『復刻ガム』とタイムスリップ
においというものは記憶を呼び起こすことがあるという。
脳がにおいを感じる部分というのが、脳のなかでも原始的なところで、そこで記憶もつかさどっているから、においと記憶が直結するのだと聞いた事がある。
さて、最近の復刻ブーム……というものがあるのかは定かではないが、少し前の話になるのだが、ちょっと驚いたことがあった。それは、ガムの復刻である。
販売終了となったガムの人気投票をおこない、その人気上位商品を再販売する、というもの。ちょっと調べてみたら、複数のサイトで紹介されていたから、知っている人も少なくないだろう。メーカーは『お口の恋人ロッテ』である。
しかし、俺にとってガムの復刻とは盲点だった。というのも、昔のお菓子の話題のとき、あまりガムは出てこないからだ。どうしても『ビックリマン』や『V.I.P』のような一世を風靡した商品の陰に隠れがちになる。だが、懐かしいガムの名前を聞くだけで、鮮やかにその香りを思い出すことができる。なるほど、ガムはまさしく盲点だった。
では、その人気投票の上位とはなんだったのか。
一位、『コーヒーガム』
二位、『クイッククエンチガム』
三位、『スウィーティガム』
という結果。
四位以降も続くのだが、そのあたりは今回再販されていないので割愛。
いやはや、なんとも懐かしい。『クイッククエンチ』なんて今回の復刻ではじめて名前を知った。でも、あのスポーツをしている人のシルエットのパッケージは、やっぱり良く覚えている。名前を知らなかったのはパッケージにある商品名が英語だったからだ、と今にして納得。
『スウィーティ』は調べてみると90年代の発売なので、少しあたらしい印象だ。でも確かに当時は人気があった気がする。なにより未知の『スウィーティ』なるものがどんな味なのか想像もつかず、CMもちょっとだけ話題になったように思う。これは発売が近かった『マンゴスチン』にも共通したものだ。
そしてなんと言っても『コーヒーガム』だ。
あれが販売終了になるときも、ちょっとしたニュースになった気がする。販売中止になったのが90年らしいが、当時はさっぱり系の味のものが流行りだした頃だったから、その影響だったのかも知れない。ニュースを聞いた瞬間、コーヒーガムが好きなボストンテリアのことがふと頭をよぎったことも覚えている。
こうしたガムの人気投票のニュースをすっかり忘れていた頃になって、この上位の復刻ガムがワゴンに驚くほど詰め込まれて販売されているのを発見した。もちろん迷わず購入。ほとんど投げ売りみたいだったのは、少し泣ける。
で、さっそく食べてみる。当然ながら、どれも味はあの頃のまま。口いっぱいに広がる甘さと香りに、まるで精神だけ80年代にタイムスリップしたかのような感覚だった。
しかし、とりわけタイムスリップ感が強かったのは、上位三位のガムではなく、おそらく別の理由で復刻されたであろう『EVE』というガムで、これは特売ワゴンから離れたところにひっそりと置かれていた。
『EVE』とは香水のようなにおいのガムで、子供のころは、友達といつも「トイレの芳香剤の味」という失礼極まりない呼び方をしていたものだった。当時は板ガムだったと思うのだが、復刻されたものは粒タイプになっている。
最初の食感が板と粒の違いがあるにせよ、たちまち懐かしく芳醇な花の香りにつつまれた。
そうそう、この味だ。
俺の脳裏に、冬の小学校からの帰り道が浮かび上がった。
バスケットボールの練習でいつも帰るのが遅く、きまって外は真っ暗だった。それなりにきつい練習が終わったあとは、言い知れない開放感がある。女子などは、先生がいなくなった頃を見計らって、こっそり持ってきたお菓子を食べていたりした。
「ガムいる?」
そう言って女子に渡されたガム。俺はそれを食べながら『ドラゴンボールZ』の放送に間に合うように家路を急ぐ。だが、どんなに急いだところで家に着く頃にはエンディング曲だ。当時はビデオデッキなんて家にはなかった。それでも全力で走る。
――あれ?
突然に記憶はかき消え、俺は急に現実に引き戻された。気づけば口の中のガムは、もう味がなくなっている。
なるほど、最近の味が長続きするガムに慣れたものだから、復刻ガムの味がやけにあっという間に終わるように感じてしまうのか。そう思うと、今のガムは大したものだ。三十分とか、四十分とか持続するとCMで言っているが、気づかないうちに進歩していたのだ。
昔のガムの味は当時の思い出と同じだ。
実に儚い。
「先輩、なんだか今回はちょっと雰囲気が違いますね。詩的っていうんですか」
「久しぶりだからな」
「ん? 何がですか?」
「更新が……って、いやこっちの話だ」
「でも最近のガムって味の長持ち合戦ですよね」
「ちょっと前まではキシリトール合戦だったな。トクホのために、ついにガムに賞味期限がついたからな。あれはちょっと驚きだった」
「え? それまでガムって賞味期限ってなかったんですか?」
「そうだぞ。あとアイスにも賞味期限はない」
「本当かなあ?」




