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004 前夜祭

 日が落ちる頃、ヴェルディエ城城門前広場にて、リシャール様は群衆に見守られながら山積みとなった薪の前に姿を現した。これから薪に火を灯し、炎と踊りを絶やすことなく陛下がお産まれになった早朝を迎えるという前夜祭を行うそうだ。

 リシャール様は左腕に神獣様を乗せている。広場に流れる美しい白銀の尾羽根が人々の視線を集めている。成長された神獣様のお姿に人々が感動していて、きっと、皆の記憶の中に神獣様が残るであろうことが、嬉しかった。


「今年は神獣様が始まりの火を灯してくださいます」


 毎年王の息子であるリシャール様が最初の火を灯す役割を担っているそうだ。リシャール様の腕が薪へと近づけられると、神獣様はキュピィと言う囀りと共に嘴から赤い炎を発した。

 それは瞬く間に薪全体に広がり、人々の歓声があちこちから上がった。


「この火を朝まで絶やすことなく、ヴェルディエの繁栄を皆で祈ろう」


 リシャール様の合図で、門前に控えた楽団が軽快な曲を奏で、誰からともなく火を囲むようにして人々は踊りだした。

 私は帰還命令を受けて逆に自由の身となったアレクとゼクスと一緒に、その光景を広場の隅の原っぱに座って眺めていた。


 神獣様はノエルの元へ戻り人々に囲まれるが、しばらくすると輪から抜け出し城へと退散していた。そしてリシャール様は何人か街の人々と踊りをともにした後、私達の所へとやってきた。


「踊らないのですか?」

「見ているだけで大満足です」

「折角だから踊りませんか?」

「えっ。り、リシャール様とですか?」

「はい。大丈夫ですよ。誰も気づきませんから」


 今の私は栗色の髪と灰色の瞳。

 アレクも同じ様に神獣様に色をいじってもらった。


 アレクは私と目が合うと、炎の方へと手を差し出した。


「行ってきたらどうですか? ゼクスは踊れないそうですし」

「アレクは?」

「結構です。さっさと行ってきなさい」


 トンっと背中を叩かれリシャール様の方へと押し出されて、私は渋々立ち上がった。


「何よ」

「アレク様は踊りが苦手だそうです」

「ゼクスっ」


 アレクも私と同じで踊りが苦手だったみたいで、告げ口をしたゼクスとじゃれ合っている。

 

「ふふっ。分かったわ。リシャール様、足を踏んでしまっても許してくださいね」

「もちろん」


 リシャール様の差し伸べた手に、私もそっと手を乗せた。


 ◇◇


「いやぁ。見事な踊りでしたね」

「アレク。しつこい」  

「お相手がリシャール殿で良かったですね」

「ゼクスも、もう言わないで…………」


 宣言通りに足を踏む。なんて事は一度もなかったから、上手く踊れたのかと喜んでアレク達の元へ戻ったのだけれど、それはリシャール様のお陰だった。

 私が踏みそうになる度に華麗に避けてくれていたそうだ。傍から見るとリシャール様は他の人の倍速でステップを踏んで私の足を避けていたとか。踊り終わった後リシャール様か汗だくだったのはそのせいみたい。

 踊った人は一曲ごとに薪を焚べるのだけれど、私が薪を焚べる時に火に近づき過ぎてしまって、風に煽られたスカートに火が点いてしまい、リシャール様が消してくれたから汗をかいていたのかと思っていたけれど、違ったのね。


 うん。色々やらかし過ぎて穴があったら入りたい。


 アレクとゼクスはずっとお腹を抱えて笑っているし、リシャール様は変わらず笑顔で街の人々と踊っている。


「リシャール殿は凄いな。先程の踊りで大分体力を削がれただろうに」

「アレクが代わってあげたら」

「ははっ。――お、嫌な奴が来たな」

「えっ?」


 アレクの視線の先には、大量の薪を抱えた兵士を連れたロベールがいた。


「兄上。そろそろ交代の時間ですので」

「ああ。後は頼んだ」


 リシャール様が燃え盛る炎に向かい一礼すると、街の人々も一緒にお辞儀をし、そのまま解散しかけた人々にリシャール様は言った。


「では、後はロベールと共にお願いします」

「は、はい!」


 人々はチラッとロベールを見ると苦笑いで街人同士気まずそうに互いを見やっていた。

 多分、いや絶対に。街の人々は帰ろうとしていた。

 ロベールとは誰も踊りたくないのかしら。


「私達も戻りましょうか」

「そうね」


 城へ戻っていったリシャール様を見送ってから、私達もこっそり裏門から城へ戻ることにした。


 広場には一人だけやる気満々のロベールの声が響いていた。


「さて、兄上はお戻りになった。朝まで踊り明かし、薪を焚べよ! さぁ。お前たちもやれっ」


 ロベールの掛け声と共に、兵達は抱えていた大量の薪を炎の中へ投げ入れた。

 その直後、パチパチと枯れ木が弾ける音とゴオッと炎の唸り声がして背後に熱風を感じた。

 振り返ると、煌々と燃え盛る炎が城壁の高さまで達していた。


「あ、あいつ。何をしたんだっ!?」


 逃げ惑う人々に、腰を抜かして広場に尻餅をついたロベール。ガソリンでも投げ入れたのかと思う程の黒煙が空へと列を成していた。

 先程までの和やかな広場はたった一瞬で悲鳴と恐怖に満ちていた。


「アカリ様。お下がりください」

「ゼクスっ」


 ゼクスは人々の間を分け入って炎へ駆け寄り呪文を唱え始めた。


「アイツ。目立つことを……アカリ。我々は隠れよう」

「でも」

「ゼクスに任せておけば大丈夫だ」


 アレクに手を引かれ、私達は物陰から広場の様子を見守ることにした。


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