001 神獣の守護石
インペリアルトパーズ。
それはまるで、神獣様の瞳の色みたいに透き通ったオレンジ色。
私はベッドに潜り込み、反対の手の平でそれを包み込んだ。神獣様の炎のように温かなぬくもりを感じて心が安らいでいく。
神獣様は、これを神獣の守護石だと仰っていた。
『トルシュの灯』に、神獣様の守護石は出てこなかった。
だからこれは、本当に私だけの石だ。
それは心の底から嬉しいのに、少しだけ寂しい。
指輪には神獣様の守護石がひとつ。
みんなと絆いで生まれた五つの宝石。
それぞれが色を帯びたあの瞬間、とても心が暖かくなった。一つ一つ思い入れが深かった分、なくなってしまった事が悲しかった。
神獣様とノエルは窓辺のソファーで眠っている。
神獣様は窓辺にクッションをいくつも置いて、その間に埋もれる様にして眠り、仔猫じゃなくなったけれど、ノエルは神獣様の近くにソファーを運び、そこで寝ている。
横になってすぐ静かになったので気になって見に行くと、ノエルは微かな寝息を立てて静かに眠っていた。
ノエルの寝顔を初めて見た。無防備に眠るノエルは少し微笑んで見えた。友好の証が色づいた瞬間を、夢でまた見ているのかもしれない。
夢でだけでも、ここで出会えた人達と、また会えたらいいな。
いや。逆にこれが夢なんじゃないだろうか。
聖地巡礼ツアーで興奮しすぎた私が見た夢だったとか。
でも、それはそれでグッジョブ自分……よね。
明日は生誕祭前夜祭。
日が沈む頃から、街の広場で炎を焚き、その炎と踊りを絶やすことなく朝日を迎える事が習わしらしい。
きっとそれが、この世界で過ごす最後の夜になる。
神獣様と、そして私を助けてくれた皆との最後の夜に。
◇◇◇◇
翌朝、目覚めると部屋には誰もいなかった。ノエルは、私を置いて神獣様と朝のお散歩を楽しんできたらしい。
酷い。昨日はこの世界の色々なことを教えてやるって言っていたのに。
「ズルい。どうして誘ってくれなかったの?」
「いやいや。お前は高熱で寝込んでることになってるんだから、外をうろつくのは不味いだろ。街なら兎も角、人気のない早朝の城内は目立つからな」
「そっか」
「分かればいい。軽率な行動は控えるんだぞ」
仔猫を卒業したノエルは、頭の中まで大人になったみたい。感心ていると、扉がノックされリシャール様が顔を出した。
「おはようございます。おぉ。それが神獣様の石ですか。遠目で見ても素晴らしいですね」
「リシャール様のお陰です。よくもまぁ、あんな危険な真似をしてくれましたね。ありがとうございます」
「あはは。全然お礼に聞こえないんだけど、感謝の意として受け取っておくよ」
仲がいいような悪いような。
リシャール様とノエルは笑顔のまま互いに牽制し合っている。
「ねぇ。ふたりとも目が笑っていないのだけれど」
「アカリ様はお気になさらず。仔猫と戯れていただけですから。それより明日の流れを確認しておきたいので屋敷で一番高い塔から外を見ながらお茶なんていかがですか? 街の様子もよく見えますよ」
「ええ。行ってみたいわ」
「では、ノエル君はレナーテの相手をしてきてください」
「は?」
「レナーテはネージュ殿の所へ行くそうですよ。ロベールが本物の巫女を晒し、偽物を掴まされたテニエの格を落とそうとしていることを伝えに行くつもりだそうで。どうしてもネージュ殿に気に入られたいらしい」
リシャール様の話からすると、レナーテはネージュの事が本当に好きみたいだ。ノエルはそれを知っていたのか、小さく溜息をついた後、面倒そうに言い返した。
「兄者なら適当に追い払います」
「分かっている。しかし向こうの連中は君だけ友好の証が不完全だと思っているし、巫女の不在を気にも留め無い様な無能な守り人では不味いだろう? ネージュ殿に相談する素振りを見せておかないと」
「キュピピ~」
「分かりました。神獣様がそう仰るなら。昼前には戻ります」
「キュピ」
神獣様の助言によりノエルが渋々と出で行き、私はふと思ったことを尋ねた。
「リシャール様。レナーテの行動を、何故ご存知なのですか?」
「ああ。ロベールの周りには私と通じた兵士しかいないからだ」
「しか。ですか?」
「ああ。ロベールの近くにいればいるほど、彼に付いていこうと思う側近などいないのですよ。ですから、全て筒抜けです」
「そうですか。リシャール様が敵じゃなくて良かったと再認識しました」
「ははっ。それはどうも」
さっきまで見せていた作り笑顔とは違って、親しみやすい笑顔を溢したリシャール様は、私の視線に気付くとキリッと眉根を寄せ、こちらへ真っ直ぐに手を差し伸べた。
「では参りましょうか。アカリ様?」




