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疾風!プレステイル  作者: やくも
第七話 赤と青、それから緑
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7-6 耐水性のキモチ

「ーー事情は分かった。 で何故に?」


 セツナのベットには謎の青年が寝息を立ていた。

取り敢えずは応急処置したが、血だらけの身体の割に怪我の具合は深くはないらしい。

違和感を感じるどころか親近感さえ覚える。


「何故……って、当然分かるだろう?」


 青年の額に流れる脂汗を濡れタオルで拭いながらレキはキョトンと答える。

分かるかよ、とセツナが力無くツッコむ。

苦手な人を部屋にまで上げて、その上怪我人にベットまで提供しているのだ。

これ以上、面倒に巻き込んで欲しくはない。

だが。


「ここならば何かあっても私の心が痛まないからな。 丁度、君しかこの家にいないってことを知ってたし」

「トラブル前提かよ!?」

「おいおい、騒ぐんじゃないよ。 折角寝付いたのに」


 やれやれと肩をすくめるレキ。

このトラブルメイカーが……ーーセツナが小さく毒付く。

傍を見るとバーディが何やら深刻そうな顔で思案顔だ。

セツナがやはり何か巻き込まれるのかとため息をついた。

いや、もう手遅れだろうか。


 レキの話を聞く限りでは先程宇宙海賊エグスキに襲われそうになったところをこの青年に助けられたらしい。

結果彼が負傷したらしい。

レキは助けられた、としか言っては無い。

しかし、青年の怪我は戦って付けられたものであろう事は実際にエグスキと戦っているセツナたちが良く知る事である。

詳しく聞く必要がある、非常に面倒だが。


 何にせよ、話を聞くのは彼が目覚めてからの方が良いだろう。

レキが傍らに置いた水が張った洗面器にタオルを浸し取り上げる。

それを固く絞り上げ、また青年の額を拭う。


「ーーその思いやりを僕にも少し分けてくれよ……」

「? 何か言ったか?」

「先輩は優しいなって言ったんだよ」


 思いっきり皮肉を込めたが何処吹く風で看病に戻る。

よくそんなに尽くせるものだ。


「君らと違って私にはそれくらいしか出来ないからな」

「……ハネズ先輩」


 少し見直しそうになる。

彼女には失礼であろうが、ちゃんとした考えがあってのことだろう。


 ……ん?

君らと違って……?

何か引っかかる言い方だ。

リフレインする幼馴染みと生徒会長の声。

まさかなーー内心冷や汗。

だがしかし二度ある事は三度あると言うし真偽を確かめる必要がある。

早急に。


「なぁ、ハネズ先ぱーー」


 その時だ。

扉の向こう、階段をドタドタと駆け上がるような音が聴こえた。

もう一人のトラブルメイカーが来てしまったのかーーセツナが大きなため息をついた。

しかも非常に面倒なシチュエーションだ。

バンッと開け放たれる部屋のドア。


「セツナくーん! お夕飯をご馳走されに来、た……よぉ?!」

「よっす、ナユ」


 開け放たれたドアの前には亜麻色の長い髪の少女、ナユタが固まっていた。

ドングリのような瞳を更に見開いて、信じられない光景を見ていると言った様子でいる。

ナユタはやっとの事で震える声を絞り出す。


「ど、どうしてレキちゃんがここに……?」


 ワナワナと震えている指先、どう見ても冷静ではないのが見て取れる。

また、良からぬ勘違いをしているのだろう。

レキがニヤリとした。


「ああ、襲わそうになってな」

「オイ先輩」


 悪意ある言い方だ。

今のナユタでは確実に変な想像にたどり着くだろう。


「セツナくんがレキちゃんを? ……だ、駄目だよセツナくん! 犯罪しちゃ!」

「……何でそうなるのさ」


 やっぱり、とセツナがため息。

何を想像したのかこの際無視するにしてもナユタの中の自分のイメージが罪を犯すような人物であるという事に軽くショックを受けつつも、彼女の頭の中を解剖して覗いてみたくなるような気がした。

覗いても一生理解出来る気はしないが。


「バーディちゃんもちゃんと見張ってないと!」

「ん? 私もなのか?」


 思わぬ飛び火に狼狽えるバーディ。

彼女からしてみれば蚊帳の外から一気に火中に引きずり込まれた形だ。

狼狽えてしまうのも無理もない。


「まぁ冗談はさて置き、ナユは静かにしてくれたまえ」

「え、冗談なの?」


 レキの一言に思考停止のナユタ。

困ったようにセツナとバーディを交互に見る。

2人の呆れ顔に、ゴメンね、とシュンと謝る。

彼は頭のかき、顎でベットの上の青年をさす。

青年は小さく寝息を立てていた。


「……誰? どこで拾ってきたの?」

「知らん。 あと怪我人を捨てられた仔犬みたいに言ってやるなよ」


 ため息をしながら答える。

ナユタは少し考えて、セツナとレキの心の距離分空いた隙間にチョコンと座る。

そして、彼にこそこそと耳打ちした。


「あの……セツナくん? とうとう黒魔術に手を出したの?」

「……どういう意味だ、それは」


 セツナがジトリと不快感を隠さずナユタを見る。

どこをどう通ったらその結論に辿り着くのか。

確かにベットは彼の血で汚れてはいるものの、それは治療の時に付いたものである。

別に禍々しいものでは決してない。


「エグスキに襲われたところを助けられたんだとさ」

「ナルホドね。 黒魔術に手を出してたらどうしようかと思ったよ」

「……だからお前の中の僕は何者だよ」


 もうツッコミを入れる気力さえ無くなる。

ツッコミを入れるのも疲れてきた。

もう一人程ツッコミ役が欲しいぐらいだ。

隣を見るとバーディが視線を返す。

ーー自称歴戦の勇者はアテにならないな。

……今日はもうツッコまないぞーーいかんせんボケが多すぎる。


「しかし、アレだねぇ」


 ナユタがせっせと看病するレキを見ながら染み染みと耳打ちする。


「こうして見てると白衣の天使〜って感じだよね?」


 性格はアレだけどなーーセツナが毒吐く。

しかしながら案外面倒見はいいのかも知れない。

じゃ無かったらナユタの親友をするなんて大変だろう。


「ーーう……」


 青年が小さく呻き、薄く目を開ける。

気が付いたのだろうか。

しばらく天井をぼぅっと眺めていたが、突然目を見開き起き上がった。


「まだ安静にしてなきゃダメだろ!」


 レキは青年に一喝し、肩を押さえる。

一瞬、彼は力を込めそれを振り払おうとしたが、その人物に気が付いたのか動きを止めた。


「ーー君は……」

「落ち着いたかい?」


 青年はスッと力を抜くとレキも肩を押さえていた手を下ろす。

そして、ぐるりと部屋を見渡した。


「ここは?」

「ここは僕の部屋だ、敵なんかいないから安心して良いぞ」


 そうセツナが言うと隣から視線を感じた。

ナユタが何か言いたそうにしている。


「……セツナくん? 何で立て膝ついてるの?」

「あ、いや、なんでもない」


 万が一暴れた時に直ぐ殴ってでも沈静化しようとしていたなど安心しろと言った手前大ぴら気に言えない。

実際その必要は無かったのだが。

セツナはいそいそと座り直す。


「ここまで運ぶのも結構苦労したのだぞ? 重いし案外遠いし警官から不審がられるしでーーまぁ、これは人形です、の一点張りでゴリ押したけどな」


 色々雑だな、コイツ……ーーセツナはレキの発言に呆れ過ぎてため息すら出ない。

青年はその雑過ぎる発言を気が付いてないのか、スルーしたのかは定かでないが、彼女に感謝はしているようだ。


「重ね重ね申し訳ない。 ーーえっと……」


 逡巡する。

レキは思い出したように手を打つ。


「ああ、そうだった。 名乗って無かったな私はハネズ・レキ。 気軽にれっきぃとでも呼んでくれ」


 れっきぃと呼んでるのウチの妹しか聞いた覚えはないがなーーセツナが頭をかく。


「隣にいる美少女はヤマブキ・ナユタ。 私の親友だ」

「いやん、レキちゃんたら」

「まぁ、見ての通りかなり残念だ」

「がーん!?」


 ショックを受けるナユタ。

当然だろう、とセツナは思う。

内面を知ってる者からすればこの上なくわかりやすい。


「そしてその隣が生意気な後輩Sと天使の小間使いチビビンバーー」

「ーー何で僕らだけそんな雑なのさ!」


 すかさずツッコんでしまう。

何時もの倍は頑張ってる気がするのは考え過ぎだろうか。

レキが半眼で呆れたような声で言う。


「三段オチと言う言葉を知らんのかね、君は」

「ここで使うもんじゃないだろうが」


 今使わずにいつ使う、と反論される。

手強い、ああ言えばこう言う……全く勝てる気がしない。

ならば頼り無いが1人よりも2人だ。

雑に扱われたもの同士協力もやむ得ない。


「バーディも黙ってないで何か言ってやれよ」


 と反論を促すが、バーディはグスリと既に涙目だ。

驚くセツナを尻目にバーディが卑屈に答える。


「ーーいいよ、どうせ私は小間使いのチビビンバなんだ……」


 床にのの字を指でなぞりながらいじけていた。

ある意味トラウマになっているのでは無いだろうか。

レキを見れば勝ち誇った顔をしている。


「そうか……面白いのだな、お前たちは」


 褒められているのだろうが、全くそんな気がしないセツナであった。

先輩がいると全く話が進まない、と苛立ってしまい口調が気持ち強目になる。


「ーーあんたの名は?」


 問われてキョトンとした表情を見せる。

まるで初めてそんな事を考えたかのようだ。

青年は少し考えて答える。


「俺の……名前? ーーあぁ……」

「カガミ・セツナだ。 カガミでもセツナでもどちらでも構わない。 ーー覚えてないのか?」


 青年が肯定の意を示す。

記憶喪失とでも言うのだろうか。


「あったかもどうかも分からん」


 寂しそうに言うと、景気付けるようにナユタが両手を身体の前で叩く。


「じゃあ、名前を付けないとね!」

「ペット扱いかよ……」


 だが、一理はある。

呼ぶ時に二人称では何かと不便だ。

あと、馴れ合うつもりは無いが、距離を感じてしまう。


「まずわたしね! んとね、お兄さんは結構ハンサムだから、ハンサム太郎ーー」

「ーーギンロウはどうだろう?」


 ナユタの壊滅的ネーミングセンスを阻止したのは意外にもレキだ。

しかも、案外マトモだ。


「金銀の銀に朗報の朗で銀朗。 どうだ、良いことがありそうな名前だろう?」


 他に良い名前が無いだろうか。

セツナは少し考える。

ふとBlu-rayディスクを並べた棚が視界に入った。

そこにはセツナ御気に入りのゴシックホラーの名作がズラリと並んでいた。

《ドラキュラ》に《狼男》、《ミイラ男》はもちろん、《透明人間》や《電送人間》などもある。

その中の《フランケンシュタインの怪物》が目にとまる。

フランケンシュタイン……フランケンシェン…フランケンチュタ……フランケンチェ…いや、ここから考えるのは止めよう。

所謂ナユタと同類だったようだ。


 これ以上は出そうにない。

これで良いかと了承をとると、青年はゆっくりと頷く。


「銀朗……ギンロウか……」


 青年……いや、ギンロウはフッと笑う。


「まぁ、昔飼ってた犬の名前なんだけどな」

「いい話で終わらせてくれよ、あんたは……」


 大笑いレキに投げやりにツッコむセツナ。

ギンロウは暴露話を聞いてなお、気にしてないどころか、むしろその名を気に入っているようだ。

本人が良ければそれでもいいのだろう。


 名前も決まったところで彼には聞きたい事が沢山ある。

病み上がりで非常に申し訳ないがもうひと頑張りして貰うとしよう。

セツナが口を開こうとした時だ。


 くるるる。

間抜けな音が響く。

誰かの腹の虫が叫んだようだ。

セツナは思わずナユタを見る。

彼女はその視線に気が付いたのか、ハッとして答える。


「わ、わたしじゃ無いよぅ!?」


 顔を真っ赤にして思いっきり否定する。

別に犯人探しをしているつもりは無いのだが、どうやら音というものに敏感になり過ぎているらしい。

ギンロウがコホンと咳一つ。


「済まない。 どうやら俺らしい」


 申し訳なさそうに手を挙げるギンロウ。

セツナは右手の腕時計を見る。

18時を 過ぎていた。

もうそんな時間なのか、と立ち上がって夕飯の支度をしなければ起きてられるタイムリミットが迫っている。


「さて、夕飯を作らないとな。 食うだろ?」


 ギンロウに向かって言う。

要らないと言っても無理矢理にでも食べて貰うが。

精を付けて貰わねば、何も成せない。

それに彼との話は食べながらでも出来る。


「わーい、セツナくんの手料理だぁ!」

「ふふ、見せてもらおうか、少年の手料理の味とやらを!」

「美味しい御飯を待ってるよ、セツナ。 ーーあぁ、鳥肉抜きで頼む」


 テンションが上がる宇宙人1人と先輩2人。

宇宙人はともかく、先輩である2人には言ったつもりはない。


「いや、2人は家に帰れよ……」


 舐めるなよ、とレキが胸張って言う。


「予めケイの家に泊まると言ってたから……よって家に帰っても夕飯は準備されてない!」

「威張って言う事か……?」


 ナユタを見る。

彼女はあごに手をつけ思い出しながら言う。


「お父さんは出張に行っちゃったし、おばあちゃんとおじいちゃんは町内会で旅行に行っちゃったのよ」

「おばさんは?」


 ナユタの母親は説明の中に入ってない。

家にいるのならば、女同士親子水入らずで食事を楽しめば良いものを。


「既成事実を作って来なさいってこんなの渡してきた」

「わー! ここでそんなモン出すなって!」


 ポーチから取り出したのはアルミの小袋。

セツナは慌ててそれを奪い取り、またポーチに突っ込む。


「もうっ、セツナくんったら強引なんだから……」

「色々誤解産むからその発言止めろって」


 視線を感じる。

セツナがハッとそちらを見るとレキがニヨニヨとしていた。

絶好のエサを与えてしまったようだ。


「ハネズ先輩……な、なんで、しょう…かっ?」


 ぎこちない丁寧語になってしまう。

レキはスススとセツナの横に詰め寄った。


「おや、おやおやぁ? ナユと少年はどこまでいっちゃったのかなぁ〜? Aかな? Bかな? それともCかなぁ?」

「手は出しておりません、断じて! 神に誓っても!」


 やましい事がある訳では無いが、正直レキの目を正視する事が出来ない。

更に詰め寄る。


「少年はそう言うが、ナユはどうなんだい? ーー少年は手を出したろう?」


 ずっと一緒にいたから分かる筈だ。

一方的戯れ合われる事はあっても、手を出した事は無かった筈だ。

ナユタなら否定してくれる筈だ。


「うん、出されたよ〜」

「なっ!?」


 裏切られたような心地だ。

全く身に覚えは無いが、言われ続けると本当にやってしまったように思えてくるものだ。


「あれ、痛かったなぁ……」

「痛かった! 痛かったってよ? どうセキニン取るんだい、少年?」


 セキニン!?ーーその言葉にセツナは混乱する。

どうすれば良いのかもう分からない。

気が付けば、レキを振り払いドアに向かって走っていた。


「うわぁぁ! もう夕飯用意してくるーっ!」


 ドアを勢いよく開け放ち駆け抜けていく。

ドタバタと階段を駆け下りる音と、こんなのキャラじゃ無いんだよ、と言う嘆きの声が遠く離れていく。


「勝った…!」


 完全勝利を収めたレキの隣にはナユタがムムムと唸っていた。


「この間の額にチョップされたのが特に痛かったんだよなぁ、チョッと気絶しちゃったもん……って、あれ? セツナくんは?」


 キョロキョロと部屋を見回す。

ナユタが言っていたのは手を上げられた事、手を出された事では無い。

レキはその事は指摘せずにほのぼのと話す。


「ナユは純粋だな〜」

「? うん、よく言われる」


 キョトンと頷くナユタ。

この茶番について行けてないのはギンロウだ。

彼は同じように黙っていたバーディにコッソリ言う。


「カガミ…だったか? あいつは大丈夫なのか? 俺は迷惑じゃないか?」

「全部大丈夫さ、セツナはなんだかんだで優しいから」


 バーディは微笑む。

そんな笑顔を見せられたらここにいなくてはならないだろう。


「それを聞いて安心したよ、ーーチビビンバ」

「バーディです」


 彼のシリアスな雰囲気に騙されていたが、案外天然なのかも知れない……そう考え始めたバーディであった。

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