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第三十三話 新王と願い事

 ダーラー王と魔神の存在に、その場の誰よりもショックを受けていたのはキルスだった。

 驚きのあまり声の出ない様子で顔を伏せたまま、ようやく口を開いたと思った時には、その矛先をシンドバッドに向けた。

「どういうことだよ、あれは……!」

 シンドバッドの方は、衝撃から立ち直ったらしい。伏した姿勢から起き上がり、顔は上げずに膝をついて身を屈めている。

『……たぶんだけど。あの男がランプで魔神を呼んだんじゃないかな?キルスの願い事は3つのうち、2つまで叶えてた。だから――2つだけなら、新しい主人を持てたんだ』

「ふ、ふざけんな!なんだそれ!?」

 キルスの言葉に、シンドバッドはゆっくりと首を横に振った。

『ふざけてないよ、僕らはね。滅多にないケースではあるけど、魔神のルールなら仕方がない。でも、今の主人はあくまでもキルスだから、魔神にはあの男に着いていく必要はない。たぶんの繰り返しだけど、たまたま魔神がこの街にいたから、呼べちゃったんだろう。キルスが早くランプを取り返さないからだよ』

「~~~~っ!」

 声にならない怒りをあふれさせ、キルスの顔は、目は、ダーラー様に向いた。より正確に言えば、その手に抱えているものへ。上半身を起こした勢いのまま立ち上がって、指差す。

「ランプ返しやがれ!」


【言葉をつつしみたまえ。君に発言は許可していない】


 ダーラー様はそう言いながらも悪戯にランプを見せつけてくる。


【これは今、私の物だ】


 圧のある声に臆することなく、ファルが言葉を投げかける。

「それは西の大帝国の遺産だ。おまえのものではないだろう、ダーラー。宝物庫にあったものを持ち出したんだな……!?」


【人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。まるで私が盗人であるかのようではないか】


 ランプをより見せつけるようにして、そうっと側面を撫でながらダーラー様は続ける。


【部屋へは正規の手続きを踏んで入ったとも。

 そして、禅譲された以上、この国の王は私だ。宝物庫の物を私がどうしようと、君の与り知らぬところではないかね】


 王子に向かって発しているにしては、不遜。

 いや、王に対しているものとしては、ファルの態度が不遜であるのかもしれない。

 いずれにせよ、頭を伏せたままの私には判断できない。

「おまえ……」

 さあ、とダーラー様は国王陛下へと視線を戻した。


【処断を許すとは言ったが、玉座の間が汚れることは先人に対する敬意に欠けているな。

 ――ファルザード元王子殿下を連れて外に出よ」


「御意に」

 抜身の曲刀の切っ先をファルに向けて、国王陛下がそう答える。

 物を考えない人形のような動きだ。

 ダーラー様の言葉に、私たちが思わず従ってしまったように、国王陛下にもなんらかの力が働いているのだろうか。

 それとも本当に、禅譲した以上はダーラーが国王で、国王陛下はその臣下としての態度をとっているにすぎないのだろうか。

 頭を伏せた姿勢のまま、私は国王陛下の様子をうかがう。彼は、返事の遅いファルに急かすように告げた。

「国王陛下はこう言っておられる。ファルザード、玉座の間を出ろ。おまえの処断は外で行う。父の手で首を落としてもらえることを感謝しろ」

「……」

 ファルは黙って国王陛下を見返した。

 国王陛下は続いて私と、キルス、シンドバッドへと視線を動かす。

「ファルザードの部下だな。おまえたちも同じだ。外に出ろ」

 先導するようにホールを後にする国王陛下。その歩き方は堂々としていて、さすが国王だと納得させられる。

 有無を言わさぬ命令におとなしく従おうとして歩き出したキルスだが、その隣にいたシンドバッドは膝をついたまま不機嫌そうな顔をしただけだった。

「おい、シンドバッド?」

 キルスの言葉に、彼は機嫌悪そうな声で返す。

『僕はファルザードの部下じゃないし、あんな男の命令に従ういわれはないよ』

 確かにそうだ。エラン国民ならばともかく、魔神のしもべは魔神の言葉以外に従う理由がない。それに、国王陛下の言葉は魔神のしもべに対して敬意というものが感じられなかった。それが癇に障った可能性もある。

 

 やりとりを聞きながら、私はずっと頭を伏せていた。

 ダーラー様の態度に気圧されたから、では、ない。

 声の圧に押されて従ってしまったのは確かだったけど、その後顔を上げずにいたのは、別にダーラー様に対して恐怖を感じているだとか、畏怖を覚えているだとか、そういう理由ではなかったのだ。

 そもそも玉座の間に入りこんだ時点で処分を受けることは承知の上だ。相手が国王陛下だろうと、ダーラー様だろうと、どれほどの差があるって言うんだろう。


 先導のため王座の間を後にする国王陛下の姿が横を通り抜け、続くキルスが横を通り過ぎようとした時。彼の腕を掴んで私は立ち上がった。玉座の横に立つ魔神に向かって大声を上げる。

「魔神!ダーラー様の願い事の一つはエランの王になること。二つ目は?」

 直接声をかけた私に、ダーラー様は不愉快そうな表情を浮かべていた。語りかけたのは魔神だが、彼の行動について説明しろと言っているのだから当たり前だった。

 魔神は、静かに答えた。

『まだ決まっていない』

 魔神の返答に、ダーラー様はことさら不愉快そうな表情をした。

 玉座の上の威厳ある雰囲気が一変し、ジロリと睨みつけながら口を開いた。


【魔神よ、私はおまえに返答を許可した覚えはないぞ】


 ダーラー様の声の圧力は、魔神には影響がないらしい。まったく気圧されることなく彼女は答えた。


『尋ねられたのに、なぜ答えないことがありましょう』


【おまえは私の部下となったのだ。私に不利益のあることは許さぬ】


『……それが二つ目の願い事ならば、従いましょう』

 ダーラー様はますます機嫌の悪い顔になり、吐き捨てるような声で呟いた。


【女が、口ごたえだと……。まったく小賢しい、忌々しい話だ】


 そういえば、ダーラー様は女性蔑視の強い方だと聞いた。ついでに言えば、女癖が悪いという評判もある。モテ男が調子に乗っているのとは違い、彼の場合は権力をカサに無理やりという噂もある。それはとりもなおさず――女を、対等の存在として認めていないのだ。最悪だ。こんな国王がしでかすことなんて、ロクなことじゃない。少なくとも開かれつつあったエランの女性たちの未来はない。


 ……チリッ、チリッ……

 黙りこんだ魔神が目を伏せている。その瞳が一瞬赤く染まってみえた。


「キルス、いいの?」

 私は腕を掴んだまま、小声でキルスに問いかける。

「あの男は、魔神であってもただの女だと思って扱う。そんな男に魔神をとられたままでいいの?」

「何が、言いたい……」

 キルスは戸惑った様子を見せたが、この男のペースに合わせる気は端からなかった。

 キルスは素直じゃない男だ。口も悪いし、態度も悪い。組織の中で働けないのも無理はない。こういう男と会話をする時は、こちらのペースに乗せてしまう方がいい。

「あなた、魔神のことが、女性として好きなんでしょう?でも彼女はあくまで魔神だから、あなたを主人としてしか接しないから、それが不満でずっとそんな態度なんでしょ?」

「な、な、な、……!」

 キルスの顔は真っ赤だった。思いがけず本心が見抜かれて動揺しているのかもしれないが、そこも考慮しない。

「いいの?あの男が伽を命じれば、魔神は叶えてしまうのに」

「――――っ!!」

 その瞬間、キルスの表情は様変わりした。

 つい先ほどまではダーラー様の『国王』という身分に遠慮があったんだろう。キルスの本性は庶民だから、身分の高い人に対して構えがあるのだ。だが、この瞬間から、キルスにとってダーラー様は、ただの邪魔者でしかなかった。

「だ、誰が、そんな真似っ……させるかっ……」

「どうする?この場に魔神はいる。あなたが望めばあと一つ、願いが叶う」

 私はそそのかすような声でキルスに告げた。


 正直に言おう。私の目論見は、”キルスが3つ目の願い事を使ってダーラー様を魔神の主人で失くすこと”だった。

 魔神は、どういった理由か主人を選ぶことができる。

 ランプを手に入れるだけなら、他の人でもできた。旧都にいた王母様だって、キルスが2つの願い事を使った後に何度もこすってみただろうし、確かアラム先輩も遊び半分にランプに触れていたはずだ。

 魔神はダーラー様を次の主人に選んだのだ。ランプに選ばれた男である以上、ダーラー様にはキルスと同様、魔神が選ぶだけの理由があるし、それを邪魔する者はおとぎ話における悪役だ。分不相応の欲深を理由にしっぺ返しを受ける。

 ダーラー様はそれを知っていたんだろう。口元に笑みが浮かんでいた。私の目論見などあっさりと覆せる自信が彼にはあったのかもしれない。

 キルスは私の予想も、ダーラー様の予想も越えたことをした。


 私の手を振り払い、キルスは踵を返しかけていた足を玉座の方へと向けた。まっすぐに魔神を見つめて声を上げる。

「魔神!――願いを叶えてくれ。3つ目の願いだ」

 そのとたん、魔神はピタリと動きを止めた。意外そうといった表情を浮かべ、問いかえるような目を返してくる。

 キルスは続ける。

「だけど、そいつを叶えたら、おまえはもうその男の魔神じゃねえぞ。その場合はどうなる?」

 魔神は少し考えた風に首をひねった後、答えた。

『……その場合、願い事は2つ残っている。その間は彼がわたしの主人となる』

「なら、新しい王様よ」

 キルスの態度は相変わらず荒い。むしろ先ほどまでのダーラー様に対して萎縮していた態度の方が嘘みたいだ。港湾課の調査官相手だろうと、他の誰だろうとキルスは変わらない。

「さっさと願えよ、あと1つ」

 玉座に座った新しい王様であり、正体不明の圧力のある声を使うダーラー様相手に、キルスはそう言った。

 むしろ自分の方が立場が上であり、お情けで魔神を貸してやるんだと言わんばかりだ。


 

 困惑する私をよそに、もう一人が動き出した。ファルである。

「ダーラー。おまえが王位を望んでいたとは知らなかった。この国に不満があったのか?」

 ダーラー様は命令通りホールの外に出るわけではなく、逆に話しかけてきたファルに対して眉根をピクンと動かした。


【ファルザード殿下、君には外に出るよう指示をしたはずだがね】


「……前王に命じたというだけだろう。私自身はそのような指示を受けていない。

 質問に答えろ、ダーラー。おまえの行っていることはクーデターと断じられても否定できない」

 ファルの言葉に、ダーラー様は笑った。


【ああ、そうだ。不満だらけだとも。

 古き良きエランの秩序を喪わせ、ただ永らえようとしている王に。女ごときが増長し、それを”自由”だと勘違いしている風潮に。

 君も同罪だよ、ファルザード殿下。ペテルセア帝国の王女を迎え入れようなどと、散っていった戦士たちへの冒涜だとなぜ気づかんのかね】

 

「……」


【エランは他国とは異なる。女は政治に関わるなと誰しもが教えを受けてきたというのに、おまえたちは再び過ちを繰り返そうとする。私はそれを止めようとしているのだよ】


「……」


【そもそも、君もサンジャルもおかしいのだ。エランの王座は男であれば誰もが望むすべてを叶える場所ではないかね。それを放棄して望まぬ男など、この国には必要ない。

 ……シャーロフの孫である私にも下位ながら継承権はある。だがその継承権を使おうと思えば、上位の者にはいなくなってもらわねばならぬ。それを考えればはるかに穏便な方法をとったと思わんかね?王も、王弟も、王子に至るまで、誰も血を流さなかった】


 チラリとダーラー様は他の者たちへと視線を向けた。


【おまえたちもそう思うだろう】


 確かに、と私は納得するところだった。

 誰も傷ついてはいない。こんな王位簒奪をしでかした人間は滅多にいないだろう。魔神という手段がなければ、できないのだから。

「……伝統的なエランの体制は、もはや世界の中で生き抜くには古すぎる。そうは考えられなかったのか……?」

 ファルの声はいくらか力を弱めていた。

 ダーラー様の言葉に説得されたというわけではないだろうけど、自信のない表情を浮かべてダーラー様を見やる。

「大臣の孫という地位だけでも、おまえは治世に口出しできただろう。父上には強情を張るところはあるし、お祖母様との折り合いは決して良くはないが、進言を無下にするような方ではない。目指す物があるならば、その中で目指していくことだってできたはずだ。無理に王座を得てまで、おまえは何がしたいんだ」

 厳しい口調で尋ねるファルの言葉に、ダーラー様は口端を持ち上げた。


【王に、支配者になりたいという欲に理由などいらぬ】


 ファルから目を離し、ダーラー様は魔神へと視線を向けた。


【さて、無駄口を叩くのはほどほどにしておこう。魔神、二つ目の願いだ。

 黄金宮を復活させ、その地に我が妻たちを住まわせたい。できるな?】


 魔神は言葉を受け止め、少し迷ったように返答した。

『主人、それは2つの願いになる。どちらも欠けてはいけないのであれば、残りの願いをすべて使うことになる』

 魔神はキルスを見やった。

『キルスの願いを先に叶えないといけない』

「いーや、ダメだね」

 キルスは強い目で魔神を射抜いた。

「おまえはさっさとその男の願いを叶えて、おれだけの魔神に戻れ。そんな男のそばにいることを認めねえ」


 ……チリッ、チリッ……


『……』

 魔神はゆっくりと目を閉じた。


 ふわりと魔神が宙に浮かんだ。

 シンドバッドと同じような、音もなく風もない浮かび方だった。両手を広げ、その唇が小さく開く。何が起こるのかと思った次の瞬間、耳鳴りのような声が飛び出てきた。

『dlwkポイアjwlkfqpkjnf;lkdf;ぁskん;lkんふぁl㎏じゃ;ldん;ぁkjg;ぁskんg;アlkj:ldg、m:;vヵm】;l;ppppっパp】j:ぽう:kン:lj@pj・;l;lk;lk】:;k】:;:;k】;lk;lk:;lk:;lk:;lj:;l:;lk:;lk;lk【プwおqせらうぇtyg』

「ひぃいいい!?」

『――――――――――――――――ッッッ!!』

 意味が分からない。とんでもない高音だった。

 金属器をこすりあわせるような、不快な音。魔神の唇から漏れていると分かっていなければ、誰かの声だとは思わない。

 私は思わず耳ふさいで顔を歪める。

 正直に言えばうずくまってしまいたいくらい不快だった。だがファルもキルスも、この場の他の誰もが動じている気配がない。この声が聞こえないんだろうか。


 ふわりと足元が落ち着かなくなる。ぞわっと腹の中が持ちあがるような不快感。

 ”私が”浮いているのだ。

 地面を離れている距離は、おおよそ10センチ。周りには気づかれていない程度だろう。

 『魔法の絨毯』といい、空飛ぶ船シンドバッドといい、空を飛んだ経験はすでにあるのだが、これもそうなるんだろうか。

 魔神に呼応するかのように足が地面を離れている。このまま――どうなる?

 飛ぶのか、それとも落ちるのか。ごくりと息を呑んだ時、身体を包んでいた不快感が消えた。

 どすん、と腰から落ちた。

「ッつ……」

 落ちる方だったらしい。音に気づいたファルが視線を向けてくるのが分かった。

 おのれカッコ悪い、と思いながら立ち上がる。


 魔神は宙に浮かんだまま――ふっと、言葉を切った。

『力が、足りない。わたしのしもべたちの手が必要』

 ダーラー様の表情が歪む。


【まさか出来ないとでも?この役立たずめ】


『そうは言っていない』

 ストン、と床に降りた魔神はその場にいた唯一のしもべ――シンドバッドへと視線を移した。

『シンドバッド。聞いての通り。新たな主人の望みを叶えるため、あなたの力が必要』

 キルスの隣で、シンドバッドは悔しそうな顔をした。

『船が実体化できなくなったのは国のトップをすげ替えるなんてことに魔力を使ったせいか……。

 火や、水、土のやつも呼ぶんだろうね?』

『もちろん。あなたが一番そばにいただけのこと』

『……仕方ないね』

 名残惜しそうな表情をキルスに向け、シンドバッドは口を開いた。

『それじゃあバイバイだ。せいぜい魔神を口説いてみるといいよ、キルス。……まあ、無駄なあがきだろうけどさ』

 ひらひらと片手を振って、シンドバッドが”消えた”。


 ダーラー様はその姿を見て目を輝かせた。

 魔神のしもべを”消す”なんて芸当に、ようやく彼女が魔神であるという実感が湧いたのだろう。

 ふつふつと湧き上がる喜びを露わにして、彼は高笑いを上げる。


【は……!ははははは!あーっはっはっはっは!

 ようやくだ!ようやく手に入る!黄金の都で女たちを――彼女・・をこの手に抱くのだ!】


 玉座の間で両手を広げ、彼はその手のひらに何かを見つめて笑った。


 小さく響く音があった。

 玉座の間に近づいてくる足音だ。その数――無数。

 ダーラー様に対する抵抗勢力かもしれない。だが足音の持ち主を確認することはできなかった。


【魔神よ、私を玉座に上げろ。邪魔者は消せ。手早く・・・な】


 ダーラー様がそう言葉を発した瞬間、魔神が光を放ったからだ。

 駆けこんでくる人間が見えなかったばかりでなく、駆けこんできたはずの人間の姿が見えなくなった。

 足音も何もかも――”消えて”しまったのだ。


『主人、ここにいては邪魔が入る。先に黄金宮に行かれるがいい』

 魔神はそのままダーラー様の方を向き、右手を振った。そのとたん、ダーラー様の姿がかき”消えた”。

 空いた玉座には今まで人がいたという形跡がまったくなくなった。 

「ダーラー様まで、消えた……」

 ポツリと呟いた私に、魔神はチラリと視線を向けてきた。

『消えたのではなく、移動させただけ。亜空間にいるから安全。彼の望む女性たちもいずれ連れていくけれど、今は力が足りないから後回し』


 ……チリッ、チリッ……


『今度の主人も、この程度……。時が来るのはまだ先か』

 魔神は残念そうに呟くと首を振った。

 テクテクと魔神が移動をはじめる。向かう先は玉座の間の入り口だった。

「ちょ……、ちょっと待って!どこに行くつもり?」

『火と、水と、土を連れにいく。しもべたち全員の力を合わせないと、黄金宮は大きいし、女性たちは多すぎる』

「ヒナと、”影”と、ルーズベフ?いや、でも、しかし……」

『確かに、そう。歩いて行くには遠いところにいるみたいだから。こうする』

 ――しゅるんっ。魔神もまた、姿を消した。


 □ ◆ □


 その場に残されたのは、姿を消したりできない面々だけだった。

 ファル、キルス、そして私。

「……国王陛下がどういうおつもりでいらっしゃるのか、聞いてみるしかないな」

 そう言ってホールの外へと視線を向けるファルに、キルスがもっともなことを告げた。

「どういうつもりも何も、魔神の力が働いたんじゃ、自分で良かれと思って王様譲ったって言うだろうさ」

「……」

「王子さんが魔神のことをどう考えてるのかは知らねえが。

 魔神の魔力が働いた以上、あの男が王になるのに障害は残ってねえはずだ。誰に聞いたって、あの男が王だって答えるはずだぜ」

 ファルはキルスの言葉に何も返さず、急ぎ足で戸口に向かう。

 だが、王座の間の戸口で待っていたのは、さらに驚く情景だった。



 玉座の間の外にけだるげな表情をした男が立っている。服装からすると軍人だ。王宮入り口でうずくまっていた人たちだろう。

 男の足元にはロープでぐるぐる巻きになった豪華な恰好をした男が一人。よく見なくても国王陛下だ。

「もう少し下がれ。光の限界までは近づくな」

 男は部下たちにそう指示を出した後、玉座の間から出てきた私たちの方へと視線を向けてきた。

「ファルザード殿下。……新王はいかがされました?」

 新王、と言った。

「……ダーラーのことか?」

「他にありませぬ」

「彼なら、姿を消した。都を黄金宮へと移すらしい。そちらに向かったのだろう」

 ファルの言葉に、けだるい表情の男は重いため息を一つついた。

「そうですか」

 それから背後に並んでいた軍に向かって片手をサッと振った。

前国王陛下・・・・・を、後宮にお連れしろ。また、多少、おかしなことをおっしゃっても聞かなかったことにしろ。サンジャル様が帰国されるまではあと二日ある。その間、重要案件は何一つ決めてはいけない・・・・・・・・、というご指示だ。分かってるだろうな?」

 どうやら彼らはサンジャル様の配下だったらしい。男たちが一斉にうなずく。

 けだるい表情を浮かべた男の左右から駆け寄ってきた男たちは、ぐるぐるで身動きできない国王陛下と、その豪華な曲刀とを持ち上げると、そのままその場から離れていく。

「ファルザード殿下、突然の蛮行をお許しください。国王陛下には不自由をおかけいたしますが、お怪我はさせないとお約束いたします」

 けだるい表情からは想像できないほどビシッと決まった礼で男が告げると、ファルは静かに承諾を返した。

「任せよう。……くれぐれも陛下に失礼のないよう心がけてくれ」

「承知いたしました」

 立ち去うとする男にファルが尋ねる。

「……ところでそのやる気のない顔はどういった理由だ?らしくもない」

「……」

 ピタリ、と男は立ち止まると、重いため息をもう一度吐いた。

「三文芝居に巻きこまれている、というのが感想です」

 そして片手を挙げて、玉座の間に向かって手招きをした。

「アラム。殿下に失礼のないようにな」

「はいな」

「!?」

 返答は、私たちの後方から来た。

 思わず振り返った先――玉座の後ろから姿を見せたのはアラム先輩と小さな赤い女の子――ヒナである。

「いつから……、いえ、どうやって!?」

 先ほどまで玉座の間にはいなかったはずだ。ダーラー様だって、アラム先輩がいたら黙ってはいなかったはずだし、魔神だってシンドバッドよりも先にヒナに協力を要請したはずではないか。

 混乱しきりの私の横で、ファルが額に手をやっていた。

「アラム、おまえはその出入口まで知っているのか」

「いやぁ、ハハハ。勝手に知ってたわけじゃありませんから、ご勘弁を。

 申し訳ありませんね、王子殿下。まさかダーラー様とは思わなかったんですが――。『魔神のランプ』が盗まれたって話を聞いた時点で、誰かがこういうことをやらかすってことは、予測できたんですよ」

 そんなわけで備えてました、とアラム先輩は付け加え、立ち去っていくサンジャル様配下の者たちに向かって敬礼を送った。

 それから彼は私たちに向けて、いつものニヤリとした笑みを浮かべた。

「よう、ファル、ラーダ。遅かったじゃねえか。こっちはクーデター勃発からの、反撃準備中だぜ」

 



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