4-4 デンジャー・ゾーン
プシュウ、とエアーの音と共にバスが止まる。
相変わらずバスの乗客の増減は微々たるものであった。
ただ彼らの学校に、すなわち街の中心に近づくにつれてほんの少しであるが乗客が増えている。
活気が戻る様子を見てセツナは少しだけ安心していた。
ドアが自動で開き、少ないながらも乗客が乗り込んで来た。
セツナはその内の一人に見知った顔を見てムスッとして険しい表情をした。
同じ学校の制服を着た男子生徒はスラリと背が高く、短く切った髪は爽やかなスポーツマンを連想させる。
彼がナユタとセツナに気が付いて爽やかな笑顔で近づいて来た。
爽やかで嫌味な奴めーーセツナが毒づく。
「もーにん、ヤマブキ先輩&セッちゃん」
「セッちゃん言うな。 それと失せろ、黒いの」
「ちょっ! 絶好調過ぎんぞ!」
セツナが不機嫌そうに彼を見た。
そんな不機嫌な顔のセツナと好対照にナユタは微笑み挨拶を返す。
「おはよ。 スミゾメくん」
「先輩のほんわかさが身に沁みるっすよ……」
スミゾメと呼ばれた男子生徒は苦笑いをしてセツナの前の一人掛けの席に座る。
セツナが心底嫌そうな顔でぼやく。
「面倒臭い奴が来たもんだ」
「そんなこと言うなよ。 オレとお前の仲だろ?」
「それが面倒臭い」
彼の名はスミゾメ・シュン。
セツナのクラスメイトかつ悪友的な存在だ。
だが彼はシュンの爽やかオーラが苦手だった。
悪い奴じゃないとは分かっているのだが……、生理的に受け付けないとはこのことを言うのだろうか。
『ーーそれでは発車します』
アナウンスと共にエンジンが始動し再びバスが走り出す。
セツナがシュンを汚物を見るような目で見ていると彼は何かに勘付いたのか振り返った。
「どうした、セツナんよ」
「セツナん言うな。 ーーどうしてこのバスをチョイスした」
「そこをツッコまれると思わなんだ」
セツナがご機嫌斜め気味に言うと彼が困ったように白い歯を見せる。
「たまたま早起きしただけだぞ」
「まぁ、お前の思考は全てまるっとお見通しなんだがな」
シュンが言葉に詰まる。
セツナがため息をついた。
「どうせクオンがお目当てなんだろ?」
「そ、そんな事ないさ。 ね、ヤマブキ先輩?」
「えと、わたしに聞かれても分かんないよ?」
唐突に話を振られキョトンとする彼女。
巻き込むなよな、とセツナがため息をつく。
「あいつは死ぬ程疲れているから寝ている」
「死ぬ程疲れているって……お前まさか近親そーー!?」
「どんな流れでそうなったかは深く聞かないが、お前の想像とは色んな意味で違うぞ」
ヒートアップするシュンを冷ややかに見ながらセツナは言い放つ。
「ただあいつが僕に変態行為を働こうとしていたからなーー」
「なにそれうらやましい」
「……だめだこいつ、早く何とかしないと」
シュンは更にヒートアップして身を乗り出し、セツナの肩を掴み前後に激しく揺らす。
冷たい目で見ていたセツナは明らかに苛立ちを隠せずにいた。
「頼むツナ! その立場を交換してくれ! いや、してください!!」
「だーっ! マグロじゃねぇっつうの! それに僕の方こそ変わって欲しいんだよ!」
「セツナくん、スミゾメくん……。 みんな見てるよ?」
ナユタの一言でピタリと止まる2人。
好奇の視線が2人に集中していた。
顔が同時に赤くなり、それに比例してヒートアップした心が冷めていく。
大人しく席に座ったところで急に居心地がよくはならない。
「めっ! だよ? 2人とも」
「先輩! ワンモア!」
シュンの言葉にナユタは困惑しつつも、もう一度同じセリフを言う。
「え? めっ、だよ?」
「いい加減にしろっての」
セツナはノリノリのシュンの頭を手刀でツッコむ。
相当ダメージがでかいのか、彼は呻くようにうずくまる。
ーーまた視線を集めちまうだろうが。
ナユタもナユタだ。
こいつに乗せられんなよな。
セツナはため息をつく。
クスクスと小さな笑い声さえ聞こえた。
ナユタが小さな声で耳打ちした。
「ところでセツナくん。 キンシンソ……って何?」
「お前は知らんでいい」
今だにコウノトリが赤ちゃんを運んで来ると信じ切っているお前はなーー小さく呆れる。
時々ではあるが、彼女が年上かどうか怪しく感じる。
全くまだ注目の的だよ……。
セツナは好奇の視線と小さな笑い声から逃げるように窓の外に目をやる。
気が付けばもう中心街、もう学校も近い。
やれやれ、バス停を3つ我慢すればいいか……。
「ーー!」
セツナの背中に悪寒が走る。
思わずポケットの中に突っ込んだいるプレステイルへの変身アイテム、フェザーエヴォルダーに手を伸ばす。
風邪とかそんな生温いものじゃない。
これは、殺気だ。
『セツナ、気が付いたか?』
頭の中の彼が語りかけて来る。
気付かぬはずはない。
最近は嫌って程に感じてる感覚だ。
セツナは感覚を研ぎ澄まし、辺りを静かに見渡す。
おかしいところは何もない、今の所は。
「どしたのセツナくん?」
シュンはともかく、ナユタをこれ以上巻き込むわけにはいかない。
彼は取り出しかけたフェザーエヴォルダーを再びポケットに突っ込む。
そして、何も言わずに座席横の降車ボタンを押す。
「セツナくん学校前までもうちょっとあるよ?」
「いや、たまには歩こうと思ってね」
「たまには……うん、たまにはいいかもね」
まずはナユタの安全を確保しよう。
こんな時彼女の単純さは助かる。
安全を確保した上で戻って来て殺気の元凶を断つ。
それが彼女を守るのに一番のやり方だろう。
「そんなこと言って、このスポットライトな雰囲気から逃げるってのかよ?」
「僕はお前みたいに勇者じゃないんだ」
シュンの軽口を軽く受け流す。
戻って来る時は彼女には一言言えば納得するだろう。
忘れ物したから戻る、とでも言えばいいか。
目的のバス停が近付く。
カバンを手に取りバスカードを取り出す。
一刻も彼女を早く連れて出て行きたい。
あと数十メートル。
そして、ついでであるが彼らを救い悪の元凶を叩こう。
犠牲になられては今後の目覚めが悪い。
あと数メートル。
もう少し、それでとりあえずは安心だ。
バスは速度を落とし、バス停に停車ーーしなかった。
それどころか速度を上げていく。
セツナが思わず立ち上がりそうになる。
『ーー当車両は途中下車を認めておりません』
「どうしたんだろうね?」
「チッ……僕が知ってるはずもないだろう」
声を荒げるつもりはなくとも荒くなってしまう。
車内に響くアナウンスは無機的で、それでいて非常に不気味だ。
ざわめきたつ車内にアナウンスは続く。
『当車両の行き先は、地獄、地獄となっております。 どうぞ、ごゆるりとお楽しみくださいませ』
バン、と唐突に何かがぶつかる音がして車内に影が差す。
それも四方隙間なく、何度も。
誰かの叫び声、セツナは窓の外を見る。
窓のすぐ外には先週戦ったあの人形達が、まるで蜘蛛のように張り付いていた。
それだけでパニックになるのは十分過ぎた。
ついこの間、街を襲った人形がいる。
死が迎えに来たようなものだ。
車内は阿鼻叫喚に包まれる。
『ーーゴチャゴチャうっせえぞ……!」
運転手はアナウンス用のマイクから手を離し立ち上がる。
その姿は既に人間のものではない。
それは蜘蛛男、と言えば分かり易いだろうか。
シンと静まる車内。
そして、後ろを振り向き言うのだ。
「てめぇらの命はこの宇宙海賊エグスキのベネノパイダスが預かったんだよ! 文句あっか!?」
ベネノパイダスは恐怖を与える感覚が可笑しくて堪らず嗤い出した。
セツナはその嗤い声に嫌悪感を酷く感じた。
バスは暴走しつつもハイウェイへの道を登って行く。
セツナには危険地帯へのハイウェイのように感じられた。




