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17. やっぱり許せない



 結果から言うと、ベルディア殿下との話はとても有意義なものであった。


 正直、ダインの件についてああだこうだ文句を言われるのではないかと思っていたけれど、そういうものは一切無く、殿下は終始『噂』を鵜呑みにせず、私の言葉を聞いてくれた。



「また話したい」



 去り際にそう言ってくれた殿下の言葉は、社交辞令ではなかったと思う。予想外の繋がりができたことを嬉しく思いながら、私はサロンを立ち去った。






「お嬢様には、いつも驚かされます」


 屋敷に戻るための馬車に乗っている時、ルディは不意にそう口にした。

 馬車の窓から流れる街の風景を見つめたまま、私は意識だけを彼に向ける。


「……そんなに大層なことはしていなかったと思うけれど?」


「十分、大層なことをしていたと思いますよ。無礼講の場だとしても、第一王子と対等に会話できる人は、そう居ません。普通、あれでも気を使うものです」


「そうかしら」


「ええ、そうなんです」


 殿下は「サロンでは無礼講」と言った。

 それで敬えとか言われたら、ただの理不尽だろう。……まぁ、それがまかり通るのが王族という立場にある者なので、今回は運が良かったと言えるだろう。


 これで、ベルディア殿下がクソ野郎だったら、私は不敬罪で訴えられていたかもしれない。そうなればルディと共に国外へ逃避行することになっていたけど、そうはならなかった。


 一応、相手はこの国の王子だ。サロン以外ではちゃんと敬意を払って接するし、恐怖を植え付けるようなことはしない。あれはあくまで、サロンでの出来事なのだから。




「でも、これでも私だって緊張していたのよ?」


 サロンに赴くまで、私はずっと最悪の事態を想定していた。朝、ルディと話していたことはただの冗談ではなく、その場合に陥った時スムーズに行動できるよう、何度も脳内で繰り返していた。


 そのせいで授業はいつもより集中できなかったし、午後の剣術指導では雑念が入ってしまったせいで、あまり身にならなかった。


「上手くいって良かったわね」


「……はぁ、やっぱり、お嬢様はお嬢様ですね」


 ルディは溜め息を一つ。呆れたように笑った。



「でも、良い方向に転がって、心の底から安心しています」


「……そうね。第一王子とのコネを作れたのは、とても良い収穫だったわ」


 殿下の影響力は凄まじい。王族ということを除いても、彼は様々な人から支持を得ている。学生という立場でも、この国の経済に少しは関わっているらしく、それに関係する者とは強い繋がりを持っている。

 世の中の商人達と対等に渡り合える実力と頭脳を兼ね備えている人と、こうして接することができた。


「そう考えると、ダイン様の決闘は意味があったのかしら」


「……俺は、まだあの件を許しているわけではありませんけどね」



 フッと、ルディの表情に影が差す。


 通常時の彼からは想像し得ない豹変ぶりに、私は思わず生唾を飲み込んだ。


「お嬢様が許したとしても、俺は許せないんですよ」


 ルディは両手を合わせ、強く握りしめた。






「──お嬢様と一番に手合わせするのは俺が良かった!!!」






 めっちゃくちゃ、くだらない理由だった。

 逆に言葉を失くしてしまったけど、この状況をどうしてくれるのかしら?


「なに、嫉妬してるの?」


「しますよ、そりゃぁ! 内心めっっっちゃ楽しみにしていたんですからね! なのにあの野郎……俺からお嬢様を取りやがって、絶対に許さねぇ……!」


「これからは、何度も手合わせしてあげるわよ」


「約束ですからね!」


「え、ええ……約束するわ」


 ルディの鬼気迫る迫力に、私は上半身を後ろに反らした。


 まさか私の初決闘を奪われたことに嫉妬して、ダインを未だに許していないとは……全く、おかしな男だ。そんなの、初めてでも後からでも変わらないだろう。彼との手合わせなら、いつでもやってあげるというのに、本当に欲深い。


 でも、その約束は私も願っていたところだ。


 私は未来の騎士団長候補であるダインに勝ってしまった。剣術学科の生徒は、その決闘を全て見ていた。そのせいか、私と手合わせしたいと願い出る生徒は誰も居ない。もしルディが居なければ、私は毎日、壁に向かって素振りをしていたことだろう。



 公爵令嬢が壁に向かって自主練。

 ……想像しただけで悲しくなる。



 私は学園生活の中で誰とも親密な関係になるつもりはないけれど、交流くらいはしたいと思っている。コネ作りというのも理由の一つだけど、公爵令嬢がどの令嬢とも交流していないというのは、良い印象を受けない。人格に問題があるから誰も寄り付かないと思われるので、最悪だ。


 そうならないために広く浅くの交流を考えているのに、皆が私の、ヴィオラの噂をしているせいで、誰も近寄ろうとはしない。だったら平民を……と思ったのに、ダインとの決闘でそれも潰えた。



 ──それを考えたら、ちょっとムカついてきたかも。

 でも、ダイン本人が反省しているのだから、これ以上責めるのは可哀想だ。


「ルディの怒りは理解したわ。でも、いつまでも気にしているのは、貴方の器が狭いと思われるわよ?」


「もうこの怒りは消し去ります!」


「手の平返しが恐ろしく早いわねぇ……」


「お嬢様に悪印象を持たれるくらいなら、俺の気持ちなんてゴミ箱にぶち込みます」


「もう少し自分の気持ちを大切にしなさい」


 私の従者は、本当に面白い男だ。

 つくづくそう思い、私はほくそ笑むのだった。




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