7-4 そのスタイル、確信犯のしなやかさ
ジワジワと蝉の声が直射日光の庭に響く。
可愛らしいエプロンとバンダナをした黒髪ショートカットの少女……もとい……少年、セツナが青空を仰いだ。
いい天気だ、これなら洗濯物もすぐ乾く。
洗濯カゴからタオルを取り出し、勢い良くパンッと音を立てて振り開く。
やはりこの音が無ければ洗濯した気分にならない。
別に洗濯が趣味なわけではない。
カガミ家に父母の姿は無い、両親揃って海外出張中である為、生活の為にやらなければならない、それだけの話だ。
本来ならば、洗濯は双子の妹であるクオンの仕事なのだが、残念ながら彼女は現在空手部の合宿に参加中だ。
今頃、相当キツい練習でヒィヒィ言ってるに違いない。
それはそれで想像するのも楽しい。
まぁ、本当のところは涼しい顔で練習をこなしてるだろうが。
彼女は憎たらしい程に、天才型、なのだ。
クオンが家にいないとなるとこの家にはセツナ一人だ。
つまらない事でも楽しみを一つでも見つけていかないと中々やる気が出ないものだ。
もっとも、彼ら兄妹以外の秘密の同居人も手伝ってくれたならば、非常に助かるのだが。
その同居人は、と言うと……。
セツナがため息をついた。
「ーーあぁあぁあぁ〜♪」
庭から見えるリビングには扇風機が風をそよいでいて、その真正面には緑髪の少女が涼んでいる。
扇風機の前で声を出すと変な声になるという遊びはどうやら宇宙人の文化にもあるらしい。
そう言えば小さい頃は『ワレワレハウチュウジンダ!」と言ってよく遊んでいたものだ、……クオンが。
「わ・れ・わ・れ・は・う・ち・ゅ・う・じ・ん・だ♪」
「事実だろうがっ」
思わず洗濯物を干す手を止めツッコむ。
幼い子供がやるからこのギャグは微笑ましく写るのであって、本物の宇宙人がやっても微笑ましくとも何とも思え無い。
セツナ的にむしろイラつく。
例え見た目が幼女であろうと。
と言うか、宇宙人でもそのネタ通用してしまうのか。
「私から見れば君も宇宙人だ。 ーーそれともアレか、我々は地球人だ、しておけば良かったか?」
「そんな問題じゃねぇつーの」
頭が痛くなる気がする。
彼女はセツナの唯一無二の相棒ではあるが、普段の生活においてお世辞にも気が合うとは思えない。
彼女の行動を見ていると本当にご長寿中のご長寿であると疑問に思うことが稀によく思う。
行動が幼いだけなのか、宇宙人だから地球の文化に疎いだけなのか。
また、バーディが扇風機で遊び出す。
無駄に疲れてしまう。
ため息、呆れて言いたい事も忘れてしまった。
セツナが諦めて、手をカゴに伸ばしまた洗濯物を取り出す。
その小さなシャツをハンガーに干そうとする手を遠くからのチャイムの連打が止めた。
音の出所は玄関からだ。
チャイムの連打といい、この時間といい、訪ねて来たナユタだろうか?
「バーディ、出てきてくれ。 うるさいし」
洗濯物を干す手を再び動かしながら、バーディの方を見ずに言う。
彼女は起き上がりキョトンとしながら問う。
「君、最初はあれ程出るなと言ってたのに……言ってた事が変わってるぞ?」
「そろそろ面倒になった。 僕が知ってる人物でウチに用事があってチャイムを連打するのはナユ姉ぐらいだ」
彼女の素性を知っているナユタならば特に問題ではないだろう。
それよりもいい加減チャイムを止めなければ近所迷惑だ。
お安い御用だ、とそう言い残してバーディがトテトテと玄関に向かって行く。
その背中を見てため息をつく。
洗濯物が捗らなくなる、そんな気がしてならない。
洗濯物をパンッと開いた。
「ーーしょうねぇぇん!」
唐突の大音量の声に体が思わず萎縮する。
玄関、いや、もうリビングの方からだ。
恐る恐る振り返ると、予想外の人物がそこにいた。
「少年、私はお前を見損なったぞ!」
そうギャアギャアと声高らかに批難しているのは彼が苦手とする先輩であるハネズ・レキだ。
もちろんのことであるが批難される覚えは無い。
「セツナ、すまない。 捕まってしまった」
レキの腋に挟まれる形で捕獲されてるバーディ、全く身動き取れず必死の抵抗も無意味となっていた。
アイツ変身形態じゃ全く役立たずだな、と心の中で呟き呆れる。
しかし、予想外の展開だ。
色んな意味で知られたくない人物が来てしまうとは。
「少年にはナユという存在がありながら、こーんな幼気な幼女にうつつを抜かすとは!」
「誰がうつつを抜かすか、こんなハムスターの餌にもならないSFチョッキリにな!」
「ハムスターの餌にもならないSFチョッキリ!?」
ショックを受けるSFチョッキリ……もとい、バーディである。
咄嗟に出た言葉であるため特に深い意味など全く存在していないのだが、少しシュンとするバーディにほんの少し悪いと思ってしまう。
レキはバーディを庇うように演技掛かって言う。
「さぁ正直に話すが良い! 少年にイタズラされたのだろう? そうだよな、天使の小間使いチビビンバよ?」
「天使の小間使いチビビンバ!?」
自分の発言も大概であるが、彼女の発言は最早何を言いたいのかすら分からない。
何だ……天使の小間使いって、チビビンバって。
チビビンバ……いや、バーディ本人は意味が分からずともズンと落ち込んでいた。
「ーー……私にはバーディ・スハイルと言う由緒正しき立派な名があるのだぞ……ーー」
何かブツブツと呟いているが聞こえない。
呪詛ではないだろうが、気にすることでもない。
それよりもレキが来てから気になる事がある。
息を一つ、ヒートアップする心を落ち着け問う。
「ーーところでハネズ先輩?」
「ん? 何だい?」
レキが家に来た事もそうだがーーまさか弄る為だけに来るはずもあるまいーーとてつもない違和感がある。
「ずぅっと気になってたんだが、背負ってるの誰だ?」
セツナが彼女の背中を指差す。
レキはバーディ以外にももう一つ人形……いや、彼が知らない青年を背負っていた。
……死体、とかじゃあるまいな、まさか。
「ぎゃぁ!? ヌメッとしたぞ!? 血? 血なんで!?」
おい、歴戦の宇宙戦士……ーー慌てふためくバーディに呆れ果てる。
今度からは“自称”歴戦の宇宙戦士と評するにしよう。
「忘れるところだったよ」
「いや、忘れてやるなよ」
彼女が器用に彼を背中から降ろし、リビングに配置しているソファーに寝かせる。
後で掃除をさせるか……ーーセツナはレキの自然過ぎる行動にツッコミさえする気さえ失う。
ため息をつきながらバンダナと取りながら、サンダルを脱ぎ捨てリビングに上がった。
「怪我してるみたいだが、原チャで轢いたのか?」
「それだったら単純でいいんだよね」
ポツリとレキが呟いた。
ソファーに横たわる青年に近付くと成る程死体でもないようだ。
むしろ軽傷、擦り傷しか見受けられない。
最も脳震とうなどの見た目では分からない傷害を起こしているのならばお手上げであるが、これならば大袈裟な手当ての必要もないだろう。
だが、違和感だけが残る。
バーディを見ると先程までと打って変わりシリアスなムードを漂わせていた。
既にどんなシリアスさを纏っても無駄であるがーーバーディも同じ違和感を察知した様子だ。
この青年の傷は単純に怪我をしたわけではない、戦いの中で受けたものだろう。
喧嘩か、トラブルか……はたまた、エグスキの襲撃に巻き込まれたか。
「何にせよ、先輩は面倒だけを持ってきたのだな」
頭痛がする心地だ。
ともかく、話は後で聞くとしても彼を介抱することが先決か。
セツナがやれやれと肩をすくめた。
「……あの、そろそろ放して欲しいのだが……」
すっかり忘れ去られたバーディの呟きが宙に消えた。




