第三十四話 魔神の魔法
アラム先輩が『魔法の絨毯』で港街に帰ってきたのは昨日のはずだ。
たった一日の差で、どれだけ情報量が違うんだろう。溜まりに溜まった疑問を吐き出すようにファルが口を開こうとするのを片手で制して、アラム先輩は口を開いた。
「お互い聞きたいことはいろいろあると思うんだが、まずはここを離れよう。
なんかの気まぐれでダーラー様か魔神が戻ってこられちゃ困ったことになる」
そう言ってアラム先輩が戻った先は、やはりというべきかなんというべきか。港湾課の事務所だった。
港湾課の事務所は敷物がきちんと敷かれていた。その下にあった『魔法の絨毯』がどうなったのかは不明だが、同じ場所に戻していることもないだろう。あれだけはっきりと所在が分かっちゃったのだし。
「さて、と」
『アラム。まずはあさごはん』
ヒナの言葉に出鼻をくじかれ、アラム先輩が苦笑いする。
「そーだな。おまえたちも食事はまだだろうし……、とはいえバザールに繰り出してると時間が惜しい。あるものでいいか?」
『アラム』
「ん?どうした」
『あたしは、そのおとこがきらい。どこかにやって』
「嫌い、って――。キルスのことか?こいつのこと好きなやつはいないと思うが……。まあ、許せよ、ランプに選ばれた男は敵にしないに限るんだ。それに、今はこいつだって味方のはずだろ。な?」
『むー』
拗ねた顔をしたヒナがキルスから顔をそむけるようにして座りこむ。それをやれやれという顔で見下ろしながら、アラム先輩はストックしてあったらしい豆の山を出してきた。
豆だ。しかも、生。思わずファルと顔を見合わせた私は驚いた。
ヒナがもぐもぐむしゃむしゃ食べるのである。生豆を。果物とかなら納得だったのだけど、生豆。……そういえばヒナって鳥だから、煮豆より生豆の方がむしろ好きなのだろうか。先輩の方はヒナにメニューを合わせているだけだろう。
「先輩、おなか強いんですね」
「……まあ、腹を壊すほどじゃないから。とにかく食え」
おとなしく食べた私とファルと違い、キルスは断固として食べなかった。
ともかく食事をして情報交換である。
『魔法の絨毯』と別れた後、旧都で何があったのかを話し終えると、今度はアラム先輩の番だった。
「まず、ファルが気にしているだろう件だ。旧都から乗せた連中は、全員王宮に報告して保護してもらった。
国王陛下に面会して、王母様も含めて処遇を任せたんで、その先はなんとも言えないが。とりあえず旧都の連中は離宮で、王母様は後宮で当面の間保護するってことになったらしい」
「……そうか。ではお祖母様は後宮に?」
「おそらくな。その後については知らんぞ。俺も所詮下っ端だからなー」
アラム先輩はそう言うが、玉座の間に忍び込むルートまで知っている男が下っ端なんて、私はもう信じません。
「ヒナのところにはまだ魔神は迎えに来てないんですね」
私が確認すると、ヒナは思い当たるところがないのか首をひねった。
『まじんがきたら、あたしはいくよ』
当然のようにうなずくヒナの頭をそっと撫で、アラム先輩はお礼を言う。
「それなのに手伝ってもらってすまないな」
『ふふーん。だってアラム、たよりないもん』
「はは、ヒナは頼りになるからなー
自慢げに笑うヒナの顔が可愛らしい。ついでにアラム先輩、頼りないって言われても笑ってるとか、完全に若い父親状態だな。
手伝うというのがどういう意味かは分からないが、情報交換についてだろうか。
「俺が絨毯を使って戻って来たのが昨日の夕方ごろだ。その時点では特に何もなかった。
だが、諸々の事後処理が終わった後――深夜ごろだな。ダーラー様が、やらかしたのは」
どっかりとあぐらをかいた姿勢で先輩は告げ、チラリとだけ窓の外に視線を向けた。
「まず、【これより我が王となる】ってな声が聞こえた。俺だけじゃない、この街にいた全員の耳に届いた」
力のある声だったのを示すためだろう。アラム先輩は渋い声色を使って声真似をすると、ぶるっと身を震わせてみせた。
「王宮に詰めていた軍属の連中が制圧に向かったが、誰も成功しなかった。どうにも直接相対しちまうとこちらは無力化されるらしい。弾かれて王宮から放りだされたところは目撃している。
これが魔神のせいなのか、ダーラー様におかしな能力がついたのかは分からん」
それから、とアラム先輩は苦い表情を浮かべた。
「王宮に、演説用のバルコニーがあるだろう。国王陛下が使う場所だ。あそこに立ったダーラー様が、街中に宣言を行った。【エランの新しき王の前にひれ伏せ】ってな。それで終わりだった」
「え。それで終わりって……どういうことです」
「あとはもう、街中が頭を垂れて忠誠を誓うっていうお粗末な演劇みたいなありさまだ。俺もその一人だったんだから笑えんさ。
いったいどんな声をしていたら街の隅々まで声が届くのかも分からん。これはきっと魔神の力か、もしくは宝物庫の宝だと思うんだが……。
その後は、サンジャル様配下の連中と連絡をとって、状況の把握と打開に向けて動いてたってところだ」
「ヒナとはいつ合流したんですか?」
「『魔法の絨毯』で戻ってきてすぐだな。事務所に寄ったらそこにいて……。そうだったよな?」
アラム先輩が話を振ると、敷物の上でゴロゴロしていたヒナが顔を上げた。
『まじんが、ようじがおわるまでじゆうにしてていいっていうから』
自由にしていてよいと言われたからアラム先輩のところに遊びにきたのか。本当に懐かれたものである。
「新しい主人が現れたのは、知ってた?」
私が尋ねると、ヒナは首をひねった、
『しらない。でも、あたしはまだとべないから、あたらしいしゅじんのやくにはたたない。
ここで、ちゃーじしてあげるくらいしかできないもん』
アラム先輩の当面の方針としては、サンジャル様配下の人たちと連携をとることにあるらしい。ダーラー様の王位を認めないという点において、サンジャル様配下の方々は統一見解をとっており、可能であれば前国王陛下やファルザード王子にも協力してもらって、全員で王宮の奪還を試みるということだ。現在はシャーロフ大臣とその息子――つまり、ダーラー様のお父上にも協力を促しているらしい。
最終的な作戦開始はサンジャル様が帰国される2日後。そのため、ダーラー様の周辺における情報収集を行っていた。
すでに一度、ダーラー様を襲撃して失敗しているから、次の失敗は許されないということだろう。魔神とダーラー様の能力を見極める必要があるのだという。
「つーわけで、ファル。俺と一緒に後宮に来る気はないか」
「国王陛下の状態はどうなんだ?」
「それも含めて気になるだろ?最悪、国王陛下はダーラー様に洗脳されたまま回復しないかもしれないが、その場合でもファルが味方についてくれていれば正義はこっちにあるからな」
「……」
「なにより、さっさと終わりにしないとペテルセア帝国が出てくる」
「……!」
アラム先輩の言葉は、何よりも冷ややかにファルに届いた。
確かに、そうだ。ペテルセア帝国は絶対に出てくる。自治を任せていたのにクーデターが起こったなどと聞いたら、もはや任せておけんと口出ししてくるはずだ。もしかしたら軍も出してくるかもしれない。そのあげく、”おまえたちの反乱は我らが抑えた”なんて口実を作られたら、もうエラン王国は独立体制さえとれなくなる。
ダーラー様もダーラー様だ、禅譲って手段をとる気があるんだったら、もう少し根回しして欲しかった。サンジャル様が賛同している王位なら、やりようもあったろうに。よりにもよって彼が不在のタイミングを狙うなんて。
「ラーダ、おまえにも頼みたいことがある」
「はい」
「俺はしばらくの間、港湾課の事務所に顔を出せない。けど、こういう事態の時こそ港湾課の仕事が重要視されるんだ。
戦いが起こるかもしれない場所に居続けたい連中はいないだろ?当然、エランから逃げようとする輩が出てくる。これまでエランで築いた財産を持って逃げ出す連中だ。そういう連中が、違法品を隠し持っている可能性は高――……」
――その時である。
足元からふわりと巻き上がる風に違和感を覚えた。だがその時点で、私はすでにその場にいなかったらしい。
□ ◆ □
どすん、と落下した感触があった。
港湾課の事務所には敷物が敷いてあるから、多少の衝撃ならば痛くない。ところが、腰に響いた感触は、どう考えても石の上だった。
思わず痛みに涙目になりながら、私はよろよろと体勢を整えようとして――おかしなことに気づいた。
ざざざざざざざざ……
はじめに見えたのは滝だった。だが、流れ落ちるのは砂だ。細かい粒子が水のようにも見える。
私がいたのは直径二十メートルほどの円形の空間で、その床も壁も石でできていた。石壁の上から滝のように幾筋も砂が流れ落ちていくのが見える。砂は床に溜まり、徐々に積もっているようだった。
暗くて天井付近はよく見えないが密閉空間というわけではないのだろう。壁には通路が何本も開いている。
明かりのようなものはどこにもないが、真っ暗闇というわけではなかった。石壁が白いせいだろうか。
「ど、どこですか、ここは……」
困惑する私の鼻に、人の匂いが感じられた。おそらくは香水だ。周囲が砂だらけだから、余計に目立つ。
キョロキョロと見回して、ぎょっとする。
よくよく見れば円形の空間には、私以外にも数名の女の人が寝転がっていたのである。
「あ、あのー?」
声をかけてみれば、彼女たちは続々と目を覚ました。見覚えのない顔ばかりだが、いずれも美しい女性である。服装はてんでバラバラ。一人は王宮で働いている女官のようだったし、もう一人はどこかの家の召使いのようだった。なぜここにいるのかは、誰も知らなかった。
香水をつけているのは彼女たちではないようで、私はその持ち主を探して歩きはじめた。覚えのある香水――『砂漠の薔薇』だったからだ。
香水の持ち主には、すぐ会えた。
通路を進んだところ、大きな部屋に出たのである。
こちらも砂が降り積もった部屋だったが、先ほどの場所よりも広いため、すぐに砂に埋もれる心配はなさそうだった。
部屋の中央には石でできたテーブルがあり、椅子があり、困惑した女性たちが集まっている。合流した私たちを含めて、合計12名の女性がいることになる。
中央の椅子に座っているのは見覚えのある女性で、その女性に対して診察中だったのは、もっと見覚えのある女性だった。
香水の持ち主は診察している女性の方である。彼女は近づいてきた私たちに気づいて目を丸くした。
「ラーダさん!」
香水の主はロクサーナ。中央の椅子に座っているのはバハール様だったのである。
ロクサーナは治療師だ。港湾課のマークに治療師の赤い羽根が重なっている印のついた腰飾りをつけている。服装はロングドレスの上にローブを重ねるといったもので、作業の邪魔になるため袖は細い。長い黒髪を三つ編みにしているところを見れば、仕事中だったんだろうと想像はつく。
「ラーダさん、良かった。おかしな場所でも知り合いがいるとホッとします」
ロクサーナは心底安心したような顔で胸を撫でおろしていたが、まだその段階ではないと私は言いたい。
「まだ安心しちゃダメでしょう。……ここがどこだか、分かってるの?」
「いいえ。わたしも気づいたのはつい先ほどでして。こちらにいらっしゃる方々も皆そのようなのです。
記憶にない場所に連れてこられて不安でしょうし、まずは身体に異常がないかどうかを確認しようと思いまして」
そんなわけで診療していたのだとロクサーナは説明した。
マイペースといっていいのか、冷静と感心するべきなのか、よく分からないがロクサーナらしいと言えなくもない。
一方、診療を受け終わったらしいバハール様は、困惑した表情を隠さなかった。
彼女の衣装は今日も華やかだ。下はたっぷりとしたデザインのズボンの形をした服で桃色。同じく桃色の上着の上に赤色の、細かい刺繍の縁取りが施された長い上着を重ねている。日除けのための頭帯はしておらず、目元のホクロが色っぽさを演出していた。
バハール様は楽器をお持ちだったようで、診療中手放していた弓奏楽器カマンチェを膝に乗せてから私を見つめた。
「港湾課の、……ラーダさんよね。この状況が分かるかしら」
「申し訳ありませんが、私も困惑しているところだったんです。バハール様こそ、もし先にお気づきになられたことがあれば教えていただけませんか?」
「それが……。ハッと気付いたら、この椅子の上に座っていたのよ。わたくしは自宅にいて、この通り練習をしていたところだったのだけど」
バハール様はそういって、膝に乗せたカマンチェを撫で、ガッカリしたように呟いた。
「砂が入ってしまったわね……、調整しないとダメだわ」
それはとても残念だ。正直にそう思いながら、私たちはその場にいた女性たちに話を聞いて回った。
結論から言えば、私たちはやはり、『突然』『覚えのない場所に』『なぜか』いるということになる。
気づいた場所は、先ほど私がいた部屋か、もしくはこの中央の部屋のいずれかだったようだ。他の通路は探索していないと彼女たちは言う。
「わ、わたっ、私たち、閉じこめられちゃったんでしょうか……。う、うう。ぐすっ」
「どうして?わたしが何をしたっていうのよ!お父様ぁあああ!」
「こんな大がかりな誘拐なんて聞いたことありません!すぐに助けを呼びましょう!」
「どうやって?」
困惑するだけの者、心細さに泣き出してしまう者、冷静な者……様々だ。
それから私たちは、メンバーを二手に分けた。
この場所を探索して調べる係りと、この場に残って他の女性が現れた時に説明を行う係りだ。状況に困惑して身動きできないでいる者や、泣き出してしまっている者については残ってもらうことにした。ロクサーナは、本人のたっての希望でこの場に残って女性たちのカウンセリングを担当することになっている。
探索のリーダーは私。残ってもらう方のリーダーは、バハール様である。
「申し訳ありません、バハール様。けれどこういった非常事態ですと、身分の高い方がいらっしゃるとそれだけで落ち着く者もいますのでお願いします」
「いいえ。わたくしこそ、あなたのような年若い方にお願いするのは心苦しいわ。でも、港湾課の方なら調査は得意ですものね」
探索メンバーは、私の他に二人。この状況下であっても冷静さを保っていた女性たちを選んだ。私が気づいた時に一緒だった、王宮勤めの女官さんとどこかの家の召使いさんだ。それぞれカスルさんとタルジュさんという。
ざざざざざざ…………。
砂の音がする。滝のように落ちる砂が、どこから降り積もっているのか分かれば、逆に脱出ルートも見つかるだろう。
「ここが地下でなければいいんですけど」
私が呟くと、女官のカスルさんが首をひねった。
「どうして?」
「砂が降り積もっているでしょう?ということは、この建物の上に砂があるんです。地下だった場合、脱出口を見つける前に生き埋めになる可能性があります」
「えぇええええっ!?」
悲鳴を上げたのは召使いのタルジュさんである。
「こ、困りますっ!わたし、今日の分のお掃除が終わってないんですよぉ。シャーロフ様に怒られちゃいます!」
「いや、こんな場所に連れてこられた時点で、お掃除どころじゃないと思いますが」
「あら、ラーダさん、それは違います!どんな不測の事態であっても仕事はこなす、っていうのがプロですから!わたしはちゃんとお屋敷に帰って、そしてお掃除をするんです!」
キラキラと目を輝かせてタルジュさんは言ってくれたが、そういう問題でもない。
「あら、タルジュさんはシャーロフ大臣様のところで働いている方なの?」
カスルさんが好奇心いっぱいの目をして尋ねる。
「はいっ。正確にはシャーロフ様の、一番上の息子様のところで働いております」
「一番上というと、次期大臣の噂も高いご長男でしょう?確かダーラー様のお父上」
「はいっ。あ、でも……。ダーラー様にお会いすることは滅多にないんですけど」
ポッと顔を赤らめて、タルジュさんはもじもじと答えた。
「シャーロフ様のところにはお掃除係も多いですし。わたしはまだまだ新人ですし……」
「ダーラー様は王宮にいらっしゃることも多いから。無理もないわねえ」
カスルさんは訳知り顔をしてうなずいた後、こう続けた。
「でも素敵だわ!シャーロフ様の息子さんたちはみなさん優秀だって噂があるもの。王宮じゃ、なかなかそれぞれのおうちの事情なんて聞こえてこないから……。何か面白い噂とか知らない?」
「え、お、お噂ですか?そうですねぇ……。シャーロフ様のお加減が悪いのを、バハール様が心配されて、最近腕の良い医者を探しておられるとかなんとか……。でもダーラー様は、エランの威信にかかわるから他国のお医者様はダメだと反対されているとかなんとか……」
タルジュさんがしどろもどろに答えるのへ、カスルさんの目が輝く。
……そういえば、カスルさんの顔をどこかで見かけたことがあるように思ったのだけど。ナスタラーン姫のお出迎え準備の時、噂をしていた女官さんの一人だったかもしれない。
「お二人とも、噂話はほどほどに願いしますよ。今一番面白い状況は、この場所ですからね」
私が言うと、カスルさんは「あ、そうだったわね」とすっかり本題を忘れた顔をしてうなずいた。
「ラーダさんから見て、どう?地下でなければ脱出口はありそうなのかしら」
「……そうですね」
それを調べにいくんだよ?と一瞬思ったのはおいといて。私は推測を上げる。
「実は、”ない”可能性があると思っています」
私の言葉にカスルさんとタルジュさんは息を呑んだ。
そもそも、この場所がどこかという点は不明だが、それに近い答えを私は知っていると思う。
これだけの大勢の女性を一瞬で、しかも理由も分からず転移できる存在など一つしかない。魔神だ。
魔神が力を使うのは主人のため。――ダーラー様の願いはどうだった?
【魔神、二つ目の願いだ。黄金宮を復活させ、その地に我が妻たちを住まわせたい。】
【魔神よ、私を玉座に上げろ。邪魔者は消せ。手早くな】
もし私たちがダーラー様の言う妻であるならば、ここは黄金宮だろう。
だが、邪魔者であるならば、見当がつかない。
そしてどちらの場合でも、ここは港街ではなく、帰る道があるとは限らないということになる。
ここまでの推測は、さすがに口にはできなかった。パニックになってしまう可能性があるからだ。
ざざざざざざ…………。
黙りこんでしまった私に釣られてか、カスルさんとタルジュさんの声も小さくなった。
時折、思い出したように噂話に興じているが、言うなれば現実逃避のようなものだ。
バハール様の待つ大きな部屋から通じている通路は、5本あった。そのうち一つは私が目を覚ましたところだから、行き止まりなのが分かっている。
残り4本に希望をかけていたのだが、そのうち2本はすぐに行き止まり。そればかりか砂に埋もれていて進むことができない。
「あと2本しかありませんねぇ……」
タルジュさんが不安そうに漏らすと、カスルさんが空元気になって声を上げた。
「あと2本もあるんだもの、大丈夫よ!それに、息ができるってことは、たぶん外に通じてるはずでしょう?目一杯声を上げれば誰か助けにきてくれるわよ」
「そ、そうですよね!……そうだと、いいんですけどお……」
タルジュさんがしょんぼりと肩を落とし、ポツリと呟いた。
「ダーラー様にせめてもう一度お会いしたかったです……」
「え、ダーラー様?って……」
カスルさんの問い返しに、タルジュさんの頬が真っ赤に染まる。
「あ、ち、ちがっ、違うんですっ!単に、そのお……」
「タルジュさん、あの方のことが好きなの?でもねえ、あの方、王宮ではあまりいい噂がないのよ?優秀な方ではあるけど女癖が悪いというか、私も声をかけられたことがあるし……」
「……知ってます」
ポツリと泣き出しそうな声でタルジュさんが呟いた言葉が聞こえたかどうかという瞬間。
私は二人を手で制して、前方を睨んだ。
「しぃっ……。静かに。音がします」
ざざざざざざ……。
ざくっ……ざしゅっ……ざざざざざ……。
耳を澄ませた二人が、顔を見合わせてうなずいてくる。二人の耳にも聞こえたのだろう、先ほどとは違う音が。
「見てきます。……お二人は、ここで待っていてください」
極力ひそめた声でそう指示をして、私は一人先行して道の先へと進んでいった。
まず、見えたのは暗がりに動く人影である。
続いて分かったのは、その人影が砂色をしていること――。
私は腰飾りを引き抜いて構えながら声を上げた。
「『砂人形』!」
どうしてここに、と問い質すことは無意味だ。文字通り人形のように歩み寄る『砂人形』は言葉を発することはない。
腰飾りで『砂人形』を破壊しようとした私は、だが暗がりからかけられた鋭い声によって動きを止めた。
「そんな連中を相手にしてたらバテちゃうよ!こっち来て!」
声の主は、『砂人形』の横を通り過ぎて私の方へと駆けてきた。長い棒のようなものを肩に担ぎ、空いている手をぶんぶんと振る。そのまま私の手を引っ張ると、彼女は強引に通路を戻っていく。
驚いて手を振り払おうとした私は――その顔を見て、止めた。できなかった。
「レイリー!?」
それはペテルセア帝国にいるはずの旧友だった。




