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36. 切り落とす




 学園に作られた庭は、煌びやかな花達で彩られている。

 花が最も映えるように職人達が考え、最高級の花達を植えたのだ。


 そこで行われる生徒同士のお茶会は、さぞ気持ちが良いことだろう。




 ──と、そこまでが理想だ。




 現実のお茶会には、どんよりとした空気が渦巻いていた。


 今回のお茶会の参加者は、二人。

 一人は困ったように苦笑し、もう一人は感情を押し殺した鉄仮面を顔面に張り付けている。



「気のせいか、疲れているのではないか?」


 困り顔の方、ベルディア殿下が口を開いた。


「…………殿下の気のせいですわ」


 鉄仮面の方──って誰が鉄仮面だ──、私ことヴィオラ・カステルはその問いの答えをはぐらかした。



「そうか。では、長い沈黙は何だったのだ?」


「それ以上は切り落とされることを覚悟してくださいませ」


「何のだ!?」


「もちろん、ナニです」


「怖い! 今日のヴィオラ嬢は一段と怖いぞ!」



 それ、遠回しに他の日も怖いと思っていないか?

 ……まぁ良い。この程度の小言はまだ可愛い方だ。



「おい、本当にどうしたのだ? 何か悪いものでも食べたか?」


「なるほど。切り落とされたいと」


「ちょっと待て! ルディ! お前の主人が傍若無人なのだが!」


「あははー、巻き込まれたくないのでパスで」


「おい!?」


 そこでルディに逃げるとか卑怯だ。

 流石は腹黒王子。汚い。


「なぜかはわからないが、私の評価が下がっている気がするぞ。なぜかはわからないが!」


「この場に私達しかいないとはいえ、もう少し声を抑えてくださいます? うっかり落としそうになります」


「ヒィイイイイ!!」


 いやだから、あなた第一王子でしょう。

 国の代表となる人が、そんな情けない声を出さないでほしい。



「実はですね? 最近、お嬢様に接触してくる方がいるのですが……」


「ほう? そんな物好きが私やダイン以外にいるのか」


「名前がマリアーヌ・セントリアというのですが、これがすっごい金髪縦ロールで」


「セントリア家の長女だったか? そういえばまだこの学園で出会っていないな。私はあまり夜会に参加する方ではないから面識も無いが……何だ。そんなに凄いのか?」


「ええ、何時間掛けているんだと不思議になるくらいの迫力です。ちょっとアレで遊びたくなりました」


「面白そうだな。表向きは対抗するということで、ヴィオラ嬢でやってみれば良いのではないだろうか?」


「いや、彼女とお嬢様では対抗にもなりませんよ。主に胸が圧倒的に」


「あぁ……なるほど。…………そっちも、そんなに凄いのか?」


「それはもう。あそこには男のロマンが詰まっています」


「ほう?」



 ──こいつら、本気で切り落としてやろうか?



「そういえば私、最近手刀の練習をしていますの。いざという時に武器が無ければ困りますもの。どこかに都合のいいサンドバッグがあればいいのですが……あ、こんなところに最高の物が」


「すまん! ちょっとした悪ふざけだ! なぁルディ!?」


「ええ、そうですとも! お嬢様の胸が貧相だとか、これっぽっちも思っていませんので!」



 なるほど。

 とりあえずルディは半殺し確定、っと……。



「に、にしてもマリアーヌ嬢か……確かに厄介な相手が出てきたものだな」


「それがですね、殿下……少しお耳失礼します」


「うん? ……ふむふむ。なんと。それで? ……え、それは本当なのか? だとしたら……うむ、うっっっわぁ……」



 何かを耳打ちしているルディと、それを聞くベルディア殿下。

 訝しげな表情から興味津々な表情に変わり、そしてすぐに驚いた風に切り替わって、なぜか最後は哀れみの視線をこちらに向けてきた。



「まさか、ここまで重症だったとは……」


「ええ、俺も苦労しているのです。もうどうしようかなと」


「それで今日のダインとルディはお疲れだったのだな。二人していいストレス発散の道具になったわけだ」


「……殿下も一緒にどうです? なんか、新しい扉開けそうになりますよ」


 良い提案だ、ルディ。

 都合良く仲間を増やそうと企んでいるのだろうけれど、私としては的が増えて嬉しい限りだ。


「やめておこう。そっち側に行ったら、二度と戻れなくなる気がする」



 ──チイッ。



「だが、いつまでもこれが続くと、色々と危なそうだな」


「なんです。人を猛獣みたいに言わないでいただけますか?」


「同じようなも──「あ?」──ンンッ! 決してそういうわけじゃないぞ。……ほらっ! もう少しで愚弟の誕生日だ。その時に不機嫌だったり、体調を崩したりすると大変だろう? これは一刻も早く対処せねばな!」


「……まぁ、そうですわね」



 確かに、殿下の言うことは正しい。

 あと数週間で第二王子の誕生日パーティーが開かれる。


 それまでにこの問題をどうにかするというのは、納得だ。


 でも、一つ問題がある。

 私達は公爵家の人間であり、少しのいざこざだろうと貴族社会を大きく揺るがす影響力を持っている。


 二つの家が平穏に終わるやり方を考えなければならない。



「「いや、そこは問題ないんじゃ?」」


 考えを言うと、ベルディア殿下とルディ、二人して同じことを言ってきた。


「成るように成るさ。……まぁ、先輩からのアドバイスをやるのであれば、相手のことをもう少しちゃんと見てあげることだな」


 殿下はそう言い、含みのある笑みを浮かべたのだった。




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