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012 約束を果たす時

「し、神獣様っ」


 ノエルが駆け寄り神獣様に白い布を当てる。

 それはみるみる赤く染まっていった。


「な、何で……」

「神獣様は、宮廷魔導師の防壁が壊れないように自らを盾にしたんだ。何て無茶を」

「なにそれ。分からない。意味が分からないわ」

「神獣様。アカリと元の世界に還るのでしょう? しっかりしてくださいっ」

「……キュピっ! ピィピピピ!」

「へっ? はい。分かりました」


 ノエルは当てた布で神獣様の身体を縛り止血すると、神獣様を抱き上げ、どよめきの収まらない民衆へ足へ向け、陛下に申し上げた。


「陛下。神獣様は大層ご立腹であらせられます。もうこの世界には、二度と来ないと仰せです」

「ほぅ」


 陛下は頷いたものの、周囲からは更なる喧騒が広がった。


「そんな。神獣様に見捨てられるのか?」

「あの王女のせいだ!」

「そうだ。あんな奴はさっさと追放してしまえっ」


 その声でハッと我に返ったクラルテは、ロベールの胸に顔を埋め必死に耐えているように見えて、私は咄嗟に立ち上がっていた。


「そんなこと言わないでっ。彼女がいたから、私や神獣様は今ここにいるの。それだけは確かなことなのだから」


「そうですね。神獣様は仰っています。――大きな魔力は時として扱いきれず、周りを傷付けてしまう。しかし、これくらいの傷ならただの掠り傷だと仰っています。神獣様がご立腹なのは、この世界のすべての人々に対してだと」


 神獣様の言葉に人々は黙り込み、ノエルは言葉を続けた。


「平和な世界になったのに、私を元の世界に還す為に、新たな災いを招いたこと、ありがた迷惑だそうです。魔族との争いで殆の力を失い、巫女亡き後は、失われゆく魔力と命の灯火が尽きる待つだけの私を崇め続けた人々が哀れだそうです。何の恩恵を与えられるわけでもない神獣を敬うだけで、千年も平和が続いていたのに」

「そ、そんなことはない。神獣様は確かに我々の心に火を灯してくださった」

「そんなもの。千年も昔の前のこと。もう時効だから忘れて良いそうだ。それよりも、その灯を絶やさず守り続けた自分たちを敬え。と仰せだ」

「しかし神獣様のお陰で私達は……」


 戸惑う民衆に、リシャール様がノエルの言葉に笑顔で口添えをした。


「もう神獣様に頼るのを止めて、この世界から解放してあげませんか?」

「神獣は、この世界に自分は必要ない。それにもう寂しい思いをさせるような召喚など行わないで欲しい」

「キュピ?」 

「と、それはオレの解釈で。この先もオレの解釈だが……神獣様は、この世界の人々で助け合うことを願っているんだ。生まれの違うものも、魔法が使えるものも、使えないものも。神獣様や巫女の助けを借りて通じ合うのではなくて、オレたちだけの力で、神獣様はこの世界が成り立って欲しいんだ。と思う」

「そうだな。ノエルの言う通りだ。陛下。ロベールとクラルテは追放ではなく開拓者として派遣されるのですよね?」

「さぁ。それを決めるのは二人であろう。何もできずに朽ち果てるか。実を成してこの地に戻るか」


 クラルテはロベールを抱きしめたまま俯いていた。ロベールのように、クラルテを理解しようとしてくれる人が側にいるなら、彼女なら実を結ぶことができるかもしれない。


 ヴェルディエ王に皆の注目が集まる中、ノエルは私の元へ歩み寄ると小声で耳打ちした。


「アカリ、今だ」

「そ、そうね! 神獣様」

「キュピっ」


 私は神獣様をノエルから預かった。さっきまでは羽根のように軽かったのに、いつもよりも重く感じる。怪我のせいなのかと、不安が過るが、神獣様はクルッと私の方を振り向くと、軽快に鳴いて見せてくださった。


「キュピィピっ!」

「はい。――ノエル。神獣様の言葉を代弁してくれてありがとう。ノエルの言った通りだと思う。それに、神獣様の想いを尊重してくれたことも」

「そんなの当たり前だ。オレは神獣様の………最後の守り人になるのだからな」

「うん。じゃあ。後はよろしくね」

「ああ」


 私は立ち上がり、人々の目に触れるようバルコニーの柵より高く神獣様を抱き上げると、その隣に陛下が並んで立つ。


「皆の者。神獣様をお還しする時が来たのだ。この光景を目に焼き付け後生へと語り継ごうではないか。異界の力に頼らず、己自身の力で強い国となる為に」


「神獣様っ。そして巫女様。トルシュを救っていただきありがとうございましたっ」


 アレクがそう言うと、トルシュの人々も口々に礼を述べ、それは他国の人々にも広がっていった。

 神獣様はこんなにもこの世界の人々に愛されていたのだと思うと胸がジンと熱くなる。


 私は神獣様と約束した。

 必ず神獣様と元の世界に還ることを。

 やっと約束を果たす時がきた。


 神獣様も召喚されたことは二人だけの秘密にして、クラルテが嘘をついたら、神獣様の怒りの炎で私と神獣様を焼き尽くして消える予定だった。

 神獣様はこの世界の人の嘘を悲しみ怒り自身を燃やし、私はそれを追う形で炎に消え元の世界に還る。そんなリシャール様が描いたシナリオに乗るはずだった。


 でも、もしもクラルテが嘘をつかなかったら。

 クラルテが巫女でなかったことを認めたら。

 昨夜リシャール様と話して、全てを伝えてから還ることを決めていた。

 ノエルやアレク達にも神獣様のことを秘密にしたまま還るのは少し寂しかったから、これで良かったと思う。

 きっとこの世界の人々はみんなで助け合って生きることができるだろう。

 クラルテへと目を向けると、俯いていた彼女は顔を上げ私と神獣様を見ていた。


「クラルテ様。大きな力を有した者は孤独なのかもしれません」

「…………」

「神獣様もきっとそうでした。でもクラルテ様には、ロベール様も、そしてアレクもいらっしゃいます。どうか、誰かを信じることを諦めないでください。そして強い力の使い方を――」

「巫女殿。大丈夫だ。クラルテには私がついているのだから」


 ロベールがキザっぽく笑うと、クラルテはホッとしたように膝から崩れ落ち、彼に支えられていた。


「……お節介なんて言ってすみません。アレクやトルシュの皆の事、よろしくお願します。あっあと」

「またお節介か?」

「いえ。サァ婆に刺繍を教わったのですが、約束をすっぽかしてしまって。クラルテ様、代わりにお願いしますね」

「……嫌よ。そんなの。でも、分かったわ」


 否定しながらも受諾してくれたクラルテを見て、少しだけ胸に残っていた不安が緩和された。

 私は神獣様を胸に抱き耳元で囁いた。


「神獣様。最後の心配事は解決しました。行きましょうか」


 神獣様は振り返り私の瞳をじっと見つめると、中庭の方へ向き直り空高くへと声を発した。


「キュピィーーーー」


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