【ロイヤーとの決着】
確信を得ているような王の言葉に、俺は動揺を隠せずにいた。
「ま、魔物使い? 何を仰っているのやら」
「隠さずともよい。もはや私は確信を持って言っている」
何? 何故バレた? まさかリールラか?
そう思ってリールラの方を見るが、彼女も心底驚いていた。どうやら彼女がバラした訳ではなさそうだ。
俺が黙っていると、王はそのまま話し続けた。
「何故わかったのかを教えよう。というよりおかしいとは思っていたのだ。かの英雄ロードが成し遂げた封印を我が娘が一人で真似するなど……だから私はあの日から、その場にいた冒険者、つまり貴公を密偵を使って調べさせていた」
ええ? 密偵って……そんなの気づきもしなかったぞ。
「そしたら思ってもない事が判明してな。密偵の話だと、貴公がサイクロプスの魔物を、亜人に化けさせた、というではないか。私は耳を疑ったよ」
「は、はは……」
サシャのところを見られていたのか……。
「しかし私も王族。魔物使いの伝承は人よりは知っておる。だからすぐにわかったさ。貴公が何故多くの亜人と暮らしているのか。何故妖狐がいなくなった途端、そこにいる狐の亜人が出てきたのか、とな」
そう言って、王はホムラの方を再び見た。
なるほど、ホムラがいることも知ってたってわけか。
「なんじゃフリード、この男わりかし聡明であるな」
ホムラが呑気にそう言ってきた。
「くつくつ。伝説の妖狐殿に言ってもらえるのは光栄ですな。しかしながら本題に移るとしよう。フリード殿、私が言いたい事がわかるかね?」
「……いえ」
「あまり私の口からは言いたくないのだがね。普通の冒険者ならいざ知らず、魔物使いとなれば貴公の扱いも変わってくる。今は1人でも多くの手助けが必要なのだ。手伝ってくれるね?」
「断れば……」
「勿論、それ相応の覚悟はしてもらおう」
くそ、厄介だ。受けるしかないか。これを断ればそれこそ俺が魔物使いである事が広まる可能性がある。俺の居場所をなくして囲う作戦かもしれない。
「お父様! フリードは私を助けてくれた恩人よ! そんな言い方、酷いわ!」
「リールラ、今はそんな情にほだされている場合ではないのだ」
「でも……!」
「さぁ、フリード殿。答えは?」
「……わかりました。受けましょう。しかし私は何をすれば?」
「それは良かった。何、簡単だ。貴公は私とリールラを警護してくれればよい」
「そ、それはかなり重要な任務なのでは?」
この人の考えてる事がわからん。魔物使いだとわかって尚、俺に護衛をさせる意味が。
普通ならば俺を幽閉するか、処刑するはずだ。なのに自分の近くに置くとは、怖くないのか?
「そうだな。だが貴公なら能うだろう。さぁ話は終わりだ。準備もあるのだろう、それが終わり次第戻って参れ」
「は、はい」
俺はその場から立ち上がり、ノンとホムラの方へと向いた。
「お前らはここで待っててくれ。俺も家から装備とか持ってくる」
「わかったぁ」
「仕方ないのう。お腹すいたから稲荷を持ってきてくれ」
「はいはい」
俺はそう言って、部屋から出ようとした。するとリールラが小走りで近づいてきて、申し訳なさそうに俺を見る。
「ご、ごめんなさい。こんな事になるとは思ってなくて」
「いや、仕方ないさ。こうなった以上やるだけやる。頑張って守るよ」
「そうね。私も……知らない人に守ってもらうよりはあなたに守ってもらった方がいいもの」
「そりゃ良かった」
リールラとそんな会話をしつつ、俺は部屋から出て家へと戻った。
そして家のみんなに事情を説明して、一緒に城に来てくれるように頼んだ。
「まさかそんな事になってるとはね。わかったわ、行きましょう」
リズがそう言った。
「私たちはここで留守番してるわ」
「まぁ最悪僕らは霊体になればバレないしねー」
レモンとサイドはそう言って家に残る決意を固めたようだ。
「めんどいにゃー。まぁ仕方にゃい、行くか」
「ぼ、僕も行っていいんでしょうか?」
「問題ない。私たちはマスターについていくだけ」
テンネ達もなんだかんだ言いつつ、準備をし始めた。
そして防具などを一通り装備し終えて、俺たちは家から出て城へ向かおうとした。
だが、家から出た先には2人の人物が俺たちを塞ぐようにして立ちはだかっていた。
「よぉ、フリード。奇遇だな」
「ロイヤー……それにゾック」
そこには、ロイヤーとゾックがいたのだ。
何故こいつらがここに。確か脱獄したんだっけか?
「ロイヤー? ロイヤーじゃない」
「えっ、あっ? リ、リズ? 何故お前がここにっ?」
俺の後ろから現れたリズに、流石のロイヤーも驚きを隠せなかったようだ。
ちなみに今のリズは尻尾などを出していないのでただの人間に見える。
「フリードを追いかけてきたのよ。あんたらこそなんでここにいんの? 確か脱獄したんじゃなかった?」
「ま、まぁ僕らもいろいろあってな。お、お前ら……一緒に住んでいるのか?」
ロイヤーが焦ったようにそうきいてきた。なんだ? なんの話がしたいんだこいつは。
俺がそう思っていると、リズが笑みを浮かべて俺と腕を組んだ。何してんだこいつも。
「そうよ? 私とフリードは一緒に暮らしてるの。仲良く、ね?」
「いや、それもつい最近の事じゃん……いえなんでもないですその通りです」
小声でそう突っ込んだが、リズの迫力に押されて訂正せざるを得なかった。
ロイヤーといえば、そんな俺たちを見て歯ぎしりをしていた。
「てめぇフリード……お前がなんでリズと……!」
「おいロイヤー、なんで怒ってんのか知らないけどさ、お前何しにきたんだ? こんなところ歩いてるのを兵士に見つかったらお前捕まるぞ」
「うるせぇ! 僕が何しようが僕の勝手だろ」
だめだこいつ話にならないな。
まぁいいや、俺もやらなきゃいけない事があるし。
「悪かったよ。じゃあ俺は用事があるから。じゃあな」
そう言って、ロイヤーを無視して城に向かおうとしたが、ロイヤーがそれを塞ぐ。
「なんだよ? 邪魔だぞロイヤー。俺は用事があるんだが」
「お前をここから通すわけにはいかない。お前はここで死んでもらう」
「はぁ? 何言って――うぉっ!?」
ロイヤーが腰から抜剣して俺に斬りかかってきた。俺は咄嗟にそれをバックステップで避けたが、腹当にわずかに当たった。
こいつ……本気だ。
「よく避けたな」
「今のは冗談じゃ済まされないぞロイヤー」
「僕がお前に冗談なんて言った事があったか? フリード」
「やる気かよ……こっちは5人いるぞ。お前ら2人で勝てるわけないだろ」
「さて、それはどうかな」
ロイヤーがパチンと指を鳴らすと、どこから現れたのか、街の他の家の陰から正気を失っている男が3人現れた。こいつは……ゾンビか。
「これで5対5だ。さぁ、どうするフリード」
「なるほど、じゃあこうしよう。お前ら全員倒して先を急ぐ」
「やってみろ」
「テンネとリンとサシャはゾンビを担当してくれ。リズはゾックだ、俺はロイヤーをやる」
「はーい」
「わかったのだ」
「は、はい」
「了解」
そう言って、それぞれ配置についた。俺も剣を抜き、構える。
ロイヤーと目があった。
「ロイヤー、お前……何考えてんだ」
「……僕は今、どうやってお前を殺すかだけを考えてるよ」
履き違えている。ロイヤー、お前に俺を倒すことはできないよ。
「いくぞ!」
どちらからでもなく、同時に俺たちは踏み出した。ロイヤーの繰り出した攻撃を、俺は難なく避ける。
そして隙のある胴に向かって、俺は思い切り剣を叩き込んだ。奴の鎧と俺の剣がぶつかる鈍い音が響き渡る。
「ぐぅ!」
「まだ終わってないぞ」
俺はよろめいたロイヤーに向かってすかさず追い討ちをかけた。
「く、くそっ。『ファイア』!」
「おっと」
「ば、馬鹿な。炎を切りやがった」
俺はロイヤーの放った炎を剣で真っ二つに斬り裂いた。今の俺ならできる自信があった。
俺はそのまま突き進み、狼狽しているロイヤーの顔面に拳を叩き込む。
その衝撃でロイヤーは倒れた。
「ぐぁっ!」
「終わりだな」
俺は倒れたロイヤーの首筋に、剣を押し当てた。あっけない。あまりに呆気ない幕切れだ。だがこれが現実。
もはや俺とロイヤーには遥かな差が開いていた。
「ば、馬鹿な……何故お前がこれほど……」
「惨めだなロイヤー。お前がコソコソやってる間に、俺は地道に戦ってたんだ。悪いが今じゃCランクだよ」
「く、くそっ! ランクが何だって言うんだ! 魔物のお前なんかに……僕が、僕が負けるはずないんだ!」
「……聞いたよ、お前の兄さんのこと。魔物に殺されたんだろ。だから魔物を恨んでる」
「何故それを……ちっ、リズか……」
ロイヤーは眉をしかめた。
「お前の行き場のない恨みとやらは、俺に当てて少しは気が晴れたのか? いいや、晴れるはずがない。お前自身がそんな事をしたいなんて思ってないからだ」
「て、てめえなんかに……何がわかる……!」
「本当に俺を陥れたいのなら、最初から俺が魔物使いであるという噂を流せばよかった。勿論戯言だと言う奴もいるだろうが、俺が魔人と一緒にいるのを見て信じる奴もいただろう。なのにお前はそれをしなかった。何故か?」
「う、うるさい……」
俺はロイヤーの目をじっくりと見てから続けた。
「お前は『兄の復讐』という名目を使って、ただ空っぽの自分を埋めたかっただけだからだ。お前に敵討ちなどという崇高な理由はない」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
「意味もなく魔物への恨みという『虚』を打ち立てて、それを追いかけている時は充足感を得られたか? ロイヤー、俺は気づいていたぞ……お前はいつも、『俺を追いかけてる』な」
「っ――黙れっ!!」
息を荒げて、ロイヤーは反抗する。だが俺が奴の体を足で抑えているため動くことはできない。
「くそ……黙れってんだ。くそ……そうさ、そうだよ! 兄さんなんか関係ない! 僕は前からお前が……嫌いだった。ずっとだ。お前は、大して凄くもない癖に、人から好かれて……僕が欲しいものを、持っていく」
ロイヤーは、そう言ってリズがいる方へと目を向けた。
「お前が魔物使いだとわかった時、あれだけお前を慕ってた奴らが掌返す様は爽快だった。僕はその時初めてお前に勝てた気がしたんだ」
「それで……?」
「だが結局、周りの人が僕を慕ってくるわけじゃないことに気づいた。明確に僕がお前より上だという事を示す必要があったんだ。欲しいものは……手に入らなかった。理由は……わかってたんだ、最初から」
ロイヤーは、穏やかな声になっていた。それは諦めかのような、吹っ切れたかのような、そんな声。
「そうさ、わかってた。兄さんへの想いを捻じ曲げて、真実と戦う事を諦めた僕は、お前にそれを全部放り投げた。そして、そんな自分も嫌だった。けど、もう止まれなかった。周りに転がされてても……お前と対等以上に渡り合えるならそれでいいと思っていた。だが……現実はこれだ。空っぽのまま。僕には、『中身』がない」
ロイヤーは、自分の胸のあたりに手を置いて、そう言った。
「……ちっ、なんでこんな事フリードなんかに話しちまったのやら」
「ロイヤー……お前がここに来たのは何のためだ? どうせ復讐じゃないんだろ」
「……レイチェルの指示だ。お前を足止めして、王族を暗殺するんだとさ」
「はぁっ? お前それを早く言えよ!」
「言ったら足止めにならないからな。ふん、時間は稼いだ。僕の勝ちだな」
「くそっ! こうしちゃいられねえ、みんな、早いとこそいつら倒せ……ってもう倒してたのか」
周りを見ると、胴体を真っ二つにされたゾンビ達と、リズの椅子になっているゾックの姿があった。
ありゃあ屈辱的な姿だな。リズは楽しそうだ。
「よし、さっさと城に向かうぞ!」
「フリード、お前……僕を殺していかないのか」
「なんだよ、死にたいのか? 死にたきゃ勝手に死ねよ。死を俺を押し付けるな。俺は寝覚め悪いのは嫌いなんだ。お前の死体なんざ見たくない。ゾックも同じさ」
「ちっ……どこまでも僕を馬鹿にしやがって……ふざんけんな。ムカつく、ムカつくぜ」
「…………じゃあなロイヤー。全くお前は嫌な奴だったよ……どこか嫌いにはなれなかったけどな」
俺はそう言って、ロイヤーを見つめたが、彼は俺と目を合わせなかった。
俺たちは少ししてその場から去った。
「よぉ、ロイヤー。結局負けたな」
「馬鹿野郎、ゾック。僕が一度だってあいつに勝ったことがあるかよ……」
去っていく途中、ロイヤーとゾックのそんな声が聞こえた気がした。




