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梶谷診療所の帝都裏稼業  作者: 林 刺青


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14/16

夜叉 14.

 “初めて”の相手は父だった。いや、もう父ではないけれど。

 している時の彼は怒ったように「愛してる」と言い、終わった後の彼は涙を流して「愛してる」と言って私を抱きしめた。まあ、どの様に言葉を弄そうとも、その時間は痛くて怖くて苦しいから——嫌いだった。


 そんな日々から私を連れ出したのは母だった。この人ももう、母ではないのだけれど。

 いつもなら「早く寝なさい」と優しく言って頭を撫でてくれる時間だったのに、その夜は酷く悲しそうな目をして「起きていて良いのよ」と言った。


 眠くなって、そろそろ寝ようと思っていたら、突然彼女に手を引かれてお出かけをする事になった。

 始め私は、非日常的な夜の町にワクワクしていたけれど、直ぐに“売られるのだ”と分かった。彼女が事ある毎に泣きそうな顔で「ごめんね」と呟いていたから。



 普段は“近づくな”と言われていた路地裏に、人買い達の拠点があった。拠点とは言ったけれど、ただの長屋の一角に何人もの男の人が暮らしている様子だった。人買いなんて大それた事をしているのに、彼らも貧乏なのだろう。と、子供ながらに思った。


 母を出迎えた彼らは私を見ると、口々に私を罵った。しかし、部屋の奥で踏ん反り返っていた長髪の男の人だけは、近くに来て私の顔を見ると頷き、母にお金を払って私を奥の部屋に閉じ込めた。そこから先の記憶は無いから、眠ってしまったのだと思う。


 次の日、私は男の人達によって乱暴にお湯をかけられ、髪を解かれ、新しい服を着せられた。

 それが済んでからは、長髪の男の人以外の人達から私に向けられる目が変わった。“する前”の父と同じ目だった。

 怖かったのと同時に、男の人達がその目をしたら私の言う事を何でも聞いてくれる事に気が付いた。お菓子を買ってきてくれたし、遊び相手になってもくれた。いつの間にか“あの目”に対して恐怖は無くなっていた。


 そしていつものようにあの目をしている男の人に「お母さんはどうしてる?」と聞いた。最早、今私が帰っても迷惑になるだけであろう事は分かっていたけれど、家族がどうなったのかは何となく気になった。


 私の言葉を聞いた途端に、男の人はあの目をやめて気の毒そうな顔になり「お前を売った足で自殺しちまったんだと。可哀想になあ」と言った。

 それを聞いて、心の奥に少しだけ愉悦のような感情が芽生えたけれど、男の人の顔を見ればそれがいけない事なのだと直ぐに分かった。私は悲しそうな顔を作った。



 私が売られてから三日程経って、長髪の男の人が、太った男の人を連れてきた。

 

 太った男の人は私を見るなり、する前の父や拠点の男の人達と同じ目をして大きく頷き、長髪の男の人に見たことも無い量のお金を払った。そして長髪の男の人は私を藁筵に包むと、馬車の荷台に乗せた。すぐに馬車は走り出した。


 馬車が止まった。藁筵を被ったまま少し歩いて、部屋に入ると藁筵が取られた。これまでに見た事も想像した事も無いような豪華なお部屋が目の前に広がっていた。使い方のわからない家具や難しそうな本が沢山あった。



 それでも結局、場所や人が変わっただけで、する事は同じだった。太った男の人は自分の事を“ご主人様”と私に言わせた。


 ある日、ご主人様はいつもの様に私の服を剥ぎ、息を荒くして私に触れようとした。

 すると突然お部屋のドアが開いて、ご主人様のお父さんが入って来た。

 彼は私を見た途端、これまでに見てきた人達の誰もした事がない目をして、狼狽えているご主人様の首を絞め、何やら怒鳴り散らした。


 ご主人様は何度も謝りながら暴れていたけれど、次第に動かなくなっていった。

 私はその光景に酷く魅入っていた。しかし今抱いている感情を顔に出したら、この後面倒な事になると分かりきっていたから、怖がっている顔を作った。


 ご主人様が動かなくなって暫くしてから、ご主人様のお父さんに呼ばれてご主人様のお母さんが部屋に入って来た。状況は、あの時の私が見ても一目瞭然。ご主人様のお母さんは目を見開き、両手で口を押さえるだけだった。

 ご主人様のお父さんはいつの間にか冷静な顔になっていて、ご主人様のお母さんに「梶谷診療所に連絡を」とご主人様に一瞥もくれずに言い捨てた。


 ご主人様のお父さんは「さて」と言って私を見た。私はかなり肌けていたのに、彼は“あの目”をしていなかった。どちらかと言えば、人買いの長髪の男の人の様な目をしていた。


「君、名前は?」


 ご主人様のお父さんは目をそのままに、声だけ優しげに私に話しかけた。私は正直に「ハル」と答えた。


 ご主人様のお父さんはやはり声だけ優しげに「そうか。それなら、今から君は佐伯ハルだ」と言った。

 その時から、ご主人様はお兄様になり、ご主人様の両親は私の両親になった。

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