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第十四話 帝国王女の買い物

 黒装束相手の囮計画について、詳細を知らされないままに三日過ぎた。

 男性陣は何やら考えているようだけど、私がやっていたのは港湾課の通常業務。すなわち港での荷物チェックである。

 その間、耳に入る噂と言ったらペテルセア帝国の王女である、ナスタラーン姫の行動についてばかりだった。

 滞在場所を大使館に移したためか、彼女の来訪は公式に知られるものとなり、王宮や各貴族の晩餐などへ頻繁に招かれたりしているそうだ。王子の婚約者候補であることはひとまず脇に置き、あくまでペテルセアからの友好大使ということになっている。

 キルスを乗せた大きな帆の白い船については港でチラッとだけ噂になったが、目撃者も少なかったのでやがて下火になった。「白い船?そのくらいあるだろ?」みたいな程度の噂話だ。

 ペテルセア帝国からやってきた調査団が出発してからも数日経っているが、彼らがどのあたりに滞在している途中なのかは、私の耳には入ってこなかった。


 そんな折、大使館へ出向けという命令を受けたのは、珍しい雨の日だった。

 雨の日だからといって港湾課の業務が減るわけではない。命令の真意を尋ねた私に、アラム先輩は言ったもんだ。

「ナスタラーン姫の希望だそうだ」

 つまり、姫様の遊び相手になれってことである。



 ロクサーナと二人で大使館へと出向いた。服装は通常どおり、港湾課の制服である。ロクサーナは職務を離れたこういった呼び出しを断るだろうと思っていたのだが、今回は何か気が向くことがあったらしい。

「姫様?友人と思ってくださっていることは大変光栄なのですが、私にも通常勤務というものがあるのですよ」

「あら、他国の王女を歓待するのは職務に入らないの?」

「残念ですが、私の職務には入りません。広い意味では、他国の方にもご満足いただけるよう、国内の治安を維持することが職務ですけどね」

「ラーダさん、素直じゃありませんね。ナスタラーン姫とお話するのはわたしたちにとっても楽しみだったのです。呼んでくださって嬉しいです」

「ふふふ、まあ今日のところはいいじゃない。わたくしの滞在は無尽蔵に伸ばすことはできないんだもの、機会は設けないといつまでもやって来ないものなのよ」

「それは……、まあ、同意いたします」

「でしょう?では、さっそくわたくしの暇つぶしに付き合ってちょうだい」

 建前でも暇つぶしって表現は止めて欲しかったなー。


 ナスタラーン姫の本日のご予定は、ショッピングだそうだ。

「調査団に加わらないことになったでしょう?その上、連日晩餐会に呼ばれると、手持ちの衣装だけでは足りないの。国から運んでくる手もあるけれど、どうせならこちらで仕立てた服を着た方が好意的にみられるかしらと思ったのよ。エラン王国の経済活動的にもその方がいいでしょ?雨の日は晩餐会は開かないと言うから、お買い物には今日がチャンスだと思ったのよね」

 ちなみに雨の日に晩餐会をやらないのは、往復の道中、参加者が大変だからである。砂地に降った雨は、時に濁流になるので、仮に移動に輿などの乗り物を使ったとしても、本人もお供も大変なのである。

 さすがに姫様ともなると、バザールに出向いて直接交渉してというわけにはいかない。そこで、旅の商人を大使館に招いて直接買い付けを行うわけである。旅の商人といっても、警備上の問題があるので信頼できる商人でないといけないということで、呼ばれたのは後宮御用達の商人、ベフルーズさんであった。

 ベフルーズ商会の表の顔、スーリさんの旦那さんは、口ひげの整った穏やかそうな顔立ちの壮年である。

「お初にお目にかかります、ナスタラーン姫。ベフルーズ商会の代表を務めております」

 誠実そうな人だというのが私の印象である。商人にとってはとても大事なことではないだろうか。

「まあ!今日のお買い物ってベフルーズ商会だったんですか?」

 ロクサーナがオロオロしたような、それでいて興奮した様子でナスタラーン姫に尋ね、こそっと聞いた。

「あ、あのう。これって、支払いは直接大使館の方に行くんですよね?個人的なお買い物は可能ですか?」

「領収書を大使館に回さないのであれば可能だと思うわよ」

「で、でしたら!わ、わたしも参加してもよろしいでしょうか。ベフルーズ商会は王宮でも評判の品揃えのところで、特に女性に人気の商品を数多く揃えているんです。バザールで買うほど安い品は扱っていないでしょうけど、見るだけでも……!」

「ええ、もちろんよ!むしろ喜んで参加して欲しいわ。だって、そうでなければなんのための女の子を揃えたのだと思う?女の子同士の楽しみの一つじゃなくて?」

「ナスタラーン姫、わたし、あなたが王妃様になられたら全力で後援させていただきますね!」

「まあ、うふふ」

 ロクサーナの意外な(そうでもないかな)ミーハーな面を見たところで、いざ、ベフルーズさんはずらりと商品を並べていった。

「ナスタラーン姫からのご要望は、後宮で人気の品々をということでしたので、それを中心に持ってまいりました」

 東の国の絹や同じく東の国から来たと思われる陶器、女性向けと思われる香炉、美しい模様のエラン伝統絨毯、随所に宝石が飾られている食器、色とりどりの宝石が散りばめられた装飾品、そしてエランでよく奏でられている楽器などだ。

「ナスタラーン姫は、音楽を好まれるとも伺っております。ペテルセアでは手に入りにくい、エラン伝統の楽器にご興味がおありかと思いまして」

 彼はそう穏やかな笑顔で言い添えた。

 特に最後の楽器に興味を引かれた様子のナスタラーン姫は、さっそく並べられた品を手に取りながら時折質問を挟む。

「この布は、たとえばどういったことに使うのかしら。屋敷で過ごす時の衣装?それとも室内の飾り?お洋服にもトレンドがあるでしょう?その加工も頼まれた時はベルフーズ商会ではどうされてるの?」

「そうですね。後宮の皆さまですと、ご希望のデザインを言い添えてくださることがありますので、その場合は専属の仕立て屋によって加工したものをお届けさせていただいております。そうでなければ布そのものをご希望されることもありますね。後宮にも後宮の仕立て屋がおりますので、そちらで加工なさったり、布自体をたとえば自室の飾りにしたりと使われるようです」

「寝所のカーテンにしたり?いやぁね、うふふ」

 ナスタラーン姫はくすくすと笑いながら、「そうね」と小さく呟いた。

「東の国の品であれば、ペテルセアでも手に入るもの。それ自体は珍しくないけれど、こちらで人気のデザインというのは、良いわねえ。わたくしがこの国に馴染もうという気持ちがあるというアピールになるかしら」

 そう言えば、ナスタラーン姫は女性服の意匠には興味がおありなのだった。彼女はいくつかの布を選び出すと、それを加工するようにと指示を出すばかりじゃなく、別の装飾品を組み合わせるようにとアイディアを告げていく。穏やかな様子はそのままに、言われた内容をメモするベフルーズさんを見ながら、やはりこの人は誠実な人柄なんだろうと思う次第である。単に商売熱心なだけかもしれないが。


 一方、ロクサーナが目をつけていたのは香炉である。仕事でもよく使っているが、彼女は香りには目がない。様々なリラックス効果のある植物を組み合わせてオリジナルレシピを作り、実際に使っているのだが、その際に使う香炉をよくバザールで衝動買いしている。ロクサーナの調合は、リラックスだけじゃなく精神の集中や興奮といった様々な用途があるそうで、そちらが目当ての人間が診療所に訪れることもある。特に最後のは、男女の間を進めるのに効果があるらしくて。売ってくれ、と。さすがに職場でこういった話を持ち出されるのは困るらしく、その香を売ったという話は聞かないが。

 後宮向けの香炉だけあって、用意されたものは美しいがどれも値段が高い。ロクサーナは一つ一つの値段を確認しながら難しい顔をしていた。

「ラーダはどう?何か興味が湧くものはないかしら」

 ナスタラーン姫が私に振ってきた。

「そうですねぇ……」

 どれもこれも美しい品だが、かといってお財布を開いて買うほど魅力を感じているかというと、そうでもないのだ。

 私の場合、住んでいる家の部屋代などもあって自由に使えるお金はさほど多くない。バザールで安い掘り出し物を見つける方が楽しい気がするということもある。

 とはいえ、目移りするほどの品を一堂に集めることができるのは、さすがに王族か。このような品々を日常的に見ているのでは、後宮の皆さんも、さぞかし目が肥えていることだろう。

「ここで、お買い物気分だけでも楽しませていただければ嬉しいです」

 そう言って、私は一歩下がって改めて品を見やった。

 ナスタラーン姫の護衛、ニキは、買い物に参加するわけでもなく、静かに様子を見つめている。

「ニキは、買い物をしたりは?」

 たとえお金がなくてもニキの買い物についてはナスタラーン姫が買ってくれるのは間違いないだろうと思いながら尋ねると、彼女はベフルーズさんへの警戒を強めたまま、静かに口を開いた。

「このような商品は、中に毒を仕込むことも、刃を仕込むことも可能です。そのため、姫様のお買い物中は、目を離すわけにはいきません」

 なるほど、買い物に興味がないわけじゃないが、それ以上に優先することがあるわけだ。

 納得した私もまた、改めて品物へと目線を向けた。単純にお買い物だと思っていたが、私の職業のための糧とできることはないだろうか。

 後宮で人気の品々と言えば、以前女官さんたちと話をした際、聞いてみたかった話題の一つだ。それが今目の前にある。それに、たとえばこの陶器。以前偽物として港に届いた品とは比べ物にならない。この品を実際に見ている後宮の女性たちが偽物に引っかかることはないだろう。

 絨毯はどうだろう。そう思いながら見やった絨毯は、エランの伝統模様であって、人物絵などではない。そういえば先日見た、綺麗な女の人の絵。皆、私に似ていると言っていたけど、正直なところ私は特にそうは思わなかった。自分の顔なんて鏡でしか見たことはないし、その鏡だってエラン王国のそれは金属面を磨いただけのものなため、鮮明とは言えないのだけど。

「……そういえば、鏡とかは、ないんですね」

 私がぽつりと呟いた言葉に、ベフルーズさんが顔を上げる。

「鏡と申されますと。姿見ですか?それとも、もう少し手元に置くような小さなもので?」

「あ、いえ。……どちらでも。後宮の方々は使わないんでしょうか?」

「いえ。商人に依頼されることは滅多にないというだけですね。美しく磨き上げた宝石でできたものや、細かい装飾のついたものなど、珍しいものが入荷すれば用意させていただくことはありますが……」

 そうですね、とベフルーズさんは続けた。

「これなどいかがでしょう」

 彼が最初に並べたのは、あくまでイチオシ商品であったらしく、それ以外にも様々な予備が用意されていたらしい。「まあ、他にもこんなに!?」とロクサーナが目を輝かせ、さっそく他の香炉を見せてもらっている間に、私の前に現れたのはシンプルな装飾のされている金属製の鏡だった。

「これは、西の大帝国跡地から発掘されたという装飾をモチーフにしたものです。こちらの細緻な模様がそれですね。ただ、発掘されたそれそのものというわけではありませんので、歴史好きな方向けのインテリアといった形で……」

 ベフルーズさんはあれこれと由来について説明をしてくれたが、残念なことに商品に目を奪われていた私の耳からはするりと通り抜けていってしまった。

 その細緻な模様に見覚えがあったのだ。

 先日見た、女性の絵姿。それに書かれていた模様である。

 金属製の鏡に映った私は、驚いているようだった。これもまた女性の絵姿とは異なる。あれはもう少し落ち着いていて、どこか謎めいた蠱惑的な笑みだった。とても私には作れない表情だ。

「お気に召すようでしたら」

 ベルフーズさんが穏やかにそう進めてくれたが、値段を聞いたところとても手が出ない品だったので顔を引きつらせるだけで退散した。

「あのう。西の、大帝国跡地から出てきた模様なら、歴史好きだとお聞きしているファルザード王子様はお気に召すんじゃありません?ベフルーズさんは、後宮以外での商売はされておられないのでしょうか?」

 王宮で売買が出来たら売れるのでは、とロクサーナがフォローのように口を挟んだ。

「あら、ロクサーナは王子殿下について詳しいの?」

 きょとんと目を丸くして、ナスタラーン姫が顔を向けてきた。彼女は美しい布地を片っ端からチェックをし、その半分くらいを購入済みの方へと動かしている最中だった。さすがである。

「いえ、詳しいわけではありません。実際にお目にかかったことはありませんし。わたしの母は王宮勤めなので、時折噂話を聞くだけで……」

 実際は、週に三日は王宮で働いているロクセーナ自身が仕入れた噂話もあるのだろうが、謙遜しつつそう告げると、ナスタラーン姫は楽しそうに口の端を上げた。

「ではこの噂が本当かどうか、分かるかしら。大使館まで流れてくる噂は、王宮のそれよりも精度が低いんですもの」

「この、と言いますと?」

「ええ」

 ナスタラーン姫はそこで言葉を切り、選んでいた布のうち一枚を引き出した。

 真っ赤な色をした美しい絹だ。キラキラした色の糸を縫いこんであるらしく、はじめて姫様にお会いした時の衣装の色違いといってもおかしくはない。あれは宝石が縫いこんであったので、もっと豪華だったけど。

「ファルザード王子が、女性向けの赤い布を買った、と。……どなたか女性に贈るためじゃないかというの」

「え!?」

 思わず声を上げたのは私だった。

 ファルに限って、そのような浮いた話が出てくるとは考えられない。女性というと、誰だ。可能性があるのは婚約者候補でもあるナスタラーン姫本人だと思うのだが。

 そう思った私に対して、ロクサーナはただ首をかしげただけだった。

「わたしは、王宮でそのような噂を聞いたことはありませんが……、でも、そうですね。そういえば。数日前、ファルザード王子様のところに後宮の仕立て屋が召還されたらしいと聞きましたので、何かお洋服をお作りになったのかもしれません。王子様も、これまではあまり庶民の前には姿をお見せになっておられませんけど、もしこのまま婚約が本決まりとなるのでしたら、お披露目式などがありますでしょうし」

 ロクサーナの言葉に、ナスタラーン姫は納得のいかない顔をした。

「わたくしとの間の話は、保留のまま。あちこちの晩餐会に招かれますけど、その中でわたくしとの婚約に前向きだという話が上がって来ないのよ。ペテルセア帝国とは仲良くしたいけれど、王妃として王女を招くほどではないというのがありありとしていて、まったく気分の悪い……、ああ、いえ、今のはナイショにしてほしいけれど」

「あ、はい……」

 陰口でだってそんなこと言えるものか。

 私は話の真偽を確かめるような視線をロクサーナに送った。王宮内の話なんてものは、私ではまったく太刀打ちができない。せいぜい、ロクサーナが母親から伝え聞いたという内容くらいだ。離宮での襲撃事件以来、王宮内の噂を聞くような機会もないし、それを望むこともなかった。

「バハール様は……、ああ、いえ、シャーロフ大臣の家には招かれました?」

 ロクサーナはそう聞いた。

「ええ。滞在場所が大使館に移った後、最初に招かれたわ。国王陛下へのご挨拶があるからと、訪問させていただいたのは二番目になるけれど」

「でしたら、ナスタラーン姫をお迎えするのに反対する方なんて……」

 困惑したロクサーナは首をかしげたが、それはここで議論をしたところで答えが出るようなものではない。

 ただ、私たちはすっかり忘れていたのである。この場には、商人、ベフルーズさんがまだいたのだ。

 彼は正しい商人として、私たちの噂話を聞かぬふりをしていたらしい。だが、女三人で顔を見合わせて首をかしげている状況に、このままでは商売が進まないと思ったのかもしれない。ふっと口を開いた。

「そういえば、商人仲間の話ですが、王子殿下が女性の好まれる品について調べているらしいという噂がありましたねえ……」



 □ ◆ □



「誤解だ」


 雨は最初はシトシトと、途中からはザァザァと降り注ぎ、夜半にはすっかりと晴れた。

 ナスタラーン姫の暇つぶしは概ね平和に終わった。姫様は好みの買い物を行って楽しそうだったし、ニキは物騒な仕込み武器が何もなかったのでホッと肩の荷を下ろしていたし、ロクサーナも好みのデザインの香炉を購入したらしく、帰りの道中はずっとその話をしていた。ベフルーズさんだって、新しい強力なお得意様の確保にホクホクだろうと思われる。

 では、私はと言えば、聞いた噂についてどうにも気になってしまい、大使館から直接事務所へと寄ることにした。

 ナスタラーン姫の遊び相手を申し渡された時点で、本日は通常業務から外れていたのだが、どうせ姫様とのやりとりを報告する必要がある。早い方がいいだろう。

 

 期待から外れず、事務所にはファルがいた。護衛のボルナーも連れている。

 雨の日だから、晩餐会などに参加する義務もないだろうし、ここに顔を出している可能性があると思ったのだ。もしかしたら私は、ファルをただの暇人だと思っているのかもしれない。

 ナスタラーン姫とのやりとりをアラム先輩に報告するついでに、その場にいたファルにも確認したところ、返ってきたのはこういう言葉だった。


「確かに、女性向けの衣装を誂えた。だが誰かへの贈り物というわけではない。……ナスタラーン姫に誤解を与えているとすれば、マズイな。ペテルセア帝国王女を迎えるのに、他に女性がいる王子だと思われるのは……」

 難しい表情を浮かべるファル。こういった生真面目なところを見れば、昼間に聞いた噂がただの噂なのはよく分かる。

「なぜ、そのような誤解が生まれることになったんです?」

「作戦のためだ」

 重いため息をついた後、ファルはそばに控えるボルナーへと視線を向けた。

「アラム調査官にお渡し済みであります!」

「ああ、これのことだな」

 そう言ってアラム先輩が広げたのは女性用の衣装だった。

 動きやすいように下はズボン、上には短い上着とローブとの組み合わせ。その随所に金色の刺繍が施された赤い服だ。

「これは……」

 その刺繍に見覚えがあるような気がして首をひねる私の脳裏に、思い浮かんだのは女性絵だった。

「例の村で見つかった壁飾り。その女性像が身に着けていた衣装だ。できる限り再現して作った」

 ファルは言った。

「ラーダ、危険を承知で協力を頼みたい。これを着て、村に向かって欲しい」

「……はい?」

 目を丸くした私に、ファルは真剣な目をしてこう続けた。

「これは未確定情報だが、捕えた一味から聞き出した情報を元に分かってきたことがある」

「?はい……」

「『東のカシム』一味が根城にしていたのは、とある廃村だ。そこは西の大帝国跡地だという話のある場所だった。黒装束たちが執拗に『東のカシム』一味を追うのは、彼らが隠し持っていた品を狙ってのことだ。現在も逃亡中の『東のカシム』当人がそれを持っているらしい」

「隠し持っていた物?」

 きょとんと目を丸くした私に、ファルはうなずいた。

「嘘か真かは、頭目を捕えてみなければ分からない。一味の多くは、なぜ自分たちが襲われたのかが分かっておらず、単純に騎馬だから襲ったのは国軍だろうと考えて逆恨みしていたようだ。しかし、黒装束たちの目的は、おそらくそれだろうと思われる。散り散りになった一味まで追う理由が他にない」

「え、ええと、それはいいのですが……」

 困惑する私に、アラム先輩は「最後まで聞け」と口を挟んだ。

「黒装束たちがキルスを狙う理由があるとしたら、それはおそらく、彼が『魔神のランプ』を所有していたから。それもまた、西の大帝国跡地の遺産だ。これはいいな?」

「ええ。まあ……」

「では、その黒装束たちがウロついているという村は、大帝国跡地と関係があると思ってもおかしくはないだろう」

「……そ、そうなんですか?」

 一足飛びしているような気がするのは気のせいか?

 首をかしげた私を、理解の悪い生徒を見るような目でアラム先輩が見ているが、とりあえず無視しよう。

「君に似た、絵姿。あれを描いたのは村の女性職人だ。エラン王国で、女性が外に修行に出るようなことは滅多にないから、彼女は村の付近でなんらかのヒントを元にしてあれを作っている。黒装束たちが君を見て『手がかり』と言ったのは、おそらくそれを狙ってのこと。連中はあの壁飾りのデザインを知ってるんだ。村の中で唯一その女性が被害をこうむったとすれば、黒装束たちからの接触があったためだろう」

「……」

 頭がこんがらがってきた。

 だが、ぐちゃぐちゃになった糸を解きほぐすようにして一つ一つ考える。

 つまりは、どういうことだ。

「この服を着た、絵姿そのものの君がいたら、必ず黒装束はアクションをかけてくるはずだ」

 なるほど、そこで話が戻るのか。

「危険な目に遭わせることは心から申し訳ない。万が一のことがないよう、万全を尽くすつもりでいる」

 ファルは私の顔をまっすぐに覗きこんで、そう言った。



「私を囮にするという案ですか。そのために、この服は作られたと」

 ファルザード王子に女性の影など、追ってみたらこんなものだということだ。

 後宮の女性がた、安心して欲しい。あなたがたの息子の堅物度といったら、噂する必要がないくらいである。

 それにしても囮案について具体的なことは知らされていなかったが、準備は着実に進んでいたらしい。

「先輩。……私は、港湾課の権限を逸脱する手伝いはできないと申し上げたと思うんですが。これはどうなるんです?」

「おうさ」

 アラム先輩はニヤリと笑った。

「おまえの正式所属名は、なんだ?」

「……?エラン王国の国家治安維持部隊、港湾課です。……って」

「おう。まず、俺たちは国家治安維持部隊だ。よって、所属課以外の応援に出向くこともままある。おまえがナスタラーン姫の遊び相手をしてるのもそれだな。

 そして、もう一つ、とっておきの情報がある。こっちは港湾課の領分だ」

 チチチ、と彼は手を振ってから言う。

「例の村。その付近で、白い船を目撃したという情報が届いた」

「……え?」

「例の村は、荒野砂漠の途中にある。当然川もなければ海辺でもない。帆船がやってくるはずもない。だが、報告どおりなら、例の村には、俺たち港湾課の荷物チェックを受けずにウロウロと陸に乗り上げた、間抜けな船があるってことになる」

「……まさか、でしょう。陸地で船を作っているとか、そういう話では……」

「そうであってもいい。だが、噂を確認するのに、船とあれば港湾課だ。そこは、分かるだろ?」

 ニヤリと笑うアラム先輩をジト目で見やった私は、改めてファルを見やった。

 彼が申し訳なさそうな目を伏せ、それから絞り出すような声を出すのを聞いて、私はいろいろと諦めざるを得なかった。

「先輩。その情報は、後からつけたガセ情報でしょう」

 ふう、と大きく息を吐いて、私は笑った。

「出張手当は出るんですよね?」

「まあな」

「分かりました。それなら、行きましょう」

 私の返答に、ファルは少々複雑そうな顔をした。


「君は、……給金が出るならなんでも引き受けるのか?」

 まさか、と思いながら私は笑う。

「なんでもではありません。けれど、こういうのも一つのけじめです。私は一調査官として働いて、糧を得ています。正義感に突き動かされて国家の治安維持を図りたいわけでもなく、かと言って、国が平和であってほしい、その一人として働きたいと思っていることだって嘘じゃありません」

 言い訳ですけど、と私は困った顔をした。

「そうだな、君は調査官だ。誇りを持って働いている君のような人物がいることを、オレは王子として嬉しく思う」

 彼の言い分は、少しばかり私の実情とは違う。だが、それを口にして説明するのは、私の望む形とは違う気がした。


 私はエラン王国の女だ。何十年後かにつながる、働く先人の一人となる。

 労働に正当な報酬を。女性であっても国を守る一人として。女性であるからと侮られることのない働きぶりを示したい。

 それが、この国の女性の未来を変えると、そう信じている。

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