29. 新たな協力者
その後のことは、思ったよりも順調に事が進んでいった。
単純に私の味方が優秀過ぎたのが理由なのだと、私は考える。
でも、マダムやその店の従業員、ルディにもかなり無理をさせてしまった。後で何かお礼をするのは当然として、彼女達に深く感謝することは忘れない。
今回のことは、私だけではどうにもならなかった。
協力者が居たからこそ、私はこうして余裕を持って日常を過ごすことができている。
「そんなに悠長にしていて大丈夫なのか?」
心配したように声を掛けてくれたのは、ベルディア殿下だ。
「あら、お茶に誘ったのは貴方の方でしょう?」
「……いや、それもそうなのだが、進捗を聞いておきたくてな。忙しいところすまないとは思っている」
申し訳なさそうに眉を下げる殿下に、私は微笑みを返した。
「問題ありません。準備は順調に進んでいます」
「順調にって……一ヶ月では流石に無理があるだろう」
「すでにドレスはほぼ出来上がっています。体のケアも、最近は毎日放課後に美容室へ通っているので大丈夫でしょう。プレゼントも殿下が考えてくれましたから、すぐに用意ができますわ。…………あとは」
「あとは、どうした?」
「…………エスコートしていただける殿方探しでしょうか」
ポツリと呟かれたその言葉に、ベルディア殿下は「あ〜……」と頭を抱えた。
「大問題が残っているな」
「……はい」
社交界の場では、女性が男性にエスコートされないのは、まずあり得ない。いや、あってはならないことだ。
婚約者がいない令嬢は親族と……というのが一般的で、今回も相手のいない令嬢は父親か兄弟などにエスコートを頼むだろう。
でも、私の家の場合、父親がそんなことをするわけがない。
妹のメアリーも招待されていると思うので、母親と妹の方をを優先し、私のことは放ったらかしにするつもりだ。
──カステル家の名前に泥を付けるなと、よく言えたものだ。
このままでは私は、エスコートされないまま会場に入ることになる。
「…………すまない。俺に婚約者が居なければ、力になってあげたかったのだが」
ベルディア殿下には婚約者がいる。
ローズ様という名前の、とても可愛らしい女性だ。
彼女は生まれつき体が弱いらしく、残念ながら学園には入学していない。
一度、「婚約者がいる身で、私と頻繁にお茶していていいのですか?」と聞いたことがある。それはローズ様の尊厳を考慮し、変な噂が立たないかを心配したからだ。
でも、ベルディア殿下は心配いらないと言った。
むしろローズ様に私のことを話しているらしく、彼女の方から一度会って話したいと招待を頂いているくらいに、なぜか私は姿も見たことのない彼女に気に入られているらしい。ちなみに返事は「体調の優れる日に、是非」と返しておいた。
ベルディア殿下が認めた女性だ。
そのお方なら、楽しく話すことができるだろう。
──とまぁ、話が脱線してしまったけれど、ベルディア殿下には婚約者が居るため、エスコートを頼むことはできない。
「ローズ様も出席なさるのですか?」
「ああ。最近は体調も良くなっていて、ヴィオラ嬢が出席するなら参加したいと、彼女の方からお願いされたのだ」
「…………私が出席するなら、ですか」
「会えることを大層楽しみにしていたぞ?」
「……私もお会いできることを楽しみにしていますと、そう言っておいてください」
どうやらアレイクス殿下の誕生日は忙しくなりそうだと、私は小さく息を吐き出した。
「でも、まずはエスコートしていただける殿方を探さなければ……」
招待を受けているのは、もちろん貴族のみだ。
そこに従者を連れて行くことはできない。
ルディはお留守番だ。
「何か、伝手はあるのか?」
「あると思いですか?」
「全く思わないな」
随分とはっきり言う。
でも、伝手があるならこの場で話はしない。
「では、ヴィオラ嬢の友人で良さげな人物は、」
「私に友人が居ると思いですか?」
「何と無く察していたが、本人の口から言われると哀愁が物凄いな」
「言わないでください」
悪い噂と女性にしては凛々しい顔のせいで、私に『友人』と言えるような人は居ない。
改めてそれを実感すると、少しだけ悲しくなる。
「俺の方でも、やってくれそうな人物を探しておく」
「それはありがた──」
「では、俺がエスコートしてあげましょうか?」
急に割り込んできた言葉。
驚き、振り向くと……広場の入り口の方に男性が一人、こちらに向かって歩いて来ていた。
「…………誰?」
記憶にない人物……ってそれもそうだ。
私は記憶を失っているのだから、知るわけがない。
横目でルディを見る。
すると、小さく首を振られた。
どうやら私と等しい間柄ではないようだ。
ということは、本当に誰?
「お初にお目にかかります、ヴィオラ様」
乱入者は恭しく、私に頭を下げる。
「俺はジェイル・マスカート。ベルディア殿下の秘書をしています。以後、お見知り置きを」
そして彼は、ニコリと優雅に微笑んだ。




