第二十一話 帰国の噂話
ナクシェ村から港街へ戻って、一週間が経った。
聞いた限りでは、その間に変わったことは起きなかったらしい。
日常的なトラブルはあったらしいけど、報告するほどではないというので、そうなんだろう。
「そうだなー、ちょっと変わったことと言えば、『不死鳥の雛』をペテルセア帝国に返すことになったくらいか」
「え」
目を大きく見開いた私に、アラム先輩は事情を短く説明した。
「王子側から探ってもらったが、あれがシャーロフ大臣に買われる予定だったっていう証拠は出てこなかった。情報規制をうまくやってたのか、あるいは買い取り交渉はこれからの予定で、まだ買う予定になってなかったのかもしれない。どっちにしろ、船主としては取引相手も現れないまま放置しておくよりは、元のところに戻しに行きたいってわけだ」
「返却時に向こうに現れるかもしれないことを期待してるわけですね?」
「まあ、それもあるな。とはいえ、ペテルセア帝国の港に現れたところで、エラン王国には調査権がない。この件はここまでだな」
残念そうなアラム先輩は、そう言って唇の端を舐めた。
「出航予定は、三日後だ。一応、それまで警戒は続ける」
「はい」
そういえば、あの品は、港湾課の倉庫に仕舞われているはずだった。ということは、三日以内に移動させるわけだ。
仮に何者かが狙ってくるとしたらその間が危ない。
「倉庫の中身って、基本的には外に情報漏れしてませんよね?」
「当然だろう」
「なら、狙ってくる者とかはいない、と見ていいんでしょうか」
「……」
アラム先輩はこれには少し難しい表情を浮かべた。
「保管期間が、それなりに長い。『不死鳥の雛』の名称は、目も惹く。……盗賊連中に、まったく情報漏れがないっていう自信はないな」
狙ってくる相手は不特定多数ということだ。
「俺だって、一目中身の確認くらいしたいところだからなあ」
アラム先輩は最後に本音を漏らした。立場さえなければ彼だって欲しいというのが、実際のところらしい。
私が不在にしていた一週間の間に、いろいろと変化があったのは港湾課だけではない。
ナスタラーン姫もまた、調査団の調査が終わるということで、合流しだい帰国という流れになってしまったそうだ。
その前に一度遊びに来なさいと命じられ、私とロクサーナは大使館へと出向いた。
「いつもならあと半月はかかるのに。今回に限って調査団で成果があったのだそうよ」
ナスタラーン姫は少しばかり不満そうにそう言った。
本日の彼女の衣装はオレンジ色である。黄色の宝石を縫い付けた美しいもので、テーマは『砂漠の夕焼け』だそうだ。服装にテーマをつけるなんて発想、エラン王国ではまず見ない。これは面白いなと思いながら、私とロクサーナは感心するばかりである。
「成果があったのは、良かったと思いますけど。何か見つかったんですか?」
興味本位に私が尋ねると、彼女は首をかしげた。
「まだ詳しい報告は来てないから、分からないわね。三日後にここに戻ってきて、すぐに帰国するって聞いてるけど」
それはまた慌ただしい。よほど本国での研究を急ぎたい発見だったんだろうか。
アラム先輩から聞かされるため、多少の知識と興味がある私とは異なり、同じく聞かされているはずのロクサーナは遺跡への興味がまったくない。先輩が語る時には相槌を打っているが、会話が終わったころにはすべて忘れているという徹底ぶりだ。
「肝心の、ファルザード王子も、なんちゃらっていう連中を捕縛するからといって一週間も会えなかったし。ラーダ、あなた一緒に行ったんですって?」
「え、ええ、まあ……。港湾課の仕事の一環として」
「ラーダがいいなら、わたくしも行っても良かったと思わない?わたくしが狙われているなら、わたくしこそ囮に相応しいというものなのに。案外ラーダと二人きりになりたかったのかしらって思ったのだけど」
「え……」
思わず顔がこわばった私に、ロクサーナがフォローを入れた。
「姫様、ラーダにあらぬ誤解をかけるのは止めてください。王子様は、お迎えするのは正妃お一人にすると決めておられる方ですよ?王子様の誠意を疑うようなことは……」
「そうなのだけどねー」
あっけらかんと彼女は言う。
「わたくしもそう思っていたのよ。夫となるべき人にはわたくし一人にしてほしいって。その気持ちに代わりはないのだけど。今のところファルザード王子とそういった熱っぽい空気になるのは難しいような気がしてるのよね」
「そ、そうなのですか?」
ロクサーナが目を丸くした。
「今のところよ、まだ分からないわ。けど、あの方、わたくしを見る時に警戒しているんだもの。媚薬を盛ろうとしてたの、バレてたのかしら。ラーダ、教えた?」
「いいえ、とんでもない」
私は慌てて首を振ったけど、ロクサーナが顔色を変えた。
「ちょ、ちょっとお待ちください、姫様!?媚薬を盛るって……、えええええ?」
「あら、エラン王国ではダメだというから、諦めたのよ?ペテルセア帝国ではわりと普通に使われている薬だから、身体に悪影響が残らないことは確認されてるもの。それに、あの薬を欲しいという方が他にいたので、その方に売ったの」
「……え?」
なーんだ、使わなかったんですね、とホッとした顔をしたロクサーナとは異なり、私は目を大きく見開いた。
ナスタラーン姫の媚薬が失われたことについて、どう詫びたら良いものか(もしくは弁償したらよいか)と悩んでいたのだ。だが、売った?とは?
「売ったって……どなたに、ですか?」
「え?誰にだったかしら……ニキ、覚えてる?」
「はい。けれど、この件は誰にも口外厳禁だということでしたので」
「あ、そうだったわねー」
言えないわ、とナスタラーン姫はあっけらかんと言った。
「……そうだったわね、って……。……うああああああああああ、売った?売ったんですか、姫様!」
思わず頭を抱えた私に、彼女は首をかしげた。
「あら、売ったらダメなんて言わなかったでしょ?」
「持ち込み不可の国では売買も不可に決まってるじゃないですか!誰ですか、その購入者は!厳罰対象です!」
「困ったわねー、口外厳禁というのを承知してしまったから、言えないわ」
「姫様!」
「知っている?ラーダ。ペテルセア帝国ではね。約束したことを破ると、魔神の加護が受けられなくなるっていう話があるの」
そう言って、彼女は冗談ではない表情を浮かべた。
「ペテルセア帝国は、黄金宮の王の末裔。魔神の加護を失うこと……魔神の仕返しを受けることを、何よりも恐れている国なのよ」
「……」
しぃっと彼女は声をひそめた。
ペテルセア帝国の魔神さんは、他国に行った際はその国の法律を守ると言うことも教え伝えて欲しかった。
「売買もダメなのね、覚えたから、次にこの国に来るときには持って来ないようにするわね」
彼女はそう言って、話しは終わりとばかりに会話を切り替えた。
ナクシェ村でのことを考えれば、媚薬の購入者はサンジャル様か、あるいはそれに近い方だろう。最終的にヒールダードさんが所有していたのだから、そこから逆流していくことはできるはずだ。明確に売買したという言質が取れた以上、この犯人は、使用目的で媚薬を買ったことを処分される覚悟をしているはずだ。当初考えていた、ナスタラーン姫の所有物を離宮から盗難したという可能性よりはもう少しマシだが。ええい、後でアラム先輩に告げ口してやる。調査だ、調査。ただ、離宮内か大使館内での取引になるとなれば、これはもう港湾課の手出しのできる領域ではない。『この件はここまでだな』というアラム先輩の残念そうな声が聞こえてくるかのようだった。くそう。
「ロクサーナ、その香り良いわねー、なんの香水?」
ペテルセア帝国の最近の服装流行と、エラン王国の流行との差異について言及していたナスタラーン姫は、一息ついたところでまた話題を変えた。彼女の話題は急にあちこちに飛ぶので、ちょっと気を散らしているとまったく違う話題になっていたりする。そういうところもまた、楽しくていい。
「あ、気づいていただけました?実は『砂漠の薔薇』なんです」
「え?砂漠に薔薇が咲くの?」
「あー、いいえ、実は……」
ちなみに本来の砂漠の薔薇とは、薔薇ではない。薔薇の花のように幾重にも重なった石だ。手のひらサイズの小さなものから、人間より大きなものまである。かつてオアシスがあった場所から見つかると言われていて、エラン王国では、西の大帝国跡地から大概見つかる。大帝国跡地は、かつてオアシスだった場所がほとんどだからだ。こういった場所は、採掘を進めると地下水などが出てきて再び人の棲める場所になるので、エラン王国ではいい兆しとされている。
だが、ロクサーナのいう『砂漠の薔薇』は、エラン王国原産の花の通称である。
エラン王国の旧都に、薔薇園があり、そこで育てられている。正確には薔薇とは異なる花だが、薔薇よりもさらに芳香が良いので、我が国ではこの名称で呼ばれる。エラン王国は香水作りの産地だが、その主役を担っているのがこの花だ。ただ、輸出はされない。船便では、香水瓶が割れかねないため、国内消費に限られている。エラン王国産のガラス瓶は、残念ながら耐久が今ひとつなのである。
主要産業に育ちそうな予感があるのに惜しいなあとは、思っている。
「へえ。そんな花があるのね」
説明すると、ナスタラーン姫は感心した声を上げた。
「その香水、一瓶お土産にいただけないかしら。ペテルセア帝国で人気が出そうだわ」
「それは構いませんけど……」
ロクサーナは驚いて目を丸くした後、「困りましたね」と続けた。
「わたしも、先日会った商人から購入したばかりなんです。彼がまだ港街にいれば、購入できると思います」
「あら、街では売ってないの?」
「旧都の名産ですからね、旧都の商人が売りに来るんですよ。バザールとかで、よく店を開いてますので、良ければ探しておきます」
私が言うと、姫様は機嫌よく「よろしくね」と笑った。
「ラーダは香水とかしないの?」
「港湾課では、鼻を頼りにいろいろなものを探すので、自分が香りをつけてると、阻害されてしまうんですよ」
「あら、勿体無いのね」
「そこは、職業ですから仕方ないと思ってます」
確かに少し残念な事柄ではあるので、私はそう言ってうなずいた。
ナスタラーン姫の帰国は三日後。『不死鳥の雛』とは別の船のはずだが、タイミングは一緒だ。
帰国までにもう一度逢う機会が作れるかどうかは、少し怪しい。これでもうさよならかもしれないと思うと残念だった。
「また、エランに来てくださいね」
私が言うと、彼女は笑った。
「ファルザード王子と結婚することになれば、こちらに住むことになるんですもの。そう遠くないうちに、また口説きに来るわよ」
口説くという言葉に、ロクサーナが顔を赤くする。
「あのぅ……ペテルセア帝国では、女性から積極的になるケースは多いのですか?」
「え?そうねえ。そこは人によると思うけど」
ナスタラーン姫は少し考え、それからそりゃもう楽しそうな笑みを浮かべた。
「あら、どうしたの。ロクサーナも口説きたい男がいるの?いいわね、そういう話、わたくし大好きだわ!」
「え。え。え。ち、違います!そういうわけでは……。ええと、その」
「どうなのよ?そうそう、ラーダ、あなたについても知りたいわ。二人とも職場に男性が多いでしょう?職場恋愛とか、興味あるわー、ほら、あの方なんてどうなの?親しく見えたわよ」
「え、ええと……」
ナスタラーン姫が知っている港湾課の人間といったら、アラム先輩か。
「アラム先輩のことですか?」
「そう!その方よ!かっこよかったわ」
ポッと頬を赤く染めて、ナスタラーン姫はうなずいた。
「颯爽とわたくしを抱き上げるなんて、ペテルセア帝国でもできる男はそうそういないのよ。あの方、ペテルセア帝国に誘ったら、来てくれないかしら?」
ずいぶんな気に入りようだ。ファル相手よりも反応が良くないか?私は感心してつい口を緩めた。
「アラム先輩は、エラン王国の男性優位体制を良しとしない方なので、ペテルセア帝国とは相性がいいかもしれませんね」
「まあ!本当に?それはますます気に入ったわ」
彼女は目を輝かせてスカウト計画を練りはじめたらしい。
アラム先輩は、なんだかんだとエラン王国に家族もいるし、この国を大事にしている人なので、他の国に行く可能性は低いだろう。
だが、レイリーの件で出世の道を閉ざされている現在、他の国で可能性を目指してみるのは、彼のためになる気がする。
ナスタラーン姫の気に入りに、恋情が混じっているってことは、たぶんないと思うし、純粋なスカウトなら大歓迎だ。
「先輩がいなくなると働きづらくなりそうで、わたしはちょっと複雑ですけど」
ロクサーナは困った顔をしてそう言い添えた。
「あれ、そうなの?治療師には他にも女性がいるよね?」
私が尋ねると、ロクサーナはうなずいた。
「治療師は、一番上のトップがダーラー様です。彼は、女性差別をなさったりはしないのですが、……ちょっと女癖の悪いところがあると言いますか。女性にちょっかいをかけたりするんですよ。身分差があるので強引に迫られると断れない子も多くて……。でも、アラム先輩が港湾課の調査官になられたこの一年間は、そういったケースは一度もないんです」
「え。そうだったの?」
ダーラー様のことはほとんど知らない。サンジャル様と一緒のところを目撃したことがある程度だ。
「まあ。ロクサーナも声をかけられたりしたの?」
興味津々な顔でナスタラーン姫が聞くのへ、彼女は首を振った。
「わたしは幸いにして、経験がありません」
「なーんだ。つまらないわ」
それじゃあ、ただの噂じゃない。他人を貶めようとしてその手の噂を立てることはよくあることなのよ?ナスタラーン姫はそう言って、興味を失くした顔をした。
「いいこと、ロクサーナ。世の中には、噂通りの男ばかりじゃないのよ。いい噂も頭から信じ込んではダメ、悪い噂もまたしかりだわ」
訳知り顔でそう言ったナスタラーン姫は、最後に少しばかり悪戯っぽい笑顔でこう言い添えた。
「噂よりも女の直感がアテになるってことも、あるんだから」
戻ってきて一週間になるのに、なかなか港湾課のペースに身体が戻らない。
私としては珍しく書類仕事を残してしまい、事務所で一人居残りをしている時だった。
ふわりと漂うランプの油に混じり、乳香の香りがして顔を上げた。
目元以外をすべて隠した黒ずくめの恰好で現れた男は、入り口でトントンとノックをすると、「誰かいないか」と聞く。
扉に鍵がかかっていたりはしなかったので、彼はすぐにわたしに気づいた。
「ファル。一週間ぶりですね。アラム先輩ならまだ戻ってきていませんよ」
「そうなのか?あの男はいつもここにいるイメージだったな」
「現場に出たりもするんですよ?調査官ですから」
ふふふと笑いながら、ファルが顔を覆う布を外していくのを見やる。
一週間ぶりだが、あまり変わったようには見えなかった。
「アラムに用がある。悪いが、待たせてもらっていいか」
「ええ、どうぞ。私は事務仕事がありますので、座ってお待ちください」
シャハーブが座る定位置あたりを指差して言うと、彼は律儀に会釈をしてから座り込んだ。
「一週間ぶりだな。……変わりはないか?」
「たった一週間しか離れていなかったのに、港湾課の業務ペースに身体が戻ってないみたいです」
あははと笑いながら、残業になった理由を説明すると、彼は複雑そうに黙りこんだ。
「……媚薬を嗅いだだろう。おかしな後遺症が残っていないか心配していたんだが」
相変わらず真面目な。そう思いながら、私は首を横に振る。
「心配ありませんよ。でも、それなら……あなたの方こそ大丈夫なんですか?」
「……」
ファルは困り顔をして、口元に手をやって目をそむけた。
「え。な、何かあったんですか?」
「い、いや……その。た、たいしたことじゃないんだが……」
「こうして聞いてきたってことは、十分たいした話ですよ。治療師には診せました?後遺症ってことは、体内に媚薬効果が残ってるってことです。王宮でならさほど問題にはならないと思いますけど、誰彼構わず反応があっては困……」
「ラーダっ!」
なぜか焦ったように言葉を切りにくると、彼は片手を挙げて私の目の前に突き出した。
動物相手に『待て』をするような仕草に、私がきょとんと目を丸くしていると、彼は耳まで真っ赤になった顔でうつむき、二度ほど深呼吸をしてからいつもの顔に戻った。
「あれから、連日君が夢に出てくる」
「へっ?」
「分かってる。……君に咎のある話じゃない。だが媚薬の後遺症とも思われなくてな。……アラムに用があってきたが、現実を知るにはちょうどいい機会だった」
どういう意味か、非常に気にかかる言い回しだったのだが、ファルはすっきりした顔になって改めて荷物からランプを取り出した。
外用のランプだ。アラム先輩に用事だと聞いたけど、外歩きでもする気だろうか。
「仕事に戻らなくていいのか?」
おっと。
お言葉に甘えて、私は机に戻って事務仕事を再開した。
今日一日担当した船についての報告書書きだ。アラム先輩と違い、この仕事を残して残業するなんてことは、私の場合はさほどない。女性の身ながら港湾課の調査官となるのに、書類書きの適性能力の高さは評価されていたのである。港湾課の仕事はこの報告書を書き終えるまでは終わらない。翌日には、さらに上司へと渡り、港に入ってきた船に問題がなかったことを伝えるわけである。
仕事の間、ファルは室内をキョロキョロと見回していたらしい。視線を受けると気が散るので、そうしてくれて助かるところだった。
ようやく終わったと一息つきかけた時、入り口からアラム先輩の声がして、彼が帰ってきた。
「おいおいおい、何をしてるんだ、ラーダ。逢引するなら場所を考えろ」
座り込んだファルを見やり、彼は目を丸くしてそう言った。
「残念ですが、逢引相手はアラム先輩ですよ?先輩に用があるからといって、わざわざお待ちくださっていたんです」
「は?ちょっと待て待て待て。ファル、おまえな、いくら女っ気がないからって男には走るな」
「……その手の冗談は聞き飽きてるんで、本気で怒るがいいか?」
本気で怒らせる気はなかったらしく、アラム先輩はほどほどのところで会話を切った。
「で、なんだ?」
「ああ。実は、『不死鳥の雛』が見たい」
彼の発言に、私とアラム先輩は息を呑んだ。
断っておくが、港湾課で保管中の荷物を勝手に開封するようなことはあってはならない。
だからこそ、真剣な眼差しで言い放ったファルを連れて、倉庫へとやってきてしまったアラム先輩に、私は非難の目を向けはした。
……向けはしたのだ。
だが「じゃあおまえは留守番な」と言われ、なんだかんだと理由を付けてついてきてしまった。
重々しい金属製の扉についた、金属製の特別な錠前を、先輩がガチャガチャする鍵を使って開ける。
「理由を、もう一度聞かせてもらっていいか」
アラム先輩の声に、再び黒ずくめに戻ったファルがうなずく。
「シャーロフの身辺を調べていた時だ。『不死鳥の雛』に関する情報は一切出てこなかったが、彼が、病気を患っているという話を聞けた。それに、ダーラーと揉めていたらしくてな」
「ダーラー様は、港湾課のトップの一人だぞ?大臣と揉めたなんていう話があればこっちにも噂が届きそうなものだ」
「さすがに、家庭内の話で終わったんだろう」
「しっかしだなー。大臣宅みたいに使用人が多そうなところは、何かしら噂は漏れるもんなのに……」
アラム先輩がぼやいているのは、情報通のはずの自分が知らないことだったからだろう。
「シャーロフは、もう80歳を超えている。エラン王国でもこれほど長く大臣職に在任した人物はいないだろう。だが、身内から病気の治療に専念してくれと言われても、断り続けているそうでな……」
「国王陛下はどう言ってんだ?」
「国王としては、後任を育てて欲しいと前から希望しているそうだ」
「まあ、そうだよなー」
いつぽっくり逝くか分からんし。アラム先輩はそう呟きながら、重い扉を開いた。
外用のランプで照らしながら、倉庫の中へと入っていく。
何度も言うが、部外者立ち入り禁止の倉庫である。
港で取り上げたご禁制の品なども保管されており、火気厳禁でこそないが、ランプ以上の大きな炎はもちろんアウトだ。
夜中のことなので、当然暗い。
「……その大臣が、毎夜、どこかへ出かけるらしい。どこへ行っているのか尋ねても本人は答えないし、誰も知らない。朝までには部屋に戻ってきている。徘徊という可能性もあって、心配した身内の者が見張ったりもしたそうだが、やはり同じ」
ファルが、わざわざ出向いてきたのはそのせいだった。
「その行動がはじまったのは、ちょうど、この荷物が港に届いたころからだった、とのことなんだ」
頑丈に梱包されている荷物。
いつぞや、船の中で見たのと同じ姿だが、頑丈な鍵をしてあったはずのその場所には、静かに佇んでいる人影があった。
小柄なおじいさんと、見覚えのある青年。
「どうしてここに、いるんです……!」
シャーロフ大臣と、キルスである。




