『 僕と王妃と建国祭 』
僕の頭にいきなり剣が振り下ろされる。それは、重量のある両手剣。
僕はその状況に驚きながらも、その攻撃を魔法ではじいた。
僕に攻撃を仕掛けた人物は、1度僕から距離をとり剣を構え直す。
その人をチラリと見て、周りを見て僕はため息をつく。
そして、玉座のまえで……視線を一身に浴びながら
持っている上着を身に着けるのだった。
「さすがに……これはないよね……?」
愚痴を声に出してしまったのは、仕方がないことだと思う。
約束の時間には……まだ30分も早いのだから……。
僕が誰だか認識したのか、僕に攻撃を仕掛けてきた人物は剣を構えながらも
僕に攻撃を仕掛けようとはしなかった。
その人物の後ろで、僕の出現と行動に度肝を抜かれていた騎士や大臣たちは
固まったまま僕を凝視していた。
大勢の人間に着替えを見られるのはとても恥ずかしいのだが……。
上着を身に着けないことにはもっと恥ずかしい。
僕に攻撃を仕掛けた人物の次に
我に返ったらしい騎士が僕を怒鳴りつけた。
「セツナっ! お前こんなところで何をしている!」
僕は、身だしなみを整えながらチラリとサイラスを横目で見るが
僕の準備がまだ終わっていないので無視することに決める。
色々注文が多いのだ……今度の依頼は……。
部屋においてきたカバンを手元に呼び寄せ、カバンの中から黒色のマントを取り出す。
そのマントを肩にかけ、次に剣を取り出し剣を腰のベルトに吊るす。
そして最後に、顔の半分を隠すマスクを顔につけた。
映画で言うとオペラ座の怪人みたいな感じの……。
上から下まで真黒の騎士の服。顔につけるマスクも黒色。
靴も黒だ。ちなみに髪の色は銀色だ目は紫のままだけど……。
すべての用意が整ったので、僕は姿勢をただし全員のほうへと視線を向ける。
僕の動きに騎士達に緊張が走る。ユージンさんとキースさんも訝しげに僕を見ていた。
サイラスはじっと僕のほうを睨んでいる。
僕は口元に笑みをつくり、優雅に見えるようにゆっくりとお辞儀をする。
その際、頭を下げ終わる直前に右手が胸の前に来るように計算しながら。
そしてゆっくりと上体を起こし、全員に聞こえるように挨拶の言葉を口にするのだった。
「お初にお目にかかります……。私は、王妃を守る騎士……。
王妃の後を追うと言うのなら……私がお相手いたしましょう……。
私の命のある限り……王妃の邪魔はさせません……」
感情を込めない棒読みでセリフを言った後、マントを翻し剣を抜く。
「セツナ! 何のつもりだ!」
サイラスが僕の棒読みのセリフを無視して、僕自身に話しかけてくる。
そこは、少しぐらい突っ込んでくれてもいいじゃないか……と思う僕。
王妃のせいで最初から破綻している演劇を演じているのに……酷い話だ。
-……もう帰りたい。
遠くを見そうになる気持ちをぐっとこらえ、口元に不敵らしい笑みを浮かべる。
サイラスが、痺れを切らしたのかこちらに向かってこようとするが。
僕は風の魔法でサイラスの足元に、横一本の線を入れた。
「その線を越えてきた者から……殺します」
もちろんこのセリフも棒読みだ。決められたセリフなのだ。
しかし、鈍いサイラスは気がつかない……青い顔をして僕を見る。
-……。
サイラスが僕に何かを言う前に、大きな笑い声が部屋に響いた。
その人物は、僕に攻撃をいれた人物だった。
「準備をすべて見せておいて、はじめましてはないだろう……」
「私もそう思うんですけどね……」
「貴殿が現れた、あの状態から作戦通りなのかね?」
「……いえ……すべて準備してから、来るはずだったんですが。
色々予定が狂ったみたいですね」
「そうか……」
面白そうに笑っていた顔が、スーッと引き締まり
サイラスのそばまで行き、床に引かれた線の手前で止まり僕を見る。
「その線を、越えるか越えないかはともかく……。
国王と王妃は何処にいる……」
ピリピリとした殺気を僕に向けてそう問いかける。
僕は、王妃のせいで色々とばれてしまっているので素直に居場所を告げた。
「国王様と王妃様は、国王様のお部屋にいらっしゃいますよ」
僕の言葉に、そこにいる全員が驚いたように僕を見た。
「なぜ?」
「理由は僕からは話せません」
「貴殿の目的は何だ?」
「貴方方の足止めですね」
「足止め?」
「ええ、国王様との逢瀬を邪魔させるなという王妃からの依頼です」
「その足止めは、どのぐらいの間だ」
「4時間ほどです」
「4時間、私と手合わせするかね?」
「先ほどの一撃で、貴方との勝負はついているかと思われますが……」
「……」
僕の言葉に、将軍の殺気が少し強くなる。
僕と将軍との会話に、サイラスが口を出す。
僕は演技を止めて、僕に戻る。
「セツナ……ふざけてる場合じゃないんだ」
「僕はふざけてなんかいませんよ?」
「それなら、尚更たちが悪いだろう!」
「そういわれても……僕は依頼を受けただけですから?」
ユージンさんが、ため息をつきながら
僕の気分を害することを口にした。
「……依頼というならば、私が母の依頼の取り消しを頼もう。
君への違約金もちゃんと払う」
お金を払えば問題ないだろうという、彼の態度に僕の気持ちが冷めていくのがわかる。
その事に気がつかない、ユージンさんとサイラス。
「セツナ! 俺たちは王妃の遊びに付き合っている暇はないんだ……。
建国祭は大切な行事だが、それよりも大切な仕事が沢山ある。
王妃の依頼は、なかった事にしてくれ」
サイラスの瞳には、僕に対する甘さが見えた。
その甘さは信頼の証だろう、だけどこの場でこの状況でしていい目ではない。
彼は僕の友人である前に、第一騎士であるべきなのだから。
今彼等を阻んでいる僕は、この場では敵なのだ……。
僕は目を細め、ゆっくりと剣を構える。その行動にサイラス達が目を見開いた。
「王妃の命を懸けた依頼を、僕は命を懸けて受けたのです。
ここを出たいというのなら……僕を倒せばいいことだ……」
少し抑揚を抑えた声で、彼等に告げた。
この場の空気が変わる。僕の言葉でユージンさんが顔をゆがめる。
気がついたのだろう……交渉するさいの選択肢を間違えたことに。
その場に緊張感が走り。ジョルジュさんがユージンさんの前に立ち剣を抜く
フレッドさんも剣を抜きキースさんの前に立つ。
僕は、ジョルジュさんとフレッドさんに視線をやると
僕に対する感情を押さえ込み、主を守るという意志が見えた。
反対に、将軍の殺気はピタリと止まった。何かを考えているようだ。
僕はゆっくりと、親しみを排除した視線をサイラスのほうへ向ける。
「サイラス、君は何か勘違いをしているよね? 僕は君の友人だけど
僕は王妃の依頼を遂行する為ならば、君だって殺すよ?」
一番目の殺すは、決められたセリフ。そして、今の殺すは僕の真実。
「僕は剣を抜いているのに、どうして君は抜かないの?
僕は今すぐにでもここにいる全員を殺すことができるのに。
それとも、君……僕を抑える自信があるの? 余裕だね……サイラス?」
僕の言葉に絶句し動けなくなるサイラス。ユージンさんも言葉が出ないようだった。
全員殺せると言い切った僕に、ジョルジュさんの瞳が少し揺れた。
キースさんが、話せなくなってしまった2人の代わりに口を開いた。
「……君は、わが国のことには口を出さないのではなかったのか?」
「ええ、僕はこの国のことには口を出すつもりはないですよ」
「君が今していることはなんだ」
「建国祭の日に4時間だけでいいから
恋人と一緒にいたいという、女性の願いを叶えているだけですが」
「……」
「王妃の依頼のせいで
この国の行く末が悪い方向へ行ったら、君はどう責任を持つんだ?」
「持ちませんよ。その責任を問われるのは僕ではなく、王妃様だから」
「……其れは無責任だろう!」
「僕が背負う責任は、僕が依頼を失敗した時のものだけです。
王妃様との依頼の契約書にもちゃんと記載してあります。
この依頼の結果、この国がどうなろうとも僕に一切の責任はありませんとね?」
キースさんが、嫌悪感をあらわにして僕を見る。
それを横目で見ながら、将軍が僕に話しかけた。
「セツナ殿、なぜ王妃の依頼を受けたのか?」
「暴走する前に、熱を下げたほうがいいと思いましたから」
将軍と、そして大臣までもが僕を真剣な表情で見ていた。
大臣が震える声で僕に問う。
「熱はさがるかね?」
「逢瀬が終われば、下がっているでしょう」
「……そうか」
将軍も大臣たちも、それ以上のことを僕に聞く事はしなかった。
王妃の意図に気がついたのかもしれない。
「しかし……4時間も、ここの部屋で過ごすのは
いささか退屈ですな……」
大臣の一人がそう愚痴る。僕は剣を鞘に収めて
あってもなくても同じになっているマスクを外して大臣達に声をかける。
「そうですね、王妃様から食べ物と飲み物を預かっているんで
飲んだり食べたりしながら、建国祭を祝ってください」
僕は、将軍と大臣たちのほうへ歩きだす。
数人の騎士が僕を阻もうとするが其れを将軍が止める。
「お前たちでは、相手にならんよ。
大人しくこちらへ来とれ」
将軍の命令に、騎士たちは顔を見合わせ少し思案しながらも武器をさげ将軍に従った。
「将軍!」
サイラスが将軍を呼ぶ。将軍はサイラスの方を向く。
「……王妃も何か考えがあってのことかもしれぬ。
彼を倒すことができないなら、ここから出ることもできないしな?
せっかくだから、建国祭を楽しむとしよう。
サイラス達も飲め! 食え!」
僕が、カバンから敷物やクッションを人数分出し、お酒と料理を並べていく。
クッションの上に座った大臣が、すわり心地が気に入ったのか僕にくれと言ってきた。
僕はご自由に持って帰ってくださいというとほくほくした顔で座っていた。
サイラス達はこちらに来る気はなさそうだ。
ジョルジュさんとフレッドさんは剣を鞘に収めて成り行きを見守っている。
その様子を見て、将軍が苦笑する。
「あいつらは、融通がきかんからな」
「理由がわからないのであれば、仕方ないのではないでしょうか」
「そうだな、しかし……セツナ殿は言うことが厳しいな」
笑いながら言う将軍に、僕は苦笑を返して
「自分の立ち位置を見失ってはいけません……。
特に、力を手に入れた人間は……」
「……それは、セツナ殿も含まれているのかね?」
「さぁ、どうでしょうか……」
僕は曖昧に返事を返し
僕達の話すことを静かに聞いていた、大臣達に疑問に思ったことをたずねる。
「あれだけのやり取りで、よく王妃の依頼の意図がわかりましたね?」
僕が感心したようにたずねると、将軍と大臣たちは口々に
何十年、国王と王妃と一緒にすごしてきたと思っていると告げる。
僕は背中に視線を感じながら、大臣たちの質問に答えていく。
「貴殿は……国に関わらないのではなかったのか?」
キースさんと同じ質問を僕に投げる大臣の一人。
僕は先ほど答えた事を同じように返す。
「……関わる気はありませんよ」
「貴殿のしていることは、この国の中枢に手を貸し帝国を敵に回すことだぞ?」
「詭弁でしかないんですけど、あくまで僕は王妃の依頼を受けただけです」
「何故、この国にそこまで手を貸す」
「……」
「国に関わりたくないのであれば
王妃の依頼など断ればよいではないか?」
「そうですね……」
「貴殿が、金や名声で動く人物ではないことがわかるゆえ……。
わしらは……反対に其れが恐ろしい」
僕が、国に関わるメリットが見えないから……。
僕は、素直に依頼を受けた理由を話す。
僕の言葉を信じるかどうかは、この人達しだいだ。
「……王妃様の寂しさが見えたから、僕は依頼を受けたんです」
将軍も大臣達も少し寂しそうに笑い、将軍が代表するように
一言 「そうか」 と呟いた。
「王妃が払う報酬はなんだ?」
「……秘密です」
将軍と大臣は苦い顔を僕に向ける。
お金ではないことをわかっているのだろう。
「この国に何かを求めることはしませんよ。
報酬は、僕と王妃様の一対一の取引です」
僕の言葉で納得したのか、将軍や大臣たちは数回頷いた後
今度は、表情を変えて楽しそうにサイラス達をどうするつもりかと聞く。
僕は、貴方方が説得してくださいというと。
面白くないから嫌だという……。
少し大臣達の印象が変わった……。嫌な予感がする。
「……面白くないからってどういう理由なんですか」
「4時間だろう? 暇じゃないか。余興があるほうが楽しい」
「そうだ、そうだ、建国祭だ楽しいほうがいいではないか」
「僕は、全然楽しくないんですが……」
「わしらは楽しい」
将軍と大臣達の変わりように、僕は顔を引きつらせながら
遠慮せずに、思っていたことを聞く。
「……前々から思っていたんですが……。
この国の王妃様といい、貴方方といい……少し変わっていませんか?」
「それは、威張り散らかした大臣がいないということかね?」
「そうですね……。普通なら、冒険者風情がという人が数人いてもおかしくない」
「まぁ……先代との諍いで、そういう貴族連中は根絶やしにしたからな。
先代と一緒に、悪いものは全部排除したというのもあるが……。
わしらは、国王の学友だったものが多いんだよ」
「……」
「国王は、3番目の王子だったからな。
王位から遠かったというのもあるんだろうが」
僕は相槌を打ちながら、大臣達の話しを聞いていた。
少し懐かしそうに昔を思い出しながら話す大臣と将軍。
「腐った貴族たちと馴れ合わず、城下町に下りて来ては
今はもう亡くなられたが、我々と同じ師の下で学問を習っていたのだ」
「そうなんですか……」
「1つ言えることは、変わり者の集まりだということだ」
「では、王妃様ともそこで?」
「そうだ」
そう言って楽しそうに笑う大臣たち。そういえばそう年をとったという人は居ない。
みな、国王と同じぐらいの年代の人達ばかりだ。
-……戦争で一気に代替わりをしたんだな……。
一人の大臣が、自分のカップに酒を注ぎながらポツリと呟いた。
「そろそろ、限界だろうとは我々も思っていたのだ」
「……わかっていたのなら
僕に依頼が来る前に対処してください……」
「いや……私達では、無理だった。
国王をとめることができるのは、王妃だけだ」
「……その王妃も、このような手を使わなければならなかったのだ」
「……」
「王妃のとった行動は、ユージン様達にしてみれば
苛立ちしかないのだろうが……我々は王妃に感謝しておるよ」
「国王が王妃に怒らねばいいのだが……」
少し不安そうに、王妃の話しをする大臣達を静かに見つめていた僕。
この国が、人にとっても獣人にとっても住みやすい環境なのは……。
きっとこういう人達が中枢にいるからだろう……。
自分達を変わり者呼ばわりするということは
風当たりの強い、青年時代をすごしてきたのだろう。
それでも曲がることなく、真直ぐに自分達の姿勢を貫き
今の国王を支えこの国を作ってきた、つわもの達が集まっているのだから
良い国にならないわけがない……。
殺気混じりの視線を僕によこしている面々に、ため息をつきながら。
僕は1度外したマスクをつけた……。
「大切な人を守れる国であるように」
僕が呟いたセリフに、将軍達が目を見開いた。
大臣の一人が思い出したように、僕の言葉の続きを付け足した。
「大切な人を守れる国であるように……。
私達は今日、ここから歩き始めましょう」
将軍が静かに……皆の思いを代表したかのような言葉を紡いだ。
「そう……この日から……我々はこの国を守ってきたのだ……」
彼らの間に沈黙が落ちる。僕はその沈黙に付き合うことはせず
マスクをつけた顔をあげ、大臣達に背を向けてサイラス達の方へゆっくりと歩いた。
「さぁ……建国祭をはじめよう……」
部屋に響き渡るぐらいの声で、僕はそう告げた。
王妃が僕に託した言葉と共に、城の外では9時を告げる鐘が鳴っている。
祭りが始まるのだ。建国祭が。
読んで頂きありがとうございます。





