7-8 瞬間の眩しさは
ヒュゥと冷たい風が側を通り抜ける。
何度あっても慣れないものだと、ため息を吐く。
岩肌の道で火照った体温を容赦無く奪って行くのだ。
だが、大体真夏の風がーー夜明け前の風であってもーー冷たいはずもないのだ。
それでも冷たく感じるのは、きっとこの岩と石と遠くの潮騒で構成されたの寂しい光景の所為だけではない。
後、少しでエグスキの秘密研究所に辿り着く。
それは、つまりーー。
「ーー緊張しているのか、カガミ?」
不意に声を掛けられ、見上げる。
数歩前を進むギンロウの、案じる顔があった。
セツナは強がり首を横に振り、苦笑してみせる。
「いや、アイツ助けんの何度目か、って思ってね」
ギンロウはセツナに何か言いかけた。
が、何も言わずに代わりにセツナの肩に止まる鳥、バーディを見て口を開く。
「苦労しているのだな、お前も」
「それなりにね」
そんな所で意気投合してくれるなよ、とセツナ。
しかし、口では悪態つきながらも、有り難かった。
バーディと1人よりもずっと心強い。
ギンロウが歩みを止める。
眼前の瑠璃色の空に浮かぶは、エグスキの秘密研究所だ。
崖の上にそびえ立つ姿は正しく要塞と言うのが適当だろう。
「来るぞ、カガミ」
言葉が先か、異変が先か、ギンロウが言い終わる前に研究所より溢れ出す白い骸骨の群れ。
無論、ホルシード兵だ。
数はざっと20体程か。
ガシャガシャと一直線にこちらに向かって来る。
「見えている。 ……しかしまぁ、今回は大盤振る舞いなことだ」
バーディはその身を光に包み姿を変える。
小さな光はフェザーエヴォルダーに姿を変え、セツナの手に握られていた。
『言っている暇は無い様だぞ、セツナ!』
確かに頭の中のバーディの言う通りだ。
今し方、後ろからも駆動音が十数体分聞こえていた。
挟み撃ちとは、驚くべき事ではない。
敵の本拠地に乗り込むのだ、それぐらいの歓迎は当然だろう。
瞬く間に骸骨の人垣が作られていく。
背中合わせに構える2人。
数の上では不利も承知の2対30、なお増加中。
にじり寄り、徐々に包囲網を狭めていくホルシード兵。
ゴングは唐突に。
雪崩の様に。
それは軍隊蟻が餌にたかる様を奮起させる。
だが、恐れることはない。
『変身!』
重なる声に、重なる三原色。
渦巻く光の柱に並び立つ、緑の鳥人と紅青の魔人。
朝日の瑠璃色に染まるはプレステイルと紅の青ーーいや、ブレイセリオンだ。
「行くぞ、カガミーーいや、プレステイル!」
「背中は任せたーーブレイセリオン!」
それぞれに向かって駆け出す。
ブレイセリオンは手短な敵を箭疾歩にて貫き跳ばす。
次に迫り来る敵をカウンターの様に体当たりーー鉄山靠で体制を崩させる。
隙は見逃さずにすかさず炎を纏った開拳、その後ろに控えていた敵数体もろとも吹き飛ばす。
討ったホルシード兵が爆散するのを横目で見、ブレイセリオンは再び拳構える。
初手は十分、身体の調子もすこぶる良い。
これならば。
魔人は吠え、半身に炎、半身に氷牙を纏い次の獲物を求めた。
プレステイルは右腰に左手を当てる。
ソードラファールーー呟くと精製される翡翠の宝剣。
一閃、居合の要領で逆風に敵を撃ち抜ける。
ズルリと真っ二つに崩れるホルシード兵。
返す刃で奥の敵を薙ぐ。
一体、また一体と叩き伏せていく。
小さくショートし、ホルシード兵はそれっきり動かなくなる。
それを確認する間も無く、更に前後左右から襲いかかるホルシード兵。
迫る4つの刃からは逃げ場は無い。
流石ロボット兵だ、とプレステイルは小さく毒づき両腕の翼を広げる。
「僕らを、なめるなよ……」
硬化した翼で4つの全ての刃を防ぎ、脚に力を込めていく。
臨界、解放と同時に額の宝玉が輝く。
「ブリンガーサイクロン!」
翼が横薙ぎに4体を裂く。
高速回転にて放つ斬撃は周りの4対のホルシード兵をチリと化すだけでない。
それは刃の嵐となり控えていた他のホルシード変すら巻き込み爆散させる。
嵐はかき消え、その発生源であるプレステイルがクラリと宙から降りて来る。
未だ回る世界に酔いながらも、周囲を警戒する。
全て撃破とはいかないが、周囲の大多数は殲滅出来たはずだ。
「なかなか派手な事をやるな」
背中越しにブレイセリオンの声が聞こえた。
後ろを振り向かずとも彼の力強い鼓動を感じる。
プレステイルは一、二度頭を振り、意識を集中し剣を構える。
「2度とやんないぞ、コレは……」
跳び掛かるホルシード兵を横に薙ぎ倒しながらもこぼす。
その言葉に彼の口角が上がる心地がした。
「一気に行くぞ、ついて来い!」
「僕が遅れを取るなど……無い!」
風が通り抜ける。
それは戦う前の臆病風ではない。
それは戦いの凱旋にも等しい。
たった2人きりの孤独でない、それが嬉しいのだ。
払い薙ぐ。
打ち穿つ。
叩いて砕くーー。
ガシャンと最後のホルシード兵を打ち倒す。
気が付けばガラクタの山を築いていた。
残心、息を吐く。
その時だ。
何処からともなく聞こえる手を打つ音。
剣持つ拳にギュッと力がこもる。
「ーー流石だ暴風、そして紅の青」
「直接来るとはね。 ゲームに飽きたのか?」
この声、このプレッシャー、間違えるはずもない。
要塞研究所の屋上、不敵に嗤い、見下す男1人。
プレステイルは奥歯噛み、声の主を睨み付ける。
「奴が、あのーー」
「ーーそう、ラウ・ルクバーだ……!」
駆け出しそうになる心をグッと抑える。
ラウ・ルクバーは強い。
1人では到底ラウには勝てないだろう。
だがしかし、2人では?ーープレステイルとブレイセリオンは2人して頷き合い、両の足を屈させる。
屈服するためではない、歯向かう為にだ。
大地を蹴り跳ばし、ラウが待つ屋上へ。
ここでラウが出て来るのはプレステイルにとっては予想外であった。
彼は恐ろしい敵だが、しかし、逆に考えると彼を倒すチャンスと言えるだろう。
ハイリスクな賭けであるが、ハイリターンでもある。
それほどまでに烏合の残党よりも、ラウ1人の方が恐ろしいのだ。
小さな音を2つ立てて軽々と屋上に着地。
朝日を背に仁王立ちの男、ラウ・ルクバー、その顔は相変わらず不敵に笑んでいた。
「飽きてなどないさ、暴風。 ただ、目下の者の成長を促すのも目上の者の役割であろう?」
「つまみ食いとは行儀が悪い。 お前自身が満足する前に年上なら年下の模範になってくれ」
プレステイルは剣を突き付けるように構える。
対しラウはコートのポケットに両手を突っ込んだままでとても戦闘準備という感じではない。
或いは何処かの世界にそのような戦闘体系あるのかもしれない。
だがむしろ、敵意がすれ違いーー例えば、そう、一方的な恋煩いでカラ回りしている心地だ。
であれば、受け取り手はプレステイル以外にはもう1人しかいない。
「準備は良いか? 博士」
ラウは狂気の笑みを崩さずに、彼の後ろの通用口の陰に問い掛ける。
音も無く陰から現われるグリフォンの怪人、バオグライフだ
「ああ。 ーー私の傑作よ、私の研究成果が正しい事を証明してくれ」
バオグライフは静かに言うとブレイセリオンを愛おしそうに見る。
ブレイセリオンは逆に敵意を持って応える。
「俺はお前のくだらない計算の為に戦う気にはならん」
「ーーでは、何の為に戦う?」
問いに深呼吸1つ、プレステイルの隣に並び立ち拳を構える。
「恩義、そして正義だ」
言い放つブレイセリオンを鳥類を思わせるような高笑いで一蹴する。
何が可笑しいと、低く、あくまで冷静に問う。
「可笑しいさ、くだらない程にな」
バオグライフの代わりにラウが口元に邪悪な笑みを浮かべつつ言うのだ。
プレステイルは剣を握り締めなおし、固唾を飲む。
ーー全て、今日ここで終わらせてやる。
バチリとラウの身体に紫電が奔ったかと思うと、稲光を羽織りその姿は美しい銀の毛皮を纏った狼男に変身していた。
その眼光はさながら肉を前にした野獣だ。
牙を剥き、その爪を構える。
「先ずは前菜をいただくとしよう」
それは雷か、はたまた閃光か。
青白い残光を残し、爪がプレステイルに襲いかかる。
驚くという反応すら遅い、条件反射のみで剣で殺意を受け止めた。
ウェアヴォルトは関心したかのように牙をちらつかせ、対しプレステイルは奥歯噛み締める。
「僕がメインディシュじゃなかったのか?」
「悪いな、今回の所はお前はオードブルなのだ」
銀の毛皮に紫電が奔るのを見ると舌打ち1つ、鍔迫り合っていた剣から手を離す。
行動を予測されていたのか、ウェアヴォルトの体制は大きく崩れなかったがそれでも僅かに生じた隙に回し蹴りを放つ。
命中、あとは蹴りの反動のままに距離を取るだけだ。
「甘いぞ、暴風」
「なっ!?」
蹴りを放った脚を取られ、力任せにブン回されそのまま10メートル先の壁に向かって投げ飛ばされる。
他からは子供に放り投げられた人形のように見えただろう。
背中に強い衝撃と激しい衝突音と舞う土埃、身体が軋む感覚は壁に叩きつけられた事を容易に想像させた。
「カガミッ!」
熟れすぎたトマトのような結果には辛うじてならなかったが、駄目だ、身体に力が入らない。
意識も遠退く。
狭まる視界で最後に見たのはギンロウの、ブレイセリオンの赤い炎の輝きであった。




