3-6 フロム・レッド・ウィズ・ラブ・アンド・マリス
「ーーはい、取れましたよ」
セツナがしばたいていると、ケイの表情は柔らかなものに変わって行った。
彼は高鳴る胸を撫で下ろす。
って何で僕はドキドキしてんだ!
一人あくせくしている彼を見てケイは更に笑む。
セツナが眉をひそめると彼女はコロコロと笑ながら謝った。
「……先輩、もしかしてからかったのか?」
「違いますってば。 ーーこれですよ」
彼の目の前でパッと手を開く。
手のひらには紙屑。
「……あ、ありがと……」
「どう致しまして」
照れ隠しにツンと感謝する。
にしてもやり方なり何なりあるだろうが……。
ケイの様子をチラリと伺う。
セツナの気を知ってか知らずか笑顔のままだ。
「……もう行ってもいいな?」
この場から一刻も早く離れたい。
何故か……とてつもなく面倒な事に巻き込まれそうだ、そんな予感がしてならない。
部屋の出口に向かって早足で前進する。
「チョット待ったぁ〜!」
言ったそばからすぐにコレだ。
セツナはため息一つ、目の前に立ち塞がる少女を見上げる。
息を切らし顔が紅潮していて、一目で興奮していることが分かる。
「……ナユタ、めんどくさいぞ、お前」
「いきなりヒドいよッ!」
ナユタはズッコケるが如く激しくツッコむ。
ジト目でそんな彼女を見る。
「色々タイミング悪過ぎだろ」
「それ程でも〜、ってわたし怒ってるんだけど!」
「なら照れるか怒るかどちらかにしろよ…」
まるで意味がわからんぞーーセツナはクルクルと表情が変わっていく彼女を見てため息をつく。
そんな彼を尻目にナユタはズビシッと困惑するように微笑んでいたケイを挑戦的に指をさす。
ケイがその表情のまま、首を傾げる。
「ーー私、ですか?」
「ケイちゃん、ヒドいよ。 わたしの気持ちを知っているのにそんな事するなんて!」
一瞬キョトンとした顔をしたが、直ぐに何かに察したのかクスクスと笑う。
ナユタは不機嫌そうに頬をプクリと膨らませる。
……フグか、お前は。
「ケイちゃん? 笑うとこじゃないよ、ココ」
「失礼、どうやらナユタさんは勘違いをされているようです」
「勘違い……ドユコト?」
「ええっとですねーー」
ケイが先程の経緯を事細かく説明していく。
って、ドギマギしてたとか余計なことは言うんじゃない、また面倒な事になるだろうが。
セツナはこの茶番劇を見ながら、彼の後ろ即ち部屋の出口に向かって、おい、と声を掛ける。
「ーーいるんだろ、鬼畜メガネ先輩」
「よく分かったな、少年」
扉の影からセツナにとってはクオン並に憎たらしい顔が現れる。
レキは何処なくドヤ顔になっていた。
……ウザい。
「どうせお前がややこしくしたんだろうが」
「お、正解だ。 流石は少年だ」
大袈裟にわざとらしくレキが驚く。
それに対しセツナは感情が無くなったが如く冷たくレキを横目で見る。
「わぁー、褒めてくれたんだありがとー」
「うむ、分かり易い嫌味をありがとう」
バチリと二人の間に火花が散る。
これ程分かりやすい犬猿の仲は無いだろう。
何処と無く気に食わない。
「ーーということです」
ようやくケイによるナユタへの特別講習が終わったようだ。
ナユタは目を真ん丸にパチクリさせた。
そして、セツナに向かっておずおずと言う。
「……ホント?」
「ああ」
……多分。
説明を聞いて無かったのではっきりと断定出来ないのだが、彼女は真面目だから大丈夫だろう、多分。
変なことを吹き込んでそうだが大丈夫だろう、彼女を信じよう、うん。
ナユタはセツナの一言で困惑黙り込んでしまう。
しばしの思考の後、手探るように言葉を口にする。
「わたしの早とちり…?」
「その通りだ」
彼女がようやく導き出した答えをレキがアッサリとネタばれをする。
そして、レキは自慢気にドヤ顔を披露した。
「あの思わせ振りな言葉も……」
「私の計画だ」
なんだこの茶番……。
セツナはため息一つジト目でこのやり取りを呆れつつ眺めていた。
……もういい加減行ってもいいよな。
「ーーじゃあ、馬刺ソーダを創ったのも……!」
「それも私だ」
……どんな会話だ。
セツナはもう一つ大きくため息をつく。
そろそろ、ツッコんでやりなよーーセツナは比較的常識人であるケイに視線を送る。
ケイは任せなさいと意気込み笑む。
「いえ、馬刺ソーダを開発したのは私です」
「なん…だと……?」
……あなたもか!?
これ以上収拾がつかないようにしてどうするーーセツナは頭を抱え、思いっきり呆れる。
ナユタが二人の言葉で困惑、混乱していた。
どうでもいいが、本当、コイツは人の加虐心を刺激するよな……。
セツナはその気を抑えるため、何気無く室内を見渡した。
お世辞にも広いとは言えない室内に整然と並べられた長机に、その上には山積みのプリントに、大量の資料がある。
部屋の中央には三バカがセツナの存在を忘れたかのようにきゃいきゃいと漫才を繰り広げていた。
セツナはため息をつくとホワイトボードの上にかかっている時計を見る。
「ーーっと、もうそろそろホームルームの時間か」
出て行くなら今が誰にも邪魔されないだろう。
一応声はかけておいたが、案の定、彼女らは聞いていなかった。
漫才で忙しいようだ。
まあ、いいけどーー彼は回れ右をしてこの部屋から脱出していく。
「ーーという事で私が本家なのです」
「……ほう、元祖である私を差し置いてそんな事を言うとは、いい度胸だ」
「な、まさか……! 貴女が伝説の……!?」
「そのまさかだ」
「わ、わたしをこれ以上混乱させないで〜」
まだやってるよ……。
セツナは振り向きもせずにため息をついた。
今尚、騒がしい教室を後にし、何気無くポケットに手を突っ込み歩く。
カサリ、何かが手に触れた。
ハンカチ以外ポケットに突っ込んだ覚えはないが……。
セツナはその何かをポケットから取り出した。
「……紙?」
何かが書いてある。
その字面はセツナの精神を逆なでする様だった。
《放課後、ナユタをデートに誘え。 少年に拒否権は無い。 そして逃げ場なんて存在しない。 by れっきぃ》
こめかみがピクリと反応する。
あの憎たらしいメガネがリフレインされる。
……あいつめが。
《P.S. 私を楽しませてくれよな》
セツナはその紙を真っ二つに破りポケットに突っ込みなおす。
本来なら即刻焼却処分をしたいところだが、ここは校内だ、勘弁してやる。
まあ、燃やすものを今持ってないので出来ないことには変わりないが。
「ーー何にせよ、無視ると後がウザイか……」
セツナが今日何度目かわからないため息を大きくついた。
『……セツナ、大変だったな』
……忘れかけていた。
頭の中に響く彼の声に、今からも大変なんだがな、と呆れつつも返す。
そして、セツナはため息をついた。




