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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
死霊の森
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向かうべき場所へ

 

 恵美が攫われた。

 吉夫が彼女を救うためには「彼」から指示された場所に向かうことしか残されていなかった。


 ただとある場所が気になった。

 竜の里で戦いを終えた明はその場所について詳しく訊き、そこを訪れていた。


 満月の晩。

 彼らはこの地に縛られし魂たちと敵対し、己のすべてを出し尽くして勝利を得ようともがく。

 目覚めると、まず最初に視界に映ったのは部屋の天井。

 もしかして、ここはアマリリスの従兄が経営する宿屋なのか……? ぼんやりとする頭を働かせつつ、身体を起こそうとすれば倦怠感を味わう。

 これは〈欠片〉の反動と連戦による疲れのせいかもしれない。

 天井を見上げたまま、拳を握り締めた。

 最後の光景が瞼の裏に焼き付いてしまい、それを思い出すと自分が何もできなくて、悔しい。

 突如現れた老人は恵美の感情を封じ込め、彼女が攫われていくのをただ見ていることしかできなかった自分に腹が立つ。

 恵美を助けるためには、あそこにいる「彼」と決着を先につけなければならない。そうしなければ再び魔殺しを振るうことさえ叶わず、また「彼」も救われないまま永遠とあの場所に囚われ続ける。

 あの場所にはあいつも――明もそろそろ向かっている頃合いだろう。明もまた、為さなければならないことがあるから、出会えるのが楽しみだ。

 そんなことを考えていると下から賑わいに満ちた声が聞こえてきた。注文する声と野太い笑い声、下品なことを言い合う声など。

 間違いない。ここは宿屋の赤きしっぽだ。時間帯はたぶん、昼頃かもしれない。

 下から聞こえる声を無視してくて、動かない身体でできることは何かと悩んでいると自然と恵美の顔が脳裏に浮かび上がると、こんなことを口にしていた。


「会いたいな」


 いつの間に当たり前のように隣にいた彼女がいなくなると、胸のどこかに穴が開いたような喪失感を感じた。

 ここまで恵美との出会いを振り返ると、なかなか楽しい時間で、前世の影響で寝る前に彼女の額に口づけをすることまで思い出して頬が熱を帯びたように熱くなる。

 さり気なくやっていたことだけども、こうして自覚するとかなり恥ずかしいが、恵美ははにかんで頬を赤らめていた。

 だから、彼女と一緒に過ごせる時間を取り戻すために、絶対に「彼」に負ける訳にはいかないと覚悟を固めるとタイミングよく規則正しいノックの音が響く。

 返事するよりも早くドアが開かれ、こちらに入ってきた相手に驚いた。それは相手も同じだったみたいだ。

 青と茶色の瞳を見開いた尖った耳を持つ少女――レナ。桃色のドレスではなく、いまは質素な服を着ている。敵であるはずの彼女がどうしてここに、と警戒しながら睨みつけているともう一人部屋に入ってきたのは鈴音だった。

 目の端に涙を浮かばせたレナは俺の視線から逃れるように、鈴音の背中に隠れる。


「うう……リンネさぁん」

「やめんか、よっしー。レナは命の恩人なんやから、そこまで警戒しなくてもええやろ」


 近づいた鈴音はそのままベットに座り、俺の頭を彼女の膝の上に乗せられて――頬に冷たい何かが触れた。見上げてみれば、夜を映し出したような深い両眼から涙を零す鈴音が視界に映る。


「レナがおらんかったら、よっしーは生きておらんかったからなぁ……」


 ぐずっと鼻を鳴らして、泣きじゃくる鈴音にどれほど危険な状態だったのか、といまさら思い出した。ラエンとの戦闘であちこち火傷して、炎の獣に脚を噛まれ、おまけに老人によって腕は消滅したけれども、なぜかは元通りになっている。

 こうして思い返してみると、命を落とさなかったほうが不思議なくらいだ。


「生きているって、いいもんだ」

「なに感心しておるんやぁ、ばかっ。あほっ」


 鈴音に罵られ、ぎゅっと首に添えられていた両腕に力が込められていく。おろおろと様子を見守っていたレナだが、俺が窒息しかけていることを察して鈴音に声をかけた。


「あ、あのリンネさん……。そろそろ、いいですか……? 治療してあげる前に昇天しそうなんですが……」

「ご、ごめんな、よっしー」


 鈴音は首に込められていた力を抜けたおかげで、先ほどよりも息がしやすくなった。だけど、彼女は膝枕をやめるつもりはないのか、俺の頬を撫でながら恥ずかしそうに目を逸らす。

 長年、鈴音と明の三人で過ごしてきたけれども彼女が人前でこういう表情をするのは、滅多にない。

 この表情を忘れないようにしっかりと脳裏に焼けつけておこう。こちらの視線に気付いた鈴音はむすっとした顔で、ふんっと鼻を鳴らすと指でぐりぐりと頬を刺激していく。

 泣き顔を見られて恥ずかしいのはよくわかったから、地味に痛いからやめてくれ、鈴音。

 柔らかな膝枕を堪能すると同時に頬を弄られるのを味わっていると、レナが背筋を伸ばし、何度か深呼吸してから――透き通るような声を響かせながら歌を紡ぐ。

 聞く者に安らぎと平穏を与えるような歌は草原と青空を連想させ、彼女の歌に耳を傾けているとあれほど感じていた倦怠感が身体からなくなっていく。

 レナが歌い終えると、余韻が静かに響く。一階にある食堂はあれほど騒がしかったはずなのに、彼女の歌が聞こえたせいか、妙に静かだ。

 こうしてじっくりと落ち着いて聞くと、彼女の声は安らぎを与えてくれる。感謝と称賛の言葉をレナに贈ると、彼女は寂しそうに微笑む。


「わたしにはそれしか取り柄がありませんもの」

「それでも、充分すごいことだよレナ」

「ありがとうございます」


 しばらくすると一階からは「歌姫があいつと一緒にいるなんて、何かの間違いだぁ!」という雄叫びが響き、賛同するように声を上げる人々に俺たちは笑い合う。

 笑い合ったあと、レナはどうしてここにいるのか語ってくれた。アレク様にはもうわたしは必要ないので、捨てられました、と簡素に説明してくれて、そんな彼女に声をかけたのが鈴音。

 うちたちと一緒におらん? と誘われて、自分の居場所さえなかった彼女は迷わず手を取り、そして俺の治療をしてくれているという。……俺の見間違えでなければ、あの二人は殺し合いをしていたはずなのになんでこんなにも仲がいいのか、よくわからない。

 それでも、彼女には感謝しなければならない。


「ありがとう、レナ」

「どういたしまして。あ、ヨシオさんは二日ほど寝てましたので何か食べ物を持ってきますね」


 こっちが何も食べてないことを思い出したレナは部屋から出て行き、やがて俺と鈴音の二人きりとなってしまう。

 お互いに言葉を発することなどなく、ただこうして傍にいるだけで心地よい。それでも話したいことはいっぱいあるはずなのに、こうして二人きりになると何も言えなくなる俺は前世について問いかけようとしたら前触れもなく部屋のドアが開かれた。

 入ってきたのは巴だった。ずんずんと距離を詰めてきた彼女は俺が鈴音に膝枕されているのを目にすると唇を尖らせてしまい、何か言われるかと思えばベットに腰をかけて手を握り締められた。

 握り締められる時、彼女の手が震えていたけれども徐々に収まっていき、安心したように巴は微笑んだ。それから他愛もないことを話しているとドアが開かれ、レナが入ってきた。

 彼女が持って来てくれた昼食はミートパイで、彼女が部屋に入ると香ばしいにおいが鼻孔を刺激してしまい、二日ほど寝ていたせいか、腹がぐぅと鳴く。

 それを聞いた彼女たちはくすくすと笑い合い、恥ずかしくなった俺はすでに一口サイズ切られたミートパイをもらい、味わう。

 こんがりと焼けた表面はさくさくと、中はとろりとあふれたチーズと小さく切られた色とりどりの野菜が口の中で溶けていく。

 他の三人も美味しそうにミートパイを味わいながら、ガールズトークを繰り広げていく。

 彼女たちの会話を聞き流しながら、次の一切れを口にするとピリッとする辛みが口の中に広がる。不意打ちの辛さに驚いたものの、いままでチーズと野菜しかなかったのにこれは肉入り。肉汁と唐辛子の二つがよく絡み合い、辛い食べ物が好きな人にはおすすめできる。


「あ、そういえば一つだけ辛いの混ざっていると聞いてました」

「レナ。お兄ちゃんは辛いの好きだから問題ないよ」

「そやそや。激辛ソースをかけても平然としておるからな」

「えっと……味覚音痴じゃないですよね?」

「たぶん」


 女性陣が呆れた視線を向けてくるが一体俺は何をしたのか、思い当たることはない。

 食べ終え、皿を一階に持っていくと彼女たちに告げると巴も一緒に行くことに。

 一階に下りれば予想通りに野郎ばかりが食堂にいて、昼なのにジョッキを傾けて麦酒を飲み干し、ここにいる女性冒険者に声をかける奴もいた。

 女性冒険者は珍しいことではなく、彼女たちは日々の生活を稼いでいる、とアマリリスから聞いたことがある。


「どこにいるんだ」

「あの二人なら目立ちますからね」


 食器を返すだけじゃなく、ヴィヴィアルトに相談しなければならないことがあるから、いつも彼女といるアマリリスを探す。目立つ銀髪と赤髪の二人組はここで昼食を摂っている

 目立つ銀髪と赤髪の二人組を探していると――


「やあ、おはよう。いや、こんにちはだね」


 アマリリスの従兄に声をかけられ、手にあった皿を奪われる。気配もなく急に現れるとさすがに心臓に悪い。巴も目を見開かせており、彼女さえも気付かなかったアマリリスの従兄は相当の腕前だろう。

 俺たちの反応に見慣れているのか、彼は苦笑している。


「疲れは取れたかい?」

「そこそこ、だな」

「そうかい。あ、そうそう。歌姫のおかげで最近売り上げ伸びているから、感謝しているよ。それと君の探している二人はあそこにいるからね」

「おう、助かるよ」


 彼に教えられた先には、ヴィヴィアルトと机にうつ伏せになっているアマリリスがいた。アマリリスがこっちに気が付くと、手を振ってきてくれたので俺たちは彼女たちの席に向かい、使われていない椅子を引き寄せて座る。

 テーブルの上には半分ほど残ったジョッキと、炎の国では酒の摘みとしてほとんどの人が食べる鶏の心臓焼きがあった。


「もう起きても平気なの?」


 アマリリスはつまようじで心臓焼きを刺しながら問いかける。


「動く程度なら大丈夫……かもしれない。なあ、ヴィヴィアルトってもしかして……麦酒でも飲んだのか?」

「麦酒じゃなくて、ぶどう酒ね。ヴィヴィはちゃんとジュースを頼んだはずだけど、何かの手違いでこれが来たのよ。ヴィヴィったら、酒を飲んだら酔い潰れることぐらいわかっているのに」


 ヴィヴィアルトに苦笑しているアマリリスは、彼女の赤くなった頬をぷにぷにと突いている。触り心地がいいのか、やめる気配がないアマリリスを見た巴はヴィヴィアルトの反対側の頬をぷにぷにと突く。

 もしもこれでヴィヴィアルトが起きてくれるなら、俺としては助かるが……起きそうもないので、彼女を二階に連れていかないか、と提案する前にうっと小さなうめき声が聞こえた。

 テーブルにうつ伏せになったいた頭が上がっていき、閉ざされた目は開かれるけれどもぼんやりとしている。


「よひおひゃん……おひゃようござい……」

「もう昼だぞ、ちびっ子」

「ですから、ちびっ子って言わないでくださいって何度も言いましたよね!? ぶった斬りますよ!」


 覚醒していない彼女に向かって、お決まりの禁句を言えば目覚めてくれた。が、今回ばかりは洒落にならなかった。「ぶった斬りますよ!」と彼女が言い終えた時には鋭い銀の一閃が迸り、遅れてテーブルが切断される。

 眼前には銀色の剣を構えたヴィヴィアルトがいて、そんな彼女に対してアマリリスは「酔ったヴィヴィって、すっごく面倒なのよね」とこっそりと教えてくれた。それ、早めに伝えてくれてもよかっただろう。

 斬られなかったことに安堵の息をつく俺はいま、ヴィヴィアルトがまともに話を聞けるのか不安を抱きながら訊いてみた。


「なあヴィヴィアルト、ちょっとだけ俺の話を聞いてくれるか……?」


 声をかけると、彼女はぼんやりとした目で俺のほうを向いて、銀色の剣を鞘に収めてると小さく頷く。その間に巴が店員に水を頼み、アマリリスは野次馬どもに何でもないと説明していた。


「単刀直入に言わせてもらう。ヴィヴィアルト、飛翔翼を貸してくれないか? 恵美を助けるためには、どうしても行かないといけない場所があるんだ」

「いいですよ」


 どこに行くのか、詳しいことなど聞かずにヴィヴィアルトは緋色に輝く羽を懐から取り出して、それを渡した。飛翔翼は一度行った場所ならばどこでも行ける便利な魔導具で、あっさりと寄越す彼女に感謝した。

 ヴィヴィアルトは定員から渡された水を飲み干すと、俺に頼む。


「ヨシオさんがどこに行くのか、わたしにはわかりません。でも、いまはこれが必要なんですよね。だから――お願いします、ヨシオさん。絶対にメグミさんを取り戻してください」

「そんなもん、言われなくてもするつもりさ」

「ふふっ。ヨシオさんらしいですね。……もうっ、子供扱いしないでくださいってば」


 彼女の銀色の髪を撫でれば、さらさらとした手触りが返ってくるからずっといじっていたくなる。恥ずかしそうに照れるヴィヴィアルトは目をそらして、頭を撫でられていた。

 俺の隣で羨ましそうに見つめる巴には、あとでしてあげないとな。

 大人しく頭を撫で慣れていたヴィヴィアルトは思い出したかのように、そのことを口にした。


「あの、ヨシオさん。メグミさんを取り戻すためには聖都に行く必要がありますよね? わたし、船の手配だけしておきますので、帰ってきたらすぐにそこに向かいますよ」

「頼むよ、ヴィヴィアルト」


 余談だが、地下都市スビソルを超えた先には港町があり、船を使えば目的地である都市――聖都、歌と芸術として有名な水の都、様々な種族が住む魔の国、魔法文化が発展している魔術都市まで行ける。

 最後にヴィヴィアルトからは焦らないでくださいね、と最後に忠告されてから俺たちは別れの挨拶を済ませた。


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