002 強制送還(ゼクス視点)
陛下との狩りを楽しんだ後、ロベール様の屋敷へ向かうアレク様は、何度も何度も足を止めて私に尋ねた。
「ゼクス。やはり行かねばならぬか」
「はい。クラルテ様の様子を見に行くと、先方にお伝えしていますので」
だよな。と青い顔で呟くアレク様は、本物のクラルテ様が苦手らしい。トルシュの人々の言葉通り、クラルテ様は酷く傲慢な方のようだ。アカリ様を亡き者にして神獣様の力を得ようとしているのだから。
しかし、アカリ様はリシャール様が匿ってくださり、明日、送還術が行使されればアカリ様を守ることができ、アカリ様の願いも叶えることができる。
それは神獣様の願いでもあるとリシャール様は仰っていた。船上でお会いした神獣様の瞳には、全てを見透す強い決意と共に、どこか寂しげな光が揺らいで見えた。
きっと神獣様はすべてを悟った上であの場に立っていらした気がする。
「あー。着いてしまった。ゼクス。姉様の瞳は見てはならないよ。背筋が凍るから」
「はい……」
アレク様は青い顔のままそう言うと、急に背筋を伸ばして咳払いした。そして平静を装うと、案内役の兵に声を掛け室内へ足を進めた。
甘い菓子と紅茶の香りがする。部屋の奥ではクラルテ様とロベール様がお茶を嗜み、窓辺ではリシャール様が外を眺めていた。
アレク様はリシャール様がいらっしゃるとは思っていなかったらしく、笑顔で会釈するリシャール様を二度見した後、ぎこち無い作り笑顔で会釈を返していた。
テーブルには、アレク様と私のお茶も用意されていて、ロベールは立ち上がると空いた席に手を伸ばした。
「アレク殿。待っていたぞ。さぁ、こちらへ!」
「あら。こきげんよう。リシャール様もいらしているのですから、今日は弁えてちょうだいね」
クラルテ様の一言にアレク様は耳をピクッと引くつかせたが、リシャール様と目が合うと、クラルテ様へもぎこちない笑顔で会釈し、リシャール様へと足を向けた。
「リシャール様。姉がお世話になっております」
「いや。私はなんの世話もやいていないよ。言葉を失った献上品を預からせてもらっているくらいだからな」
「言葉を失った? まさか姉様。アカリに何かしたのですか?」
アレク様から発せられた言葉は重く、息苦しささえ感じさせる程の圧を放っているが、クラルテ様はその圧を楽しむかのように艶めかしく微笑んでいだ。
「アカリ? ワタクシ、献上品に名前は付けないわ。それよりもリシャール様の前で殺気を振り撒くなんて失礼よ」
「そうだぞ。アレク。君は私の義理の弟になるのだから、弁えてくれたまえ」
「は? 弟だと?」
「おお。それなら私とも親類になるのだね」
リシャール様が査定でもするかの様な目でアレク様を流し見た後、ロベールを睨みつけた。失礼な態度をとるアレク様を認めるはずもないといった雰囲気だ。ロベールもそれが分かったのか、笑顔が消え、クラルテ様だけが不気味に微笑んでいた。
「まぁ。愚弟ですがよろしくお願いしますわ」
「ははっ。ご冗談を。アレク殿は、まだ私の弟になるような度量が備わっていないご様子だ。国に帰られてはいかがかな?」
「あら。そんな事はありませんわ。アレクに見せたい物が――」
「私は、目障りな人間をヴェルディエに置いておきたくは無いのだ」
クラルテ様を見据えたまま言い放ったリシャール様。
部屋の空気が一瞬で重苦しくなり、息が詰まる。
これはアレク様へ言ったように見せて、本当はクラルテ様に向けた言葉なのだろう。
クラルテ様は小さく舌打ちし、ロベール様はそれに気付いて顔面を青くさせ、リシャール様は顔色一つ変えずに真顔のままロベールに目を向けていた。
クラルテ様の瞳を見ないようにと助言を頂いたが、ロベール様以外の誰とも目を合わせたくないのが正直な感想だ。
そんな中、勇敢にも口を開いたのはアレク様だった。
「リシャール様。生誕祭の本番は明日になります。是非ともお祝いしたく存じます」
「そうか。では命令を下そうか? 即刻トルシュへ帰還せよ。さもなくば強制送還させようか? アレク=トルシュ殿」
やっと笑顔を見せたかと思えば強制送還などと暴力的な言葉を使うリシャール様。アレク様は顔を引きつらせリシャール様を睨み返すと、笑顔を作り一礼した。
「勝手にしたまえ。ゼクス、行くぞ」
「あ、はい。失礼いたしました」
足早に部屋を出ると、アレク様は肩を震わせて笑っていた。
「あの。アレク様、良かったですね」
「ああ。必要最低限の時間で姉様との会話が終わった。それに、強制送還ということは、ここにいないことになれると言うことだ。全く、先に言っておいてくれれば良いものを」
「そうですね」
この国にいなくて良いということは、クラルテ様を気にかけることなく自由に過ごすことができるのだ。陛下の狩りに付き合わなくても良いし、アカリ様が無事だと分かっているのにバレないようにクラルテ様に発破をかけなくてもよい。
「さて、リシャール様は姉様をどうするつもりだろうな」
「へ?」
「あの眼は本気だぞ。視界に入れられなくて良かった」
「ですね」
来た時とは打って変わって、強制送還を言い渡されかけたアレク様は、軽快な足取りで廊下を進んでいった。
「さて、着替えて祭りを楽しもう!」




