表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/98

005 腹黒王子?

 静まり返った広場には、数メートルの高さになる氷の塊がそびえ立っていた。ゼクスが炎を凍らせたのだ。

 街の人々も足を止め、その氷を見上げ驚きで言葉を失っているが、一人だけ喧しい奴がいた。


「なななな何故、貴様がここにいるっ。アレクと帰還したのでは無かったのか!?」

「ロベール。帰還命令はアレクだけに下したのだぞ。――それより、これはなんの騒ぎだ?」


 ロベールがゼクスに詰め寄ると、数名の兵士を連れたリシャール様が城門の前から声を発した。

 何ともタイミング良く現れたものだ。あの騒ぎで駆けつけたのかもしれないけれど、リシャール様の屋敷は城の奥にある。もしかしたら、この騒ぎもリシャール様の策ではないだろうかと勘ぐってしまった。


「こ、これは……街の者達が悪いのです! あいつ等は楽をしようと、油を炎へ投げ込んだのです。そして炎はそこの魔導師が消し去ってしまいました」

「ほぅ。街の者に罪はない。お前が管轄した時間で起きた事故は、如何なる理由があれど、お前の罪だ」

「そんな……火が消えたことが父上に知られたら……」

「ご安心を。これは神獣様の炎。私の氷ごときでは消えません」


 落胆するロベールの肩にゼクスはそっと手を添えた。

 ゼクスは誰にでも優しいのだと感心してしまう。

 

「神獣の炎? 何故、神獣が……」

「明日は巫女を皆の前に晒すのだろう? 見苦しいままでは外には出せない。熱を下げる薬を処方したら、神獣も巫女も、私を味方だと思ったらしい」

「おお。さすが兄上。巫女も神獣も手玉に取ったと言うことですね!」


 立ち直り手を握ろうとしたロベールを、リシャール様はサッと避けてゼクスに声をかけた。


「ゼクスといったな。この氷は溶かせるのか?」

「いえ。私は凍らせることしかできません。お湯をかけるか、周りで火を焚くか」

「成る程。ロベール。朝までに氷を溶かし炎を継続させなければ、父上が悲しむ。善処するんだぞ」

「は、はい!」

「ゼクス。君の魔法に興味がある。話を良いか?」

「はい」

「では、後は任せた。兵は引き上げる。街の者と協力して対処してみせよ」


 リシャール様がロベールにそう言い残し、ゼクスと兵士をを連れ城へと戻って行った。

 リシャール様が見えなくなると、ロベールは大きな溜息をつき、その場にしゃがみこんだ。


「はぁ。最悪だ……。くそっ、街の者共よ。湯を沸かし周りに火を焚べよ!」

「…………」

「聞こえないのか!?」

「薪はあちらに、火はその辺の松明でもお使いください」

「は?」


 数名だけ残っていた街の人は松明の場所を知らせると、全速力で走り去り、広場にはロベールだけが残されてしまった。


「ま、待て! 一人にするな! おいっ。おーいっ」


 広場にこだまするロベールの虚しい掛け声を背にアレクは苦笑いを浮かべて言った。


「うわぁ。街の人達に逃げられてるよ。さてさて、面白いものも見たし、部屋へ戻りましょうかね」


 ◇◇


 リシャール様の屋敷の談話室にて、私達はお茶に招待された。

 リシャール様は紅茶をひとくち頂くと、穏やかに言った。


「ロベールは今頃焚き火でもしているだろうか」

「やはりリシャール様の謀なのですか?」

「いや。いちいち薪を焚べるなど面倒だから、ロベールなりに知恵を絞って行ったものだ。まぁ、何をしようとしているのか、小耳には挟んでいたが。――明日、陛下にこってり絞られるだろうな。楽しみでならない」

「なぁ。リシャール様は正統派王子じゃなかったのか?」


 ノエルはリシャール様の笑顔を見て顔を引きつらせながら私に言葉を振った。

 『トルシュの灯』では、ヴェルディエの王子は確かに正統派王子だった。でも、国民にも信頼されるリシャール様は、身内の扱い以外はまともな気がする。


「ええ。でも――」

「もはや、腹黒王子だな」


 答えようとしたらアレクに先を越されてしまった。リシャール様は面白がっている様子で安心したけれど、ゼクスは納得していなかった。


「そんなことないですよ。身内には厳しいみたいですけど、民を案じ、民に慕われる良い王子ではないですか」

「ゼクス。リシャール様に魔法の腕を褒められて懐柔されたのか?」

「だから、違いますよ。街の人々と手を取り踊る王子様なんて素敵じゃないですか」


 アレクはチラッと私を見てから、ゼクスの言葉に頷いた。


「そうだな。どんなに踊りが下手な相手でも、誰とでも分け隔てなく手を取り踊る姿には正直驚いた。ヴェルディエは良い国だな。と思ったよ」

「ふん。トルシュでもヴェルディエでも、耳やら尻尾やら物珍しそうに見てきて疲れる」

「ノエルはトルシュでも人気者だからな。ヴェルディエでもすぐそうなれるぞ」

「別になりたくない」


 リシャール様の言葉をノエルが否定すると、ゼクスはそのやりとりを微笑ましそうに見て呟いた。


「トルシュの人も、ヴェルディエの人も、良い人ばかりで、森から出られて本当に良かったと、思っています」

「良い人ばかり……か。ロベールが目障りだが」

「それを言ったら、君のお姉様も目障りだぞ。まぁ同意見ではあるが。しかし、今日の一件でロベールは民の信頼を完全に失い、父の生誕の儀に泥を塗った。首の皮一枚で繋がってる状況だな」

「オレ、兄者が兄で良かった」


 アレクとリシャール様の掛け合いを聞き、ノエルがボソッと呟くと、リシャール様は前のめりで応えた。


「ノエルの様な仔猫が弟なら大歓迎だぞ。私だって弟を邪険に扱うなどしたくない。しかし、この様な立場で生まれた以上、兄である私が導いてやらねばならぬのだ。何度も手を差し伸べて道を示してきたのだが、そろそろ己の身を持って知るべき時が来たのだ」

「そうか。姉様に伸ばした手は、一度も握ってもらえたことなど無かったな。……いつしか手を伸ばすことすら、しなくなってしまった」


 アレクは姉との関係を省みて、後悔している様子だった。

 『トルシュの灯』でも、悪役王女については深く語られていない。悪役だからそうなのだと、私自身考えもしなかった。本人を目の前にした今でさえ、彼女を知ろうという考えには及ばなかったけれど、それではいけない気がして、気付いた時にはアレクに向かって口を開いていた。


「もう一度、手を伸ばしてみたら?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ