【姫とエルフ⑤】
荘厳な雰囲気を出している玉座の間、王の前で1人の人間が膝をついていた。
「して……どうだ、経過は」
耳を尖らせたエルフの王が、人間に尋ねる。すると人間は、顔を上げた。金色の髪と仮面のようにへばりついた笑顔。レイチェルと呼ばれる男だった。
「はい。色々と試してはいますが、未だ封印は解けていません」
「そうか。解ける見込みはあるのか?」
「あります。調べたところ、あの玉はアイデン王家の血筋を持つ者の魔力を吸う事で封印を高めているようです。つまり玉に残留している魔力を取り除く、もしくはそれを凌駕する魔力を込める事が出来れば……」
「封印を解けるというわけか。わかった、実験は続けろ。下がって良いぞ」
「はっ」
レイチェルはそのまま部屋から出て、廊下を歩いていると1人の男に呼び止められた。その男はミセタ騎士団長のフィリップだった。
「君は……」
「初めまして。俺はミセタ騎士団の団長、フィリップだ。あんたが噂のレイチェルさんだよな?」
「ええ、初めまして。僕がレイチェルです。騎士団長殿にお声掛けいただけるとは光栄ですが、噂とは?」
レイチェルは、いつものような満面の笑みでそう返した。
「何言ってる、もちろんニヒル隊の噂だよ。あんたがニヒル隊出身だって、騎士団ではもっぱらの噂だぜ?」
「ニヒル隊? ははは、やだなぁ、あれは都市伝説じゃないですか。それに僕は戦える力はありませんよ。少し知識な関して王に認めて頂いて雇ってもらっていますが。あと僕は人間です。生粋のエルフ族しか軍隊は入れないでしょう」
「うーん、やっぱり伝説は伝説か。そうだよな、失礼だけどあんたそんなに強そうに見えないもんな」
フィリップは、頭をかきながらそう言った。その後2人は他愛ない話をしてわかれた。レイチェルはそのままその足で城から出ると、城の外壁にある隠し通路へと入っていった。通路を抜け、長い階段を降りた先には広い空間が広がっていた。整備された空間には、本や武器や防具、いろいろなものが置いてある。
中にいる、白衣を着た眼鏡の男が中央の台座に置いてあるルクスの玉を興味深そうに眺めていた。彼は以前、フリードと対峙した死霊魔術師だった。
「やぁ、ギュンター。調子はどうです?」
レイチェルが遠巻きに眼鏡の男、ギュンターに話しかけると、彼は振り向いて口を開いた。
「あぁ、レイチェルさんですか。いい調子ですよ。実はこの玉興味深い事がわかりまして」
「なんです?」
「人間の魔力を与えてもあまり意味がないのですが、魔物の魔力を与えると封印が弱まるようなのです。さらに言えば、その魔物も犬族や狼族なら効果が上がり、狐族なら更に効果が上がります。この事からもこの玉に封印されているのは狐族の魔族である事は間違いないようですねぇ……」
「噂では時の魔王と肩を並べたと言われているとか……ふふ、楽しみです。それにしてもギュンター、あの趣味の悪いおもちゃはどうにかならないのですか?」
レイチェルが指差した方には、ギュンターがスキルで操っているゾンビの魔物がいた。
「ハラ、ヘッタ。ハラ、ヘッタァァア!」
そのゾンビは、レイチェルと目が合うと、枷が外れたかのように彼に襲いかかった。
「やれやれ。『シールド』」
「グオッ!?」
レイチェルがスキルを発動すると、彼の目の前には見えない壁が出現した。ゾンビはその壁にあえなく激突する。
そしてレイチェルは、腰から抜き取った剣で、壁ごとゾンビの胴体を一刀両断した。
「おぉーお見事です。流石レイチェルさんですねぇ」
「全く。僕にも襲わないように指示してくれないですか?」
「すみません、今度からそうしておきます」
ギュンターは軽い返事をした。レイチェルはため息を吐いてから、ぼそりと呟く。
「それにしても、フィリップ騎士団長……僕が強そうに見えない、か。ふふ……少し彼を買いかぶっていたようですね」
彼の細めた目が、少しだけ開いて、虚空を見つめていた。
♦︎
さて、ルーズベルトに隠し通路とやらを教えて貰うことになったが、準備もあるそうなので出発は明日の夜になった。
そういうわけで俺たちは宿屋に泊まり、次の日になった。朝、宿屋でみんなは休んでいたが、暇だったので俺は外に出ていた。そこら辺を散歩していると、昨日のエルフの少女にあった。彼女も俺に気づいたらしい。
「あ、行商人さん」
「やあ、こんにちは」
「今日は1人なんですね」
「ちょっと散歩をね。君は?」
「私は今から大樹様のところに行こうと思って」
「大樹様って、あれ?」
俺が街の中央にそびえ立つ大きな木を指差すと、彼女は頷いた。俺も少し興味があったので、彼女についていくことにした。大樹のふもとまで行くと、エルフ族の人たちが何人か祈りを捧げていた。
「私たちエルフは時々こうして大樹様のところへ祈りを捧げに行くんです」
「へぇ、君らにとって大樹は何か特別な意味が?」
「エルフは自然とともに生きてきました。私たちのご先祖様がこの大樹の近くに里を作ったからこそ、この国は繁栄したと言われています。私たちを見守ってくださる御神木ですね」
「なるほどね」
俺も大樹を仰ぎ見て見る。大きな木だ。上まで見ても果てが見えない。こんなに大きな木が他にあるのだろうか。
「今日はこの落ちてしまった大樹様の木の枝を使って、この前買わせていただいた首飾りの紐を作ろうと思いまして」
そう言って、彼女は水晶玉の首飾りを見せた。元々ついていた鎖を外して、新しい紐を作るということらしい。手先が器用なのかな。
「なるほど」
その後、彼女が持ってきた道具を使って紐を作っている作業を見ていると、ひとりの男性の声が聞こえた。
「ナターシャ。こんなところにいたのか」
声の主は、昨日見た騎士団長だった。確かフィリップさんだったか? この子と知り合いなのかな?
「お兄ちゃん。どうしたの?」
「お兄ちゃん? 君、騎士団長の妹だったの?」
「あ、はい。実はそうなんです」
そいつは意外な事実だな。
「えーと、君は?」
フィリップさんが俺にそう尋ねてきた。
「俺はフリードと言います。行商人としてこの街にやってきました」
「なるほど、行商人か。妹が世話になったね。ナターシャ、お前にはヘルマイアに行ってもらうことになった」
「急ですね、わかりました。すみません、用事ができちゃったので私はこれで」
「あ、はい」
ナターシャとかいう女の子は、フィリップさんに連れられてどこかへと去っていった。やることもないので俺もそのまま宿屋へと戻ったのだった。




