5-1 逃亡の鳥人
「~~でねでねっ、アコちゃんってばね……」
日常を感じざるを得ない。
セツナの周りでは非日常が続きすぎた。
宇宙人の存在、狙われる地球、精神体との融合、ヒーローへの変身、そして命がけのゲーム。
軽く振り返るだけでも日常を180°変えるだけのものはある。
「って聞いてる?セツナくん?」
学校帰りの、いつもの風景をバックに亜麻色のポニーテールを揺らしながら夏制服のナユタが思案顔のセツナを覗き込む。
セツナは反射的に、聞いてる、と相変わらずの生返事でナユタの方を向かずに答えた。
実のところ半分しか聞いてないが、まぁ、嘘は言ってない。
「なんか最近お姉ちゃんに冷たくないかな?」
「気のせいだろ」
「気のせいじゃないよ~、めいびぃ」
車通りの多い車道をバックに歩く夏制服のセツナを半目でジトりと見た。
セツナは、いつも通りだろ、と言いたげにナユタに視線を寄越す。
分かってないなぁセツナくんは……、とナユタが呟きつつ肩を竦めた。
「あの子ぐらいちっちゃかった頃はなゆねぇ、なゆねぇってわたしの後ろを女の子の格好したセツナくんがトテトテとついて来てカワイイかったのになぁ~」
「それは忘れろ。 早く、即刻、直ちに、今すぐに」
ナユタは過去に思いを馳せ、キラキラと遠い目で何処かを眺めていた。
その視線を追うと公園で無邪気に遊ぶ子ども達の姿が見える。
隣の方から冷たい視線を感じ、非常に残念そうにその犯罪的な視線を外した。
「今の残念さが強ければ強いほど、あの頃の思い出は輝くんだよ~?」
「ナユタ……お前、意外に酷いな」
思いっきり冷たい視線を送ってやると、照れ臭そうに頭を掻いた。
「褒めてねーよ」
更に視線を冷たくさせる。
それとは裏腹に内心、安心を感じていた。
嫌でも日常の平穏を実感するからだ。
ある意味で何も知らない彼女に感謝せねばならないだろう。
彼女の存在は日に日にセツナの中で大きくなっているそんな気がした。
願わくば、全てが終わるまで知らないでいて欲しい。
ナユタには笑顔でいて欲しい。
彼女はこれでも周りの不幸を自分のことのように悲しむ人だ。
そんな彼女を巻き込む訳にはいかない。
もし、ヒーローの仮面の下が自分であると知られた日にはなり振り構わずセツナに干渉して戦いに巻き込まれていくだろう。
それだけはどうしても避けたい。
「あ…」
今まで笑顔だったナユタの顔がサッと青ざめたように強張る。
視線の先にはよちよちと歩く子犬、その後ろにはそれを追いかける小さな少年。
これが公園の風景あればどれだけ良かっただろう。
それは道路のど真ん中。
2つの小さな命を飲み込もうとするように大型トラックが猛スピードで突っ込もうとしている。
運転手は……気付いていない!
「チッ!」
「セツナくん!?」
一直線に駆ける。
だが、ここからでは……。
セツナは半ば反射的にスラックスのポケットに忍ばせていた1本の柄ーーフェザーエヴォルダーを手に、引き抜く。
変身!ーー柄から噴き出す風は、業風となりセツナを巻き込む。
嵐のような緑の光が体を包み、1人の華奢な少年を屈強なバードマンへと変えて行く。
セツナは……いや、プレステイルは一陣の疾風となった。
トラックが交差する瞬間、緑の旋風は小さな少年と子犬をすくい上げるようにさらう。
空中で一回転、機動を安定させ、ちょうど先程までいた歩道の反対側に着地。
その大事そうに抱えていた2つの小さな命をそっと降ろす。
「おい、怪我は無いか?」
「うん!」
明瞭活発に答える。
これなら大丈夫、問題無いだろう。
トラックは……気付いた風でもなく何処かへ走っていった。
「遊ぶのは公園だけにしろっつぅの」
「ゴメンなさい。でもだってこの子が……」
小さな少年はシュンとしてその腕に抱かれた子犬を見た。
子犬は無邪気に瞳をうるわせていた。
「この子をたすけたくて……」
プレステイルは目の前の少年に悟られによう小さくため息をついた。
全く、コイツの方がヒーローじゃないか。
「まぁ何だ、あんまり無茶すんなよ?」
「!うん!」
少年の顔がパッとひまわりの様に花咲く。
プレステイルは唯一露出している口元を綻ばせる。
少年の頭をクシャッと撫でて、先程から硬直している彼女の方に向き直る。
「さぁ、帰るぞ。 ナ、ユ……タ?」
「あ…」
ほんの数秒前とは違うニュアンスで硬直している彼女。
丸い瞳がいつもより更に丸くなっていた。
自分の掌を見る。
生身の手とは程遠い黒い手袋をしたような左の手。
手のひらと彼女を交互に見る。
自分でもどんな表情をしているのか分からない。
引きつった笑顔なのか、驚愕に満ちた顔なのか、それとも無表情をを貫いているのか。
いずれにしても、冷や汗に青ざめた顔をしていたのは間違えないだろう。
時間にして1秒にも満たなかった。
永遠とも思える思考停止の波の中で彼がたどり着いたのは……。
「ーーじゃあまたな!」
「またね、ヒーローのお兄ちゃん!」
前腕部から生える翼を広げ跳躍。
簡単に言えば、逃げた。
後ろの方で、待ってよ~、と聞こえたが身に纏う暴風のせいで聞こえなかったと言う事にして一目散に逃げ帰って行った。
「ヒーローのお兄ちゃん……かっちょ良かったなぁ」
わん、と少年の腕に抱かれた子犬が答えるように鳴いた。
今日から夏休み、そんな風に感じずにはいられない晴れやかな海の日であった。




