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最終話

 それから一ヶ月後。


「ああっ。今日も素敵です。可愛すぎです。最高です。こっち向いて~。フェニちゃん」


 鳥籠でさえずる麗しの白文鳥様にカメラを構え、私は今日もシャッターを切った。


 この白文鳥様は、あのうずらみたいな小さい卵から産まれた普通の小鳥さんだ。でも、その真っ白で愛くるしいお姿は、どうしても神獣様を彷彿させる。


 燿に向こうでの話しをしたら、もう一度ツアーのチケットを取ってくれようとした。でも海外は心配だからと、期間限定のコラボカフェを予約してくれて、来月燿と二人で行く予定だ。

 燿は、私がツアーに参加できなくて、妄想の末にヤバい夢を見たと解釈したのだ。


 でも、本当にそうなのかもしれない。

 私は外国へ向かう飛行機に乗っている途中で行方不明になったらしいけれど、雅さんのことは分からなかった。個人情報がどうとかで、他の行方不明者の名前は調べられなかったし、異世界に行っていた痕跡も証拠も何もないのだから。


「姉ちゃん。来週、蒼井さん帰国するんだから、片付け手伝えってば」

「あっ。ごめん」

「それとさ。これ、姉ちゃんの? 洗面所に置いてあって。婆ちゃんに聞いたら、姉ちゃんの服から出したって」


 燿が手にしていたのはスマートフォンだ。それも……。


「えっ? か、カインさんっ!? じゃなくて」


 キャプテン=カルロス。……の、ストラップ付きのスマートフォンだ。

 これは、雅さんが私にくれた物で――淡い期待が胸を過ぎった。


「わ、私の! ありがとうっ」

「えっ。ちょっ……。片付けはっ!?」

「後で手伝う!」


 私は燿からスマホを取り上げると、部屋の扉を閉めて充電器に繋いだ。

 これは私が異世界に行っていなかったら手にしていないはずの物だ。

 いや。でも、飛行機で会った記憶はあるのだから、その時もらったとか?

 いやいや。普通は他人にスマホなんて渡さない。

 あんな状況じゃなければ渡すはずがない。


 逸る気持ちを抑えながら、ちょっとだけそのまま待機。

 少し充填されたので、スマホの電源ボタンを押した。

 画面にはロックがかかっていた。

 でも、雅さんなら、アレだよね。

 

 キャプテン=カルロスの誕生日を打ち込んでみた。

 よし。一発解除。

 


「あっ。カインさん……」


 待ち受け画面がカインさんだった。酒のボトルを手に盃を勧める真っ赤な顔の酔っぱらいカインさん。良い笑顔だけど……。


「もう少し……マシな写真は無かったのかな」


 アルバムのアプリを起動したら、たくさんの写真が出てきた。

 カインさんに、メルさん。それから、自撮りっぽい感じで映る雅さんとカインさんのツーショット。フォルダの一番上の最後の一枚は真っ黒だけど、他の写真はすごく綺麗に撮れていた。


「ん? これ。真っ黒なだけかと思ったけど……動画だ」


 よく見るとそれは動画で、タップすると再生された。真っ黒だった画面には、暗がりの船室か映し出されて、私はスマホのボリュームを上げた。顔は映っていないけれど、雅さんの声が聞こえた。


「――前に電池は切れていたのですが、奇跡的に電源がついたので、動画を撮っています。もしかしたら、これは神獣様の力なのでしょうか?」

「キュピィピ!」


 部屋をぐるりと見渡され、それは神獣様の前で止まった。 

 可愛らしい鳴き声と首を縦に振り頷く姿が愛くるしい。


 雅さんは神獣様をアップで撮影してくれていた。


「こちらは可愛らしい神獣様です」

「キュピィ!」

「可愛いじゃなくてカッコいいの方が良いでしょうかね。あ、灯ちゃんのところに行きましょうか」

「ピィピ~」

「どうやら案内してくれるそうです」


 羽ばたく神獣様をもう一度見られるなんて。光を纏う神獣様は、暗い廊下で光の筋を残しながら飛んでいき、廊下の奥で彷徨う私を見つけると高々と鳴いた。

 でも、そこで画像は乱れ止まってしまった。


 そうだ。朝起きたら神獣様がいらっしゃらなくて、廊下に出てすぐに会えたんだった。

 あの時、雅さんは動画を撮っていたんだ。でも電源が落ちてしまって、私には見せられなかったんだろうな。


「ピピピピっ」

「フェニちゃんも見ますか?」


 籠を嘴でつつくフェニちゃんは、雅さんのスマホを興味深そう見つめ、早く出して、と言っているかのようだった。

 籠の扉を開くと、フェニちゃんは私の肩に飛び乗った。


「再生しますね」

「ピピィっ」


 まるで神獣様みたいにタイミングよく鳴いて返事をして、フェニちゃんはジーッと真剣に画面に顔を近づけた。


 異世界に行ったことは本当だった。だとしたらやっぱり、フェニちゃんも本当の本当に神獣様の生まれ変わりかもしれない。


「あの。フェニちゃんって、神獣様ですか?」 

「ピィ!」

「んんっ。それはイエス?」

「ピィ~?」


 小首を傾げて曖昧な返事を返したフェニちゃんはスマホの中の神獣様を食い入るように見つめている。

 その姿がまた可愛くて魅入っていると、いつの間にか開いていた部屋の扉の隙間から燿に話しかけられた。


「姉ちゃん? 今、小鳥と会話してた?」

「そ、そう見えた?」

「まあ。――でも、文鳥に芸仕込んでどうするの? オウムならともかく……。じゃなくてさ、新しい機材が来るから、運ぶの手伝ってよ」

「分かったっ!」


 機材搬入の為に片付けをしていたことを失念していた。

 私は燿の目を盗んで、コソッと神獣様? に耳打ちした。


「神獣様。行って来ますね」

「ピィー。……ピピピぃ!」

 

 何故か神獣様は首を横に振り、何かを否定し訴えかけるように鳴いた。

 ピピピぃ。ってなんだろう。

 もしかして、神獣様は神獣をやめたかったんだから、もう神獣様って呼ばれたくないのかもしれない。

 きっとこれからはフェニちゃんになりたいんだ。


 フェニちゃんは円な瞳でジーッと私を見つめ言葉を待っている。


「フェ……フェニちゃん!」

「ピィ!」


 フェニちゃんはパタパタと羽ばたき私の手の平に乗ってご機嫌だ。

 なんか、通じ合えた気がする。

 もうトルシュの時の様なお姿を拝むことは出来ないのかもしれない。

 でもそれでもいい。私は神獣様の見た目だけを推しているのではない。中身も全部リスペクトしているのだから。

 

「ピィ?」


 うっ。可愛い。

 この純粋な眼差し。

 生まれたばかりの無垢な小鳥全開だ。


「姉ちゃん。早く~」

「ああっ。ごめん今行く!」


 私はフェニちゃんを撫でて籠へ戻し、燿の元へ走った。

 私が追いついて来たので、燿はホッとしていた。


「良かった。一人じゃ絶対無理」

「ごめんってば」

「うん。あ、今度コラボカフェに行くだろ? 予約したのが二日目だからさ、姉ちゃんの目当ての声優さんは来ないんだけど、キャラデザの人とシナリオ考えた人? が来るらしいよ」

「ふーん」


 シナリオ考えた人? はよく知らないけど、絵師様は神絵師様として有名な方なのよね。楽しみだなぁ。


「シナリオ考えた人なら、姉ちゃんと話し合うかもな」

「へっ。何で?」

「いや。別に。――あっ。業者の人、来てる!」

「本当だっ。急がなきゃ」


 これが終わったら、またフェニちゃんと一緒に動画を見よう。

 コラボカフェにも連れて行っちゃおうかな。

 あぁでも。飲食店に鳥は駄目かな。

 フェニちゃんならぬいぐるみでイケるかな。


「あんまり外でフェニちゃん。フェニちゃん言って拝むなよ」

「えっ。声に出てた。って、拝んではいなかったでしょ!?」


 燿はクスッと微笑み頷いていた。

 流石に小鳥を拝むのは怪しすぎるから気をつけなくては。

 

 向こうでも夢のようなことを神獣様に色々としていただいたから、今度は私がこの世界でできる素敵なことを神獣様に――いや。フェニちゃんに教えてあげたい。


「ああっ。やりたい事があり過ぎる!!」

「それは良かったな。んじゃ、まずは梱包解いて」

「あ、はい!」


 やりたい事がいっぱいなんて、ここに来るまで思わなかった。

 やらなきゃいけない事ばかりで、そんな余裕は無かったから。

 燿のお陰だな。

 燿へと視線を伸ばした時、二階から小鳥のさえずりが聞こえた。

 ああ。癒やされる。

 

 さてさて。さっさとお仕事終わらせて、推しを愛でにいきますか。

 

おしまい 


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最後まで お読みいただき

ありがとうございました(*^^*)



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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっとあまりないタイプのお話しでのめりこんで読んでしまいました。異世界の住人のそっくりさんと交代したら国民どころか兄弟にまで嫌われてるというある意味で不遇な主人公ちゃん。持ち前の神獣様愛が…
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