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009 傲慢な王女

 驚いてクラルテと私の顔を交互に見比べる陛下に、クラルテはしおらしくそれらしい言葉を連ね始めた。


「これは偶然ですの。この子がワタクシに似ていたから、見殺しにしたくなかったのです。ですが、そのワタクシの考えが甘かったのです。この子は、歴史に残る通り災いでしたわ」

「そうですか。似ていたのは偶然でしょう。トルシュには先々代の巫女の血が流れているのですから。ですが、この方はどのようにしてクラルテ様から指輪を外したのですか。指輪は外せないのですよね?」

「それは……分からないわ。でも、異世界の巫女の方が指輪に適合していたのかもしれませんわね」


 リシャール様が尋ねると、クラルテはわざとらしく肩を落とし、ワタクシでは荷が重すぎたのかもしれません。と小さく付け足して答えた。


「そうですか。私が持つ書物によると、指輪は一度嵌めると、その役目を終えるまで外せないと書かれていたのですが」

「そんな古い書物に書かれていたことなんて、何の信憑性もありませんわ」


 リシャール様の持つ古びた金縁の書物の存在をを一蹴すると、黙って話を聞いていた陛下が唸り声を上げた。


「ほう。この書物は千年前に我が国初代国王が記された書物であるぞ」

「ち、父上! 誰にでも間違いはあります。どうか怒りをお収めください」

「そうよ。その書物が間違っているのよ」

「く、クラルテ。そうじゃなくて……」

「……神獣を召喚してから、心を入れ替えたと聞いていたが、噂に違わぬ傲慢な王女だ。お前のような心根の者に、よくトルシュを立て直すことができたな」

「お褒めに預かり光栄ですわ」


 陛下の怒りも皮肉も光栄だと述べクラルテが微笑むと、リシャール様は感嘆の声を漏らした。


「おお。凄いな。クラルテ様は。――トルシュの国の民にお伺いしても良いでしょうか? クラルテ様は……いや。神獣の巫女様は、ヴェルディエを愚弄するような方だったのですか? 私が眼鏡越しに見た巫女様は、まるで別人でした。皆様は、いかかですか?」


 胸元から出した分厚い眼鏡をかけると、リシャール様は、しんと静まり返っていた中庭へ向かって尋ね、声はすぐに返ってきた。


「違う。そいつは偽物だっ! 巫女様は、そんな方じゃない」 

「そうよ! 巫女様はお掃除も苗植えも笑顔でやってくださる方だったわ!」


 中庭から次々と声が上がる。

 この声は、トルシュの人々の声だ。

 バルコニーの柵の隙間から下へ目を向けると、アレクの隣にはダンテさんもいて、その周りには街の人々の懐かしい顔ぶれが並んでいた。


「な、何よっ。アナタ達はっ!?」

「姉様。ご自分の国の民の顔も分からないのですか?」

「アレク。それにダンテまで」

「ダンテから全て聞きました。姉様は、召喚した異世界の巫女が、ご自分と瓜二つだったことをいい事に」

「匿ってあげたのよ。そうでしょ。ダンテ」


 アレクの言葉に被せて声を発し、クラルテはダンテさんをきつく睨みつけるが、ダンテさんはクラルテではなく私を見て言った。


「はい。私はクラルテ様のご命令通り、巫女様の身の安全を守る為、クラルテ様として振る舞えるように見守ってまいりました。しかし巫女様は、心の底から民を案じ、トルシュの為に尽くしてくださいました」



 ダンテさんは全て知った上で私を王女として支えてくれていた。それは、クラルテの命令に従っただけではなかったのだと、今の言葉で分かった。

 クラルテは酷く動揺していた。


「ち、違うわ。それは私が全てしたことよ。王女として、そして巫女として」

「いいえ。クラルテ様は王女様でございますが、巫女様であったことは一度もありません」

「ダンテっ。黙りなさいっ!」


 クラルテの叫び声の剣幕に気圧され、中庭から一切の音が消えた。

 流石のロベールもクラルテにかける言葉が見つからず、伸ばしかけた手の行方を彷徨わせている。

 見かねたリシャール様がとどめを刺そうと口を開こうとした時、中庭からゼクスが尋ねた。

 

「私の知る巫女様は、人を傷つける方ではありません。貴女は誰なのですか?」

「わ、私はクラルテ=トルシュよっ。魔導師風情が知ったような口を利かないでっ」


 金切り声を上げて否定するクラルテに、ついに陛下が重い腰を上げた。


「今の話が真実であるならば、ロベールがクラルテと婚約をしても、巫女を得たことにはならないということか。そして尚且つ、クラルテはワシを騙そうとしたのだな?」

「そ、そんなことはありません。恐らく、巫女を失いたくないトルシュの悪足掻きにございます。父上、信じてください」


 陛下の前に跪いてすがるロベールを振り払い、陛下はリシャール様に目配せした。早く終わらせろといった瞳だ。


「陛下。ここは神獣様に見定めていただくのはいかがでしょうか?」

「何ですって? それでは今、神獣の指輪を手にしているあの子が有利ではないの?」

「いえ。知りませんか? 神獣様に触れたまま嘘をつくと、裁きの炎に骨の髄まで焼き尽くされるのですよ?」

「はい?」


 顔を見合わせたロベールとクラルテの顔は、みるみる青くなっていった。


「ノエル。こちらへ」

「さあ。どうぞ、クラルテ様。神獣様の御身に触れ、私は巫女としてトルシュを救った。とでも言ってみてください。――あれ? できないのですか?」

「…………」

「それでしたら、こちらの巫女様と一緒にやってみますか? クラルテ様の言う通りでしたら、巫女様は骨の髄まで炎で溶かされ跡形も残らないでしょう。指輪も取り返せますね」


 ノエルの提案に、クラルテは一歩たじろぎ私へと目を向けた。


「で、でも、その子は声が出せないのでしょう?」

「さて、どうでしょうか?」


 リシャール様は私の手を取り神獣様の背に触れさせ、どうぞ、と小声で言った。


「大丈夫です。声なら出せます。ロベール様は、私が神獣様に願い、誰かを傷つけることを懸念されていらっしゃるご様子ですが、そのようなことは絶対にしません」

「な、何故、話せるのだっ。あのお茶を飲まなかっ」

「ロベール。黙って」

「あっ……。み、巫女の術を封じる為、一時的に声を抑える薬を処方していたのですが……」

「おかしいな。兵士に調べさせて処方したはずだが。……しかし、巫女は神獣様に触れたまま言葉を発しました。人に害を及ぼうような方ではないと判りましたね」

「ですが、兄上。これではクラルテが不利ではないですか。神獣は巫女の意のままに操れるかもしれませんよ?」

「そうよ。不公平だわ!」

「不公平でも良いではないか。この世界はかつての神獣様あっての繁栄である。その神獣様のご意思ならば、どんな結末を迎えようとも受け入れるべきである。そうであろう?」


 陛下の言葉にクラルテは観念したのか、青白い顔のまま微笑み、神獣様に手を乗せた。


「そうですわね。そんなに聞きたいのでしたら、真実を話しますわ。――先ず、ワタクシは陛下のような押し付けがましい考え方が大嫌いよ。そして、この世界も大嫌い。神獣あっての世界なんて、存在する価値があるなんて思えないわ」



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