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006 影武者として

「アカリ? あんな酷いことをされたのに、何を言っているんだ」

「だって、トルシュもテニエも、そしてヴェルディエも、違う国の人々でも、こうして分かり合えるのだから。あっ、もちろん身内だからって、そう出来ないことも沢山あるだろうけど」 


 身内だからといって何でも受け入れられるなんて思ってはいない。私自身、それは身を持って味わっているのだから。

 でも、アレクには思うところがあった様子で、微かに笑みを浮かべて頷いていた。


「うん。ありがとう。アカリ。……アカリにそう言われたら勇気が出るよ」

「確かに、クラルテに手を伸ばすのは勇気が必要だな。とって食われてしまいそうだ」

「はははっ。冗談に聞こえないな」

「ああ。本気だからな」


 冗談交じりの本気のやり取りに笑い合うリシャール様とアレクは新鮮で、見ていて私まで笑みが溢れた。


「ふふっ。なんか不思議。『トルシュの灯』ではね。攻略キャラの仲のいい掛け合いって、あんまりなかったから」

「仲がいいか。……悪くない。しかし、アカリがいなければ成し得なかったことだろう」


 友好の証を手に取り、リシャール様は微笑んで言った。

 でも、友好の証を持つ者同士ではあるが、証を所持するからといって仲良くなれるものではない。


「それは、神獣様と巫女と皆を絆ぐもので……」

「アカリを通して、バラバラだった国同士が、こうして絆ぎとめられたのだよ」   


 アレクは胸元から取り出した友好の証に視線を落としてそう言うと、いつの間にか人型になっていた神獣様が窓辺から声を発した。


「そうだな。全ては小さな綻びから始まったのだろう。しかし、君達にならアカリが絆いだこの世界を豊かなものにしていくことが出来るだろう」

「たとえ神獣様も巫女も……いなくても」


 隣に座るノエルは、神獣様の言葉に自身の言葉を付け足して、それを聞いた神獣様はノエルをじっと見つめた後に称えるように言葉を返した。


「さすが通訳だね」

「いえ。その……今は神獣様ご自身で言葉を発していらっしゃるのに、出過ぎた真似をしました。オレが言う意味なんて……」

「あるよ。意味はある」


 神獣様に頭をポンッと撫でられると、ノエルは顔を真っ赤にして耳と尻尾をピンと立てていた。嬉しいとああなるんだ。

 ノエルの反応に満足そうに微笑んだ神獣様は、アレク達へと視線を伸ばした。


「さて、明日が誕生祭だね。君達は……神獣と、そして異界の巫女と心を交わした最後の者達として、歴史に名を残すだろう。そう信じているよ。ね、アカリ」

「はい」


 言葉を振られて力強く頷き返すと、ゼクスの心配そうな視線に気がついた。


「明日の流れを聞いたのですが。アカリ様は、怖くないですか?」

「ええ。神獣様が一緒だから」


 ゼクスは納得した様に頷き、他の皆もそれに続いて微笑み返してくれた。



 ◇◇


 翌朝、城門前広場の氷は殆ど溶けていなかった。


 ロベールはあの後、街の人々の家々を訪ね、火を焚くことを無理やり強制したそうだ。

 中には善意で手伝ってくれた人もいたそうだけれど、その人を手本にお前らも国の為に働くのが民だとか乱暴なことを言い放ち、人々の士気を著しく下げ、作業はほとんど進まなかったのだ。


 早朝、神獣様と散歩に出たノエルがその残念な様子を目にし、リシャール様へ報告。そして神獣様の炎で氷を溶かしたそうだ。ロベールはリシャール様が神獣様を手懐けたのだと感動していたとか。なんとも天晴な性格の持ち主だと呆れてしまう。


 しかし、陛下の耳にもその話は届き、大層ご立腹とのことだけれど、リシャール様と二人でお話になると、鼻歌が出るほどご機嫌な様子へと転じたらしい。

 リシャール様に何を言ったのか尋ねると、これで準備は整った。と笑顔で仰っていた。



 陛下は今、城の広い中庭を一望できる二階のバルコニーでふんぞり返り、人々の長い列を見下ろし上機嫌だ。

 私はリシャール様と神獣様、そしてノエルと一緒に中庭が見渡せる二階の一室から様子をうかがっていた。


 城門まで続く行列は全て陛下への贈り物を持った人々で溢れていた。列には小さな花を持った少女や、宝石や食べ物を抱えた商人など、様々な人々が並んでいる。

 各々自分の番が来ると、中庭の真ん中で陛下に向かって自分の名前と品目を唱え、陛下への贈り物を兵士へ託していくのだ。

 

 中庭の両サイドは見学スペースになっていて、誰でも自由にその様子を見ることができる。陛下は自分がこの世界の人々にどれ程愛されているか皆に知らしめたいが為に、参列の様子を見られるようにしているらしい。

 城門では身体検査もあるらしいけど、毎年警備が大変だとリシャール様が漏らしていた。 


 アレクは中庭で街の人々に紛れて見守ってくれている。

 ゼクスはというと、ヴェルディエの街の人々に連れて行かれてしまった。ロベールの愚行を魔法で止め街を守った英雄だとして、皆のもてなしを受けている。二つの国で英雄扱いされているゼクスは、きっとこの先も安泰だろう。


「そろそろ来賓客の贈り物の時間です。準備はよろしいですか?」

「は、はい!」


 慌てて返事をすると、リシャール様は口元を抑えて笑いを堪え、咳払いして真面目な顔に整えてから私に言った。


「私が何を言おうと、アカリ様の味方だということは忘れないでくださいね。――来ましたよ」


 リシャール様が扉の方に視線を伸ばした瞬間、ノックの音と共にクラルテとロベールが部屋に入ってきた。クラルテとロベールはお揃いのブルーのドレスとタキシード姿で現れた。ロベールは徹夜明けだからか、目の下にクマが出来ていて酷い顔だ。


「兄上。今朝はありがとうございました」

「ああ。父の耳にも届いたようだが」

「えっ!? ほ、本当ですか? ご機嫌だと聞いていたのに……」

「火は消えなかったのでしょう? 問題なくてよ」

「そ、そうだな」 


 たじろぐロベールを一言で制し、クラルテは私に睨みを効かせた。

 

「それより。意外と元気そうね。熱が出たと聞いて心配していたのよ」

「………」


 私はクラルテの視線から逃れるように目を逸らした。

今の私は声出し厳禁、傷心の巫女を演じなければならない。リシャール様のようなポーカーフェイスは私には無理だから、極力目を合わせないようにすることにした。


 私に話しかけてもつまらないと判断されたのか、クラルテは窓辺で中庭を見下ろすノエルと神獣様へと関心を移していた。


「神獣がリシャール様の言うことを聞いたとうかがったのだけれど、本当なの?」

「巫女の熱を下げる処方薬を与え、信頼を得ました。後、信頼を得られていないのは……テニエの彼だけです」


 リシャール様がノエルを手で指すと、ノエルはプイッと顔を反らし、クラルテは玩具を見つけた子供のような笑顔でそれを見ていた。


「まぁ。頑張ってね。仔猫ちゃん」

「ふんっ」

「そうそう。高熱で巫女様の声が出なくなってしまったのでしょう? 私の影武者は難しいわね。声が戻るまで裏に控えて、私の代わりに神獣に指示を出しなさい」


 クラルテは、陛下にクラルテ自身が本物の巫女だと思わせられるように、もしも神獣様の力を見せなくてはならない状態に陥った時に備えて影武者である私を同行させるといった名目で私が付いていくと思っている。


クラルテは私に近づくと、耳元に顔を寄せ小声で言った。


「リシャールに気に入られてよかったわね。でも、下手な真似をしたら、生かしておかないわ。肝に銘じておくことね」


 クラルテの言葉からは、敵意と殺意を感じた。

 実際、これから私は影武者を務める形で会場まで連れて行かれ、皆の前で本物の巫女だと晒される。そして本物の巫女であるクラルテは、私を処分してロベールと婚約する計画だと知っているけれど、私は知らないふりをして黙って俯いた。


 ロベールはそんな事とは露知らず、機嫌よくクラルテに尋ねた。 


「そう言えば、レナーテはどうしたのだ?」

「さぁ? レナーテったら、昨日からずっと部屋にこもりっきりなの。大好きなネージュの婚約者になれるからって緊張しているみたい」

「ほぅ。妹君は繊細な女性なのですね」


 リシャール様は、ネージュにクラルテが振られたことをノエルから聞いているのに、素知らぬ顔で驚いている。


「ええ。ワタクシに似て繊細な子ですわ」

「そうだな。おっ。そろそろ移動せねば。兄上はどうされますか?」

「面白そうだから、近くで見させてもらうよ」


 リシャール様はそう言って微笑み、ロベールとクラルテの後に付いていった。


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