2-14 地下迷宮《ダンジョン》の遺体回収班
ギルド職員のユーラス・グラシャ(47)はダンジョン専門の遺体回収班だ。地上でしか使えない蘇生魔法を探索者に適用するため、地下で全滅したパーティーを救出しに行く役割を担う。そんな彼の助手桜庭 真(18)は三ヶ月前にダンジョン内部で発見された正体不明の人物であり、行き場がないと泣きつかれたグラシャは彼の面倒を見ていた。
ダンジョンで発見される変死体。エネミーによる襲撃か、トラップの発動か、はたまた未知の特異現象によるものか?
数多の屍を乗り越えながら地道に踏破する探索者たちにとって、先行部隊の死因は貴重な資料となる。
グラシャと桜庭は現場検証(推理)と蘇生後の証言(答え合わせ)をもとに、ダンジョンの謎を究明していく。
ギルド職員のユーラス・グラシャはダンジョン専門の遺体回収班だ。提携しているフェッツ教の蘇生魔法が地上の聖堂でしか行使されないため、ダンジョン内で全滅してしまった探索者パーティーは原則、職員が回収に行く義務がある。
その日もグラシャは助手の桜庭を連れ、ダンジョン地下三層で情報更新の途絶えたパーティーを確認しに行くことになった。
「ひええ、昨日の今日でまた突入ですか……。疲れたんですけど、僕」
「甘ったれたことを言うなサクラバ。荷物はちゃんと持ったか?」
「は、はい……」
桜庭とグラシャの関係の始まりは、三ヶ月前に遡る。ダンジョン内で身動きが取れなくなっていた桜庭を保護したグラシャは、グラシャにとって意味不明な言動をする彼を精神鑑定してもらえる処に預けたのち、異常がなかったと分かると行き場のない彼の面倒を見ることになった。
ダンジョン内部で確認された出所不明の若い男。未知の事象を内包するダンジョンに対し、彼を連れ回すことが何らかの影響をもたらすかもしれない。
そう考えたグラシャは先日から、彼に自身の仕事の助手を命じている。
桜庭は当初、魑魅魍魎溢れるダンジョンへ再び足を踏み入れることに強い抵抗感を覚えていたが、この仕事の理念が『人命救助(蘇生するため)』であること、またダンジョンに戻ることが『自分自身がそこにいた理由』を知ることに繋がるのではないかと説得されると、前向きな態度でグラシャに付き従うようになった。
それでも彼の気弱な言動は、度々グラシャを呆れ返させることが多いのだが。
「俺から離れないように」
「はい」
ダンジョンの入り口はギルドに管理されており、基本潜ることができるのは専属の探索者だけである。二十年前に突如発生し、謎の多いダンジョンを解明することに尽力するギルドは有志を集い、フェッツ教に入信、あるいは改宗させ、蘇生魔法の適用できる身体にしたのち〈探索者〉として送り出していた。
彼らには探索時の心得として、定時に生存証明の発信をギルドに送ること。という取り決めが存在する。
その発信が途絶えると当該パーティーを全滅と見做し、遺体回収班が駆り出される仕組みだった。
グラシャは最速でダンジョン地下三層を目指す。
ダンジョンの入り口近くはこれから探索に出るであろう探索者たちがひしめき合っている。人混みを掻き分けていくグラシャと桜庭を、「お、またどっかで全滅したのか」「足引っ張ってんなぁ〜。ギルドの職員不足は深刻だって言うのに」「私たちも気を付けないとね」「回収されず終いなんて最悪だからな」と口々に彼らは噂した。
地下一層は主に洞窟のような作りをしており、人の背丈を超えない大きさのエネミーが蟻のように這いずり回っている。実際、地下一層は蟻の巣のような迷宮の形をしており、地下七層まで探索が進む現在でも未だ未開拓のルートが多い。ここでの死亡のケースというと主にトラップや不注意事故、エネミーの襲撃になるが、その多くの原因はすでに解明され、上層であることも相まって遺体回収班が出動することは滅多になかった。
探索者同士の助け合い、が顕著なエリアだ。
地下二層では物理的に上層へ上がることができない、人よりも大型のエネミーが多く生息する。地下一層が閉塞的であることを踏まえると広い作りの地下二層は多くの探索者が一息吐きたくなる空間をしているが、ここから危険度は一気に跳ね上がり、棍棒を手にした巨躯のオーガ種や不定形の魔物に惨殺されるケースが非常に多かった。
オーガ種は独自のコミュニティを形成し、縄張りへの侵入をひどく嫌うので、地下二層の探索率は全体の40%ほどと言われている。
そして、目的の地下三層へ。
「……はあ、ここまでっ、一気に来ました、ね……っ」
「そうだな。一度、休憩するか」
最速で目指してもここまで二時間は掛かる。ダンジョン内のエネミーは魔力で生成されており、すぐに自然発生してしまうので『制圧』という概念がない。道中も度々立ちはだかるエネミーは、都度グラシャが腰に帯剣するファルシオンと左腕の魔法石を組み込んだガントレットで素早く対処した。
魔法職でないと魔法を使えないこの世界で、ガントレットはギルドの開発した誰でも魔法を扱えるようにした特殊装備であり、グラシャはその試験運用も兼ねて戦闘に使用している。
グラシャの実力は確かなものだ。
でないと、本職の探索者が何らかの原因で死亡した未知の空間へ積極的に立ち向かう遺体回収班など、務まらないとも言えるわけだが。
「地下三層は胞子が蔓延していた場所ですよね、確か」
「そうだ。直接害のあるエネミーがいない分、トラップと感染の危険が予測される。警戒していこう」
疲れた顔を見せる桜庭の肩を二度叩くグラシャ。
普段気難しい顔の目立つグラシャだが、このようにして見せるぎこちない微笑みが、当時の桜庭を引き入れたような彼の生来の面倒見の良さを象徴し、桜庭のことを安心させる。
「はい!」と桜庭は大きく頷いて気を張り直した。
その後、荷物のなかから全身を覆う外套と胞子除けのガスマスクを装着した二人は地下三層の内部へ歩みを進めることになった。
地下三層は湿り気があり、奇怪な植物がそこかしこに生えているエリアだ。至るところに拳大の白いわたのような胞子が浮かんでおり、これらに触れるか吸い込んでしまうと、たちまち毒される危険性がある。
これまで洞窟のような体裁をなしていた上二層とは景観もがらりと変わり、ここまで来ると地下世界のように異なる空間が広がった階層が続く。上を見れば岩盤でできた天井こそあるが、周囲は青々と茂っていたり、小川が流れていたり、古い木製の橋が掛かっていたりした。当然ながら人の手は介入していないので、全てがダンジョンの作り出したものとなる。
「この前はゆっくり見ている余裕なんてなかったから、面白いな……」
桜庭は植物に興味があるみたいで、キョロキョロと周囲を観察するなか、ふいに赤い花を付ける植物に触れようと手を伸ばした。
グラシャはそれを咄嗟に阻み、厳しい目つきで桜庭を牽制する。
「勝手なことをするな」
「う、は、はい……」
手を引っ込める桜庭。その騒ぎが植物の知覚に触れたのか、赤い花を付けるソレは突如として地面から大量の蠢く蔦を露出させた。「ひっ――」悲鳴を上げようとする桜庭を捕まえ、ゆっくりとした忍足で後退するグラシャ。
青ざめた顔の桜庭も大人しく続く。
十分な距離を取ったところで、グラシャの力強い拘束から解放された桜庭は、どっとへたり込んだ。
「……刺激すると、ああなるんだ。一度目の感知で蔦が露出し、二度目の感知で一点攻撃を仕掛けてくる。あの場で更に刺激してしまうと締め上げられるだけだから、息を潜め、落ち着いて対処すれば抜け出せる」
「す、すみませんでした……」
「なに、トラップとはこういうものだ」
数多の探索者のトライアンドエラーを元に成り立つダンジョンの生態把握。その積み重ねの上で回避しているだけのグラシャは、桜庭に慰めの言葉を掛ける。
死と隣り合わせではあるが、蘇生魔法の存在が生命の終わりには結び付かないダンジョン。
特殊な倫理観がそこにはあった。
「……あ、見つけた。これが死亡者ですね」
「よし。救出に取り掛かろう」
任務開始から三時間十四分が経過した頃、グラシャ一行はついに目的の探索者パーティーを発見することに成功した。
三人組の若い探索者。支給品である外套もガスマスクもなく、胞子による感染が死因のようだが、どうも直接の原因には見えない。遺体のそばには必ずあるはずの荷物がなく、見えづらいが腹部に刺し傷のある遺体。地下三層を探索するわりに肌身の露出した格好、見ぐるみを剥がされたような形跡……。胞子に触れた部分は腫れ物のように膨れてしまうので傷口の確認が非常に困難だが、争ったような形跡は見て取れる。
「グラシャさん、一人足りませんよ、これ」
「なに?」
「記録だと四人組です。ここには三人しかいません」
とすると、仲間割れか、あるいは……。
ギルドが探索者のコーチング業務やメンタルケアを行うにあたり、ダンジョン内での探索者間のトラブルはもっとも恐れられ対処に努められてきたことの一つだ。というのも、未知のダンジョンではあらゆる現象が起きてしまうため、人為的な死亡案件は現場での判定が難しく、調査に支障をきたす。遺体回収班はその性質上、全滅した探索者のもとに派遣されるため、蘇生時の証言(答え合わせ)を聞く前に現場検証(推理)をする必要があった。
そのため、このような遺体がもっとも頭を悩ませる。
「……もう一人の捜索を続けよう。何が起こるか分からない」
この場合、グラシャが考慮しなくてはならないのが、探索者間のトラブル発生。未登録のエネミーの襲撃。未発見のトラップの発動。あるいは未知の特異現象のいずれかである。
本来、遺体回収班まで死亡してしまうのは避けるべきことなので、死因不明でも遺体の回収が優先だとはされているが……欠員があってはそうもいかない。
険しい表情をするグラシャ。そんな彼を前に、意外にも桜庭は明るい顔色を見せる。
グラシャは訝しんだ。
「なんだかサスペンスじみてきましたね! 僕、そういうの得意ですよ」
「サス……なんだ?」
「えっと、いまって可能性が多くて困っているんですよね? 僕ならそれを二択に追い込むことができます。消去法で残された一つが未知の特異現象だったらそれまで。でも、他は状況証拠で導き出せますよ、コレ」
桜庭には何か考えがあるようだった。





