26. 頼もしすぎる味方
ドレスの採寸は、学園のない休みの日に行ってもらうことにした。
放課後にやるのでは時間も遅くなってしまうし、私の疲れもある。
そこをルディは考慮してくれたらしく、マダムも快くそれを了承してくれた。
そんなわけで休日の昼下がり、私は馬車に揺られ、国内一大きな洋服店『シャトルレーゼ』へと来ていた。
「お嬢様、お手を」
「ありがとう、ルディ」
ルディにエスコートされながら馬車を降り、豪華な店内の扉を開くと──
「まぁまぁまぁ! 久しぶりね、ヴィオラちゃん!」
店の奥から姿を現したのは、綺麗な衣装に身を包んだおばさまだ。
見た目40代くらいだけれど、おそらくもう少し上を行っていると予想する。
彼女がここのオーナー。マダムなのだろう。
「お久しぶりです、マダム。今回は急なお願いに応えてくださり、感謝いたします」
「良いのよ。ヴィオラちゃんのところの事情は理解しているし、どうせ今回もそうだろうなとは予想していたから。むしろいつも通りで安心すら覚えるわ」
朗らかに笑うマダム。
お高く止まった人だったらどうしようかと思っていたけれど、どうやらその心配は要らなかったらしい。
流石はヴィオラだ。
人を選ぶのにも間違いが無い。
「ほんと、あいつらは学習しないわね。私の伝で説教させても良いのだけれど……」
「マダム。流石にそこまでやらせるわけには」
というか、うちは一応公爵家だ。
そんな両親に説教を食らわせられる人物に伝があるとか、何だそれ。
「わかってるわよ。ヴィオラちゃんが嫌がるようなことはしないわ。……でもね? 毎度言っていることだけど、馬鹿って本当に最後まで馬鹿なままなの。この状況がいつまでも続いて、これ以上、ヴィオラちゃんが不幸になるのは私も許せないわ」
──だからいつでも相談してね?
と、マダムは微笑む。
それはとても頼り甲斐があって、なぜか怖くなった。
「…………ええ、その時は頼りにさせていただきます」
自分のことながら、ヴィオラには感服する。
きっとマダムは貴族社会でもそれなりの発言権を有している。
貴族令嬢で溢れ返っている店内を見るだけで、それは確信に変わった。
そんな大きな人物と知り合い、挙句にはここまで強い信頼を得ている。
どのような手段を用いたのかは想像できるけれど、かなり危険な橋を渡ったことだろう。作戦を実行したところで、成功する確率は半分にも満たない。なのに、ヴィオラは成功させた。その技量と采配に、我ながら素晴らしい人材だと思う。
「無駄話はこれくらいにして、さっさと採寸しちゃいましょう! 今は時間が惜しいわ。全力でやらせてもらうわよ!」
「ええ、お手柔らかにお願いします」
マダムは意気揚々と歩き出し、私はその後ろを追いかける。
案内された部屋に入ると、そこには大勢の女性達が並んでいた。
マダム曰く、彼女達はこの店でトップの技術を持ち、今日のために全員集合させたのだとか……。
訂正する。
ここまでの人材を動かせるヴィオラ。
──普通に怖い。
こんなに沢山のやばい人達を動かすヴィオラの交渉術、怖い。
追い詰められたら手段を選ばず、優秀な人材を片っ端から囲う豪快な手腕は、確かに私と同じだ。ヴィオラと私が別人格の同一人物だというのは、もう疑わない。でも、これは流石にやりすぎだろうと呆れてしまう。
「さぁ、みんな! 張り切って行くわよ!」
『はい、マダム!』
私が内心、私自身のことに呆れていると、マダム達は入念な打ち合わせを終わらせ、気合を入れ直していた。
「ヴィオラちゃんも、覚悟はいい?」
キラキラと、太陽のように眩しい笑顔を向けられた私は、引き攣った笑顔を無理矢理動かし──
「お、お手柔らかに、お願いします」
先程と全く同じ言葉を呟いていた。
◆◇◆
まず始めに行ったのは、採寸だ。
マダムと従業員の前でドレスを脱ぎ、下着姿になる。
当たり前のことだけど、ルディはお外で待機だ。
腕を上げたり、後ろを向いたり、様々な部分を細かく計測される。少しだけ恥ずかしいと思いながらも、いつものことだと心を無にさせ、大人しく彼女達の指示に従っていく。
「──あら?」
不意に、マダムが疑問の声を上げた。
「ヴィオラちゃん。少し筋肉付けたかしら?」
「ええ。剣術学科に入りましたの」
「剣術学科!? どうしてそんな所に──これも、ヴィオラちゃんの言う『来たる未来への準備』なのね?」
「その通りです」
私にはルディが居る。彼ならば降りかかる困難から私を守ってくれるだろうと信用しているけれど、それでも常に守られているわけではない。
こちらに危害を加えようとしてくる連中は、その隙を的確に狙い撃ちしてくる。
──守られてばかりではいけない。
それを理解しているからこそ、私は少しでも剣術を学びたいと思った。
そうマダムに説明すると、彼女は感慨深く頷いた後、私の考えを肯定してくれた。
「貴女にはいつも驚かされるわ。……でも、そこまでヴィオラちゃんを追い詰めているなんて……ちょっとこれは見過ごせないわね」
マダムだけではない。
お手伝いとして来てくれている従業員の顔全てに、明らかな敵意を感じた。
これが誰に向けられたものなのかは…………もうお察しだ。
「これでも楽しくやっていますの。だから心配ありません」
「そう? なら、ヴィオラちゃんの言葉を尊重しましょう。…………ほんと、覚えていなさいよ、あの馬鹿ども」
ポツリと呟かれた最後の言葉は、聞かなかったことにしよう。




