現場の事情は・・・偉い人には分からん物なんですよね? 47
第一章 四三話
「エクスチェンジ」
ミネルヴァのカウントに合わせて詠唱する。同時に広場を囲んだギルムガン兵がバタバタと倒れていく。少し体格のいい者などは多少耐えていたが、それも1分もなかった。まあ、生物学的に耐えられる筈がない。
ロアナを始め、村人達が全員目を剥いている。まあ見た目何かされてる様には見えないから驚くのも無理無いが・・・
「お前、本当に何者なんだよ? 」
「しがない魔法使いですよ。」
と、明らかに“納得いかない表情”のロアナに答えながら、
{ミネルヴァ、後始末を頼む。}
{了解致しました。風魔法を発動して均質化致します。}
ミネルヴァが答えた瞬間ギルムガン兵が倒れている付近に風が渦巻く。激しいが殺傷能力がある程ではない。
「ロアナさん、もう心配ありません。村人の皆さんに事情説明と、お願いしていた仕事をお願いします。僕は向こうの準備が整い次第跳びます。」
無言で頷いて駆け出すロアナ、村人達は呆然としていたが、ロアナを見つけて何事か話している。
{ありがとう、ミネルヴァ。“幻晶の回廊”に残してきた彼は大丈夫だろうか?}
{少々お待ち下さい。・・・問題ありません。彼も順調に任務遂行中です。}
「分かった、ありがとう。」
「何が分かったんだ?」
振り向くと、村人達と話していたロアナがいつの間にか戻っていた。ミネルヴァの骨伝導通信に、声を出して答えた僕を見て、怪訝な顔で問い掛けてくる。少し油断していた・・・
「・・・独り言です。それで村人達は?」
「ああ、とりあえず詳しい事情説明は後にして、ギルムガン兵の捕縛を頼んだ。みんなびっくりしてたが、とりあえずは縛り上げて広場に転がしとくってよ。それよりも先刻のは何だよ?魔法なのか?」
「・・・詳しい話は省きますが、僕らが呼吸している空気は色々な物質が混ざった混合気体なんです。その中から人に必要な物を転移で減らしました。ざっくり言うと彼等は瞬間的に溺れた様なものです。」
まあ今回の作戦はギルムガン兵の周りの空気から酸素を転移させて、変わりに酸素以外の空気と置き換えただけだ。割合は酸素濃度で7%程度になるように調整した。この位になると人間に耐えられる数値では無い。殆ど瞬間的に気絶する。
「・・・良くわかんねーが、ギルムガン兵が全員気絶したのは確かだもんな! ありがとう! 後は“回廊の扉”の方だな!」
「そうですね。一応策は打っておきましたが・・・」
純粋に戦力で言えば彼に勝てる者などなかなかいないと思うが、咄嗟の判断はやはり心許ない。
「現状では敵の使い魔が無事に使役者の元に戻るのを待つしか無いでしょう。」
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カナタがギルムガンの兵達を無力化した少し後、昨日入り口の兵達から送り返されたグラブフットの使い魔がギドルガモン討伐隊の本隊に追いついた。
彼等は巨大な円形の広場の端に陣取って広場の中心辺りを警戒している。上はどうみても登れない高さに円形の空が見えている。この構造を見るに、ここは休火山の火口を利用した広場なのだろう。その広さは恐らく半径で500mは有る。
「戻ったか、ご苦労。」
グラブフットが使い魔の足から小さな紙片を取り外して目を走らせる。その様子を見ていたアローナが、
「入り口の様子はどうなの?グラム神聖国の連中には気取られてないのかしら?」
「ああ、問題なしだ。後は時間になるのを待って儀式を始める。」
彼等は既に“回廊の扉”に到達していた。近くにはサブリナとロアナの父がいる。意外な事に二人とも拘束されていない。
「もう良いじゃろう。ワシとこの娘さんを解放してくれ。」
「あんたはともかくこちらの女性は貴重な魔力源なんだよ。まだ儀式も終わってないのに解放って訳にゃーいかねーよ。せっかく本人もやる気になってくれたしな!」
「勘違いするんじゃないよ。結局逃げられないなら次善の手段を選択しただけさ。それにあたしがやるのは魔力の充填までだ。その後は好きにさせて貰うし、そっちも約束は守って貰うよ。」
「約束は守るさ。さあ、ぼちぼち始めようか。」
グラブフットが上を向いて確認しながらそう言う。皆がつられて上を見ると火口の上に満月が差し掛かり始めていた。
それを確認した後、サブリナは視線を戻してグラブフットの近くにある長方形の何かに近づいて行く。
「・・・これ、この手のひらのマークに両手を置けば良いのかい?」
「ああ、それで必要な魔法制御式が嬢ちゃんに書き込みされる。あとはガイダンスに従って必要な魔力を込めてくれればいい。解除術式は俺が入力する。」
表情はローブで分からないが、実に楽しそうな声音だ。サブリナは益々この男の事が気に入らなくなる。しかし、感情を押し込め、改めて装置に手を置こうとした瞬間。
「それは少し待って頂きましょうか。」
カナタの声が静かに響いた。
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「?!」
「誰だ?貴様どうやってここまで来た。尾行は警戒していた筈だ。こんな長距離を尾行されて気付かんはずがない。」
グラブフットが訝しんで疑問をぶつけて来るが全て無視して、話を進める。
「全く面倒な事をする人達ですね。」
そう答えた瞬間、アローナの両肩に装着されていた剣が滑らかに引き抜かれてこちらを向く。その動作だけを見ても歴戦の技量が見てとれた。
「あなた達のような愚か者に教える訳がないでしょう。全く・・・あなたがサブリナさんですね?」
「???あんた一体・・・」
「僕はヴィルヘルムさんの使いです。一緒に来て貰いますよ。それにそこの方、ローランドさんでしょう?あなたも一緒に帰りましょう。ロアナさんが村で待っていますよ。」
「?!ロアナと知り合いか? なら間に合ったんだな!」
多分グラム神聖国の人間と勘違いしている。まあ、この際どうでもいい。
「まあそんな感じですね。それよりもギルムガンの皆さん。大人しくして下さい。あなた達は全員僕の射程距離内に居ます。余計な事をした瞬間制圧しますよ。」
アローナとグラブフットが顔を見合わせる。
「あなた、周りが見えてないの? ここには600近い兵達と私達も居るのよ。ここに現れた手際から考えて相手の力量が分からない程の愚か者とも思えないけど?」
{面倒だな。ミネルヴァ、あちらの兵達に“低酸素結界”を張ってくれないか。あの二人には事情を説明して貰うから対象には含めないでくれ。サブリナとローランドさんの回収は僕がやるから。}
{了解しました。既に魔法陣は構築して設置しました。即時発動します。}
ミネルヴァが答えた瞬間、600からの正規兵達が一斉に気絶していく。同時にサブリナとローランドが立つ場所に連続して“ムーヴ”を発動して二人を保護する。アローナとグラブフットの二人は、今度こそ目を見開いて驚愕している。
「・・・なる程、尋常な力量では無いようね。グラブフット、手出しは要らないから後を頼むわよ。」
そう言った瞬間、アローナは目に見える程の魔力を全身から吹き上げて、少しずつ変化していく。
「なる程、人 狼というヤツですか・・・」




