31. ご機嫌斜め
──カンカンカンカン。
硬いものがぶつかり合う音が、その場に響き渡る。
「あ、あのお嬢様? そろそろ俺がキツいというか」
──カンカンカンカンカンカンカンカン。
「いや、あの、本当にそろそろやばいんですけ、」
──カンカンカンカンカンカンカンカンガッ──バゴォッ!
「ごふぁ!?」
哀れな男──ルディは吹っ飛ばされ、綺麗な弧を描きながら空中を舞い、受け身を取ることなく、彼の体は地面に落ちた。
「い、今の一撃! 本気で殺すつもりできましたね!?」
ルディは上半身だけ起き上がらせ、剣の切っ先をブンブンと振りながら文句を言ってきた。
私は仏頂面を変えることなく、彼から視線を外しながら一言。
「…………殺すつもりはなかったのよ」
「それヤっちゃった後に言い訳するやつ! 絶対に死ぬやつ!」
「うるさいわね。男なら瀕死の一撃くらい、軽々と受け止めなさい」
「ひっでぇ主人だよあんた!」
今のが真剣だったなら、ルディの剣は真っ二つに叩き折られ、その直線上にいた彼も真っ二つになっていただろう。
でも、私達に与えられているのは木剣だ。
だから死なないし殺すつもりはなかった。
……下手をすれば全治三ヶ月くらいの重傷を負っていたかもしれないけれど、そこは気合いでどうにか防いでくれると信じていた。
「お嬢様、あのですね? 不機嫌になるのはいいんですよ別に。でも俺に八つ当たりするのは良くないなって思うのわぁ!?」
木剣をぶん投げる。
それは真っ直ぐに、ルディの股下ギリギリのところに突き刺さった。
「ひどい。お嬢様がいつも以上にひどい……鬼だ」
「あら、それは私への侮辱と捉えていいのかしら? そんなことを言う従者には、お仕置きと調教が必要よねぇ?」
「すいませんでした! 今のは嘘! 嘘なのでじりじりと寄ってくるのだけは勘弁してください!」
……………………ふんっ。
「まぁ、今日はこのくらいにしておくわ」
「今日は? え、明日もあるの……? なんなの?」
「何かしら?」
「い、いいえ! 別に、この令嬢ほんとこの野郎とか思っていません!」
ビシッと、その場で敬礼する私の従者。
「…………あなたの気持ちはよくわかったわ」
私は頷き、
「解雇」
生意気な従者に解雇を言い渡した。
「後生です! ほんと勘弁してくださいお願いします!」
「足にしがみつかないでくれますか? 汚れてしまいます、私が」
「すでに他人口調!? しかも普通に酷いことを仰る!」
「わかった。わかったから、解雇はしないから離れなさ──そろそろうざい!」
しがみつくルディの体を、力任せに蹴り上げる。
再びルディは宙を舞い、地面に落ちた。
「あいたた……お嬢様はもう少し貴族だという自覚をですねぇ」
「うるさいわね。令嬢だってたまには息抜きが必要なのよ」
「従者を剣で吹き飛ばしたり、蹴り上げたりするご令嬢は貴女くらいだと思いますが……はぁ、こんな可哀想な従者を虐めて、機嫌は直りましたか?」
「……まぁまぁね。とりあえずスッキリしたわ」
私がここまで荒れていたのは、昼間のお茶会で起こった『ヴィオラの黒歴史(?)大暴露大会』が原因だ。
「ほんと、文句は直接ベルディア殿下に言ってくださいよ。なんで俺がとばっちり受けなきゃいけないんです?」
「あの人は一応第一王子なのよ? それをここでタコ殴りにするのは、流石に──あ、」
そこで私は発見した。
学園でベルディア殿下に一番近い存在──彼の護衛騎士を。
「ちょっとダイン。私のサンドバックになってくれないかしら?」
「…………は?」
「うぉおおおおおい! お嬢様!? 『ちょっと手伝ってもらえないかしら?』くらいの軽いノリで物騒なことを言わないでいただけますか!?」
「それは難しいわね」
「そこで食い下がってくるのかよ!」
ルディは吠えた。
私の従者なのだから、それなりの品を持ってほしいのだけれど。
「ダインさん。すいません、お嬢様は少し疲れているのでこれで失礼します」
「あ、ああ……お疲れ様。ゆっくり休むと良い」
「ええ。それでは……お嬢様。行きますよ」
「ちょっとルディ。私はまだこいつを叩きのめしていないわ」
「だまらっしゃい!」
聞く耳持たず、ルディは私を引きずるように腕を引っ張りながら、稽古場を出て行く。
私は成されるがままにされ、後に彼から小一時間ほど説教を受けるのだった。




