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第二十四話 王弟の恋話

 アラム先輩が王宮まで出向いてきたのはサンジャル様にお会いするためだったらしい。

 先触れとして私が走ってきたが、その詳細を連絡するためだろう。

 王座の間に入れなかった私は、サンジャル様と接触できなかったので、良い判断だったと言わざるを得ない。

 時間がないアラム先輩は、私を連れたまま王宮へと入った。


 ルーズベフとの追いかけっこをした名残は残っていなかった。『砂人形』を見た人はいるはずなのに、誰も騒いでいないのだ。

 アラム先輩は慣れた様子で王宮内を進み、やがて王座の間とは違う通路へと進んだ。

「王座の間でなくて良いんですか?ファルはそっちに……」

「俺が王座の間に入れると思うのか?」

「もしかしたらと思いまして」

 というか、そうだよね。港湾課は国軍の下っ端なので、公的な立場はほぼ一般人である。私ほどじゃないがアラム先輩だって同じなのだ。

「サンジャル様につなぎをとるなら、こちらの方が早いんだよ」

 そう言って、アラム先輩は通路の終点にある小部屋に入りこんだ。

 

 それは、何もない部屋だった。

 座椅子が一つ置かれているだけの小部屋で、壁には壁掛けが飾ってある。どこかの風景を絨毯に織り込んだ壁掛けだ。アラム先輩は座椅子に近づくと、その端に触れて何かをした。 

 ――ぴるるるるっ。

 笛のような音がどこかで聞こえた。

 風穴でも開いているのだろうかと耳を澄ましていた私の鼻に、ふわりとくすぐる匂いがあった。

 乳香だ。

 ファルかと首をかしげる私の目の前で、壁掛けの向こうから現れたのはサンジャル様と護衛と思われる男だった。

 なるほど、彼ならば乳香の香りをまとっていてもおかしくはない。


 慌てて顔を伏せ、アラム先輩の後ろに控える。サンジャル様はまず、この場にいるはずのない部外者の存在を注意した。

「アラム。この部屋に他の者を連れてこないでください」

「緊急事態につき、申し訳ありません。ファルザード王子のフォローに向かわせたのですが、はぐれたということで」

「港湾課のラーダ、でしたね」

 おおう、ついに名前を覚えてもらってしまった。嬉しいようなそうでもないような。

「はい」

 頭を伏せたまま答えると、サンジャル様はアラム先輩へと視線を戻した。

「して、何の報告ですか。こちらも緊急事態なのは承知しているでしょうね?」

「もちろんです。港は緊急配備を整えておきました」

 ふむ、とサンジャル様は納得した表情を浮かべてアラム先輩に続きをうながした。

「ファルザードの件ですか?先ほど国王陛下に面会していたようですが、入れ違いになって私は直接会っていないのです。

 ……どうやらこちらの状況を聞いてくるばかりだったようで、彼の状況が分からなかったのですよ」

「やっぱりですか」

 はあ、とアラム先輩はため息をついた。

「俺とこちらのラーダ、それと王子は、つい先ほどまでシャーロフ大臣と接触しておりました。その件について報告させていただきます。

 ついでに、調査団が襲われたという件について、俺にも詳細をください」

「国軍の下っ端が知ることではありませんよ」

「承知の上です」

「話しなさい」

 サンジャル様は、それ以上アラム先輩の態度を咎めるわけでもなく、さらりと口を開いた。

 アラム先輩からは端的に、倉庫で見聞きしたことが報告された。本当なら私がやれと言われていたのだけど、お役に立てずすみません。

 シャーロフ大臣が『不死鳥の雛』を求めていたこと、キルスが一緒だったこと、ついでにキルスは空飛ぶ船シンドバッドを呼び寄せて、倉庫を破壊して逃げ去ったこと。

 どれもこれも驚くに値するビッグニュースだと思うのに、サンジャル様はさほど動揺したようには見えなかった。

「ファルザードが喜びそうな事態です」

 一言、そうコメントしただけだ。

 続いてサンジャル様から話されたのは、調査団が襲われたという件についてだった。

「調査団が襲われたのは、逗留していた村でのことです。追加の軍を出しておりますが、現地の状況がどうなっているかは、まだ報告が戻ってきておりません。帰国が早まることになったとはいえ、移動ルートは予定通りだったようです」

「帰国が早まるって連絡が、王宮に届いたのはいつなんですか?」

「おおよそ一週間前、早馬が来ました。この件はすでにペテルセアの王女にも連絡してあったため、たいがいの者は知っていたはずです。

 港湾課にも知らせたはずですね?」

「ええ。まあ。それに合わせて警備を整えてはいましたからね。けど、そうすると誰でも襲えたってことですね」

「移動ルートは変わりませんので。襲撃地点は早馬で一日半、となれば誰でも可能だったでしょう」

「犯人の目安は?」

「……」

 サンジャル様が黙るのを見て、アラム先輩が困ったように続けた。

「『東のカシム』は捕縛済みです。残党は残っていません。ナクシェ村にいた黒装束たちは、ファルザード王子に降ったとのことでしたので、ここで勝手に動いたりはしないはずです」

「それを調べるのが港湾課では?」

 サンジャル様の返しに、アラム先輩はへらっと笑った。

「いやー、そうなんですけど。サンジャル様は頭のキレる方なので、ついつい」

「……私は軽口は好きではありませんよ」

 どことなく呆れたようにサンジャル様は答えた。

 てか、アラム先輩。なんとなく質問の仕方がアラム先輩主導なのは気のせいでしょうか。国軍の下っ端として、それはアリなんでしょうか。

「犯行は黒ずくめ姿だったという報告は得ていますが、それ以上の特徴はまだ不明です。

 襲撃犯人が国外逃亡するのを防いでください。現地への派遣の結果、何か追加情報があれば伝えます」

 サンジャル様がそう言うと、アラム先輩は頭を下げた後、こう続けた。

「承知しました。……シャーロフ大臣と、キルスについては?」

「大臣は何か悪事を働いたというわけではないでしょう。彼はエランにとって重要な人物です。

 犯罪者については捕えてください。おとぎ話への対応は、……あなたに任せます」

「またそれですか」

「あれは、私には手に負えません」

 私は現実主義ですから、とサンジャル様はそっけなく告げた。


「ペテルセアの王女の帰国は、長引きそうですかね?」

 アラム先輩は尋ねた。

「……すべては調査団の状況しだいですね。合流しだい帰国の予定でしたので、治療が長引くようであればペテルセア帝国に連絡をして、迎えの船を用意してもらうなり、こちらから送り返すなり……」

「あるいは帰国延期してもらうなり?」

「そうなります」

 サンジャル様はふう、と少しばかり重い息を吐いた。

「アラム。あなたはファルザードと彼女を、どう見ます?」

「え。俺ですか?そういうのは当事者でないとなんとも言い難いもんだと思うんですが。そうでなくても国軍の下っ端がどうこういうもんじゃ」

「客観的に、どう見えます」

「あー……」

 アラム先輩は目をそらした。

「無理でしょうね。お互い嫌いじゃないとは思いますよ?けど、恋愛対象じゃなさそうです。ファル……、いや、王子殿下はもちろん、国のためになるなら婚姻を結ぶ気はあるでしょう。ただ、ずっと王妃一人にすると決めていたせいで、惚れた相手じゃないと妃にできないと思っておられるんじゃ?」

「やはりですか……」

 サンジャル様は鈍くうめいた。

「そもそも国王陛下には後宮があるのに王子にはなしという扱いが問題ですかね。

 側室を許可すれば、彼女を正室にする道もあるのですが。国王陛下がお認めにならないでしょうし」

「そもそもそれじゃ上手くいきませんて。王子本人が、惚れた女がいいって言ってるんですから、もう少し待ってさしあげればいいじゃないですか」

「その結果、婚期を逃しても?」

「……ご自分の話ですか?」

「……」

 冷え冷えとした視線が返ってくる。アラム先輩は苦笑いを浮かべて、「失言でした」と首を振った。

「無駄口が過ぎると、次はフォローできませんよ、アラム」

「ははっ。あれはレイリーが偉かったんですよ。我が妹ながら、感心しました」

 港湾課のトップはサンジャル様というわけではない。サンジャル様は公的にはなんの地位にも就いておられないからだ。

 だが、犯罪者を追ったり、ペテルセア帝国の調査団への対応を行ったりと、彼が重要ポジションにいることは間違いない。

 アラム先輩とサンジャル様は、その後しばらくやりとりを続け、やがて情報交換が終わったところでサンジャル様は去っていった。

 元通り、壁掛けの向こうにある通路だか扉だかに姿を消したのだ。

 


「よし。後は帰るだけだな。……ああ、いや、これからが本番だった……」

 アラム先輩はどこか遠い目をして私を見た。

 私はといえば、サンジャル様がいらしている間、ずっと黙って目を伏せていたのでいい加減何か喋りたいところである。

「先輩。この部屋って、なんなんですか?」

「王宮の隠し通路だ」

「そんなとこ、私が知っちゃって大丈夫なんですか?」

「誰にも言うなよ?」

 ニヤッとアラム先輩は笑って、そのまま私たちは王宮を離れようとした。だが小部屋を出る前にアラム先輩は足を止めた。

「ああ、いや。そのまえに聞いておこう。さっきファルがどうしたって?」

「はい?」

「急いでたんで聞き逃したこともあったかもしれん。港に戻る前に確認しておきたい。ファルがどうしたって?」

 もう一度先ほど起きた出来事を話すと、アラム先輩は眉根を寄せた。

「……しまったな、それはサンジャル様にお会いする前に聞いておくべきだった」

 それは、というのは、ファルが駆け出してしまった件のことである。

「ファルが、……あー、あまり聞きたくないんだが。どうしたって?」

「お祖母様を説得にいく、と」

「うがぁああああああああ」

 アラム先輩は頭を抱えた。

「ファルのやりたいことは、分からないでもありません」

 私は私なりに彼の行動をフォローしておく。

「大臣とキルスがつながっていて、かつ大臣は王母様のために動いていた。王母様が懸念されているのはペテルセア帝国の属国化が進むこと――ナスタラーン姫とファルの婚姻が成立してしまうこと。

 襲撃犯は黒ずくめの集団だったそうですが、ナクシェ村にいた黒装束とは別物でしょう。『東のカシム』は捕縛済みです。

 だとすれば、ペテルセア帝国の調査団を襲う理由があるのは王母様の手の者だけ――。

 ……さすがに、すぐに依頼主が分かるような状態ではないのでしょうけど」

 仮に依頼主がハッキリしてしまえば、それこそ戦争の火種になりかねない。だから、サンジャル様は必死に隠すだろう。表向き盗賊の襲撃か何かに偽装して。

 ファルは、黒幕は王母様だと確信した。その狙いも分かった。

 だから、これ以上行動が続かないよう、直接交渉に行くと宣言したのだ。

 行動の早い人物なので、今頃は旧都に向かって出発しているに違いない。

「だが短慮が過ぎる。それでも次期国王になろうって人物か、ファル」

「けれど、黒幕なら早く抑えた方が良いんじゃありませんか?ナスタラーン姫との婚姻を望んでいないと言い切れるのは、現時点では彼だけなんですよ」

「調査員ならそれでもいい。迅速は美徳だ。だけどな、国王ってのは後ろで指示するもんだ。違うか?」

「……それは……」

「思えば『魔法のランプ』を探しに一人でふらふらしてた件もそうだったけど。部下に指示するのが上の仕事だ。部下が困った時に本人がいないんじゃあ、部下はバラバラになっちまう。どんなにもどかしくても部下に任せて自分は上で我慢するのが上司ってもんなんだよ」

 はあ、とアラム先輩はため息をついた。

「サンジャル様がご心配なさるのも無理はない」

 少しの間、アラム先輩は黙っていた。

 やや迷ったように首を振った後、改めて顔を上げる。

「……まあ、いい。国王教育なんてもんは俺の守備範囲じゃない。それはサンジャル様にお任せするしかないな」

 あの方も向いてるとは言い難いんだが、とぼそりと呟いた後、アラム先輩は切り替えた。

「ファルが向かったのは王母様のところ。……なら、身の危険は少ないと見ていい。話がこんがらがってややこしくなりそうな気がするのが嫌だが、仕方がない。

 ラーダの言う通り、姫と結婚しないと言って信用してもらえるのは、ファル本人か国王陛下だけだろうからな。もったいないよなー、せっかく美人と結婚できるのに」

「話がこんがらがるとはどうしてです?」

 アラム先輩の考えも、まとまっていない段階らしい。彼は少しの間押し黙った後、こう言った。

「レイリーに化けていたルーズベフ、王宮内で会ったと言ったな?場所は案内できるか」

 

 もう一度、王宮内を歩く。

 正直なところ慣れていない王宮内の地図が頭に入っているわけではない。だから、鼻を頼りに探すことになった。

 あの時は玉座の間から、歩いているレイリーを追いかけたのだ。その通り辿っていけばどこかで『砂漠の薔薇』の香りを見つけられるかもしれない。

 一般人が入れない玉座の間の前をうろうろする港湾課の調査官、二名。怪しいなあ、これ。だが、逆に調査だと思われて怪しくないかもしれないと割り切ることにした。

「ラーダ、キョトキョトビクビクすんな」

「し、してません!」

「してるしてる。犯罪者にしか見えん」

「そんなあ……」

 割り切れてなかったかもしれない。挙動不審を咎められながら、私は鼻を引くつかせた。

 普段現場仕事の多い私である。こんなところは場違いで緊張してしまう。王宮内を歩くなんてのはもうこれっきりにして欲しい。

「!」

 だが怪しい真似をした甲斐はあったようで、十分もしないうちに、私は『砂漠の薔薇』の香りを見つけた。

 だがゆっくりと辿り歩く先。

 行き止まりにある小さな小部屋には、木箱はあったがルーズベフの姿はなかった。


 アラム先輩は木箱に残る香りを確認すると、「なるほど、これか」と渋い表情を浮かべた。

「すみません。……でも、この部屋です。この部屋で、『砂人形』を取り出したレイリーは、ルーズベフに姿を変えて……」

「ややこしいからレイリーって言わないでくれ」

 レイリーの兄であるアラム先輩は、困ったように口出ししてから、状況を整理した。

「確かに、この部屋に誰かいたのは間違いなさそうだな。ほら、見ろ」

 アラム先輩はそう言いながら床を指摘する。そこには細かな砂が散らばって落ちていた。

 外との出入りがある部屋なら、これくらいは普通なので、私にはおかしな点が分からなかったが、もしかすると『砂人形』のものは普通の砂とは違うのかもしれない。

「違う違う。この部屋に『誰か』いたのが間違いないってことだ。ここは行き止まりだぞ?机が一つ置かれているだけの部屋なんて怪しげな場所だ。何も用がなければ、せいぜい掃除の人間が入るだけ。埃が積もることはあっても砂が積もることはそうそうないだろ」

 なるほど。

「ルーズベフの姿を見た者は他にもいるだろう。そっちはそれとして調査するとして……。まずは調査団を襲った襲撃犯だな」

 ここまでだ、とアラム先輩は切った。



 アラム先輩と並んで王宮を出る。

 かなり時間をロスしてしまったが、港はすでに緊急配備になっているはずだ。私もそれに加わり、今夜はおそらく眠れない夜になる。

 王宮の外は真っ暗闇で、ところどころ灯りがついているのが見えた。

 空には星が瞬いており、相変わらず天気が良い。大きな大きな月が見えた。

「――あ、先輩見てください」

 空を見上げて私が指差すと、ぐうううううう、と場違いな音が聞こえた。見ればおなかを押さえたアラム先輩が、苦々しそうに奥歯を噛んでいる。考えてみれば事務所で居残り中にファルがやってきてそのままだったせいか、私もお腹がすいている。この時間帯にやっているお店など、女性があやしげな踊りを披露してくれる酒場のような場所ばかりだ。ハメを外すわけにはいかない緊急事態に、そんな場所で食事をとることはできないだろう。

「ラーダ」

「はい」

「……聞かなかったことにしろ」

「分かりました」

 アラム先輩もさすがに、これ以上の時間ロスは避けたいと思ったのだろう。おなかがすいていることも、腹の虫が鳴いたことも、なかったことにして港に戻りはじめる。

「ファルのやつ、落ちこんでなかったか?」

「はい?」

 急ぎ足で港へ向かいながら、アラム先輩がポツリとこぼした。

「なんか喋ってたろ、事務所で。一週間ぶりでいろいろ話したいこともあっただろうに、俺が帰ってくるのが早かったからな」

 どうやら『不死鳥の雛』を見に行く前の話をしているらしい。

 今さらだと思いながら、私も急ぎ足になる。

「落ちこんではいませんでしたけど。気にしてましたね」

「何を」

「ナクシェ村から帰ってから、毎晩私が夢に出てくるそうです」

「ブッ!?」

 私の言葉に、アラム先輩は思いきり噴いた。

「……え。え。マジ?」

「本当かどうかは分かりません。でも、そう言ってましたね」

 私が静かに答えると、アラム先輩は呆れた顔をして立ち止まった。

「……あのさあ、ラーダ。それってけっこう、露骨に、分かりやすく言われてると思うんだが」

 好意を。


 アラム先輩の言いたいことが分からないわけじゃない。

 ファルは、どうしてだか私に対して好意らしきものを口にすることがある。ハッキリとではない。どこかあやふやな……それでいて決定的じゃない言葉で。

『君を妃にしたいと言ったら、断るだろうか』

 さすがに、ああまで言われたら、気のせいではないと思う。


「……よく、分からないんです」

 ファルは、そもそも私のことが好きなんだろうか。だとしたら、なぜ?

 特に好意を抱かれるようなことをした覚えはない。私とファルは、友人同士だ。身分差があり、本来ならば知り合うはずのなかった関係ではあるが、彼に対して親しみを覚えていると同時に、彼が私を嫌っていないのは知っている。

「……サンジャル様は、バハール様とどういった関係だったんですか?」

 急に話題を変えたので、アラム先輩は足を止めたまま目を見開いた。

 だが、それが、私の今の心境からくる質問だと気づいたらしく、苦笑いを浮かべる。

「俺が知ると思うか?」

「アラム先輩が知っている範囲の話でいいです」

 サンジャル様とバハール様の仲は、王宮などでちらほらと噂されていた。かつて想い合った仲だったのではないかと。だが、ナクシェ村でファルが話していたことを考えれば、バハール様はサンジャル様を想っておられるが、サンジャル様は応えていなかったのだろう。

「詳しいことは知らないが」

 アラム先輩はそう言って口を開いた。

「王子とバハール様も幼馴染だが、それ以上にバハール様とサンジャル様、それにダーラー様は幼馴染同士なんだ。年齢も近いし、身分もちょうどつり合いが取れてるからな。

 たぶん、ダーラー様はバハール様のことがお好きなんだよ。けど、お二人の間柄は、実のところ叔母と甥。恋愛関係が成立する間柄じゃない。その上、バハール様は昔っからサンジャル様のことが好きだった。サンジャル様と仲のいいダーラー様は、二人が恋仲にならないよう、散々邪魔をした。……まあ、分からないでもないさ。親友と好きな人が恋人同士なんて言ったら、一人だけ孤独になるのは分かってるしな」

「……そういう、話なんですか?王族の大臣の家の話なのに……」

「言ったろ?俺は当事者じゃないから、本当のことは分からん。

 サンジャル様がバハール様のことをどう思っておられるかは、今もって不明だ。想いを寄せてフラれたんだとか、恋人同士だったけど別れただとか、まあ、噂はいろいろだけどな。サンジャル様については昔から『王位継承の妨げにならないよう独身を貫く』としか公言しておられないから」

「先輩はどう思ってるんですか?」

「……タイミングを逃しちゃったんだろうなー、と思ってるさ」

 肩をすくめて、彼は言った。

「バハール様は、ファルの婚約者候補だった。その上親友の想い人だった。……いろんなことが妨げになって、サンジャル様は気持ちを表に出せないまま……。今更出してもどうしようもなくなったんじゃないか?」

「どうしようも、ないんですか?」

「ご本人がそれでいいなら、仕方ないさ」

「……そうですか」

 ならば、仮にファルが私のことを好きだとしても。私が応えることがなかったら、どうにもならないのだろう。

 ファルは次期国王だから、いずれ跡継ぎ問題などが発生して、しかるべき王妃を迎えないといけなくなる。

 その時に、どうにもなっていなければ、ファルは私のことなど忘れて新しい人を迎えるのだ。たとえばそれは、ナスタラーン姫かもしれないし、違うかもしれないけど。

「けどなー。ラーダ」

 アラム先輩は笑って言った。

「サンジャル様たちの問題と、ファルの問題はまた別だぞ。別に、ファルはおまえの兄でも弟でも、ましてや父親や息子ではないだろ」

「……はい」

「おまえがファルのことを好きだと思えば応えればいいし、好きになれそうにもないと思えば断ればいいんだ」

「王子ですよ?」

「王子だよ。だけどなあ、ラーダ?」

 アラム先輩はニヤリと笑った。

「エランの国は変わりつつあるんだよ。その筆頭が、国家治安維持部隊港湾課、アラム隊のラーダだろう」

「……」

 ふっと、私は月を見上げた。大きな大きな月は、このエランでは人を導く光。それでいて、この月光の下でひとは心迷うのだ。

「まあ、とりあえず今日のところはそのくらいにしといてくれよ。なにしろ目の前に犯罪者がいて、そいつは国外逃亡をしようとしてるんだからな」

 アラム先輩の言葉に、私は迷いを払うように首を縦に振ってから走り出した。 


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