34. 鬱陶しい相手
それからマリアーヌは事あるごとに私のところへ来るようになっていた。
授業が始まる前の朝の時間。
いつもなら食堂へ向かう昼食時。
全ての授業が終わった放課後。
私に何があるの?
と言いたくなるほど、彼女は沢山のご友人を連れてやって来る。
でも、忙しいとはっきり言えば、ちゃんと聞いてくれる。
しかも一瞬だけ捨てられた子犬のような顔をするのだから、こちらとしても拒絶するのは居た堪れない気持ちになってしまう。
男性のみならず、女性までもを虜にしようとする。
これが俗に言う『悪女』なのだろう。
「さぁ! 今日も来てあげましたわ!」
またマリアーヌが来た。
これから剣術学科に行こうと思っていたのに、少し前の講義について先生に質問していたせいで、退散するのが遅れてしまった。
こういう時に不思議なのが、ルディだ。
いつもなら私に寄って来る害虫はすぐ追っ払うのに、マリアーヌにはそれをしない。やはり、彼女の公爵家という立場がそれを邪魔しているのだろうか。
私は内心、舌打ちした。
この学園ではあまり目立ちたくない。
なのに、金髪縦ロールがそれを邪魔する。煩わしいったらありゃしない。
なるべく人とも関わりたくない。
ベルディア殿下と懇意にしているのは、単純に彼の地位が良いからだ。いざという時の助けになるし、あっちも利用されていることを十分理解した上で私と接している。
でも、マリアーヌとは必要以上に関わる必要はない。
公爵家の威厳?
うちだって公爵家です。
貴重な人材?
すでに各地で確保しています。
コネ作り?
どうせ出世できないから必要ありません。
ベルディア殿下と関わったことで、彼女の必要性は皆無になった。
「ヴィオラ様。わたくし、今日はこの後用事がありませんの」
暇な時間を使ってまで、私に張り合いに来たのか。
本物の暇人だ。それに付き合っているご令嬢達も、同じく暇人なのだろう。
「はぁ……そうですか。公爵家のご令嬢が長居して帰りが遅くなっては大変です。明日も授業はありますし、今日は早めにおやすみになられたらいかがでしょう?」
遠回しに「帰れ」と言っておく。
……でも、真意は届いていないんだろうなぁ。
「まぁ! わたくしを心配してくださるの? あのヴィオラ様が?」
あのヴィオラ様とは、どのヴィオラ様だ。
どうせ嫌な方だろうと思い、黙っておく。
──何なのこいつ。
その代わり、内心では荒れ果てる。
向こうは私と関わる利益は無いはずだ。
同じ公爵位なのだから、当然のこと。
それをするくらいなら、他のご令嬢を仲間内に囲っておく方が、将来何倍も役に立つだろう。
まさか高ければ高いほど良いと思っているのか?
……いや、流石にそこまで無能じゃないだろう。
もし私が本格的に社交界に進出するなら、それぞれの地位に居る有能な貴族を味方に引き入れるだろう。
貴族階級には、役割がある。
公爵家は側近として王家を支える役目があり、男爵家は騎士の家系が多い。
他にも辺境地の管理を任されていたり、いざという時に使う権力を隠し持っていたりと、階級にも色々な役割があり、そして家系事に得意分野が異なる。
地位の高い貴族だけを引き入れれば良いという話ではない。
なのに、マリアーヌは私に付き纏う。
……そういうところはまだ子供か。
私は溜め息を吐き出し、マリアーヌに向き合う。
「申し訳ありません。私、これから剣術学科に用事があるのです。今日はこれで失礼しますわ」
あえて『剣術学科』という部分を強調させる。
平民が集まり、血生臭いことを行なっている剣術学科。
無駄に気高い貴族の認識は、そんなところだろう。
そこに自分も所属しているのだと言えば、向こうも近寄らなくなると思った。
──なのに。
「あ、あの! ヴィオラ様!」
彼女達の間を通り過ぎると、呼び止められた。
「け、見学させていただいてもよろしいでしょうか!」
「はぁ?」
流石に困惑を隠せなかった。
今、この女は何て言った?
見学したい? 剣術学科の様子を?
「……ああ、そういうことか」
おそらく彼女は大勢のご令嬢を連れ、泥臭い訓練風景を見て嘲笑うつもりだ。
そんなところに私が紛れ、剣の練習をしている。無様に男達にやられる私をネタにし、剣術学科に所属するような野蛮な小娘は公爵家として相応しくないと、後ろ指を差す魂胆なのだろう。
でも、私の一存で彼女達を止めることはできない。
「…………講師と学科代表生に許可をお取りください。受付の者に言えば話を通してくださるかと」
これが地位を利用した戦い方か。
なるほど参考になった。
本当に、参考になった。
「私は準備もありますので先に失礼します。では」
ルディの袖を引っ張り、教室を出る。
訓練場に入るまで、私が後ろを振り返ることはなかった。




