『鳥山明』
あるときクラスの朝礼で3分間スピーチなるものが実施されたことがあった。毎朝、出席番号の順に教室の前に出てスピーチをする、というものだったが、いきなり何か話せ、というのではあまりに難しい。そこで、話す内容にはテーマが設けられた。「尊敬している人」というのがそのテーマだった。
今の子供が尊敬する人物といえば誰なのだろう。マリナーズのイチローや、サッカーなでしこジャパンの澤のようなスポーツ選手かも知れないし、アイドルや芸能人なのかも知れない。
当時、他の子がどういう人をあげたのかははっきり覚えていないが「親」と答えた子が多かった気がする。
俺が迷わず上げたのは「鳥山明」だった。
そのとき鳥山明はジャンプで『ドラゴンボール』を連載していて、レッドリボン軍編の頃だった。もちろんテレビアニメも放映していたから、マンガ自体の知名度はものすごく高かった。他の連中は数あるマンガのうちのひとつだったかも知れないが、俺にとって鳥山明の存在は別格中の別格だった。
まずもって『ドクタースランプ』が尋常ではない。圧倒的な画力に、ぶっ飛んだ設定とパワフルなギャグ。特撮やアメコミ、洋画などのパロディが随所に盛り込まれていたのも、子供ながらにオシャレに見えた。ストーリーも、暴力的な部分もあるが全体にほのぼのとした素朴さもある。全体的に見て、実に洗練されているのだ。アラレちゃんの言葉、いわゆる「アラレ語」が当時の流行語になったのは今にしてみればは驚きだが、それだけ既存のマンガを超えていたのだろう。
『ドラゴンボール』は言うに及ばず、ファミコンの『ドラゴンクエスト』のキャラクターデザインまでも手がけているということが決定的だった。こんなマンガ家は他にいない。そういう思いを込めて、尊敬する人物を鳥山明に決めた。
何日かたって順番が俺のところに回ってくる。俺は準備をしていた鳥山明の名前をだしたところ、クラス中に「え? 誰?」という空気が流れた。すかさず『ドクタースランプ』や『ドラゴンボール』を描いていて、『ドラゴンクエスト』ではモンスターデザインをやっている人だと説明すると、納得するような声と、全部一緒の人なのかと驚く声が入り混じった。いまや世界的人気を誇る鳥山明だが、当時の子供の認識はまだこんなものだった。まあ、作者名まで知ってるか、と言えば、今の子もそんなに知らないかも知れないが。
『ドラゴンボール』の連載はもちろんその後も続き、記憶ではピッコロ大魔王が登場したあたりだろうか、ジャンプの王道パターンと言われる展開になってくると、子供だけでなく大人までもが次の話を心待ちにするようになった。通常ジャンプの発売日は月曜日だが、一部の書店では日曜や土曜に入手できるところもあり、俺たちは競い合うようにフライングゲットできる書店に殺到した。俺の町では駅の売店がもっとも早くに売り出されたので、自転車をかっ飛ばして買いにいったものだった。
今の子供たちのなかで、『ドラゴンボール』のように圧倒的人気をほこり、競い合って先の話を求めるようなマンガが、果たしてあるのだろうか。
同じジャンプのなかで言えば現在人気絶頂の『ワンピース』がそれにあたるかも知れない。だが、大人になった俺の目線だからかも知れないが、どちらかと言えば夢中になっているのは大人の方で、意外と子供たちは冷静なように見える。当時の『ドラゴンボール』における大人などは、おまけのようなもので、完全に子供のためのものだった。間違いなく「少年漫画」だったのだ。果たして『ワンピース』は誰のものなのだろう。
「先輩、ワンピース面白いですよ」
「うん、知ってる。でも、それを一番好きなのは誰か、が気になるんだ」
「難儀な性格ですね」
「困ったもんだよ」




