『 ノリスとエリー 』
僕はジョルジュさんの求婚の儀から戻ってきたところだった。
僕が服を着替えている間に、すっかり熱も下がり元気になった
エリーがお茶を入れてくれている。
僕は着替えている間にも、今日の出来事を早くエリーに伝えたくて
うずうずしていた。足早に居間に行きソファーへ腰掛ける。
ちょうどエリーも紅茶を入れ終わりトレーにのせ机の上に置き
僕の隣に寄り添うように座る。色々話したいことはたくさんあるけれど
まずは、エリーに渡したいものがあった。
「エリー、セツナさんがこれをエリーにって言ってくれたんだ」
僕はポケットの中から小さな丸い石を取り出す。
エリーは手のひらを僕の方へ差し出し僕はセツナさんから貰ったものをそっと置いた。
「なんだろう?」
「その石を軽く握って"再生 "って言ってみて」
エリーは少し首をかしげながらも僕に言われた通りに石を軽く握り
" 再生 "と呟いた。
「えー……」
エリーが握っているものは、セツナさんが作ってくれた魔道具だった。
きっとエリーの頭の中には、今日僕とセツナさんが見てきたものが
頭に流れているんだろう。
最初は驚いた表情をみせ、次第に真面目な顔つきになっていく。
そして少し目が潤み……全てを見終えたのか手のひらの石を大切そうに
両手で握り締めて胸の辺りに持っていき、余韻に浸っているようだった。
そんなエリーを見ながら僕は今日までの事を振り返っていた……。
ギルドでセツナさんと出会って僕とエリーの運命は大きく変わった。
運命なんて言葉は少し大げさかもしれないけれど、セツナさんがいなかったら
僕とエリーが育てた薔薇をシニアスに取られていたはずだから。
そうなっていたら、僕達は今こうして幸せな気分で居られなかっただろうし
今日のあの素晴らしい光景を見る事も出来なかった。
「……ノリス」
エリーがまだ夢の中にいるような表情で僕に話しかけてくる。
「なに?」
「綺麗だった。全てが綺麗だった……私達が育てた薔薇が
あんなにたくさんの人の前で、美しく咲いたんだよ……。
ソフィア様もとても幸せそうな顔で薔薇を見つめてくれてた……」
「うん、本当に綺麗な光景だったよ」
エリーは感極まったのか、流れてきた涙を自分の手の甲で拭う。
「育ててよかったね。諦めなくて良かったね」
次から次からあふれてくる涙を一生懸命自分の手の甲で拭う彼女を
ぎゅっと抱きしめた。
「うん」
こんな形で、僕達が育ててきた薔薇が認められたのはとても幸せな事だった。
大勢の貴族や王族の前で僕が育てたと宣伝する事ができたのも幸運だった……。
これで、シニアスがこの薔薇を自分のものだと言い張る事が出来なくなったのだから。
そこでもう1つ大切な事を思い出しエリーに伝える。
「エリー、ジョルジュ様とソフィア様が僕達のお店の後ろ盾になってくれるって」
僕の言葉に、僕の腕の中にいるエリーが目を見開いて僕を見上げる。
「え!? それって……」
「シニアスに脅えなくてもいいって事だね」
「どうしてそんな事に?」
「ジョルジュ様が、セツナさんが僕のお店で働いている理由を聞いたんだ」
「なるほどね、男性の冒険者が花屋で働こうとは普通思わないものね」
そういって、笑うエリー。
「でね、セツナさんから理由を聞いてジョルジュ様が
人の努力の結晶を苦労せずに奪うのは許せないとおしゃってね
申し入れてくださったんだよ」
エリーは僕の手を握りながら目を輝かせる。
「これで心置きなくお店で働く事が出来るのね!」
僕の腕の中で嬉しそうに笑うエリーに僕も笑い返して頷いた。
エリーは僕の腕の中から抜け出すと、現実的なことを聞いてくる。
エリーの気持ちの切り替えのすばやさは何時も感心するところだけど……。
もう少し甘い気持ちに浸らせてくれてもいいのにと思わなくなかった。
「セツナ君にお金は返せたの?」
「返せたよ、僕達に借金もなくなったよ」
「……すごいね、この短期間で金貨2枚以上稼げたって事でしょう?」
「うん……でもね、セツナさん魔道具のお金まで花屋の売り上げとして入れてくれたんだ」
「え……?」
「薔薇の値段が半銀貨1枚で売れたって言うのも驚きだったけど
セツナさんの魔道具が銀貨1枚、細工料金が半銀貨1枚だったでしょ?」
「うん」
「12日間で、金貨2枚と銀貨4枚全部店の売り上げとして入れてくれたんだ」
「えー……どうして?」
エリーは僕を首をかしげて見つめた。
「……僕とセツナさんが作り上げたものだからって……。
僕達のお店で受けた依頼だから売り上げはお店のものだろうって……」
エリーの顔が少し曇る。
「うーん……」
「僕は花を提供しただけで
セツナさんの発想と魔法がなかったら出来なかった事だって言ったんだ。
だから、僕は花の代金だけもらえればいいって……花の代金にしても
半銀貨1枚なんて値段がつくとは思わなかったしね」
「……」
「だけどね、セツナさんがこの計画が実行できたのは
僕達の薔薇があることが前提だったっていうんだ。
僕達の薔薇がなければこの発想は思い浮かばなかったし
ジョルジュさんの想いがなければ成功しなかただろうって」
「じゃぁ……私達だけ……得したんだね。
ジョルジュ様は高いお金を払ってくださったでしょう?
セツナ君は結局自分の魔法や発想を使って、私達に貸したお金を自分で稼いだのね」
エリーは少しつまらないという顔で俯いて
「セツナ君にとって全然いいこと無いじゃないの……」
僕はエリーにそう話しながら、セツナさんの言葉を思い出して笑ってしまう。
「なーに? ノリス、思い出し笑い?」
「エリーと同じ事をセツナさんに言ったらね……?」
「いったら?」
「僕はすごく楽しかった……。楽しいと思えることに魔法を使って
自分の発想を形にして実現できたときの喜びはお金以上のものがあるって」
そう……あの時のセツナさんは本当に楽しそうだった。
何時も冷静な雰囲気を纏っていて飄々としている彼が本当に楽しそうに笑ってた。
「……」
黙って何かを考えているエリー。
エリーが何を考えているのかは大体想像がつく。
「納得できない?」
「私には無理……。楽しみは楽しみ、お金はお金だわ
そうやって考える事が出来るのは……苦労した事がないからだわ」
エリーの考えている事が、僕の思う通りだったことに
僕は少し悲しくなった。暗く沈むエリーに僕はセツナさんから聞いた事を話す。
「エリー、それは違う……セツナさんも僕達と同じだよ」
「なにが?」
「セツナさんは、帰る国も場所もないんだって……。
両親のことも覚えていないらしい……」
「え?」
「……エリー、自分以外の人を主観で判断するのはやめた方がいい。
その人がどういう道を歩いてきているのかわからないんだから」
「……」
「それに、セツナさんは僕達がハネスだから特別に依頼を受けてくれたわけじゃないよ」
エリーは少しばつが悪い表情を僕に向ける。
「エリー、セツナさんの魔道具が高いって話してたよね」
エリーは素直に頷く。
「ジョルジュさんが後から教えてくれたんだ。
時の使い手は、今世界にセツナさんをいれて3人しかいないんだって
だから時の魔法がかかった魔道具は、僕達が考えるよりも相当高い値段がつくって……。
あれだけの魔道具と細工をしてもらおうと思ったら今回の3倍の値段はするって言ってた」
ジョルジュ様は……こんな事に魔法を使う魔導師は居ないから
相場なんて無いものだけどなっとも話していたけれど……。
エリーはただ僕を見つめて
そして思い出したように手のひらにある石を凝視する……。
「エリーの考えていることは正しいよ、それも凄く高価なものだよ」
「……なんで? どうして、そこまでする必要があるの? 理解できないよ」
「その魔道具は、僕が……エリーにも見せたかったってセツナさんに言ったんだ
そしたらセツナさんが僕に作ってくれた……」
エリーはハッとして僕を見つめ謝った。
「ごめんなさい……」
「エリー、セツナさんはジョルジュ様にも同じようにその石を渡していた
僕とジョルジュ様に対する態度の違いは何処にも無かった。
僕のことを特別扱いすることも、ジョルジュ様を特別扱いする事も無かった
僕達4人の思い出ですからねっと言ってその石をくれたんだ」
4人の中には、エリーも入っている。薔薇を育てたのが僕とエリーだから。
エリーがセツナさんの好意を素直に受け入れられない
理由を僕は理解できる、理解できるけれど……それでは駄目なんだ……。
「エリー、余裕があるから人を助ける事が出来ると僕もおもう。
その点で言えばセツナさんは人より余裕があるんだろうね。
魔法の腕も知識も一流だから困ったら何をしても食べていけるだろうし」
「……」
「だけど余裕がある人からの善意を全て施しだとおもうのは間違っているんじゃないのかな?」
エリーは俯いたまま何も言わない。
僕もエリーも、人々の善意の上に生活が成り立っている時期が多かった。
施されなければ生きていけなかった。だけど、そのことで嫌な思いも沢山経験した。
僕たちにも矜持や誇りというものがあると気がつかない人が多かったのだ。
もちろん、そういう人ばかりではないことも僕は知っているし
エリーもちゃんとわかっているはずだ。
僕達を大切にしてくれたシンディさんやラグルートさんみたいな人が居る事も。
「セツナさんは、ただ自分の出来ることを出来る範囲でしているだけだとおもうな
そのできる範囲が……人よりも広いけどね」
「……お人よし過ぎないかしら……」
「確かに、お人よしの部類にははいるんだろうけど……。
セツナさんはそんなに甘い人じゃないよ……」
そう、セツナさんは人を選ぶから。きっと僕がただ助けを求めるだけの人間なら
セツナさんはここまで僕を助けてくれなかっただろうとおもう。
それがちゃんとした依頼で、依頼にみあった報酬ならそんな事も無いのだろうけど。
依頼と報酬がつりあわなければ……セツナさんは自分が負う責任と同じだけの覚悟を
依頼主に求めるんだ……。
「そうかな?」
「そうだよ、君の傷を治していたときも話していただろう?
セツナさんが僕達に協力してくれるのは、僕達が自分達で出来る限界まで
やりきっていたからだ……」
「……」
「エリー、僕達が孤児であることは一生変わらない。
僕達はセツナさんみたいに多彩な才能は無いけれど
それでも、今回セツナさんが守ってくれたように
僕達もこれから守られる側から、守る側になればいいだけの話なんだ」
僕達が受けてきた恩恵や善意をたくさんの人に還元できるように。
僕の言葉にエリーが顔を上げて問う。
「守られる側から……守る側へ……?」
「うん……。セツナさんがセツナさんにしか出来ない事があるように
僕達には僕達しか出来ない事がある。花の栽培もその1つでしょう?
今はまだ僕達の力は未熟かもしれないけれど……いつかセツナさんにも
恩返しが出来るときがきっと来ると思うんだ」
「例えば……?」
「そうだな……例えば……。セツナさんが結婚するときに大きな花束を贈るとか?
また、新しい花をつくってセツナさんの名前をつけるとか?」
「え……。それはなんかセツナ君嫌がりそうだよ?」
セツナさんの嫌がる様子を想像したのかクスクスと笑うエリー。
そんなエリーを僕は目を細めて見つめる。
「セツナさんは、僕達よりも人を受け入れる器が大きいんだとおもう」
自分の懐にいれてしまったら、セツナさんはきっと最後まで守りきるのだろう。
「……どうせ私は何時も卑屈ですよ……」
エリーのセリフに僕は、プッと噴出して笑う。
何かを吹っ切ったようなエリーの表情に僕は少し安堵する。
「まぁ、エリーはもう少し好意を素直に受け入れる事も覚えた方がいいかもね」
「うん……」
「確かに……与えられるばかりの施しはいやになるけどね?」
エリーと視線があい、お互い苦笑する。
エリーは手のひらにある小さな石を握り、手を祈りの形に組む。
「セツナ君に、心からの感謝を……」
今までもエリーはセツナさんに感謝していたはずだ。
だけど、その好意を素直に受け取ることが出来なくて色々な葛藤があったんだとおもう。
素直になったエリーの表情はとても穏やかで本当に幸せそうに笑っていたのだった。
そんなエリーを見て僕も幸せな気持ちで心が満たされた。
僕はエリーの額に口付けを落としてその幸せをかみ締めていたのだった。
お互い何も話さず、夜のしじまに身をゆだねていたけれど。
明日も仕事があり、朝早いことを思いだす。
「そろそろ寝ようか? 明日も早いしね」
そういう僕に、エリーが僕の手に自分の手を重ねながら聞いた。
「ノリス、寂しい?」
「うん?」
「明日で、セツナさん終わりだよね……?」
「……」
そう……エリーの怪我がなおり、セツナさんがもう大丈夫と言ってくれたのだ。
依頼の期限は、エリーの怪我が治るまで……。
エリーは明日から一緒に働く事になっている。
明日は僕とエリーとセツナさんで働く事になっているのだ。
「ちょっと寂しいかな」
「ちょっと?」
「うん、ちょっと」
「どうしてちょっとなの?」
「毎日話ししていた人が居なくなるのは寂しいけど
セツナさんと会えなくなるわけじゃないからね」
「そうなの? 旅に出るのかと思ってた」
「もう1つ依頼があるらしいよ。
だからまだしばらくはこの国に居るって」
「そっか、それなら遊びに行ったりできるね」
「そうだね」
あまり友人がいない僕を心配してくれていたようだ。
確かに、セツナさんといた期間はとても楽しいものだった。
セツナさんは花が好きなのか、蕾から花開く様子を何度見ても
嬉しそうに眺めていたし……。
-……。
「ふ……ふふ……」
いきなり思い出した事に、思わず手の甲を口に当てて笑ってしまう。
「また、思い出し笑い……気持ち悪いよ?」
エリーの辛辣な言葉に、すこし心に傷を負う。
「いや……セツナさんがはじめて花束を売ったときのことを思い出して」
「何か面白かったの?」
「女性が買っていったんだけどさ……。
あれは、花が欲しくて購入してくれたんじゃなくて
セツナさんが女性に笑いかけたからそれに見とれて思わずって感じで」
僕の言葉にウンウンっと頷きながら肯定するエリー。
「……女性の気持ちがわかるわ。あの顔で優しく笑われると……抵抗できない」
「……エリー?」
「え……え? 私は違うよ?! 私はノリス一筋だから!」
エリーのあわてて言いつくろう様子に疑問を抱きながらも話を続ける。
「セツナさんは気がついてないんだけど……。
女性達の間でセツナさんを見守る会が出来てるんだよ」
エリーが驚いた顔をして僕を見て
はぁ?っと訳がわからないという風に声を出した。
「いや、店を開いたときにシニアス商会の人が難癖つけてきたことは話したでしょう?
その時にセツナさん一言も言い返さなかったらしいんだよ」
「どうして……?」
「面倒だったんだって」
「……」
「それで何も言い返さなかったことから……女性達が勘違いして」
僕がそこまで言うと、エリーが気がついたのか答えを言った。
「セツナ君に母性本能くすぐられちゃったわけなんだね」
「うん、かなり面白いことになっていたなぁ……」
女性達が時間を決めてセツナさんを見守りにくるのだ。
まるで巡回騎士のように……。
「……」
「どうしたのエリー?」
「ちょっと! 明後日からどうするのよ!?」
「どうするって……?」
「セツナ君が店に来なかったら、大変な事になるじゃない!」
エリーのセリフに僕は今頃気がついた。
集団の女性の力は怖いのだ……。
「……どうしよう」
僕とエリーは顔を青くして……明後日からの女性達に対する対応を
考えたのだった……。結果から言うと、不思議と何もおこらなかった。
2人で身構えていただけあって、少し拍子抜けしたけれど……。
安堵した事は言うまでも無かった。
きっとセツナさんが何かしたんだろうという事になり。
僕達は1つ目の夢をかなえたのだった……もうひとつの夢が叶うのはもう少し先の話。
「あっ! セツナ君に私の手料理を食べてもらってない!
ノリス今度ギルドによってセツナ君に暇な日を聞いてきてね!」
「……」
そうやって笑うエリーの笑顔はとても生き生きとしたもので見とれてしまうぐらい
可愛かったけど……エリーの言葉に僕は嫌な汗が流れるのをとめる事が出来なかった。
読んでいただきありがとうございます。





