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18. 勧誘



 半年が経った。


 その間、特に話題になるようなことはなかった。率先して目立たないように行動していたのもあり、ダインとの決闘以来、私は特に変わりない学園生活というのを送っていた。



「もう、学園生活には慣れただろうか?」


 そのように話を切り出してきたのは、ベルディア殿下だ。



「……ええ、まぁ……そうですわね」


 私達が今いるのはサロン…………ではなく、学園の広場だった。


 ベルディア殿下と何度かサロンでお話しする間柄となり、最近はサロンだけではなく、こうして広場でお茶会を楽しむ仲にまでなっている。


 私個人の意見としては、広場でお茶会を開くと他の令嬢の目があるので、極力控えたかったのだけれど……殿下のお誘いを断るわけにはいかず、こうして何度かご一緒させてもらっている。


 参加者は私だけで、ダインとルディは後ろで待機だ。



 ──殿下、私以外にお友達いない説。


「…………なんだ、今物凄く馬鹿にされたような気がしたのだが」


「あら、どこかで誰かが噂でもしているのでは? 殿下は広い顔をお持ちですから」


「……妙に近い場所だった気がするのだが、まぁ、今回は気にしないでおこう。今はヴィオラ嬢とのお茶会の方が大切だからな」


 殿下は意外と鋭いところがある。

 下手したら私の胸の内を読まれるかもしれないので、要注意だ。


「……にしても、もう半年か。案外、時の流れとは早いものだな」


「そんなお年寄りのようなことを言って……お疲れなのでは?」


「いや……まぁ、そうかもしれないな。……最近になって生徒会の業務が忙しくなってな」


「それは大変ですわね」


「ああ、本当に…………猫の手も借りたいくらいだ」


「生徒会のお手伝いをできる猫は、早々いないでしょう」


 生徒会と言っても、この学園の生徒会は少し特殊だ。


 ここは7割が貴族でなっており、そんな貴族には様々な派閥が存在する。それらは仲が悪いところもあり、学園の各所で派閥同時のちょっとしたいざこざが頻繁に起こるのだ。


 貴族同士の争いを処理するのも、生徒会の役目だ。

 本来、こういったことは教員がやるのだけど、この程度の業務をこなせないのであれば、生徒会メンバーとしての実力が不十分であるとみなされる。


 それに、将来貴族の役目を担うということもあって、その予行練習として学園から試されているらしく、学園の細かなことは生徒会が担うようになったとか……。




 まぁ私には関係のない話だと、ティーカップに口を付け、殿下の愚痴を右から左へ聞き流す。


 …………そう、私には関係のない話。


 最近になって生徒会のことを頻繁に話されるようになったり、こうして『誰かに』手伝って欲しいと言われたり、こちらをチラチラ見られたりしているけど、全くもって私には関係ないことなのだ。


 だから私はいつも微笑み、こう言うのだ。


「殿下も大変なのですね」


「…………はぁ……」


 盛大な溜め息を吐かれた。

 ちなみに、ここまでがいつも通りだ。




 ──しかし、




「ヴィオラ嬢。生徒会に入らないか?」



 今日に限っては、いつも通りで終わらなかった。


「…………ふむ」



 ──いやいや、絶対に嫌です。どうして私が、なんで私が、そんな面倒なところに入らなくてはならないのですか。私を過労死で殺したいの? まさか、それが目的!?



 内心動揺しながら、私は、ティーカップを置く。


 生徒会は学園のトップが集う場所。いや、組織と言っても過言ではない。『生徒会役員』というだけで、全生徒から尊敬と羨望の眼差しで見られる。


 そんなところに入ったら最後、私は平凡な生活を望めなくなる。私は目立ちたくないのだ。絶対に入ってやるもんか!



「私など、生徒会の皆様の足を引っ張るだけですわ」


「そんなことはない。ヴィオラ嬢の成績は優秀だと聞いている。十分、足りると思うがな」


「……でも、私は学年成績一位を取ったことがありません。毎回上位成績をキープしているわけではありませんし、きっと私が入ったら不満が出るに決まっています。──そうです。上位成績者と言えば、アレイクス殿下が居るではないですか。彼は第二王子ですし、生徒会に入るには十分な素質をお持ちだと思いますわ」


 アレイクス殿下は、いつも成績トップを叩き出している。ベルディア殿下のような良い噂は聞かないけど、それなら誰も文句は言うまい。


「あいつはダメだ」


 しかし、ベルディア殿下から飛び出したのは、厳しい言葉だった。


「あの愚弟は生徒会に入れる器ではない。この俺が居る限り、あいつを生徒会には入れない」


「まぁ……では、私も、」


「いや、ヴィオラ嬢には是非、生徒会に入ってもらいたい」



 ──なんでだよ。





「…………何度も言いますが、私は成績が優秀なわけではありません。公爵家という肩書きだけで入れるとは思いませんし、それこそ不満は出るでしょう」


「入試のテストで、全教科99点。その教科も一問だけケアレスミスをし、入学式の生徒代表挨拶を惜しくも逃した」


「……………………」


「これまでの定期テストでは、確かに上位成績は残していないな。……だが、全ての成績順位を平均すると5位。不思議だな」


「…………何が、言いたいのです?」


 私は感情を悟られないために、笑顔という仮面を顔に貼り付けた。





「ヴィオラ嬢。狙ってやっているな?」


 ベルディア殿下の鋭い視線が、私を貫く。




「…………入試テストの情報は、厳重に守られているはずですが?」


「そうだな。だが残念。俺は生徒会会長で、第一王子だ」


「権力を振りかざすのは、好きじゃありませんわ」


「このように権力を行使したのは、これが初めてだ」


「ご苦労なことですね」




 入試テストは私ではなくヴィオラのやったことだけど、流石は『私』と言ったところか、考えることは一緒らしい。


 テストで一番成績の良かった生徒は代表挨拶をすることになっていたようで、ヴィオラはわざと問題を間違え、それを逃した。私もそれをしただろう。あの生徒達の前で挨拶なんて、面倒すぎる。


「もう一度言う。ヴィオラ・カステル、生徒会に入らないか?」




 ──本気だ。


 ベルディア殿下は、本気で私を勧誘しに来ている。


「…………私は、」









 カーン。カーン。





 放課後の鐘が鳴る。

 学園に残っている生徒は、どのような用事があろうと帰らなければならない。


「……お茶会はここまで、ですわね」


 私は残っているカップの中身を飲み干し、立ち上がる。


「今日も楽しい時間でした。また、お誘いください」


 優雅に一礼。


「では、殿下。ダイン様も。また明日」


「あ、ああ……また、明日……」


 最後に微笑み、ルディを連れて広場から退出する。





 ──助かったぁあああああああ。


 私は生まれて初めて、学園の鐘に本気で感謝した。




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