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フィアナ、うっかり未解決問題を解いてしまう

「(これなら行けそう!)」



 ポイポイッと、パッと見て分からない問題を投げ捨てること数回。

 ようやく馴染みのある魔法陣に関する設問を見つけ、私は鼻歌混じりにペンを動かすのでした。



(ふむふむ。この魔法陣をアレンジして、消費マナを変えずに第3冠魔法相応の威力を引き出す方法を述べよ。面白い問題ですね!)


 魔法陣という技術が開発されたのには、いくつかの目的があったそうです。

 普通の魔法は、術者が現象を想像・具現化するといった工程が必要で、集中力や細かな制御が必要となります。


 その複雑な制御を簡単にするため、即興で魔法陣を描いて諸々の工程を肩代わりさせるというのが、魔法陣の始まりらしいのですが、



(魔法陣の真価は、そこだけじゃありませんよね!)


 魔法陣とは、魔法を大量生産するための手法にもなり得ます。


 一度刻まれた魔法陣は、魔力を流し続ける限り同じ動作を繰り返します。誰でも一定の魔力を渡すだけで、決まった現象を起こせるようになるのです。


 今回の設問は、後者についての設問のようです。

 すなわち誰がマナを流し込んでも、流し込んだ以上の魔法を発動できる魔法陣、


(無茶苦茶な要求ですね! でも……、面白いです!)

(マナの反発を上手く操れば、増幅はさせられるかもしれませんが……、駄目ですね。今度は制御するために、多大な魔力制御の魔法陣が必要になります)


 う~ん、う~ん、と考え込みながら、私は魔法陣を設計していきます。

 行き着いた結論は、もう1つの得意分野である内的魔法の応用でした。


(へへん、エルシャお母さんの作った意地悪パズルに比べれば楽勝です!)


 夢中でテスト用紙に書き込み続け……、


「そこまで――やめっ!」

「ほぎゃっ!?」


 テスト終了のお知らせ!



(しまったぁぁぁぁぁぁぁ!)


 目の前のことに夢中になると、他のことが見えなくなる悪癖――自らの習性を、ここまで呪ったことはありませんでした。


「終わっ……、た――」


 パタンと机に伏し、私は真っ白な灰になっていました。


(魔法陣問題は埋まりました! ですが……、他は真っ白なままです!)

(まあ他の科目なんて、どうせ見ても分かりませんけどね!?)


 ヤケクソのように心の中で叫び、


「さよなら、エリシュアン学園」


 私は、とぼとぼと寮に帰るのでした。




【エリシュアン学園・職員室にて】


 職員室では、とあるテストの採点が行われていた。

 解答用紙は、ほぼすべてが真っ白――ただしとある紙面には、これ以上ないほどに精緻な魔法陣が描かれている。

 そんなアンバランスな答案用紙。


「な~に、それ?」

「あれです、例の編入試験の――」

「あ~、マティがSを付けた子ね。筆記はどうだったの――って、何々。どうしたの?」


 気だるげな様子でテストの結果を聞いた新米教師――ティナ。

 彼女は室内をもう1度見渡し、ようやくその異様な空気に気が付いた。


 解答用紙に描かれた魔法陣。

 そんな1人の生徒が描いただけの代物を、何人もの教師が真剣な表情で覗き込んでいたのだ。


「ティナ。この魔法陣、読み解ける?」

「うわぁ……、すごい書き込みですね。って、これ、未解決問題そのまま載っけた誰かさんの意地悪問題じゃないですか――ははは、もしちゃんと発動したら歴史が変わりますね」

「それが、本当に発動しちゃったのよ」


 答案用紙を握りしめていた教師の手は、微かに震えていた。彼女は魔法工学の教鞭をとる教師で、若き日は天才と持て囃された天才である。


 ぶかぶかのローブを身にまとい、いつもはくたびれた表情を浮かべている彼女であったが、今はその瞳は興奮でギラギラと輝いていた。


「細かな原理は不明。相反属性の魔法を同時発動させて、そこで生じたエネルギーを安定して転用するなんて。誰も解けると思って載せてない――あっさり解法を示すなんて信じられないわ。今までの常識が、すべて崩れ去るわよ」

「そ、それほどですか……」

「それに、何より――はぁぁ、美しい!」


 果てには恍惚とした表情で、魔法陣に頬ずりを始める始末――その姿は、ただの魔法陣オタクそのものであった。


 戦闘専門であるティナは、魔法工学には詳しくない。

 どれだけ精緻で美しい魔法陣を見ても、綺麗とは感じても、それ以上の感想はない。大事なのは、あくまで使い勝手だからだ。


 そんな彼女にとって、関心事は1つ。


「ねえ、私も使ってみていい? 本当にそれっぽっちのマナで、第3冠の魔法が起動するの?」

「ああ、ちゃんと複写したのがこれだ」


 ティナが、渡された魔法陣にマナを通すと、

 ブオンッ!

 そう巨大な火の玉が飛び出し、結界に吸収されていく。


「…………まじ?」

「まじなんよ」


 長年、不可能とされてきたマナの等価性を無視した魔法の発動。

 常識がガラガラと崩れ落ちる事象を前に、教師たちはただただ絶句していた。


「なんでこれだけのマナで、この魔法が発動するんだ?」

「相反属性のマナを圧縮して暴発させてるんだな。理論としては、30年前のキューリッヒ法に近い。安定性は段違いだが」

「いやいや、そんな不安定なもの。どうやって運用すんだよ」

「さあ――」


 何人かの魔法工学のスペシャリストは、熱心に議論を開始する。


「…………そういえば、筆記テストのランクは?」


 ふと我に返った教師が、テストの採点結果を尋ね、


「Sでいいだろう、そんなことよりこの魔法陣の解読が先だ」

「え? でも他の答案、真っ白ですよ」

「いやいや、この魔法陣にはそれだけでSの評価がある」

「間違いないな」


 おざなりに、あっさりフィアナの成績表にS判定が書き込まれたのであった。

 実技・筆記の双方S判定入学。これはエリシュアン学園が始まって以来の快挙であり、満場一致で特進クラスへの編入が認められることとなった。




 一方、職員室の片隅では、

「くそっ、何が(ダブル)-S判定だ。ただの学生が未解決問題を解いただと? 馬鹿も休み休みに言え。こんなものは不正。不正に決まってる!」


 そんなことをブツブツと呟く男の姿があった。

 その男の名はマティ――意気揚々と実技試験に名乗りを上げたものの、フィアナにコテンパンにされた男である。


「な~に? マティ、S判定あげた生徒の活躍がそんなに妬ましいの?」

「あ、あれは私の油断が――いいや、たしかに魔法の腕は一級品だったかもしれんが……」


 苦虫を噛み潰したような顔で、マティがそう言葉を濁す。

 切り札をあっさりコピーされ、彼の中で模擬戦がすっかりトラウマになっていた。


 マティは、魔力量に優れた名門と呼ばれる家の長男として生を受けた男だ。

 両親からの重すぎる期待に見事応え、血を吐くような努力を重ねて、ようやく今の地位を手にしたのである。

 人生のすべてを、魔法の腕を磨くことに費やしたといっても過言ではない。


「フィアナ――奴の実力は、認めたくはないがすでに一流だ。だからこそ、筆記までS判定など、断じてあり得んのだ!」

「珍しいわね。マティに、そこまで言わせる子がいるなんて」


 ティナが、不思議そうに目を瞬いた。


「私とて、この地位に就くまで色々な人間を見てきた。その中で至った結論がこれだ――優れた血筋にこそ、才は――」

「はいはい、優れた血筋にこそ才は宿る。だからこそ尊き血を引くものは、誰よりも努力し、その才を活かさなければならない、でしょ? 耳タコよ」


 ティナが、呆れたようにそうぼやく。

 いびりのマティ――学内では、そんな悪評が広まりきっていた。実力者だが、性格に難あり。彼を知る者の多くは、きっとマティをそう評するだろう。

 しかしティナは、それが必ずしもマティの価値観の全てではないと知っていた。


「私は、その考え方は嫌い。私たちは、研究者でもあると同時に教育者だもの」

「ふん。何とでも言え。奴らは口では何とでも言うが――結局のところは、ただ諦めるきっかけを探しているに過ぎんのだよ」


 ――どうせ実らぬ努力なら、さっさと別の道を探した方がいい。

 マティが思い返していたのは、切磋琢磨しようと誓いあった者が、最後には己の才に見切りをつけて去っていく姿だ。

 決まって「平民だから、お貴族様には敵わないよな」なんて、へらへら笑いながら血筋を羨み去っていくのだ。

 しかも性質の悪いことに、そうした者ほど、最後には諦める理由を他人に求めてくるものだ。


 血筋――才能。最後には、残酷なまでに明暗を分けるとされるもの。

 マティは、己の血筋に誰よりも誇りを持っていたし、同時に疎んでもいた。


「マティは、これからどうするの?」

「……やるべきことをやる。だいたいな、考えてもみろ。ただの平民が、長年の未解決問題を解くなんてこと――あるはずがない。不正があったと考えるのが自然だろう」


 そう呟きながら、マティは職員室を後にする。


 マティにとって平民とは才無き者で、庇護の対象でなくてはならない。

 間違えても戦闘で自らを圧倒し、更には未解決問題を解く天才などであってはならないのだ。

 そんな例外が現れれば、これまでの人生がすべて嘘になる。


「見てろよ、フィアナとやら――必ずや貴様の化けの皮、剥がしてやるからな」

 ――そうしてマティは、ありもしない真実に頭を悩ませることになるのだった。




 マティが退出した職員室にて。


「この生徒は、フィアナといったか。ゆくゆくは魔法工学科に進んでもらうとして――これは我が国の未来は明るいな!」


 残った教師たちは、侃々諤々と言い争いを始めていた。


 ずばり、フィアナの勧誘合戦である。

 優秀な生徒を確保すること――それは各学科の教師にとって死活問題であった。


「ちょっ!? 抜け駆けはよく無いですね。彼女には、騎士科に進んでもらって、いずれは国の中心を担うエースになってもらいたく!」

「いやいや、冗談はよしてください。彼女には、是非とも触媒の素晴らしさにも触れてもらって、いずれは触媒開発科に……」


 フィアナの獲得を目指し、教師たちはバチバチと火花をちらし合う。

 彼らの頭の中からは、フィアナが答案用紙白紙である事実(ポンコツぶり)はすっぽりと抜けていた。


「皆さん、落ち着いて下さい! 何はともあれ、こういうことは本人の意思が大切ではありませんか……!」

「た、たしかに。本人のやりたいことを尊重するのが、学び舎として正しい姿で――」

「ですから、フィアナさんにはノビノビと戦えるように魔法武術科に」

「「「台無しだよ!!」」」


 職員室で、そんな争奪戦が行われている傍ら……、




「う~、面白そうだからって、たった1問に2時間もかけてしまうなんて。もうおしまいです……」


 当のフィアナは、寮の浴場で涙目になっていた。

 己の答案がうっかり未解決問題を解いてしまい、教師たちの間で争奪戦が起きているなんて事実をフィアナが知るのは、まだまだ先の話である。

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