのを物わかりのいい顔をして頷きながらも、話し合いが足りないだけじゃないなんて内心哀れにも思っていた前世。
縁がないまま未婚で前世は終えてしまったけれど、やり込んだ乙女ゲーム世界にせっかく転生したのだから、悪役令嬢のバッドエンドなんて回避してみせるし前世知識や転生チートをフルに使ってみせると頑張って、見事にシナリオ期間を乗り切った。
逆ハーなんて馬鹿なヒロインみたいなこと企まずに、でも好感度だけはあげて徹底してフラグ管理したから、メイン攻略対象だったギルはずっとハピエンそのままの溺愛モードで。
生まれたエドワードだって可愛くて私をひたすら慕ってくれて。
ほらね、反抗期なんて母親がしっかりしていればなんということはないのよって。
この世界はヒロインだけのものなんかじゃないって、現実なんだから私は努力で運命を切り拓いたのだと。
だから続編だって攻略させてあげられると疑ってなかった。
エドワードも頭空っぽのヒロインなんかに浮気するような男じゃなくて、ちゃんと婚約者を大切にする王子様に育ってた。賢王の後継ぎという重圧と孤独に蝕まれることなどないように、ヒロインにつけこませるような隙など持たせないように気を配り続けたから。
「ご自分でも可能だと計算できてたでしょう。何しろ魔道具の開発にかけては右に出る者はいないのですから」
「それは単純計算なら、そうだけど、でも、現実的じゃないのもわかるでしょう?発動させて維持させてとなったら、私が一日中魔力を注ぎ続けてないと」
「大げさな。半日程度でしょう」
「いくら私でも半日も注ぎ続けたらもう身動きもとれなくなるじゃない!それしかできない生活なんて一日中と同じでしょう!白竜さえいれば済む話なのに!」
「戦がおきますよ」
何を言っているの。周辺国との関係は良好だ。どこの国も私の魔道具を欲してるし、私のゲーム知識で飢饉や災害回避できたことに感謝している。そうなるようにしてきたもの。
「ルルーシア王国は月竜という存在を崇拝しています。先日非公式に訪れたルルーシア王国第三王子から、その月竜をルイガス村で確認したと、手を出せばただでは済ませられないだろうと警告されました。白竜のことですよ。陛下にも進言済みです」
「そんな……でも、あの国の王は私にそんな」
「いつまでもあなたの奇跡を知る世代ではありません。近々王太子へ譲位することが決まっています。戴冠式への招待状がきていたでしょう?まあ、あなたは出席できなくなりますが」
誰だろう。この子は。冷ややかに見下ろすその顔に、ついこの間まで母上、母上と慕ってくれていた面影が全く見当たらない。
ギルは瞑目したまま動いてくれない。
「王妃の公務は、元々半分以上シャルロットがこなしてました。……恥ずかしいですが、俺の分もそうです。俺たちの手元に来る前に、王妃、あなたが実力主義だと選んだ補佐達がそう振り分けてました。彼女がいなくなった途端に、資料の不足や手配の悪さでまるで仕事が進まなくなるわけです。後はサインするだけの状態までお膳立てされていたんですから……補佐達は全て入れ替えました。なかなか人員が揃わずに時間がかかりましたが、なんとかシャルロットが抜けた穴は埋められる見通しが立てられたところです。後は俺と陛下がかぶれば回せるようになるでしょう」
だから魔力充填に専念できますよなんて笑顔が、つくりもののようで。
ざぁっと血の気が引く感覚に、力が抜けて落ちた腰が椅子に打ちつけられた。
呆然とテーブルを囲む面々を見回して、ちょっとうんざりしてしまうほどシスコンだった弟の眼が虚ろで昏く向けられていることに気づく。なんで?いつから?
「どうして……」
こぼれた呟きが人員の入れ替えについてのことだと思ったのか、ため息とともにエドワードが答えた。
「ええ、確かに王妃が選んだ補佐達の能力はそれぞれの得意分野に限っては高いものでしたよ。けれど多岐にわたる分野を横断して調整する能力ではなかった。組織を動かすためには尖った能力だけじゃ駄目なんですね。簡単でわかりきったことなのに軽視していたんだと痛感しました。シャルロット自身が、時にはシャルロットの選んだ者が補っていたから回ってたんだと、これは宰相たちも追跡調査で出した結論と一致しているでしょう?」
「……采配手腕が見事としかいいようのないものでした」
いつだって私やギルを支え続けてくれた宰相のカルロも、騎士団長のアベルも、魔法師団長のダニーまで、視線を落としたままで。
……どうして?みんないつだって褒め称えてくれてたじゃない。
合理的だって、身分に囚われないって、斬新な視点だって。だってこの世界より進んだ世界を私は知ってるんだから当然の評価だもの。疑うわけない。間違ってたはずなんてない。そりゃあ私は前世ではごく普通のOLだったけど、知識なんてネットでいくらでも拾えてた程度のもので充分だったし。
あの子が、ちゃんとあの子が転生者だったら、きっと私みたいに攻略できたはずなのにと哀れに思った。
私みたいにちゃんとしてくれないと、エドワードまでヒロインなんかに惑わされるようになってしまうじゃない。
だから続編の悪役令嬢にならないように助けてあげたんじゃない。
あの子がいつまでも転生者として覚醒しないから!
「ああ、公務はそれでいいとして、後は子作りをお願いしますね」
「……は?」
何言ってるの?息子に何を言われてるの私。
間の抜けた声しか出なくて、夫であり息子の父親であるギルが黙ってないはずと窺えば、いつの間にか私を感情の見えない瞳で見据えていた。
「避妊薬を使ってましたよね。極秘でシャルロットに手配させていた……思えば昔シャルロットにほのめかされたことがありました。くだらない噂に振り回されちゃいけないと窘めたんですよ。俺は。『ごめんね、あなたに兄弟がいれば支えになってくれたでしょうに』でしたか。望んでるのに叶わないのだと、俺も信じてましたからね」
自嘲に唇の端を歪めて吐き捨てる姿に満ちているのは、あれはなんだろうか。
「結界装置に魔力を充填し続けるのには、王族クラスの魔力量を持つ者がもっと必要ですから。これも力を持つ者の義務でしょう。俺と陛下だけでは次代に続かない。血を繋ぐのは王族の責務です」
「で、でもあなただってこれから」
「はっ、私心なく尽くし続けてきてくれた優秀な婚約者を切り捨てた王家に、大切な娘を差し出す高位貴族がまだいると思ってるんですか。ええ、もうそういうことになってますよ。あの茶番のせいでね―――実態も似たようなものですし」
憎しみだろうか、軽蔑だろうか、どうして私は慈しんできた息子にこんな苛烈なまなざしを突きつけられているんだろう。
「俺はもう中継ぎの王でいいです。弟妹はしっかり育てて繋ぎますから、どうぞ数をこなして俺の次の世代を用意してください」
かぁっと頭に血が昇って熱くなった。
「産むかどうかをなぜ勝手に決められなくてはいけないの!?選ぶ権利は私にあるでしょう。当然の権利でしょう!私の自由なはずよ!」
「……では何故そう言わなかった。当然だと言うなら何故夫たる俺が初耳なんだろうな?」
ようやっと口を開いた夫の眼は、今世では私に向けられたことがない澱んだもので。
けれど、前世では何度でも見ていたそれで。そう、画面の中の彼はそんな眼も素敵でその視線に射抜かれたいなどと悶えたものだったけれど。でもそれは画面を隔ててるから言えることで。
「俺がお前の望みを叶えなかったことなどないだろうに、何故俺にまで黙っている必要があったんだ?選ぶ権利?何を選ぶというんだ?俺以外に?」
「―――陛下、三年です。三年で全て俺が引き継いでみせます。世代交代を進めていいですね」
「ああ、いいだろう。お前の準備期間くらいは王として貢献を続けよう。お前の基盤にもなる。俺は元々王妃以外は何も要らんからな」
嘘でしょう。回避したはずでしょう。ああ、なんでそんなどろどろに濁って蕩けた瞳で。
「王妃、俺以外を求める自由など、必要ないだろう?」
なんで今更ヤンデレ監禁エンド―――
◇◇◇
「風評被害だ!」
いつも通りシルヴァと手を繋いでパン買って、村の出口まできたところで第三王子が仁王立ちしてた。やっぱり暇なんですの?ルルーシア王国子沢山だから一人当たりのお勤め少ないんですの?でもまあ普通は揃えられるもんなら数揃えますわよね。どこの国も王族の魔力は群を抜いてますし、だからこその王族の血筋なんですから。
理にかなってますし、第三王子も暇そうでよいことですわね、と一人うんうんと納得して通り過ぎようとしたら、やっぱり前に回り込まれました。
「普通の獣人は変身しないんだよ!」
「知ってますわよ」
「村の子どもたちがきらっきらした目で狼になってみせてくれって群がるんだよ!!!」
「無理なら無理と言えばいいじゃないですか」
「そのたびにがっかりされるんだぞ!?トカゲちゃんはできるのにってどうかすると憐れまれるとかどういうことだ!」
勢いあまったのかシルヴァを指さした手を、思いっきり叩き落としました。不敬ですし!
「知りませんわ。この子は誰だと聞かれたからシルヴァですって答えただけですもの」
「そこは隠そう!?なんでそんな堂々としてるの!?」
「いやですわー隠す必要なんてありませんでしょ」
村の人たちは、あらまあ色も仲良しっぷりもそっくりだものねぇなんてすんなり受け入れましたし、子どもたちは素直にシルヴァはシルヴァだとわかったらしいです。事実ですし、元々シルヴァは人気者ですし。ただシルヴァと自分を名前で呼ばれるのは嫌うので、二号ちゃんと呼ばれてますけど。
ちなみに竜の姿でくるか人の姿でくるのかはその時の気分です。
「シルヴァは子どもが群がってきても上手に尻尾であしらってますよ。さすが強者の風格ですわ」
「月竜様はシャルロット嬢以外興味ないだけだろ……どうぞ……今月の貢物です」
第三王子が恭しく礼をとると、どこからともなく現れた従者が跪いて絢爛な布の包みを捧げ持ちました。
シルヴァが、くんっと鼻をきかせて屈めば、さらさらした白銀の髪が揺れて冬の陽光を弾きます。珍しく興味がわいたみたいで、包みの端に指先をかけました。
「あら、また?」
「月竜様へって王宮経由で奉納されるんだから仕方ないだろ……」
「馬鹿正直に報告するからですよ」
「馬鹿正直に隠れもしない人に言われたくないからな!?」
「隠れる必要なんてないですし」
ないと思うのがわからんって唸る第三王子を尻目に、シルヴァが私の袖口をちょいちょい引っ張ります。
「ロッティ」
「なあに?」
「これ、好きか?」
従者が捧げ持ったまま広げられた包みの上には、豪奢なネックレス。血赤珊瑚でしょうか。やたらと大きく輝く石が中心に据えられています。
「素敵だけど、シルヴァの眼のほうが綺麗」
「ん」
ほんの僅かに口角を持ち上げるシルヴァは、かなり表情筋の扱いが上手くなってきています。これはドヤ顔ですわ。高く持ち上げられたままの従者の腕が小刻みにぷるぷるしてきてますけど、シルヴァはもう完全に興味が失せたようです。第三王子が諦め顔で従者を下がらせました。
「そこはシャルロット嬢が頷いてくれれば俺も役目が果たせるんだが……」
「やだわ。他人からもらったものをシルヴァが私につけさせるわけないでしょ。私が気に入ればもっといいものをシルヴァがどっかからもってきてくれますわ」
「どっかから」
「どこからかは私も知りませんけども」
「……そっか」
なんだか遠い目をしてますけど、お役目だったんですね。これ。てっきり暇なんだと思ってましたわ。
というか、もういいかしらいいわよねと、また横を通り過ぎようとしたら、今度はシルヴァがふぃっと鼻先を天に向けました。
「シルヴァ?」
きゅっと眉間に強く皺を刻んで鼻を押さえてます。え、どうしましたの。
「あの人間」
「うん?」
「どっかで見た、思った。思い出した」
なんでしょう。シルヴァが他人に興味を持つとかありえないんですけど。ついイラっとしてしまう私の頬にすかさずちゅっと口づけるシルヴァはさすがです。
「前、住処に石とりにきた」
「前?住処って森の泉のとこ?」
泉の石といえば、幼い頃の王妃殿下の武勇伝でしょうか。え、シルヴァってばそれ見てたんですの。
「ん。同じ匂い、今、あたらしい結界、はった」
「あー……間に合いましたのねー」
結界の完全崩壊にはまだ時間があったはずですが、まあ、完成したのならわざわざ危険は犯さないでしょう。あの王妃ならぎりぎりまで粘るんじゃないかとも思ってましたけど。だってあの必要魔力量を考えたら、ねぇ?あの派手好きな方が表に出られなくなるなんて許容できるわけありません。
美しさも若さも保有魔力量に比例しますしね?常に枯渇状態になるなどどうなることか。
でもそんなことより、私より先にシルヴァと出会ってたかもしれないということにざわざわします。
いや今もシルヴァはひどいしかめっ面でざわざわするようなものじゃないってのはわかるんですけど、理性じゃないですからね。こういうのは。
「……シルヴァ、王妃殿下と会ったってこと」
「くさい。すごいくさい。近寄りたくなかった、おもいだした」
「ぶっふぉ」
臭いって!王妃殿下の武勇伝!臭さで勝ち取ったとか最強ですわ!まさに武勇伝!!
第三王子が見かねて心配するぐらい、笑いすぎて動けなくなりましたわ!
「ロッティ、俺あそこの結界ときたい。くさい」
もうやめて!死んじゃう!
ほてった頬にふわりと落ちたのは、初めての雪。
無事編み上がったキマイラの毛をつかったケープは、シルヴァの白銀の鱗にとてもよく映えています。
ケープは勿論お揃いで、私のフードの端をくわえて整えては満足そうにくるると喉を鳴らす。
「なかなかいい感じじゃない?」
「きゅっ」
「やっぱりシルヴァすごい」
シルヴァに穴を掘ってもらって、乾かした木材を組んで小さな屋根と扉をつけて仕上げた保管庫は、実に立派な出来栄えです。私とシルヴァの共同作業です。
もうすぐこの森も雪に覆われると聞いています。
冬の間はシルヴァと二人のんびり籠ることになるでしょう。
第三王子は冬の間だけでもルルーシア王国に来ないかと誘ってきましたけど、別に何の不自由もないですし。
薪の準備だって余裕でできました。シルヴァの魔法でちょちょいです。二回ほど消し炭にしてましたけど。
この森にも新たに結界がはられています。そのうち魔獣たちもシルヴァ好みに育つはず。
ああ、禁呪の森にいる食べ応えのある魔獣は、もうシルヴァがほぼ食べ尽くしたらしいのに、王妃の結界はまだ張られてるようです。まあ気づくこともないでしょうし、シルヴァにとって食べ応えがなくてもそれなりに強いのがまだいるでしょうしね。私には関係ありません。王妃殿下の高邁な理想通り王族の務めを果たしたらよろしいのです。
うふふと含み笑いをすると、シルヴァが頬ずりしてくれます。すべすべでやわらかであったかい。
「今夜はシチューつくろうか。シルヴァが朝とってきてくれたお肉がとろとろになるやつ」
「くるるっくるる」
「あまーいコンポートもつくろうね」
「きゅっきゅっきゅ」
明るい明るい日差しの下で、ちゅちゅってキスして。
私たちはどこでだっていつだって、ひっそり静かに幸せに暮らしていけるの。
これにて完結です!ありがとうございました!





