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32. マリアーヌ




「──かくして、戦争の時代は終わったのです」



 そういえば、まともに授業を受けたのは随分と久しぶりな気がする。


 最近は色々と動いていたせいで、学園側……というか生徒会に融通を利かせてもらって授業は免除されていたし、出席できたとしても疲れすぎて内容が頭に入って来なかった。



 そもそも私は記憶喪失だ。

 今までの歴史を覚えているかと言われたら、そんなもの覚えているわけがないと答える。


 まだ私が、カリーナが生きていた時代ならば、どうにか把握している。

 でも、その後に何があったかなんて知るわけがないし、学んでいたとしても記憶が抜けているのだからどうしようもない。



 中間テストの時は苦労した。

 皆が普通に覚えていることを、私は覚えていない。


 ルディに頭を下げ、徹夜でみっちりお勉強したのは嫌な思い出であり、ちょっと楽しい思い出でもある。



「お嬢様お嬢様」


 物思いにふけっていたら、横からルディに突つかれた。


「…………なに」


「ちょっと急用を思い出したので、行ってきます」


「急用? 何よ」


「いやぁ、あはは……」



 私に誤魔化しは効かないとわかっているのか、それとも最初から隠す気なんてないのか、とにかくムカつく態度でルディは笑った。


 こういう時の彼は、私が問い詰めても口を割らない。



 はぁ、と溜め息を一つ。



「なるべく早く帰ってくるのよ」


「はい。では失礼します」


 サササッ、とルディは教室を出て行った。


 教師は、彼が出て行ったことに気が付いていない。

 ……どうしてこういう時だけ気配を隠すのが上手いのか。


 まぁ、気にしないようにしよう。




「にしても、急用ね」


 彼は何をしようとしているのか。

 いや、何を企んでいるのか。


 私が不利になるようなことではないと、そう思いたい。

 …………カリーナである私は、常に最悪の手を考えてしまう。



 これはもう癖のようなものだ。

 従者を疑うのだから本当に酷い主人だなと、私は内心、薄く笑った。






          ◆◇◆






 ルディは授業が終わっても帰って来なかった。

 こうなるなら、どこに行くかくらいは聞いておけば良かったと後悔する。


 彼が居ないのであれば、私は彼の帰りを待つしかない。


 適当に読書でもしながら暇を潰そう。

 そう思った時のことだ。




「ヴィオラ・カステルはどこですの!」




 教室の扉が開かれ、私の名を呼ばれた。

 聞き覚えのない声だと思いながらそちらに視線を向けると、やはり知らない人が立っていた。


 目が痛くなるくらいに金色の髪を、縦にロールした女性だ。

 彼女は後ろに五人ほどの令嬢を引き連れ、教室にやって来たらしい。


 もちろん、私の知り合いにあんなケバい女性はいない。



 ……なんだ。人違いか。


 私は開いたままの本に視線を戻す。



「無視するとは、良い度胸ですわね!」


 すると、耳の近くでそのような怒号が聞こえた。

 視線を上にあげれば、先程の縦ロールが立っていた。



「あなたが、ヴィオラ・カステルですわね!」


「人違いです」


「そう。人違いでしたか。それは申し訳──ってそんなわけないでしょう!」



 反応が面白い人だ。

 私は内心、彼女のことをそのように評価した。


「その赤い髪、早々いませんわ!」


 ……まぁ、正直バレるだろうとは思っていた。

 この学園で赤い髪をしている女性は、私以外に見たことがない。


 どうも私がヴィオラ・カステルですと、そう言っているようなものだ。



「失礼ですが、どなたです?」


「…………わたくしのことを知らないと?」


「ええ、だって初対面ですわよね?」



 この女性は、私の髪だけで『ヴィオラ・カステル』だと判断した。

 つまり、私の顔は知らなかったということになる。


 なら、ヴィオラも彼女のことは知らないだろう。


 今、相手が誰かを聞いても失礼ではないはず…………なのに、どうして彼女は顔を真っ赤にさせているのだろう?



「わたくしはマリアーヌ! マリアーヌ・セントリアですわ!」



 金髪縦ロールは胸を張り、堂々と言い放った。

 それで教室中の注目を浴びたのは、言うまでもない。




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