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010 巫女の役目

 クラルテは私と目が合うとニコリと微笑み言葉を続けた。


「だからワタクシは、全部捨てようとしたの。王女であることをこの子に託して。でも、ロベールがワタクシと結婚したいと迫るから。ワタクシは王女であることを取り戻そうとしたのよ。だから」


 クラルテは言葉を止め、冷たい瞳で私を見据えた。

 その顔に先程までの作り笑顔はない。


「アナタはもう必要ない。元々、トルシュでは巫女を処分するつもりだったわ。それなのに今日まで王女気分を味わえたのだから感謝しなさい。アナタが王女だと偽ったことには目を瞑ってあげる。でも、借りたものはワタクシに返しなさい」

「はい。私は王女ではありません。ですから、トルシュの王女という肩書は、王女様にお返しします」

「あら。意外と素直ね。今まで平気な顔して王女で有り続けたくせに」

「初めてこの世界で目覚めた時、私は異世界に転生したのだと思いました」

「は?」

「でも違いました。私は私で、やるべきことがあって召喚されたのだと知ったのです」

「アナタに存在意義なんかないわ。ワタクシは初代巫女の血を引いているのよ。巫女としてのアナタなんていなくても成り立っていたのよ。だから、ワタクシに巫女の肩書も返しなさい」


 呆れて溜め息を吐き、クラルテは私の言葉を嘲笑い言い返した。

 笑われても構わない。でも、これだけは譲れない。


「出来ません」

「出来ないですって?」

「巫女は私です。クラルテ様には出来ない。私にしか出来ないことがあるのです」

「何ですってっ!?」


 怒りに身を任せクラルテが手を振り上げると、神獣様が羽を広げ遮げた。神獣様の逆鱗に触れたのかと勘違いしたクラルテは尻餅をつきその場に崩れ落ちた。


「きゃっ。な、何をするのっ。神獣を使うなんてっ。この卑怯者っ!」


 神獣様へ向かって叫ぶクラルテに、陛下は憐れみの目を向け手を差し伸べた。


「卑怯なのは貴様の方だぞ。クラルテ。何も知らぬ異界の少女に己がすべき役目を押し付けておきながら、巫女が名声を得たとたんに欲するとは、貪欲にも程がある。お前のような奴はトルシュでも持て余すだろう。ロベールとの婚姻を認めてやろう」

「へっ!? 真ですかっ。父上!?」

「ああ。お前達には北の地へ赴くことを命ずる。彼の地を癒やし、作物を育て統治してみせよ」


 命令を聞くと、クラルテは差し伸べられた陛下の手を取り立ち上がると呟いた。


「北の地ですって……成る程ね」

「クラルテっ。なぜ納得しているのだ!? あの地は千年前魔族によって死地と化した枯れた大地なのだぞ。作物など育つはずが……。父上っ。私達を見捨てる気なのですね。酷すぎますっ」

「違うわ。陛下は巫女としてのワタクシを必要としているのよ。神獣の力を使って、呪いの森のように大地を蘇らせて欲しいのでしょう。いいわ。ワタクシは北の地へ行くわ!」


 北の地。魔族亡き後も、そのような地域があるなんて知らなかった。しかし、何故こんなにもクラルテは自信があるのだろう。

 陛下は満足そうに微笑むと、クラルテの肩に手を添えた。


「その言葉に二言はないな」

「ええ。ロベールもよね」

「クラルテがそう言うなら。私も共に行こう」


 ロベールの同意を得たクラルテは、私へと振り返りニッコリと微笑んだ。


「では、陛下。この子を処分してくださいませ」

「む? それはならぬ」

「は? で、でも。ワタクシが巫女にならないと……」

「その必要はない。巫女は異界の者でなければ務まらぬのだ」

「はい。私には、私にしかできない役目があります。その為にここにいるのです」 


 陛下が兵士に目をやると、彼らは素早くクラルテを取り押さえ、抵抗したロベールも共に押さえられた。


「ちょっ。離してっ。ワタクシに触れないでっ」

「父上っ。何故取り押さえられねばならぬのですかっ!」

「うるさいからだ。黙ってそこで異世界の巫女の最後を見届けるのだ」

「最後? ふふっ。そう。それは面白そうだわ。仕方ないわ。黙って見ていて差し上げますわ」


 クラルテは兵士の手を振り払い、二人の兵士の交差された槍の後に身を置き従う意志を示し、ロベールもそれに習ってか、腰の剣を兵士に渡し、反抗の意がないことをアピールしていた。

 陛下は二人の動向を見守った後わ神獣様へと手を伸ばし腕にその身を受けると、私へ言った。


「異世界の巫女よ。ワシには先代から引き継いだ、君達に返さなくてはならないものがある。貴殿は何の為にここにいるのか、皆に伝えよ」


 私がここにいる理由。それは――。

 私は中庭のアレクとトルシュの人々へと目を向け答えた。


「はい。私はトルシュに光を灯すため、そして」


 神獣様が羽を開き、私の上へと羽ばたいた。

 あの小さかった雛は、羽を広げれば私よりも大きく成長されている。


 右腕を伸ばすと肘のあたりに神獣様は舞い降りた。

 羽根のように軽い神獣様は、私へと視線を伸ばし小さく鳴き、陛下へと目を向けた。


「……神獣様の道標として、この世界に召喚されました」





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