7-5 欲望トルネード
小さな駆動音を立ててドアが開く。
ドアの奥には巨大なシリンダーが最果てなど存在しないかのように立ち並んでいた。
男、ラウ・ルクバーは驚くこともなく当然のようにその部屋に入って行く。
響く音はラウの靴音、そしてシリンダー群の不気味な脈動だ。
その脈動は巨大なシリンダーと連結した装置の振動音であるとすぐに気付いたが、それでもこの部屋そのものが一つの生物であると錯覚すらしてしまう程のおどろおどろしさを覚える。
ラウが何気無く内一つのシリンダーを見上げた。
朱の溶液に満たされたシリンダーの中央にはヒトのような、いや、怪物がまるで胎児の如く丸まっている。
その敵の喉笛を引きちぎるだけにある鋭い牙も、その刀と見間違わんばかりの爪も、その赤銅色に輝く大きく肥大した鋼の肉体も……全ては闘うためだけに存在する。
怪物が薄っすら目を開けこちらを見る。
ガラス越しに目が合う。
「ーー全く、相変わらず趣味の悪い合成獣だ」
言葉とは裏腹にその声質は狂喜を孕んでいた。
いつの日か必ず自分に刃向かう時が来るだろう、自分の餌となる日が楽しみでならない。
思わず笑みがこぼれる。
「ーー誰だ!」
ラウは驚くこともなく声の方を向く。
その方向には合成タイプの怪人が威嚇するように大きな翼を広げていた。
「船長ウェアヴォルト、お前か」
「邪魔しているぞ、バオグライフ博士」
バオグライフは静かに翼をたたむとラウに攻め立てるように歩み寄る。
機嫌が悪いようだ。
それも当然の事だろう。
「お前にはデリカシーと言うものがないのか? 私のラボには勝手に入るなとどれだけ言えば良いのだ? 船長と言えどもそれだけは心得て欲しいのだが?」
「悪いな、元より俺はこういう男だ」
ラウが悪気もなく言うと、バオグライフが窘める気さえ無くしてしまう。
彼が言う通り、その程度の事はいつものことだ。
それは未来永劫変わらないだろう。
「それよりもドク、あいつはどうしている?」
ラウがまたシリンダーを見る。
シリンダーの中の怪物は再び眠りについていた。
あのお気に入りの事か、とバオグライフが呟き低い声で言葉を続けた。
「……彼女ならば既に完全だ。 後は目覚めるのを待つだけだ」
バオグライフの返答にラウは何も答えずに、ただ満足そうにほくそ笑むだけであった。
彼女とは言うまでもなく、フェニーチェ・セイリオスの事だ。
今、彼女はこの研究室のさらに奥のメディカル・ルームで治療……いや、調整され眠りについている。
次に目覚めた時にはラウの完全なる右腕として働くだろう。
「彼女の事は相変わらず随分と気になるようだな」
バオグライフが皮肉めいて言う。
普段の彼を見ているとそんな皮肉でも言いたくなる。
実際に彼女が優秀な右腕であり如何に強大な力を秘めていようとも彼の入れ込みようは少々行き過ぎている様に思える。
ラウは鼻で笑う。
「当たり前の事を聞くな。 フェニーチェとは誰よりも付き合いが長い。 ーーそれにあいつは良い女だ」
「たかだかそれだけの理由とは思えん。 無論私の勘だがね」
学者様らしいセリフではないな、とラウの白い犬歯が覗く。
その瞳に写すのは復讐の闇か、はたまた野心の炎か、バオグライフには計りかねた。
「第一、ドクも似たようでは無いのか。 お前の報告書にあったーー」
「ーー紅の青の事か」
バオグライフが愛おしい名を呼ぶように呟くとクルリと背を向け歩き出す。
その背を追う。
装置の駆動音、靴音が反響する中、バオグライフがポツリと口にした。
「アレは私の最高傑作と言っても過言でないのだ」
「最高傑作、ね……だったら潰したくなる」
笑うように牙を剥くラウに鼻で笑わうバオグライフ。
呆れたように言う。
「パワー、スピード、潜在能力ーーどれを取ってもお前の戦闘能力を凌駕しているのだぞ? 返り討ちがオチだろうよ」
「ならば俺の餌になって貰うだけだ」
「……面白くない冗談だ」
これ以上は付き合いきれないとばかりに口を閉ざす。
そして、とあるシリンダーの前で止まり見上げた。
そのシリンダーの中央は砕け、宿主を失った空虚な空間だけがそこにはあった。
バオグライフが何やら装置操作すると宙に画面が表れる。
地球の、何処かの街の画像のようだ。
見覚えがある。
「ーー潜伏先は目星をついている」
「ここは……。 で、それを俺に言ってどうするのだ」
画像の街は今、彼が目をかけている餌がいる街だ。
偶然にしては面白い。
「最終テストだ。 プレステイルを倒し、そしてお前も倒すというな」
「ジョークも言えたのだな、ドク」
愉快だ。
プレステイルがどれだけ肥えたかを見極めるいい機会だ。
ついでに紅の青を我が糧とするとしよう。
ラウの嗤う声が研究室に反響し消えた。




