ヘタレ
「西田!今更緊張してるのか!?俺がいるんだ、思いっきりやってこい!」
部長の余計な一言で、はっと現実に帰ってきた。
やばい。勝ちたいとかそんなことより、いいところを見せたいと思ってしまう。
まあ、それが勝つことにつながるのだろうけれど、邪念を追い払うように竹刀を持ち直して、位置へついた。
審判が不思議そうに見てきたが、何でもないと首を振った。
待て待て自分。
試合中によそ見をしている場合じゃない。そこまでできる余裕はないだろう。
好きな子に見とれて負けましたなんて、格好悪いことをする気か。
というか、冗談じゃない。多分、始めて見せる試合が負け試合なんてとんでもない。
相手からすれば、とんでもない理由で気合を入れた浩一は、一度強く目を閉じて、目を開けた時には、周りは見えていなかった。
「始め」の言葉とともに踏み出したその足で、いきなりの一本で先取し、二本目も、素早く攻撃を仕掛け、早い決着がついた。
礼をして、元の場所まで着て座って・・・・・・面を取れなかった。
じーっと面を脱ぐ瞬間を待っているだろう相川の視線が痛い。
なんだろう。なんだか、すごく期待されているような気がする。
今は無理だ。絶対顔が赤い。どんだけ頑張ったんだって顔色している。そんな顔、見せられない。
面を取らないでいると、不思議そうな顔をしながらも、次の試合が始まっているというのに、相川は浩一から視線を外さなかった。
「西田、面、外せよ?」
隣から声をかけられたが、くぐもった声であ~…と曖昧に答えた。
どのタイミングで外そう?
そう思っていたら、審判の旗があがる時だけ、相川の視線がそっちに行くことに気がついて、その瞬間に素早く外した。
「どうした!?」
浩一の慌てように、また隣から声がかかるが、答える余裕はない。
面のない状態でうっとりと眺められでもしたら、顔が赤くなるだろう!放っといてくれよ!
外した後に相川に顔を向けないまま視線だけで確認すれば、残念そうな顔をしていた。何を期待されていたのか分からないが、今のところ危機は乗り越えた。
ようやく試合が終わり、相手校を送り出すと、ミーティングをするという顧問の言葉に、部員が全員部室に向かった。
ミーティングか・・・。
相川が帰ってしまいそうだ。そう思うものの、待っててほしいとも言いにくいし、どうしようもない。
普段、浩一が試合後の反省等するべきだと顧問に言っているのもあって、今日はしないで欲しいなんてことが言えるはずもない。
・・・・・・ここまで自分がヘタレだったなんて、初めて知った。




