12.フラヴィアの演説
それからしばらくして、王太子であったギデオンは臣籍へとくだった。
王子妃候補であったモニカ・バルベリは、取り巻きであった元側近たちとともに、辺境の村へと送られた。
二年ぶりに姿を見せた元婚約者、フラヴィア・ミューヴィセン公爵令嬢が、涙ながらにその非道を告発したためであった。
第二王子クラウスが彼女をエスコートする形でふたりが森の入口に現れると、人々は歓喜し、次から次へと人を集めてきた。
貴族までもがその野次馬に加わった。
そして彼女が妖精の愛し子であると証明するかのように、森中の木という木が、いっせいに花を咲かせてみせた。
長く続いた雨はぴたりとやみ、魔法のように次々と木々にたくさんの実がついた。
それが裏づけとなった。
「わたくしは森の中で妖精たちに匿われていました。それをクラウス王子が探し出し、助けに来てくれたのです」
フラヴィアは、涙ながらに語った。
「ですが彼は、刺客に襲われ、重症を負っていました。だからこそ、こんなにも時間がかかってしまったのです」
縛られた影の薄い男が、どこからともなく転がされてきた。その男こそがかつて王家の影と呼ばれた者であった。
「--妖精たちが調べてくれました。この人には、魅了の魔術がかけられています」
民衆の間にどよめきが走る。
なぜだか、第二王子もまた驚いたようにフラヴィアを見つめていた。
「では、王太子も……」
「きっと、魅了の魔術をかけられていたのよ。
だって、あのお優しい方が令嬢を森に捨てるだなんて考えられないわ」
「--魔女を捕らえろ!」
民衆たちがいきり立つ。
「みなさん、お待ちください」
凛とした声が響いた。皆がその主である、美しい令嬢に目をやった。
「行なった事の責任は取っていただきたく思います。ですが、それは暴力的なものではいけません。
誰にだって、やり直す権利が、道を選ぶ権利があると思うのです」
フラヴィアは続けた。
「--この中にはわたくしに好意的ではない方もたくさんおられるようですね」
彼女はぐるりとあたりを見渡す。何人かがさっと目をそらす。
「--ああ、責めているのではありません。
かつてのわたくしは傲慢で、自分の生活がどれほど多くの人たちに支えられていたのか、知ろうともしなかったのです。
ただ言われるがままに自分の身分をかさにいばる、傲慢な女でした」
いつだったかくびにした使用人が、目を丸くしてフラヴィアを見ていた。
「妖精たちの暮らす村では、働かぬ者はなにも食べられません。
この二年間、わたくしも作物や家畜の世話をし、自ら台所に立ち、掃除をして暮らしてきました。
妖精たちの間には通貨はありませんが、物々交換も上手なものとそうでないものがいて……」
フラヴィアは、村での生活を懐かしむように目を細めた。
具体的につらつらと語られる村での暮らしは、ルスリエース王国の農民や商人たちの共感を得て、心を打った。
「……ごめんなさい、話が逸れてしまいましたね。
とにかく、妖精たちとの暮らしを通して、わたくしは自らの行ないを恥じました。わたくしが虐げてしまった方には、深くお詫びを致します。
言葉だけではなく、一人ひとりにきちんとお会いして誠意を見せるつもりでおります」
公爵令嬢フラヴィアは、そう言うと大勢の前で深深と頭を下げた。
「--人は、きっと、いつからでもやり直せます。
だからこそ、わたくし自身が責めたい人々からも、暴力でその機会を奪いたくはないのです」
はじめに拍手をしたのは、フラヴィアが理不尽を強いて辞めさせた使用人だった。
それからぽつりぽつりと拍手の波が広がり、大きな音がしばらく響き渡っていた。
「茶番だったかしら?」
そう言うフラヴィアの声は、少し震えていた。緊張が解けたのだろう。
「--どうして魅了の魔術だなんていう嘘を?」
クラウスは少し硬い声で尋ねた。
「だってそのほうが、ギデオン様への心象がましになる気がしましたから」
フラヴィアは、気分を害したのだろうかと不安になり、隣で馬車に揺られるクラウスを見上げた。
その夜明けのような紫の目に、怒りが燃えている。
「--やはり、君のつがいは兄なのか?」
思いもしなかったことを問われて、フラヴィアはたじろぐ。
それを肯定と取ったのだろう、クラウスは悲しげに笑い、馬車を停めさせた。
「お待ちください、クラウス様」
「--いいんだ、そのほうが君は間違いなく生き延びられるだろう」
すでに日が落ちてきていた。
馬車から出て振り返る彼の顔は、逆光になっていてよく見えなかった。
フラヴィアは慌てて彼の袖にすがり、転がるようにして馬車から飛び出した。
その華奢な身体を、クラウスが抱きとめる。
その目尻には涙のつぶがぽちりと浮いていた。
「もしかして、あなた、嫉妬なさったの?」
フラヴィアは、胸のうちに広がる喜びを抑えきれずに聞いた。
クラウスは顔を真っ赤にして、森から着てきたままの簡素な服の袖で、目元をごしごしと乱暴にぬぐった。
「君のそういう、傲慢なところがきらいだ」
「--はい」
「だが、どうしてなのだろう。……君を兄に渡したくはない」
喜びにうち震える二人は、自分たちに迫る凶刃に気がつかなかった。




