表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/46

第三十一話 空の上

「なんだ、おまえら。こんな時にイチャついていやがるのか」

 ぶしつけな声が降ってくる。

 私とファルを抱えて梯子を上がるなんていう、無茶な真似をした人物が呆れたように口を開いていた。

 言われて手元を見下ろせば、確かに手をつないでこそいるが、イチャついているなどと誤解である。

「救出費用は、一人あたりペテルセア帝国金貨で1万だ。びた一文まけないから覚悟しやがれ」

 憎まれ口のような調子で私たちを離し、出迎えたシンドバッドに向かって歩を進める人物。 

 キルスだった。

 どうしてここにいるのか分からないが、白い空飛ぶ船――シンドバッドに乗ったキルスがそこにいて、ふわりと浮かび上がった私とファルは、その甲板の上まで運ばれていたのだ。

「まだ、都のそばにいたのか」

 ファルが平然とした声で返答するのを聞いてギョッとする。こんな状況で動じないって、どういう神経をしてるんだ。

「炎上してる間は危ないから離れてたさ。けど、帰る途中で『魔法の絨毯』を拾ってなー。もう少し出番がありそうってんで待機してたのさ。もっとも慈善じゃねえぜ。今回は運賃をもらう」

「いるなら、そう言ってくれれば……!君の船があればどれだけの人間を逃がすことができたか!」

「あいにくと、シンドバッドは人助けには使えねえよ。知らねえだろうけど、この船、人間みたいな知的生物を大勢乗せると発狂しちまうんだ。何人が限界だっけ?」

『6人だね。火、水、風、土、それに魔神と、願い事を叶える当人。そういう船だから』

 そっけなく告げたキルスにシンドバッドが補足する。キルスは、続いて私を見た。

「この王子さんの行きの運賃として、今のおれは無罪放免だ。あんたらの追求はもううんざりなんでな」

 頭が混乱してついていけない。この男に関わる時はいつもそうだ。

 だがそれでも。

 ランプに選ばれた男とシンドバッドの周囲には砂嵐が吹いていないことは分かった。


「どうして。なんで……?」

『僕らは質問箱じゃないからね、すべては答えてあげないよ。どうしてもっていうなら、3つだけだね』

 シンドバッドの言葉に、思わずうっと詰まる。

 何も言えなくなった私の代わりに、ファルが口を開いた。

「私たちよりも先に、『魔法の絨毯』が脱出していたはずだ。見てないか?」

 ファルの言葉に、シンドバッドは肩をすくめた。

『なんだ、そんな質問でいいの?

 それくらいなら答えてあげるよ。『魔法の絨毯』なら見たよ。砂嵐の領域をかなり避けて飛んでたから、港に着くのは明け方だろうけどね。相当無理してるみたいだったから、魔力をチャージできなければお終いだろうね』

「そうか……」

 シンドバッドの返答に、ファルはホッと息を吐いた。私としても安堵する。アラム先輩は砂嵐を避けることができたらしい。『魔法の絨毯』は速いから、本当に明け方までに到着してしまうのかもしれない。街一つ分の人数を運べると知れたら、あとあと面倒なことになりそうだけど、まあ、それは後で考えればいいことだ。

『ほらほら、僕がせっかく答えてあげるって言ってるんだから質問しなよ。そうだなー、一つめは『どうして砂嵐を避けることができるのか』とかがいいんじゃない?』

 どちらかと言わなくても本人が言いたいんだろうに、シンドバッドはそう言って口を開いた。

『答えはね、このシンドバッドが魔神のしもべで、この船が魔法で動いてるからさ。強風や嵐なんていう心地良い航海の邪魔になるようなものは、シンドバッドには影響を与えないんだよ』

 自慢げに彼は言い、『二つ目の質問は何がいい?』と続けた。

「オレから質問してもいいか」

 ファルは律儀にそう言って、私に了解をとった。

 私からの質問などほとんどない。状況に困惑して、質問どころではないからだ。二つともどうぞの意味で、私はファルにうなずく。

「あの炎上に心当たりはないか?」

 ファルの言葉に、シンドバッドは少し迷ったようだった。

 チラリとキルスの方を見やり、特に彼が反応を見せないのを確認してから言葉を返す。

『たぶんだけど。ランプの陣が重なったんだろうと思うよ。『火』のランプを持ってる女の人は、他にランプを持ってなかったと思うんだけどね?』

「……なる、ほど」

 苦々しい顔をして、ファルが奥歯を噛みしめる。私には不明だが、彼にはどうやら意味が通じたらしい。

「旧都の災禍は、お祖母様の自業自得ということか……」

 ファルは辛そうな声で、そう呟いた。

『じゃあ、あと一つだね。それが終わったら質問コーナーは終わり。移動はじめるから僕は消えるよ』

 シンドバッドは軽い調子でそう言った。

 二つ目の質問の答えがよほどショックだったのか、ファルは押し黙ったままだったが、質問する機会を逃したりはしなかった。

「都に、『砂人形』がいたが。心当たりはあるか?」

 シンドバッドはきょとんと目を丸くして、少し考えた風だった。

『『土』のやつが来てるんでなければ、誰か『砂人形』だけ使ってるって可能性はあるかもなあ。『砂人形』を使えるのは、魔神と、『土』と、『砂人形』っていうアイテム自体を持っている人間だけだからね』

「……そうか」

『ん、これでいい?約束通り3つ答えたから、僕は失礼するよ』

 シンドバッドはそう言って、青い髪を風に揺らしながら甲板を後にした。カンカンカンと足音を立てて船の中に下りていく。どこへ向かったのかは分からない。移動をはじめると言っていたから、操舵室が下にあるのかもしれない。

「移動先は港街でいいだろ。下に部屋があるから好きに使え」

 キルスもそう言ってどこかへ行ってしまう。

 甲板には、私とファルの二人が残された。


 □ ◆ □


 しばらくの間、ファルは身動きしなかった。

 だがキルスの姿が完全に見えなくなったところで。ずるずると甲板に座りこみ、額に片手を当てて目を伏せた。

「――…………」

 小さな声で何かを呟いている。だが、内容は聞こえなかった。

「……ラーダ」

「一人になりたいなら、遠慮しますよ」

 私が言うと、彼は黙って首を横に振った。

「ここにいてくれるか」

「分かりました」

 一人で立っているのも気詰りで、私もまた横に座りこんだ。甲板の上は美しく磨きあげられていて、汚れ一つない。冷たく滑らかな表面を手で撫でながら、私はファルの姿を視界に入れた。

 甲板の上は静かだった。

 シンドバッドは音もなく上空を飛んでいく。日が落ちた空は月が輝き、星々が瞬いている。

 砂漠の上を移動するのに、これほど穏やかな移動はないだろう。馬やラクダのように揺れるわけでもなく、徒歩で進むほど足を砂にとられるわけでもない。また、『魔法の絨毯』のように速すぎるわけでもなかった。つい先ほどまで、『魔法の絨毯』ほど良い乗り物はない気がしていたけど訂正したい。私が砂漠の上を移動する手段を選べるならシンドバッドの方がいい。

 夜風がさわさわと髪を乱し、私は今更ながら頭布を失くしたことを思い出していた。

 月が傾いていく間、ファルは黙ったままだった。

「……お祖母様は、」

 ファルは誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

「お祖母様は、魔神の伝説をよく聞かせてくれた。魔神は本当にいると信じていた。……王宮の宝物庫におさめられていた、西の大帝国時代の品々を見れば、疑うべくもない、――と」

「……そうですね。正しかったと思います」

 私の返答に、ファルは小さくうなずいた。

「だが、お祖母様の研究は、残念ながら魔神に”選ばれなかった者”のそれだ。

 欲深になったあげく、そのしっぺ返しを受ける。願いは叶わず、あろうことか住む都まで喪う……」

 ファルは目を伏せたまま、空を仰いだ。

 何かが目尻を伝っていった気がしたけど、……私は見なかったことにした。

「…………二割だ。街の二割の人間が助からなかった……」

 旧都は砂の下に埋もれた。

 『魔法の絨毯』に乗ることのできた者たちは港街に避難できたけれど、取り残された者を救出することはもはやできない。今は助かった幸運に感謝している民たちも、しばらくすれば気づくだろう。そもそもなぜ、このような災難をこうむるハメになったのかと。

 ファルはその理由を公開しないはずだ。できるわけがない。国のトップである国王陛下、その実母である先代王妃が、伝統ある都を滅ぼす原因を作っただなんて。

 民はやり場のない怒りを国に向け、保護を求める。もしかしたら砂の下に埋もれた者たちの遺体を見つけるよう求めてくる者もいるかもしれない。きちんと埋葬してやりたいと言い出すかもしれない。だけど、そんなことはできないのだ。生産性がなさすぎる。エランの国はそこまでの余力がない。

「……八割、助かったんです。あなたの判断は間違ってない」

 私は気休めと分かっていながら、そう答える。

「ラーダ。歌ってくれないか」

「え?」

「カマンチェはここにはないが。……はじめて君の声を聞いた時の……歌が聞きたい」

「……あれは、即興曲ですから。同じものは歌えないんですよ?」

 そう言いながら、私は目を閉じた。


 原文であるおとぎ話には、こうある。


 昔々、エランの西には黄金で出来た都があった。

 都にはこれまた黄金と宝石でできた王宮があり、王に愛された美しい姫が暮らしていた。

 けれど、本当は姫は黄金ではなく、白亜の宮殿の方が良かったし、宝石よりも花の方が好きだった。

 王は姫を愛してくれたが、彼女の意見を一つも聞きはしなかった。


 ある時姫は魔神に頼んだ。

『わたしも王の役に立ちたい。もっと女の意見を聞いてくれるような世の中になってほしい』

 魔神は承知したが、ただ一つだけ忠告した。

『あなたの願いには時間がかかる。それでも良いか?』

 もちろん、と姫がうなずくと、黄金で出来た都は瞬く間に砂と化した。


 都は魔神が王の願いを聞いて作ったものだったのだ。

 愚かな姫の言葉により、王の築き上げたものはすべて失われ、都は砂漠となってしまった。

 エランの西に広がる広大な砂漠がそれである。


 王は魔神の行いを怒り、ランプに封じ込めた。そして、二度と誰の願いも叶えられないよう砂に埋めてしまった。

 それから王は姫を連れて不死鳥の背に乗り、海の向こうに渡って新しい国を作った。


 砂漠には今でも、黄金の都と魔神のランプが砂の下に眠っているという。

 それは遠い遠い昔の話。


 残酷だ。こんなに残酷な歌はない。

 今まさに、愚かな一人の姫によって、伝統ある都が砂と化した。

 古い都には黄金も宝石もなかったけれど、美しい姫が愛した薔薇の花が咲いていたのに。

 魔神を呼ぶためのランプは砂に埋もれ、もう二度と誰の願いも届かない。



「『むーかーしー、むかしーのそのむーかーしー。

 エランの西に幻のー。黄金の都がありましたー。

 咲き乱れる花ーと色とりどりの宝石にー、誰もが憧れておりましたー。


 けれど住むのはお姫様一人。

 彼女はある日気が付きます。毎日王様を待つばかり、こんな退屈な日々は嫌。

 世界のどこかにあるという、海をこの目で見てみたい。

 お姫様は都を抜け出し、お供を連れて船に乗る。さあ、大冒険のはじまりです』」


 私が歌っている間、ファルはただじっと空を見上げていた。

 こんな替え歌が、彼の心を慰めるとは思わなかったけど。私にはただ、リクエストに答えることしかできなかった。


 □ ◆ □


 情報交換を兼ねて、私とファルもまた、甲板を離れた。

 ファルが行きに泊まっていたという部屋は、小さな船室で、ベッドが一つ、椅子が一つ置かれているだけの簡素なものだ。

 シンドバッドによれば6人しか乗れない船なんだから、一人分の部屋はもう少し広くてもよさそうなものだけど。ファルによれば、行きにかかった時間はわずか二晩。『魔法の絨毯』ほどではないが、やはり速い。


 旧都で多くの命が喪われたことは責任感の強いファルを落ちこませたが。同じくらい責任感の強い彼は、そこで立ち止まることなんてできなかった。他の場所に移動することのできない二晩の間を有効に活用しようと考えたのである。

 ファルがベッドに座り、私は椅子に座って真向かいになる。


「まず……。どこから話すべきか」

 ファルはそう言って、少しばかり眉根を寄せた。

「お互いに知っていることを、ということでしたよね。現在の状況に混乱しているので、整理したいところです」

 私は答えた。

 ファルが旧都に着いていた理由は、このシンドバッドに乗っていたからだと理解したが、そもそもどういった理由でこの船に乗るハメになったのかが理解不能だ。ファルとキルスは特に仲が良かったわけではないはずなんだけど。

「私の方は簡単ですよ。旧都が炎上したという報告を聞いて、ファルを救出するためにアラム先輩が『魔法の絨毯』を持ち出してきたんです。途中、砂嵐に遭遇してしまいましたが、さっきのシンドバッドの言葉を借りれば、私が気絶している間に、アラム先輩はシンドバッドに拾われて運んでもらったということでしょうね」

「運が良かった、ということか?」

「ええ」

「オレの方はもっと単純だ。お祖母様を説得に向かう途中、馬ごとキルスたちに拾われた。……もっとも馬の方は……」

 今はもう見えない旧都の方を見やり、ファルはため息をつく。

 砂嵐に巻きこまれ、生き物の姿はすでない。馬の方は絶望的だろう。

「あまり単純ではないと思うんですよ。先ほどシンドバッドと話していた内容について、説明してもらえると助かります」

 私が言うと、ファルは少し言葉を選んだような表情を浮かべた後、答えた。

「そうだな。シンドバッドから聞いたのは……。彼ら、魔神についてだ」


 魔神とは、神様の修行の一つであること。

 魔神には4人のしもべがおり、それぞれ火、風、水、土の属性があること。不死鳥もその一人、『火』のしもべであること。シンドバッドは『風』に相当すること。

 『魔法のランプ』はしもべが魔神と連絡をとるための手段であり、エランには4つのランプが存在すること。 

 

「魔神って、神様なんですか……」

 確かに、魔神とは、魔の神という意味を持つ。魔法を使う神様なのか、魔性の神様なのかは分からないけど。

 だが、このエランで魔神の存在をおとぎ話として信じている人はいても、信仰対象としている人はいないだろう。

 他国には神様を信仰するための教会や神殿といった場所があるのは知っているが、エランにはそういった施設は存在しないのだ。

「……『水』と、『土』についても心当たりはありますね。ナクシェ村にいた”影”――彼女が、『水』ですね?」

「ああ、そうだろうな。だから『魔法のランプ』を持っていた」

「『土』は、……ルーズベフです。ファルが不在の間に判明したことですが、ベフルーズ商会に問い合わせて彼の正体を確認したおり、彼は『魔神のしもべ』であり、名前がないのだと言っていたという証言がありました」

「ベフルーズ商会に行ったのか?」

「はい。……ああ、そうですね。ファルが出発してからの話ですから、それについては説明しましょう」

 『土』ことルーズベフは、魔神のしもべであることが嫌だった。一人の人間として生きたいと思っていた。

 その結果が、ベフルーズ商会への入会であり、商人として働くことだったのだ。そこで彼は、恋をした。恋のために、人間としては誤ったことをして、犯罪者になった。

 さらに、『土』は自分のランプを破壊した。そのために調査団を襲い、ランプを奪った。アラム先輩の指摘通り、調査団を襲ったのはルーズベフだったのだ。

「私からは、もう一つ。『火』のしもべである不死鳥は目覚めています。梱包をやぶり、今は魔神と一緒にいるはず。アラム先輩に懐いて、ヒナと名乗ってますけど」

「『火』のランプは、お祖母様が持っていたものだろう。都が炎上するまではお持ちだったはずだが、『魔法の絨毯』に乗る時には持っていなかった。この砂の下に失われたと思って間違いないな」

 いつか、遠い未来に、砂の中から発掘されない限りは。ファルはそう言って言葉を締めた。

「残るランプは、王宮の宝物庫にある『水』とシンドバッドが隠し持っているらしい『風』。この二つについては誰の手にも渡っていませんから、これ以上騒動が広がることはないと思います」

 私の言葉に、ファルはうなずいた。

「そうあってもらいたい。これまでは、ランプ自体が問題を起こすわけではないと思っていたが。ランプに描かれた陣が重なると都一つが消えるような惨事になると分かった以上、今まで以上に厳重な保管をするよう国王陛下に申し入れる」

 それと、とファルは迷ったような表情を浮かべた。

「王宮の宝物庫にランプがあることはお祖母様の耳に入れないようにしないといけないな。仮にも元王妃だ。お祖母様は自由に宝物庫の中に出入りできる」

「――えっ。そ、それ、大丈夫でしょうか?『魔法の絨毯』が到着するのは、このシンドバッドが着くよりも一日以上早いんです。王母様となれば、当然避難先は王宮でしょう?宝物庫にランプがあるなんて、すぐに知られてしまうんじゃ……」

「いや、王宮には入らないはずだ。お祖母様は国政に携わっていないから、後宮……いや、先日までナスタラーン姫が滞在していた離宮あたりを整備して滞在することになるだろう。国王陛下は普段の政務に口出しされるのを極端に嫌がるからな。あの建物あたりが立地的にもちょうどいいと考えるはずだ」

「そうですか……」

 ホッと息を吐いた私に、ファルは付け加えた。

「自由に宝物庫に出入りできると言えば、国王陛下とサンジャル、オレくらいだ。当然、オレの母親たちも出入りはできない。特別な許可をもらってならともかく……」

「特別な許可が必要なんですね?」

「ああ。それも、許可を得た上で警備員を同行させてという形になる。それ以外に警備員なしに出入りできるのなんて、シャーロフ大臣やその孫のダーラーくらいだ。ダーラーについては知っているだろう?港湾課の調査官に貸与する手続きは彼がやっているからな」

「シャーロフ大臣に、ダーラー様ですか?でも、大臣は確か、王母様の……」

「ああ。……戻り次第、宝物庫に彼の出入りがなかったかどうか確認する必要があるな」

 そういって、ファルは逸る気持ちを抑えこむような表情を浮かべて戸口へと目をやった。

 港街までは二晩。どんなに焦ったって、今夜は着かない。


「……情報交換は、このくらいにしましょうか」

 私が話を切り上げたので、ファルは驚いたような顔をした。

「ずっと眠っていないでしょう。着いてからすぐに動くつもりであれば、寝ておいた方がいいです。

 私も港湾課という職業柄徹夜は経験がありますけど、徹夜した後って頭が働かないので最悪なんですよ。効率よく能率よく働くためには、徹夜よりも適度な睡眠が大事だと思います」

「しかしな……」

「王子の目の下。隈がくっきりできてますが、気づいてます?」

 そう言って、私は王子の頬に指で触れた。

 せっかくの美形が台無しである。心労もあるんだろうけど、やつれた男性に魅力を感じるほど、私は特殊な趣味はしてないつもりだ。

「同情は、……できません。私は薄情者で、あなたほど責任感が強くないから、あなたが感じている想いを共感はできない。

 だけど。いいえ、だから……あなたが落ちこんでいる間、ずっとそばにいましょう」

 ベッドの上に腰かけていたファルから視線を外し、私は椅子を移動させた。ベッドのすぐ隣に移動させると、その上に座る。ベッドが小さいのでちょうど寄り添うような位置になる。

「私は一緒に落ちこんだりしません。だから安心して落ちこんでください。」 

「……ラーダ」

 ファルは口端に小さな笑みを浮かべて言った。

「それは、オレが落ちこむたびにそばにいてくれるという意味にとるが、いいのか?」

「……?」

 いいですよ、といつものように答えようとして、私はふと口を噤んだ。

 何やら含みのある言い方に首をかしげる。うかつな答え方をすると失敗するような奇妙な予感だ。

「港街に着くまでは、いいですよ」

「そうか」

 言い直した私の返事に、ファルは笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ