難しい仕事ほど・・・断れないしがらみがあるもんですよね? 67
第一章 六三話
旧アルブレヒト大公領の領都グランヴィアは、北のグラム神聖国から南のグローブリーズ帝国へ抜ける街道の中継地点に位置している。
周辺の地形は大部分が起伏の少ない平野であり、領都にも申し訳程度の城壁がある程度で、とても籠城戦に向いているとは言えない。
簡単に民衆を見捨てた心情はともかく・・・・アルバ地方を治めていたジェローム枢機卿が、ギルムガンの武力侵攻に対して、あっさり領都を放棄した理由は理解出来る。確かにここは守勢には向いてない。
僕がグランヴィアで皆と合流したその日、早速関係者達を“次元連結捜索室”に招き、今後の対策を練る事にした。
ここに居る人達は、殆どが“テンプオーダー”を見た事のある人達だが、ロアナやライモンド等、初めて見た人達は口をあんぐりさせていた。やがてロアナが、
「なあ、カナタ? お前ヤッパリおかしいよ。一体この世界のどこに“携帯用の城”を持ってる奴が居るんだよ?」
などと言って来たので、
「そんな大層な代物じゃありませんよ。」
と言って言葉を濁した。まあロアナを始め、皆が呆れているのは分かる・・・・正直僕も作業台の上を見て同様の気持ちになったからだ。
そこには、ミネルヴァが用意した『グランヴィアを中心とした周辺の地形図』があった。
地形図は、グラム神聖国との“武力衝突”が懸念される現状では、方針を決定付ける最重要戦略物資だ。当然、詳細に把握したいので『出来るだけ正確な物』を頼んだのだが・・・・ミネルヴァから、
{おまかせ下さい! }
と、頼もしい返事が返ってきて、1時間ほどしたら・・・・作業台の上には“本職の鉄ちゃん”もかくや、と言うほどのジオラマが鎮座していた。
いつもの如くミネルヴァクオリティで、とんでもない精度のジオラマと化している。しかも配置されているのは地形だけでは無い。グラム神聖国との国境付近には相当数のグラム神聖国の兵士が人形で配置され、よく見ればそれぞれの体格や武装も違う。騎兵や魔法使いらしいローブ姿も多い。
いわく、僕の保有魔力は、三首の神獣との戦いを経て飛躍的に増加し、それに伴ってミネルヴァの処理能力も大幅にアップしているらしい・・・・
{なるべく正確にとの事でしたのでドローンオウルを増員して各地域に派遣しました。各員とリアルタイムで情報のやりとりを行い、分析結果を地形図に反映しております。}
{・・・・ありがとう。助かるよ。}
{過分なお言葉かと・・・・}
ミネルヴァは、能力はともかく見た目は普通のフクロウの筈なのだが・・・・凄くドヤ顔に見えたのは気のせいだろうか・・・・
僕は気を取り直して皆に地形図の周りに着席して貰う様に促した。
「では皆さん、少し現状を説明します。現在我々は、周辺三国より独立の内諾を得ています。実務はともかくとして、残るはグラム神聖国の承認のみ。そしてそれを認める訳にはいかないグラム神聖国とは、確実に揉める事になるでしょう。」
ここで一旦言葉を切って皆を見回した。表情は皆それぞれだが、事態を把握していない者は居なさそうなので説明を続ける。
「皆さんの前にあるのは、僕の使い魔が収集した情報を元に、現状のグラム神聖国の戦力をあらわしたものです。ざっと見ただけでも騎兵が500、魔法使いが200、重装歩兵が500、軽装歩兵600、補給部隊と思しき者が200という所ですね。総計2000の大軍です。」
ここでライモンドが発言する。彼は現在の領都に残る、“旧大公領時代からの有力者”達をとりまとめた代表としてこの場に出席していた。
「元々アルバの防衛は、ジェローム枢機卿が領都に配置していた500程の教会騎士団で担っていた。数が少ないのは戦略上の要地ではあっても、この土地には占領して経営する程のうまみがないからだろう。今回の様なケースは元々想定されていないからジェロームの奴もさっさと見捨ててギルムガンの駐屯部隊が退却するのを待ってるんだろうよ。元々貧しい土地だから略奪したところでたかが知れてるし、相手が戦線を維持出来なくなれば自分達が戻って来て食料をばらまけば領民は従わざるを得んしな。」
「なるほど・・・・最初からアルバ地方を焦土作戦用地と思っているわけですか・・・・人間は“他人の事となると無制限に恥知らずになれる”という典型的な例ですね。」
ライモンドの話を聞いてヴィルヘルムやマレーネの表情が変わっていく。ヴィルヘルムは憤激しマレーネは青ざめて・・・と真逆の反応だが故郷を踏みにじられた彼等の心情は理解出来る。
「まあ、現状は『ギルムガン王国がグラム神聖国に侵攻した』というのが共通認識でしょう。ギルムガンは、人道的見地から一応の大義名分を掲げていますが、今後アルバ地方を領地に組み込む事は考えていませんし、その用意もありません。」
僕の言葉を聞いたアローナが静かに頷く。セルディック4世がアローナに許したのは、あくまで今回の独立紛争の援助のみの筈だし、恒久的に保護を求めるのでは上が変わるだけで結局今までと変わりがない。
「ライモンドさん、アルバ地方にある現状の戦力は?」
「・・・・爺さん婆さんや女子供まで集めれば領都には1万人近い人数がいるが、まともに動ける人数は10分の1にも満たねえな・・・・正確な所は分からねえが武器を持って戦える奴ってことなら領民から成人男子と、元冒険者。あとは現役の冒険者の奴らを集めても800って所か」
「わかりました。まぁそれだけあれば十分でしょう。アローナさん、ギルムガンから連れてきている部隊を大急ぎで撤退させて下さい。」
僕が出した指示で、皆が本日何度目かの呆けた表情を作る。今まで黙って聞いていたグラブフットが、
「・・・・おめえどういうつもりなんだ? 現状アルバの兵力は800程で、しかも寄せ集めてだ。ギルムガンの兵力とあわせても2400には届かないだろうよ。グラム神聖国の精鋭の2000が相手じゃ頭数だけ多くても勝ちはおぼつかないぜ? しかもその駒を信じるなら・・・・おそらく筆頭聖騎士“絶対の光を纏う者”を始め、何人かは“超越者級”と考えて間違いない。俺やそこにいる“貪り尽くす暴風”クラスが何人かいるとしたらとても戦力を減らせる状態じゃない筈だぜ?」
「分かっていますよ。ですが今後の事を考えたら、少なくとも“アルバ地方単体の戦力に手を出す事を躊躇う”程度には警戒してもらう必要があります。その為には、これから常駐しないギルムガンの兵力をあてには出来ません。それに独立が成った後の“各国との関係”をフラットに保つ為にも、ギルムガンだけに借りを作る訳にはいかないのです。」
僕の言葉を聞いたグラブフットが、まだ何かを言おうとしたが、その前にヒルデガルドが発言した。
「だがコーサカ殿、ここで負けてしまえばまた元の木阿弥ではないか?」
「ええその通りです。なので今回の戦略上の目標は『敵戦力を可能な限り自由に行動させず、かつ最小限の戦闘で興和の場に責任者を引き出す事』です。交渉の席にさえつかせてしまえば“アルバ地方の独立”はグラム神聖国にも一定のメリットがある事を提示出来るでしょう。」
僕がした発言を受けて、今度はヴィルヘルムが、
「・・・・コーサカよ、お前はどうも話を勿体ぶる癖があるな。どおせお前の事だ、何かえげつない策の一つも用意してるのだろう? ここにいる者はそれが聞きたいのだからさっさと話して聞かせてやればいいだろう?」
「・・・・心外ですね。まぁ勿体ぶったつもりはないのですが・・・・今回は有る意味オーソドックスな手段を取るつもりです。まずは・・・・」
そこで自分の考えている策を皆に説明する。全部を話して聞かせた後、それぞれが思案顔にふける中で、マレーネがおずおずと・・・
「コーサカ様、それはとても“オーソドックス”とは言えないのでは?」
と発言し、それを聞いた皆が一斉に頷く・・・・自分ではこれ以上ない位防衛戦の基本だと思うのだが・・・・
「・・・・そんな事はないと思うんですがねぇ・・・・」
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