20. 謝罪と後悔と
「はぁ……」
朝になっても起き上がる気力が湧かず、私はベッドに寝転がったまま、天井を見つめていた。
ずっと脳裏に思い浮かぶのは、私の従者で、ただ一人の理解者の男。
彼のことを考えていると朝になっており、一睡もできていない。
「…………さいあく」
どのような理由があれ、今日も学校がある。
ルディが起こしにくる前に心を切り替えなければと思い、私は気怠い体に鞭打ち、覚束ない足取りで鏡台へ向かった。体がふらつくのは心身共に消耗している証拠で、その理由はちゃんと理解している。
「うっわ、すごいクマね」
寝不足の証が思い切り出てしまっている。若干目元も赤く腫れているし、顔色はいつもより悪い。生きている人と比べると血の気が少なく、他人が見れば『病人』だと思われるに違いない。
いつもより化粧を濃くすればどうにか誤魔化せそうだけど、唯一どうやっても誤魔化せない人間が居る。しかも、それがこのことに深く関わっているのだから、運命の神様というのは性格が悪い。
下手に誤魔化せばバレるだろうし、いつもより化粧が濃ければ、それもそれでおかしいと思われてしまう。
……逃げ道なんて、残されていなかった。
──コンコンッ。
扉が叩かれ、私の心臓が大きく跳ね上がった。
私の部屋を訪れるのは、この屋敷で一人だけ……。
「お嬢様、おはようございます」
今は、今だけはその予想が外れて欲しかった。
この状態でルディと会ったら、きっと私は動揺を隠せなくなる。
そうするとルディは何て思うだろうか。
無邪気に私を追い詰めた妹を、彼は怒ってくれるだろうか。
苦しんで酷い状態になった私を、心配してくれるだろうか。
不安な私に「大丈夫ですよ」と笑いかけてくれるだろうか。
それは嬉しい。
彼が私を見て、考えてくれるのは嬉しい。
でも今は会いたくないと、そう思ってしまった。
「…………」
今まで感じたことのない感情。
今も未来も過去も、抱いてはいけなかった感情。
何もかもを遠ざけたとしても、私はルディを側に置こうとしていた。
ヴィオラとしての記憶を全て失った私にとって、彼は他の奴らと同じ『信用するに値しない人間』だったのに、どうして私は彼を側に置き続けたのか。
それは、彼を利用する上で便利だったから。
それは、一人で行動するより楽になるから。
様々な理由を並べたところで、それはただの言い訳でしかない。
私は徐々に、彼が近くに居ることを拒絶しなくなっていたのだ。
ルディが私のことを『特別』だと言ってくれるのと同じで、私もルディのことを『特別』だと思ってしまった。
でも、これでは──ダメ。
私は、愛することが怖くなっていた。
また失えば、私は二度と立ち直れなくなる。
この心の奥深くに封印できたものを、抑えられなくなってしまう。
もう信じないって、もう誰も受け入れないって決めていたのに……。
メアリーの話を聞いて、彼を独占したいのだと知って、私はルディと会うことが怖くなっていた。
私の欲は、歪なものだ。
きっと私の欲が彼を傷つけてしまう。
それを知った彼は、次こそ私を見限るかもしれない。
そう思うと、怖くなって仕方ないのだ。
「お嬢様? 大丈夫ですか?」
扉越しにルディの声が聞こえる。
彼は私のことを心配してくれている。
私の悩みを何も知らない彼は、私といつも通りの朝を迎えようとしている。
……いや、彼は昨日のことを知っているだろう。思い返せば、あれだけ派手に食堂を出たのだ。いつも私のことを見守ってくれている彼が、把握していないわけがない。
私の本当の悩みまでは知らないだろうけれど、悩んで苦しんでいることくらいは知っている。それでも彼は、私といつも通りの朝を迎えようとしてくれている。
それがありがたいと思うけど、やっぱり今はルディと会いたくない。
「ごめんなさい。今日は気分が優れなくて、学校はお休みするわ」
だから私は逃げた。
この気持ちに整理をつけるため、今日は全てから遠ざかりたかった。
「……朝食は、どうなされますか?」
「お腹が空いていないの。お昼になったら持ってきてもらえるかしら」
「…………畏まりました。では、ごゆっくり、お休みください」
ルディの足音が遠ざかっていくのを確認してから、私は盛大な溜め息を吐き出し、ベッドに寝転がった。
「ごめんなさい、ルディ」
きっと今の会話で、彼を心配させてしまっただろう。
全ては私が悪いのに、彼は自分のことのように悩み、苦しんでしまう。
それを理解しているのに、私は彼から逃げてしまった。
「ごめんなさい」
私は謝罪を再び、ゆっくりと瞼を閉じた。




