2-10 剣の先制攻撃だべ!
「お前の得物は剣か……。 ーー時代遅れだな」
「煩いぞ」
暗闇の向こうから這い出てくる狐の顔。
その表情は何処か笑みを浮かべているように思えて不気味に思えた。
プレステイルはその軽口を呆れたように鼻で笑い、しかし拳に力を込める。
「ーーにしても命中する瞬間、咄嗟に飛び下がるとは…」
「あー、スピードだけは自慢なんでね」
パルイフォックスがポリポリと頭をかく。
それに対しプレステイルは挑発するように言い放つ。
「奇遇だな。 それは僕も得意分野だ」
速さ比べといこうじゃないかーー彼が拳を握り直すと、ニィッと白い牙が狐の口元から覗いた。
「お手柔らかにたのーー」
彼はセリフが言い終わるまえに跳躍し、問答無用に攻撃を仕掛ける。
不意打ちであるが関係ない。
これは命懸けの戦いとなるのだ、四の五の言っていられない。
「おっと、動きが速いのは良いことだがね…。 早すぎる男は嫌われるぜ?」
ガキン、と鈍い金属音。
プレステイルの斬撃を拳銃でいとも簡単に受け止めたのだ。
彼にとっては予想外だったらしく、一瞬驚きを隠せてなかった。
「俺の手の速さも中々だろ?」
右肩と左太ももに激痛。
一瞬遅れての銃声、この時始めて撃たれた事に気が付いた。
音速なんて軽く超えていただろう。
受け止めた剣を打ち上げ、その刹那に銃弾を2発撃ち込んだのだ。
思わず膝をつく。
パルイフォックスが銃口から上がる紫煙をふっと吹く。
「お前の目的は仇討ちと言ったところか?」
「あいつはいい友人だったーーおかげでお前さんに繋がる手掛かりを俺だけが手に入れ独占することが出来た」
「尚更、何故一撃で仕留めようとしない?」
コンコンと仮面中央の赤い宝玉を指す。
わかってないな、とパルイフォックスは大袈裟に肩をすくめる。
「私怨と狩りは違うんだぜ? だったら楽しまないとな」
楽しむ?
それだけの為にあいつは、ナユタは巻き込まれたというのか?
静かに怒りがフツフツと込み上げる。
『セツナ、冷静になるんだ』
分かっている、分かっているさ。
あくまで冷静に事を運ばねば、成せる事も成せなくなる。
倒せなければ、誰が彼女を、彼女が住むこの街を守るのか。
……大丈夫だ、少し痛むが問題なく動く。
奴の言う事を信じ推測するならば、あのトカゲの情報を持っているのはこの狐男だけだ。
倒してしまえば、……彼女から距離を取れば少なくとも彼女に被害は及ばないだろう。
「さぁ、ダンスタイムだぜ」
拳銃を眉間に突き付け、ゆっくりと撃鉄を下ろす。
銃口が鈍く光る。
わざとらしくゆっくりとトリガーに指をかけ弾く。
後ろに跳躍、足元に火花が奔る。
狐の口角が上がり、宙にいるプレステイルに向け銃弾を放つ。
左手の剣をもって弾を袈裟に叩き落とす。
間隔を置かず次弾が放たれる。
斬り返しに弾く。
彼に弾が疾風のように襲いかかる。
それを斬り落とし、あるいは撃ち落とす。
剣と銃では勝負は火を見るよりも明らかである。
リーチの差、というものもあるが攻撃の軌道に差が大きい。
斬撃は線の軌道を描くが、銃撃は点のピンポイントの攻撃だ。
どちらが隙が小さいのは語るまでもない。
地面に降りる頃にはプレステイルの体には生々しい銃痕や傷が散見されていた。
捌き切れなかった銃弾によって傷つけられたのだ。
「中々粘るじゃねぇかよ」
「あんたが…粘らせたんだろ」
剣を床に突き刺し、杖代わりにする。
相手の力量を認めるのは少々釈然としない。
しかし、ギリギリの線を狙われ防がされていたの事実だ。
「ばれたか?」
全て防ぐ事が出来たとはいえ、それはあまりに難易度が高すぎた。
小さなミスがまたミスを呼び……その結果がこのダメージである。
何にしろ攻撃を仕掛けるのも受けるのもあと一撃だけ、といったところか。
『セツナ、すまない』
今更何を言うんだーー頭の中に響く声に非難を浴びせるわけでもなく思う。
キッとパルイフォックスに好戦的な視線を送る。
まだ……勝ち目はある。
「次で最期だぜ?」
「あんたの早撃ちが速いか、僕の斬撃が速いか……。 ーー勝負だ」
剣を腰だめに構え、呼吸を整える。
身体はもうボロボロで千切れそうだが、負けることは許されない。
一瞬の挙動で決まる。
煌めく銃口。
弾ける火花、その刹那。
奴より速く動け。
いや、奴を制圧しろ。
「ーー加速……!」
疾風なんて名前はおこがましい。
思い出せ、今の僕の名前は暴風だ…!
疾風の一撃なんて暴風の一撃で吹き飛ばせば良い。
5mーー放たれた弾丸。
4mーーそれは真っ直ぐ疾風のようにプレステイルに弾けた。
3mーー回避運動はしない、いや、出来ない。
2mーーだから、捨てた。
1mーーパルイフォックスはその細い目を更に細める。
30㎝ーー取った……!
3㎝ーー弾丸はプレステイルの額を穿とうと轟く。
「ーー!?」
それは突如弾ける。
一瞬の一驚、それが終焉。
剣尖が踊り煌めく。
無知である彼であってもその刀身に惹かれ心を奪われそうになる。
敵を引き裂かんと振るわれたその刃は刹那斬られた事を気付かせない程であった。
「ーー前言撤回…だ。 良い剣、じゃ…ねぇか……」
グラリと歪む世界。
赤く染まる視界。
離れゆくは俗界。
はは、まったく笑えねえ……。
「銘を…聞かせてくれーー」
息も絶え絶えになりながらもなお欲するは地獄への手土産。
プレステイルは無表情を崩すことなく、静かにその銘を呟くように言った。
「…ソードラファールだ」
彼はハッと鼻で笑いお決まりの軽口を叩く。
「ーーてめえに、お似合いの剣だ」
刹那の壁を越えると言う選択をせずに正面から打ち砕くと言う選択をした。
まさに暴風のための剣。
これ以上のお似合いなものを彼は知らない。
パルイフォックスはカラカラと嘲笑した。
「せいぜいその剣に恥ぬよう、戦って戦って…そしてーー死ね」
何が可笑しいのか、彼は腹を抱えて笑う。
「地獄で……待ってるぜ」
爆発四散。
しばらく、燃え残った炎を眺めていた。
「絶対に行くかよ」
刀身には炎が映り込み何とも言えない美しさで輝いていた。




